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「……なるほど、話は分かった。あなたがそうしたことに興味を持つのは当然だし、もちろん許可しよう」

 そう言ったのはモーリスだ。サリに案内されてわくわくしながらついて行ったのだが、なぜか案内された先にはモーリスがいた。

(お忙しそうだから煩わせたくなかったのに……)

 少し恨みがましくサリに視線を向けると、サリは少し申し訳なさそうにしながらも宥めるような視線を送ってよこした。そうは仰っても、閣下に話を通さずに勝手なことはできませんから……そんなところだろう。

「私もそちらへ用があるから、ちょうど良かった。途中までご一緒しよう」

「えっ!? ……と、ありがとうございます……」

「いや、むしろ私のためだな。少しでも長くアトラと一緒にいたい」

「…………!」

 髪を掬って口づけられながら、そんなことを言われる。頬が茹で上がったように赤くなったことを自覚した。サリが面白い見物だとでも言いたげな表情になっているが、それに文句を言うどころではない。いっぱいいっぱいだ。

 返事を急かすつもりはないと言ってくれているが、いつまでこちらの心臓が保つか分からない。モーリスがひたすらに甘い。実家ではぼろ雑巾さながらの扱いを受けていたから、こうも落差があると現実味がない。自分に都合のいい夢を見ているのではないかと思ってしまう。

 ふわふわと現実感のないまま、管理の行き届いた邸宅の中を進む。人の出入りが多く、魔獣も普通に出入りするため、清潔さを保つために使用人の数も多い。

 歩きながらモーリスは説明した。

「一口に調教師と言ってもさまざまな者がいる。最も本来的な形としては、野生の魔獣を馴らす者だな。人工的な繁殖は不可能だから、人間の領域に迷い込んだり、親に捨てられたり、人に馴れた個体が産んだり、そうした個体を幼いうちから育てつつ教えるのだ。人に馴れた魔獣であっても、仔は野生の生き物として扱うことになっている。奴隷の子供だから奴隷、みたいな人間の世界の法律は通用しない。魔獣は個体差が大きく、野生の本能も強い。代々馴らしていっても家畜化はできない」

 そうしたモーリスの説明を興味深く聞きながら足を進める。とくに速足になる必要もなく、かといって遅すぎることもない。歩調を自分に合わせてくれているのだと悟り、魔獣の話が一瞬で頭に入らなくなった。足がもつれそうだ。

 そんなアトラの内心など知るよしもなく、モーリスは話を進めている。

「その中でもちろん餌を用意して与えたり、購入を希望する人間との仲立ちをしたり、さまざまな雑事が必要になる。調教師によってはそうした作業を自分ひとりですべてこなしたり、他人に割り振ったり、考え方が異なる。だが一般の者にはそのあたりの必要性や妥当性など分からないから、魔獣に関わる者を一絡げに調教師と呼んでいるのだ。まあ、広義の意味というわけだな」

 足取りも思考も定まらないが、ともかく、魔獣に関わる作業をする者が一般的に調教師と呼ばれ、その中でも野生の魔獣を馴らす者が狭義の意味での調教師なのだと理解した。

「……あれ? なんだか心当たりがある気がします……?」

「そうだな。あなたがイーラにしてきたことだ。あなたはもうすでに調教師と呼べるだろう」

 そういえば、モーリスは初対面のアトラのことを調教師と呼んでいた。まったく心当たりがなかったのだが、こうして説明されると納得する部分もある。

「でも、もっとこう、公的な資格とかが必要なのだと思っていました。勝手に名乗ってはいけないものなのかと……」

「確かに資格制度もあるし、資格を持っていないのに資格があると言ったら問題だが、調教師だと言う分には別に問題ないぞ。資格を持たない者が調教師を名乗って雑用をこなしたり、こなしつつ学んだり、そういうこともある」

「そうなのですね……」

 意外と自由だ。もちろんコネのない者が飛び込める世界ではないのだろうが、曲がりなりにも経験を積んだ自分なら、雑用係として潜り込んだりできるかもしれない。

「……しかし、気になるな。翼獅子か……」

 モーリスが独り言を零し、難しい顔をする。

「あの……イーラのことですか? イーラが何か……?」

「ん? ああ、イーラが悪いことをしたとか、咎めようとか、そういう話ではない。少し気になったことがあるだけだ。……しかし本当に、よく生きてくれていたものだ、アトラ。あなたが失われていたかもしれないと思うと……いや、イーラではなく、憤懣をぶつけるべきはあなたの実家だな。魔珠を握られた魔獣は本能的に極度に不安定になるものだから、それを責めても仕方ない」

 言いながらごく自然に、モーリスはアトラを抱きしめた。その腕が小刻みに震えているのに気づいてしまい、羞恥心が掻き消えた。……本当に、生きていてよかった。この人に会えて、こんなに大切にされて……そうしたことを知らずに命が終わっていたのかもしれないと思うと、今更ながらに怖くてたまらなくなる。

 しがみつくように自分から腕を回し、力を込める。モーリスは少し驚いたようだったが、アトラに倍する力で抱きしめ返してきた。コルセットどころではない締め付け方だが、まったく不快ではない。もっと、もっと強くと望んでしまう。

 その気持ちが伝わったのだろうか。モーリスはふと腕を緩め、瞬いて見上げたアトラと視線を合わせた。

 黄金の瞳が、まっすぐにこちらの瞳を捉えている。瞳だけではなく、体を貫くような強さで。

 アトラは目を見開き、硬直して動きを止めた。この先のことを否応なく理解してしまう。拒絶などできない。拒絶など……したくない。

 視線が近く交わり、唇に唇が落とされる――寸前。

『なんだ、我への当てつけか? いいのう、若いのう』

 そんな声が聞こえてきた。

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