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不登校の女の子に出会った

作者: 粗茶の品


 ー月曜日ー


 いつも通り学校が終わり、荷物を持ち、土手歩いて家に帰っている。

 俺は鞄には入れず手に持った一枚の紙を見た。


『進路希望調査』


 そう書かれている紙は夏休み前に渡されたものだ。

 いつもなら俯いて地面を見ながら帰っているのに今日はこの紙を睨みつけながら帰っている。


 学校で「2年の冬休みまでにはある程度進路を決めておけ」と言われたが俺は全く考えていなかった。そろそろ提出期限なのだが一向に決まらない。


 そもそも決めるにしても冬休みまで3ヶ月近くあるしまだはやくないか。それにまだ2年生だ。3年になって変える可能性だってあるんだしそんなに焦る必要はないと俺は思う。

 まぁ、そんな愚痴を友達に言ったら「お気楽すぎないか?」と言われたが。


 はぁ、と大きめのため息をついた時、突風に紙を持って行かれてしまった。

 幸いなことに風はすぐに止み、紙は橋下近くの河川敷に落ちた。


 良かった。本当に良かった。

 これで紙を紛失すれば担任教師に紙をもらいに行かなくてはいけなくなる。それは本当にめんどくさい。


 俺は河川敷へと降りてまた飛ばされないよう少し駆け足で紙の方へ歩いていく。

 紙に少し土がついてしまったがこれくらいなら問題ないだろう。


 紙を拾い上げ前を見ると橋の壁の中央辺りにいる1人の女の子が目に入ってきた。

 さっきまで紙を注視していたから全然気づかなかった。


 見たところ俺と同じ学校の制服をきている。

 彼女は両手で膝を抱えて俯いている。


 こんなところで一体何をしているんだろう。

 この辺りは少し街中から離れているから人通りが少なく、静かな場所だ。

 最近は来ていなかったが俺はたまにここを通って帰っている。朝はいつもここよりも早く学校に着く道を使っているから知らないけど、今まで同じ学校の生徒に会ったことがないからほとんどここを通る生徒はいないと思う。

 それなのに今女子生徒が1人あそこに座っている。


 ブーン、と飛行機が通り過ぎる音が聞こえてきた。ふと空を見上げると白い月が出ている。昇り始めだからかそのすぐ近くには山があった。


 前を向き直すと彼女の顔が少し上がっていたがまたすぐに俯いてしまった。

 一瞬見えたその顔はどこか悲しそうでその目には涙が浮かんでいるようだった。


 彼女に何があったのだろうかと少しばかりの好奇心と意味のわからない同情心のようなものが出てきた。


 気がつけば彼女に向かって歩き始めていた。


 いつもの俺であればこんなことは絶対にしない。だけど何故か彼女のことを放っておく気にはなれなかった。


 俺はいつもそうだ。面倒なことはしたくないのに、困っていそうだと思ったらつい手を差し出してしまう。余計なおせっかいかもしれないのに。

 今回だって俺が話しかけたところで解決する保証なんてないし、そもそも初対面の俺に打ち明けることなんてないだろう。


 まぁ、いい。当たって砕けよう。どうせ今後関わることなんてない。彼女もこんなことをあったと誰かに話したりはしないだろう。拒絶されたらされたで別に構わない。


「あの、大丈夫ですか?」


 返事がない。聞こえていないのだろうか?


「大丈夫ですか?」


 もう一度問いかけると少し間をおいて彼女は顔を上げた。


 彼女はこちらを見てビクッと体を動かた。


「え、あ、あの、大、丈夫です」


 彼女はすごく驚いた顔をしている。


「あの、どうかしましたか?」


 こちらの機嫌を伺うように彼女は尋ねてきた。


「いや、何かあったのかなって」


 彼女はまた俯いてしまった。


「最近、誰とも話してなかったから少し、驚いただけです」


 彼女の姿が少し寂しそうに見えた。


 俺は何と言えばいいのかわからなくなって少し黙ってしまった。


「その制服を着ているってことは近くの西高の人ですよね?」


「はい、そうです」


「最近は学校にもあまり行ってないのでよくわかんないですけど、勉強って難しいですか?」


「まぁ、それなりにですね」


 いつの間にか彼女は顔を上げて話をしてくれた。

 何故彼女が学校に行けていないかは推して知るべしことだろう。彼女だって辛い話はしたくないはずだ。


「ふふ、そんなに畏まらないでください。」


 彼女は少し笑いながらそう口にした。

 だけど初対面の女子にいきなりいつも通り話すのは俺にはなかなかにハードルが高い。


「善処するよ」


 ふふっと彼女はまた笑った。

 何がそんなに面白かったのだろう?多少でも楽しんでくれているのならいいが。


「あの、私は姫野かなっていいます」


 彼女はこちらを見ながら名前を名乗った。

 正直、名前を言う必要なんてまるで感じなかったけど名乗られたからには俺も名乗るべきだろう。

 


「佐々木千早と言います」


「よろしくね。佐々木さん」


 笑いかけられながら名前を呼ばれると不覚にもドキッとしてしまった。

 学校では男子とばかり話していて女子に名前を呼ばれる機会なんてないから少々恥ずかしい。

 そういば彼女の名前どこかで聞いた覚えがある気がする。思い出せそうにはないけど何故か妙に引っかかる。


「ところでその紙は一体何?」


 彼女は不思議そうにその紙を見つめた。

 もちろんその紙というのは進路希望調査のことだ。


「進路希望調査だよ」


「へー、でも進路決めるのまだ早くない?」


「俺もそう思う」


 初めて誰かとこの意見が合った。友達は「そんなことない」と言う人ばかりだったから少し嬉しい。



 それから少しばかり学校での近況の話をしていた。

 彼女はだいぶ明るくなって話しているうちにもよく笑っていた。


「ごめん。そろそろ帰らなきゃ」


 腕時計を見ると結構時間が経っている。今日はこれから塾に行かなくてはいけない。


「今日はありがとう。久しぶりに誰かと話せて楽しかったよ」


 俺は彼女に軽く手を振ってから帰路に戻った。










 ー火曜日ー


 今日もまた昨日と同じ帰路を歩いている。

 昨日はとても楽しかった。昨日出会った姫野かな。彼女とはすごく意見が合ったし、少々会話も弾んでしまった。

 もしかしたらまた会えるかもしれないという淡い期待を持って今日もこの道を歩いている。


 そういえば今日学校に行って気づいたのだが彼女は同じクラスだった。それに気づけなかったのは俺がいまだにクラスメイト全員の名前を覚えていないのと彼女が夏休み明けから学校に来ていなかったからだ。

 それ以前からも彼女は休みがちだったらしい。らしいというのはこれは友達から聞いた話だからだ。正直俺はあまり覚えていない。


 昨日出会った橋が見えてきて河川敷へと降りた。

 先へと歩いて行くと昨日と同じ場所に彼女は座っていた。

 昨日とは違い今日は顔を上げて前を見ていた。こちらに気がつくと彼女は笑顔を作った。


「こんにちは」


「こんにちは」


 彼女の明るい挨拶にこちらも出来るだけ明るく挨拶を返した。


「また会えましたね。」


「そうですね」


 本音は会いたいと思って来ている訳だが恥ずかしくてそんなこと言えない。


「また会えたらいいな、なんて思ってたので会えて嬉しいです」


 恥ずかしい。彼女も「会えたらいいな」なんて思ってくれていたことはすごく嬉しいが面と向かって言われるとすごく恥ずかしい。


「佐々木さん。指に絆創膏貼ってますけど大丈夫ですか?」


 彼女は俺の指をじっと見つめた。

 この絆創膏は今日の家庭科の調理実習で包丁がズレてしまって指を切ってしまったからだ。幸い傷は浅いし心配するほどではない。


「これは今日ちょっと調理実習しちゃって」


「大丈夫何ですか?」


「大丈夫、大丈夫。そんなに深くないし。ほんと昔から不器用だからなぁ」


「そうなんですか?」


「料理とか裁縫とか昔から苦手で」


 別に嫌いというわけではないができればやりたくないほどに家庭科は苦手だ。

 裁縫なんてやると上手く真っ直ぐに縫えないし、何度も指に針を刺したことがある。


「そうなんだ。最近はやってないけど、私、裁縫は得意だったな」


 俺はふと彼女の左手首に巻いてある大きめのリボンを見た。そのリボンは薄め赤で白い糸で色々な模様の刺繍が施されている。かなり細密で綺麗だ。


「そのリボンの模様、姫野さんが縫ったの?」


「そうだよ。これ結構頑張ったんだ。私が作ったたった一つのリボン」


 彼女は左手首のリボンをそっとほどいた。

 それと同時に衝撃的なものが視界に入ってきた。

 そのリボンの下に大きな傷があった。その傷は制服の袖の中へと伸びている。


「その傷どうしたの?」


 俺は言ってからハッとした。きっとこれはあまり触れられたくない話題だろう。


「そうだった」


 彼女は自分の左腕にある傷を眺め、慌ててリボンを巻いた。


「ごめんごめん、大丈夫だよ。これは前に私がヘマしてついちゃったやつだし」


 ははは、と彼女愛想笑いを浮かべた。

 やはり触れられたくはない話題だったみたいだ。完全に失敗した。


「それよりさ、昨日続きを聞かせてくれない?」


 彼女は自分手を握りながらそう言った。

 俺は上手くできていたかはわからないが笑顔を作って頷いてみせた。


 それからは昨日と同じように話しをした。出来るだけ傷のことは意識しないようにしながら。

 話している時間は彼女も笑っていたしすごく楽しかった。だけど彼女の左手が目に入ると少し苦い気持ちが出てきた。


「ごめん。そろそろ帰るよ」


 時計を見ると昨日と同じぐらいの時間になっていた。今日も塾があるのでそろそろ帰らないとまずい。


「今日も楽しかったよ。ありがとう」


 彼女は立ち上がって微笑みながら


「ねぇ、またここにいると思うからさ、たまにでいいからまた私とお話してくれないかな」


 俺は嫌われていないみたいで安心してしまった。

 そんなのはお安い御用だし、むしろこっちからお願いしたいくらいだ。


 「もちろん」


 そうとだけ言って手を振ってから俺はその場を後にした。









 ー水曜日ー


 俺は今日も今日とて土手を歩いていた。


 つい先日「たまに」と言われて翌日に会いに行こうとするのもどうかとは思うが俺は会いたくてしょうがなかった。

 でも気がかりなことが一つある。それはもちろん彼女の腕の傷だ。あれは一体誰につけられたのだろう。本人は自分のせいだと言っていたけれど本当にそうなのだろうか。

 もしかしたら彼女があそこにいる理由もそこにあるんじゃないかと思ってしまう。


 これは全部推察だけど学校でいじめられていて学校には行けなくて、親からは虐待を受けていて家にもいられないとしたらあそこにいる理由がつくんじゃないだろうか。

 彼女は明るくて初対面の俺にも普通に話してきた。だから他人とのコミュニケーションが苦手で学校に行けないみたいな感じには見えない。

 傷に関しては学校が関係しているようには思えない。学校内で生徒が起こしたならかなりの騒ぎになるだろうし学校外でもまともな親であれば学校に連絡して学校内で騒ぎになったり噂が流れたりするだろう。だけどそんなのは一度も聞いたことがない。

 それに彼女がいつからあそこにいるかは知らないが何の連絡もなく登校していなければ学校から家へ連絡が行くはずだろうし、もし朝から家にいないのであればこれもそこそこの騒ぎになったはずだ。そうならないということは親が認めていることになる。


 もちろんこれは娘のことを思ってあえて放置している可能性もあるし、傷の件も彼女が黙っている可能性もある。そもそも前提から間違っている可能性もある。何にせよこれは俺の勝手な推察だ。


 そんなことを考えているといつもの橋が見えてきた。昨日と同じように河川敷へ降りて橋の下へと歩いていく。


 今日も彼女はそこにいた。


「こんにちは」


「こんにちは」


 昨日と全く同じやり取りだが今日彼女は立っていた。


「本当に来てくれたんだね」


「昨日の今日だけどね」


 彼女は口に手を近づけてふふッと笑った。


「今日は何のお話をしよっか」


 彼女はいつもの定位置に座りながら言った。俺もその近くに座り込む。


「ねぇ、貴方は、記憶を持ったまま生まれ変われるなら何がいい?」


 生まれ変わりたいもの。いきなりな話題だ。よく取り上げられるものの気もするがあまり考えたことがない。せっかくなら人の姿で出来なかったことをしたいとも思うがもう一度人生をやりたいとも思う。


「私はね、鳥になりたいんだ。まぁ、定番だけどね」


 鳥、か。まぁ、この手の話題では定番のものだろうけれど実際いいと思う。鳥の翼であれば人の足よりも多くの場所に行ける。自分の力のみで色んな物が見れる。


「私は鳥の勇気に憧れた。飛べるって分かってても初めて飛ぶのって怖いと思うの。恐怖に立ち向かって打ち勝って自分の力で新しい世界を手に入れる。私には立ち向かう勇気も自分で手に入れた物もないから。私も鳥になれれば手に入れられるかなって。」


 彼女は上を見上げた。何もない橋の裏の黒い面を。


「ねぇ、貴方は何になりたい?」


 俺は何になりたいんだろうか。憧れているものもやりたいこともなくて、何となく好きな物を並べて、いつでも引き返せるよう丁度いい加減を探してその日を生きてる。


「何だろうな、俺やりたい事とかも特に無いから全然思いつかないや」


「そんなに考え込まなくてもゆっくり探して行けばいいと思うよ。やりたいものを始めるかどうかなんてその人の気持ち次第だし。結果はともかく本当にその志があるんならいつでも始められるんだから」


 彼女はどこか悲しい顔をしながら言った。初めて会った時とは違う過去を悔やむような悲しい顔だった。


「ところで、もうすぐ体育祭があるんだよね」


 話が突然移り変わった。それと同時に彼女の悲しい顔も心なしか晴れていた。




 体育祭の話をしていると雨が降り始めた。朝から雲行きは怪しかったがとうとう我慢出来なくなったらしい。


「雨も降ってきたし、今日はそろそろ帰りなよ」


「そうだね」


 俺は帰ろうと思い立ち上がるが、彼女は立ち上がろうともしなかった。


「君は帰らないの?」


「うん。傘もないし雨宿りして帰るよ」


 彼女はそう言って俯いてしまった。


「傘貸そうか?折りたたみもあるし」


 今日は朝から怪しかったから傘を持ってきているけど、いつも突然降り出してもいいように折りたたみの傘を持ち歩いている。

 だから一本貸したぐらいじゃ問題はない。

 傘を差し出すと彼女は彼女の両手を握りながら拒否を示した。


「いいよ。折りたたみってちょっと小ちゃいでしょ。ちゃんと自分で使いなよ」


「なら、せめて折りたたみを」


「大丈夫だから!」


 今日1番の声で彼女は言った。


「ほら、強くなるといけないから早く帰った方がいいよ」


 今度はいつも調子でこちらの帰りを促した。


 頑なに拒否された。物の貸し借りが嫌いなのだろうかそれとも()()()()()()()()のだろうか。

 そう思うとあの考えが出てきてしまった。ここにくるまでに考えていたあの勝手な推察が。


「それじゃあ、また」


「うん、またね」


 彼女はこちらを見て手を振った。

 俺は手を振り返して立ち去った。









 ー木曜日ー


 今日は創立記念日のため学校は休みだ。

 彼女もいないとは思うが家に居てもやることがない俺は買い物ついでにいつもの橋下へと向かっていた。


 学校方向とは反対にある少し遠い店に行っていたからいつもよりかなり下流の方から土手に入って歩いている。

 歩いていると川の向こう岸に赤い布のようなものが見えた。何故かわからないけど妙に気になってしまう。

 特に急いでいる訳でもないし俺は近くにあった小さい橋を渡ってそれの正体を確かめた。


 それは赤いリボンだった。

 ひどく汚れているそれは白い糸で刺繍されている。


 俺にはその模様に見覚えがある。これは彼女が持っていたものだ。

 彼女は自分で縫ったものだと言っていたしこれはこの世に2つもないものだろう。

 昨日あの後流されてしまったのだろうか。

 何にせよこれは大事なものだろう。


 俺はそのリボンを持って目的地へと向かった。




 橋の下に着くと彼女はいつもの場所で座っていた。


「今日は早いけど、学校お休みなの?」


「ああ、創立記念日だから」


 俺は驚いてしまった。創立記念日を知らなかったことではなく、彼女は腕に先程拾ったリボンを付けている。


 一体どういうことだ。これは2つ作っていたものだったのか。でも彼女はたった一つと言っていた。


「ねぇ、さっきこれを拾ったんだけど」


 俺は手に持っていた袋に入れたリボンを差し出した。

 すると彼女は驚いた顔をした。


「そっか、君がが見つけてくれたのか」


 彼女はそう言うと手をこちらに差し出した。


「私の手を触ってくれませんか?」


 俺は恐る恐る手を近づけた。

 しかし、どういうわけか彼女の手がある位置になっても何の感触もない。


「今まで隠していてごめんなさい。私、実は幽霊何です」


 俺は驚きを隠せなかった。

 言われても信じられなかった。信じたくもなかった。

 だが、彼女の手が触れない。このたった一つの事実がそれが真実だと俺を信じさせていく。


「これは私にとって一番思入れのある姿。家の中ではほとんどこの姿だったから。本当の私はそこに眠ってる」


 彼女は自分の座っているすぐ前の地面を指差した。


 そこに彼女の死体があると言うのだろうか。だから彼女はいつもそこにいたというのだろうか。


「私、夏休みに親に殺されちゃったんだ。そして隠すためにここに埋められた。それからずっと1人でたまに通る人達には私は見えてないらしくてずっと寂しかった」


 彼女は橋の裏を見上げた。


 俺の推察は少し合っていたといんだろうか。全く嬉しくなどない。

 話を聞いていると自分に対する怒りと悲しみが込み上げてきた。


 初めて会った時無視された上に驚いた顔をされたのも、仲がいい人を失ったっていうのも、頑なに傘を受け取らなかったのも、不登校なのもそう言われれば納得してしまう。

 だけど納得なんてしたくない。


「貴方にあえて本当によかった。私を見つけてくれてありがとう。たくさん話してくれてありがとう」


 彼女は立ち上がり満面の笑顔をこちらに向けた。


「そのリボンは君にあげるよ」


 言われて手に持っていたリボンを見つめると彼女の手がちょうどこちらの手に重なるように入ってきた。

 顔を上げると笑顔の中に涙が浮かんでいる目がみえた。


「ありがとう、佐々木くん」


 そういうと彼女は視界の中から消えていった。


 そっと頬を触ると涙で濡れていた。一体いつからだろう。


 彼女が何故消えてしまったのか俺にはわからない。未練がなくなると幽霊は天に帰るというけれど彼女もそうなのだろうか。

 考えたところで真相はわからない。



 俺は彼女の座っていた場所にしゃがみ込んで彼女が指差していた場所を掘り返してみた。

 10センチほど掘ってみると黒いビニール袋のようなものが見えた。触ってみると硬い骨のような感触がした。


 急に吐き気が出てきた。それと一緒にまた悲しみが込み上げてきた。


 何故彼女が死ななければならなかった。彼女はとてもいい人だった。とても恨みを買うような人には見えなかった。


 どうして。どうして。どうして。

 何故。何故。何故。




 俺は一度帰ってから警察に連絡した。

 その後間も無く、彼女の両親は逮捕されたと報道された。


 正直あの時の悲しみは全然振り切れていない。

 ニュースでも彼女の話題が出るとどうしようもない怒りと悲しみが頭の中をぐちゃぐちゃにした。


 彼女からもらったリボンは通学鞄に付けていいる。

 リボンを見ていると思い出してしまうから付けるかどうか悩んだが少しだけでも彼女を学校に連れて行ってあげたかった。

 まぁ、こんなこと意味なんてないだろうけど。


 彼女は今何をしているのだろうか。

 俺は今進路希望調査を書いている。月曜に提出なのだ。


 最後に氏名を書いていると窓からゴンっと音がした。窓の外を見ると鳥が1羽飛んでいった。


 そういえば彼女生まれ変わったら鳥になりたいと言っていた。

 今の鳥が彼女だったらいいな、なんて身勝手なことを考えながらペンを筆箱へ直した。



 

 




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