6「弟子だ!!!」
ララの家は薬屋だった。
生まれはそこではなかったが、薬師をしていた育ての親に拾われ不自由なく育てられた。そして不自由なく生きていくために、調薬の方法や薬の知識を惜しみなく与えられてきた。
聖女の力が発現する以前には育ての親に代わり薬師をしていたこともあり、ララの腕は未熟なものではなかった。
それがララの「素人じゃないですよ?」発言に繋がったわけで、そうなると魔王は俄然興味が湧いてしまう。
なぜなら魔王の薬の知識はすべて独学だったからだ。それゆえに、人間の薬の知識は魔王にとって真新しい刺激だった。
試しにララに薬研を使わせてみれば手慣れた様子で薬草を擦り潰してみせた。ならば調薬はどうかと乳鉢を渡せば、戸惑うことなく必要分の粉末を擦り合わせた。
魔王は感動した。
ララの手で作られる薬は魔王が思い至らない人間の病気や怪我に使うものもあり、ララの持つ薬の知識には感嘆せずにはいられなかった。
弟子にしてほしいとせがむララに、むしろ魔王が知らぬ薬のことを教えてほしいくらいだった。
そんなわけで、ララには薬草を擦り潰す手伝いをしてもらうことにした。魔王の薬屋ということもあり調薬はララには任せなかったが、下準備をしてもらえるだけで効率よく薬が作れるようになった。
魔王は今まで通りに日中は食料調達をし、夜が更けてから準備された薬草の粉末で調薬をする。
ララは薬屋の掃除や家事、あまった時間で魔王から与えられた薬研で薬草を擦り潰した。
二人にとってちょうど良い生活の基盤ができ、少し経ってそれが馴染んだ頃。魔王が予見していた来客は、陽気に薬屋の扉を開けた。
「センセー! 来ったよー!」
たくさんの荷物を抱えた男がズカズカと薬屋へ入ってくる。ちょうど魔王が一息ついてお茶を飲んでいる最中だった。
突然の大声に「ヒッ」と座っていた椅子からお尻を浮かせたのは言うまでもない。
「おま、お前、いつも静かに入ってこいと言っているだろう」
「商人は声の大きさが武器だからね!」
悪びれなく笑顔を向ける男、馴染みの商人はマルシャンだ。驚きで胸に手を当てる魔王を「んー?」とまじまじ見た。
「センセー、髪型どうしたの? イメチェン?」
「ほっといてくれ」
魔王の髪型はいまや、質の悪い縦ロールのようになっていた。幸いちりちりになることを免れた根本から肩あたりまでの毛は以前通りに伸ばすことができたが、それより先は壊滅的に痛み縮れている。
後頭部で括っていれば魔王自身は問題ないのだが、それを見るララはいつもどうしたものかと戸惑いの視線を送ってきていた。
「んー」とマルシャンは荷物をどさっと下ろすと、その中から値の張りそうな小瓶を漁り出した。
「貴族御用達! ヘアオイルあるよ、買う?」
「いらん」
即断な魔王に、マルシャンは特に気を悪くすることなく小瓶をわきに置いた。開いた荷物からさらにいろいろと取り出す。
「じゃあ前にセンセーに頼まれてた、この辺りじゃ手に入らない生薬と……薬の材料足りないのにどうやって薬作ってんだろ……新しい衣服と……身なりに無頓着で数年に一回しか頼まれない……生活用品もろもろ……これでどうやって生活してんだろ……冬を越すための保存食……明らかに足りないけど人間じゃないのかな……」
ぶつぶつと注文を照らし合わせながら魔王の前に品物を並べていく。魔王は交えられるマルシャンの本音にドキッとしながらも平静を装い、こいつに生薬を頼んだのは間違いだったなと胸の内でため息を吐いた。
すべて出し終えたマルシャンは「以上です、まいど!」と両手を合わせ、間違いなく品物を確認した魔王は、そっと生薬をマルシャンの目の入らない他の物の影へ隠した。本音を隠さないこの男に、あまり薬について踏み込まれたくなかった。
「さて、では、センセー!」
ずずいっ、とマルシャンが魔王に近づく。
「大本命のお薬ちゃんは!?」
「……用意する」
近い、と魔王は手で押し退けてからこれまでにララと作った分の薬をマルシャンの前に広げた。小分けにした薬包の山に、マルシャンは声を高くした。
「ひゃー! 今回多いね! ぼくのために作ってくれたの?」
「多く用意しておかなければお前、薬屋をひっくり返してでも根こそぎ持っていくだろう」
「センセーの薬は人気だからね!」
マルシャンは薬包を一つ手に取ると「愛しの金になるお薬ちゃん」と頬擦りをした。ダダ漏れな本音に魔王はドン引きする。
「お前、変な売り方してないだろうな……」
「御貴族様にしか吹っかけてないよぉ」
以前、常連客であるシジマが言っていた。魔王から薬を買い付けている商人はボロ儲けをしている、と。
その話を聞いたところでさして興味を引かれなかった魔王だが、マルシャンのこの様子には呆れるしかなかった。
「マーマオ様、お湯をありがとうございました」
薬包に頬擦りするマルシャンの後ろで、扉のベルが鳴る。湯浴みから戻ったララは濡れ髪をタオルで拭いながら、「あら」とマルシャンに笑顔を向けた。
「お客様がいらしていたんですね。お茶をお出しするので、少し待っていてください」
ララは間仕切られた自室に入っていく。
頬から薬包が離れないままのマルシャンが、丸くした目でその後ろ姿を追った。ララの姿が見えなくなると、次なる対象は魔王だった。
「女の子がいる」
「いるな」
「え、センセー、そういう感じなの?」
「そういう感じってなんだ」
「全然そういうの興味ないと思ってたよ、ぼく」
「だから、そういう感じってなんだ」
「いやぁ、なんか、びっくりしちゃった」
常に騒がしいマルシャンが気抜けしている。
その上で魔王には汲み取れない言葉を返してくるので、魔王は返答に困った。マルシャンの目は再び自室から出てきたララの姿を追い、香り良く淹れられたお茶が目の前に出された。
「お待たせしてすみません。お茶をどうぞ」
マルシャンはパッと商人の顔に戻り、ララに愛想よく笑顔をつくった。
「ぼく、マルシャン。センセーの薬を専売させてもらってる商人です」
「私はララです。マーマオ様とは……いろいろと、お世話になっています」
関係性に迷ったララは当たり障りなく言ったつもりだった。だが、マルシャンからすると当然のごとくそこに含みを感じずにはいられない。
にこにこ笑顔を崩さずマーマオにヘアオイルの小瓶をちらつかせた。
「センセー、隅に置けないわ。やっぱりヘアオイルいる? 女の子にはこういうのプレゼントしておいた方がいいよ?」
「そのヘアオイル……!」
「おっ、知ってる? 貴族御用達〜」
ララの反応にマルシャンは気をよくした。
「じゃあ今回はセンセーに頼まれたこの品物とお薬ちゃんを交換、ヘアオイルはお買い上げということで」
薬包の山を両手で引き寄せたマルシャンは「大盤振る舞いだよ」と得意げで、魔王もやれやれという様子で財布を出そうとしている。
ララはそんな二人に、大きく首を傾げた。
「えっ? 物々交換ですか?」
「うん、そうよ。ねぇセンセー」
「い、いつも、そうしている」
「なんで急に吃り始めたの?」
マルシャンが魔王に不思議な顔をしているうちに、ララの笑顔は張り付けたものに切り替わる。
それに気づいた魔王は「ヒッ」と小さく悲鳴をあげた。
「……私、知ってますよ。そのお薬が一ついくらで売られているか」
「このお薬ちゃん人気だからねー」
「庶民相手にもそこそこな値段で売りつけてますが、相手に金があるとわかるやいなや釣り上げた金額を吹っかけていますよね」
「あらぁ? もしかしてララちゃん、お客さんだった……?」
ララが静かに炎を燃やす。張り付けた笑顔の裏で、ゴゴゴゴッ……と地鳴りのような効果音が鳴り響いている。マルシャンは汗を垂らした。
「噂の『万能妙薬』ならば、誰もが無理をして手に入れようとします。どんなに値段が高くても、大切な人の病気を治してくれるならと手を伸ばすんです」
張り付けた笑顔で、けれど声は悲痛だった。
「それがマーマオ様が決めた金額ならば私は文句を言いません。それほどの価値のあるお薬です。なのに、物々交換……?」
ララの怒りは、ついに爆発する。
「ありえません! マーマオ様は無欲すぎます!!」
急に怒りの矛先を変えられ、魔王の肩がビクッと跳ねた。怯え震え始めた魔王はもう役に立つことはなく、ララはマルシャンに堂々と命令を下す。
「まずはその注文品、それから荷物の中の商品もマーマオ様に渡しなさい」
「さ、山賊かな……?」
「それでも足りません。あなたの儲けはこれまでマーマオ様には一銭も入っていないということでしょう? 有り金も出してください」
「ちょ、ちょっと待って。そんなことされたら、ぼく……」
「どうせまたその薬を高値で売りつけるんでしょう? すぐに稼げるじゃないですか」
「ひゃあ〜……!」と焦ったマルシャンは、ララの圧に耐えきれず震える魔王に恨み言を吐いた。
「センセー、とんでもない子を恋人にしたなぁ……!」
その瞬間、魔王の恐怖に染まった瞳がカッとマルシャンを見た。
「恋人ではない!!!」
「弟子です!」
「で、でで弟子でもない!」
ララの切り返しに魔王は怯みつつも反論した。
マルシャンはララの圧に押し潰されそうになりながら、否定する魔王に訴える。
「湯上がりの登場は恋人でしょセンセー! 弟子じゃないなら恋人でしょ!?」
「ちが、違う、だが弟子では……っ」
「じゃあ恋人だよ!」
「なっ、ちが、」
「弟子なの!? 恋人なの!?」
「でっ!弟子だ!!!」
「はい、弟子です! ヘアオイルも置いていきなさい!」
ララが正式な弟子と認められ、マルシャンは荷物と有り金を剥奪されて薬屋を出ていった。