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「!?」

 アトラは声に反応し、弾かれたように振り返った。心に直接語り掛けてくる……魔獣の声だ。

 でも、イーラの声ではない。音として伝わってくる声ではないのに、明らかに別個体のものと分かる。不思議だが、そういうものなのだろう。

(なんだか口調は少し似ている気がするけれど……)

 アトラを惜しむようにモーリスが腕から力をゆっくりと抜き、アトラと同じ方を向いた。

 そして、膝をついて頭を垂れた。

「お久しうございます。王獣どの」

(王獣……!?)

 振り返ったアトラの視線の先にいたのは、堂々たる魔獣だった。上半身はハヤブサのようで羽毛が漆黒に輝き、下半身は獅子に似ている。四つ足の獣に猛禽を接ぎ合わせたかのような姿だ。しかし尾は鳥類のそれで、七色に輝く尾羽は孔雀に少し似ている。大きさも長さも見事な尾羽をはたりと降り、ふるりと体を震わせて翼を広げると、まるで神話の一場面を見ているかのような気分にさせられた。

 半ば気圧されたように、半ばモーリスを倣って、アトラも膝をつく。頭を垂れようとしたところで、ばさりと翼が視界に入った。遮られたのだ。

『そんな堅苦しいことをせずともよい。お嬢さんは我のことを知らぬ客人であろう』

「……失礼ながら、存じ上げず……」

 声を出したアトラに、二者の間で意思疎通が交わされたことを悟ったモーリスが顔を上げ、アトラに説明した。

「こちらの方は……言うなればテネブレのもう一方の主。昔、私の祖先がこの土地をまとめ上げたとき、人と魔獣との仲立ちをしてくださった偉大なる魔獣。この地で魔獣が人に危害を加えることなく交わって暮らしていられるのは、この方が睨みを利かせておられるからだ」

『これ、人聞きの悪い。睨んでなどおらんぞ』

 そんなふうに茶目っ気たっぷりに言ってのける王獣に、アトラは瞬いた。威厳ある堂々たる佇まいに、モーリスから語られた驚くべき業績。それに反して気質がずいぶんと気さくだ。モーリスにこの声が聞こえていないのは残念だ。

 とはいえ、気性の穏やかさは分かっているらしい。モーリスは畏まった態度と言動を取ってはいるが、緊張している様子はない。

(そういえば、第一声があれだったのだし……)

 当てつけかとか、若いのうとか。テネブレ領はもともと別の国で、クラーウィス王国に併合されたのでさえ数百年前のことだ。建国はそれよりも前のはずだから、この魔獣は少なく見積もっても数百年を生き続けている計算になる。そんな存在から見れば、こちらは若いどころではないだろう。

『お嬢さんの考えていることはだいたい推測がつくのだが、儂とてそこまでべらぼうに長く生きているわけではない。せいぜいが七百年といったところだ。そのせいか、古臭い言葉遣いをしているように聞こえるであろう? 別に語法がどうとかではなく、お嬢さんの心に届くときにそのように受け取られているというだけだな』

 そういえば、なんとなく口調が――口調と言うのが適切かは分からないが――イーラに似ていると思ったのだった。それは別に魔獣だからみんな同じとかではなく、長く生きた魔獣だからなのかもしれない。人間目線で「長い」ということだが。イーラもああ見えて、思った以上の歳月を重ねてきているのかもしれない。普通の獅子と同じくらいの年齢だろうとなんとなく考えていた。

 気さくなうえに、ずいぶんと親切な魔獣だ。なんとなく抱いていた疑問も掬い上げて答えてくれている。それはもしかして、過去にもアトラと同じように疑問に思った者がいたのかもしれない。昔は魔獣と意を通じる者はもっと多かったようであるから。

 モーリスが困ったように少し苦笑した。

「こちらからお出迎えするつもりでしたのに。ご連絡いただいた時間よりも早いですが、いつお戻りでしたか? ねぎらいの準備も整っておりませんが」

『なに、ついさっきだ。妙に気にかかる気配を感じたのでな、少し歩いておったまでよ』

 モーリスがアトラに視線を向けたので、これは通訳のようなことを求められているのだろうと悟り、伝わってきた言葉をそのまま声に出した。モーリスはアトラに礼を言い、王獣に言った。

「そうでしたか。直前にお立ち寄りになったところの者が何か間違って連絡したのかと思いましたが。ところで、気にかかる気配とは?」

『いや、まったく心配するようなことではない。気にするな』

 これもアトラが通訳する。アトラから見ても王獣は上機嫌で、何かを心配したり警戒したりしている様子はない。意味ありげにアトラに視線を向けているところから考えるに、その気配とは魔獣と意を通じるアトラのものなのだろうか。

 モーリスも同じように考えたらしく、ほっと息をついた。

「それでしたら良うございました。改めまして、テネブレ全土の見回り、お疲れ様でございます」

『うむ』

 モーリスの言葉で、アトラにも納得がいった。モーリスの用事とは、テネブレ領を見回っていた王獣を出迎えることだったのだ。王獣の到着が早まって、こうして廊下でばったりと出くわすことになってしまったが。

「アトラ、ありがとう。あなたがいると意思疎通がスムーズだ。私の言葉はすべて伝わっているのだが、返答はいつも紙に書かれた単語を指していただくことで行っていた」

「いえ。お役に立ててよかったです」

 さっそく、この能力が役立ってくれた。イーラ以外にも通用する力だと分かったのも大きい。これはもしかして、大きな武器になるのではないだろうか。たとえここを出ることになっても。

 内心が顔に出てしまったのか、モーリスが笑顔のまま釘を刺した。

「私としては、その能力は余所ではなく、私の近くで役立ててもらいたいところだな」

 アトラは首をすくめ、王獣は羽を震わせて笑った。

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