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 馬車で二か月近くをかけて辿り着いたテネブレ公爵領は、噂通りの場所だった。いや、それ以上だ。角を持つ馬が馬車を曳いているし、四つ足の獣が蝙蝠の羽を以て空を飛び、荷を運んでいる。もちろん魔獣たちだ。

 人間とともに働いていたり、昼寝していたり。魔獣が当たり前のように溶け込んでいる風景は新鮮だった。アトラも南部の育ちとはいえ、魔獣は貴族のものだ。このテネブレ領のように一般の人々にとっても当たり前の存在というわけではない。

 魔獣たちばかりではない。日干し煉瓦の建物が立ち並び、南国の日差しにさらされて白っぽくなっている中に濃い緑色の葉を茂らせた椰子などが揺れている様子など、まるで異国のようだ。ぱっと見た感じ、街中で売られている皮の厚いパンや色鮮やかな果実、香辛料の効いた串刺し肉、木材や木の実を磨いて作られた装飾品なども、クラーウィス流ではない。元は別の国だったということを強く意識させる。

 ラクス伯爵領を出たときは早春だったが、移動に時間をかけたということもあり――急げば二か月もかからないのだが、モーリスが移動ついでに知己を訪ねたり、その地で飼われている魔獣の様子を確かめたりしていたので――、到着した公爵領は夏の様相だった。南北に長いクラーウィス王国でもいっとう南にある土地だから、それも道理だ。王都よりも季節が一つくらい先に進んでいる。さらに南へ行けば魔獣の領土だから、公爵領は人間の領土の最南端と言える。

 車窓から街の様子を眺めるアトラたちを乗せて馬車は進み、やがて広々とした白亜の大邸宅に辿り着いた。前庭がとんでもなく広く、水路のような川が流れて噴水のしぶきが陽にきらめいている。道が川に沿ってまっすぐに伸び、棕櫚の木装飾的に等間隔に植えられていた。そうした中を、魔獣たちがのびのびと動き回っている。

 馬車が車寄せに着くと、モーリスは先に馬車を降り、アトラを気遣うようにエスコートした。

「アトラ、具合が悪いことはないか? ここはクラーウィスの中央部よりもずっと日差しが強いからな、慣れない者にはきついかもしれん。立ち眩みなどはないだろうか」

「ありがとうございます。大丈夫みたいです」

 長時間の移動や慣れない環境で疲れてはいるが、具合が悪いようなことはない。そう答えると、モーリスは安堵したように頷いた。

「髪や瞳の色が濃いのは日差しに強いが、肌は白いから案じていた。大丈夫ならよかった」

「そうですか、髪や瞳が……」

 アトラの瞳は特に特徴のない濃褐色だ。母から受け継いだ髪や瞳の色に不満はないが、エゼル王子がウィリディスの緑の瞳を褒めてアトラの黒っぽい瞳を貶したときはやるせなくなった。クラーウィスの上流階級の間では淡い色の髪や瞳が好まれるので、エゼルも例に漏れずアトラの色を不満に思っていたようだった。

 王都では不利にはたらいた髪色や目の色が、南国では強みになるというのなら嬉しい。いっそ肌の色も母のような象牙色ならよかったのだが、こちらは父に似てしまった。

 モーリスはアトラの髪を愛しげに撫で、一筋すくって口づけた。

「艶やかで、美しい色だ。よく似合っている」

「…………!」

 そんなことをさらりと言わないでほしい。これまで貶されてばかりだったものを、まるで宝物のように。

 ついでのように頬に触れる指が少し冷たい。自分の頬が火照っているのだと悟り、ますます頬に血が上る。

 アトラの動揺を楽しむように笑っている公爵の余裕が悔しい。白皙の頬は滑らかに白いままだ。

 アトラの視線に気づいたのか、公爵が補足するように説明した。

「私の肌も瞳も母譲りだ。南部の者にしては色が淡いが、父方の血のおかげか日差しなどで不自由することはない。夜目も効く」

 不思議だが、そういうものらしい。アトラは頷いた。

「テネブレの直系としてはあまり好ましくないとか何とか言われたが、実力で黙らせた。魔獣と通じ合う者が当主になるのだ。もしもあなたがテネブレに生まれていたら当主になっただろうな」

「いえ、そんな……」

「誇っていい。稀有な資質だ。魔獣と意を通じる者は時代とともに減っていっている。現代ではほんとうに稀だ。……ああ、だからといってあなたをつがいとして選んだわけではないぞ。能力が欲しいなら勧誘するだけだからな。伴侶として欲しいのだ」

「…………!」

 ごく自然に、事あるごとに、口説かれる。あまりに慣れていなさすぎて、どうしていいか分からない。

『……いつまで突っ立っているのだ?』

 イーラの呆れ声で我に返る。助かった、と思いつつアトラはぎくしゃくと足を動かした。イーラがしなやかな動きで地面に降り立つ。

「ようこそ、アトラ、イーラ。我が邸宅へ」

 公爵の声に呼応するように、周辺の使用人たちがこちらへ向かって一斉にお辞儀をした。

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