4「マーマオ様のお気持ち、無駄にはしません!」
草木が静まり返った夜更けのこと。
ララが寝ていることを確認した魔王は、扉に付けたベルが鳴らぬように薬屋を出た。
ランタンで照らしながら薬屋から少し離れた所まで進み、切り株の前で背負っていた籠をおろす。
籠の中から干した薬草と薬研を取り出し、切り株を作業台にしておもむろにゴリゴリとすり潰し始めた。
「……はぁ……落ち着く……」
柔らかな風が葉を揺らし、さわさわと優しい音を立てる。虫達は心地よい空気の中で羽を鳴らし、月夜の下でコンサートを開いているようだ。
ララを拾ってから怒涛な日々を過ごす魔王にとって、これほどに緩やかに感じる時間は久しぶりだった。
ゴリゴリと無心で薬草をすり潰していけば、あっという間に何種類もの粉末ができあがる。それを今度は乳鉢にうつし、魔王は慣れた手つきですり混ぜて調合していく。
「よし、あとは……」
切り株の上から薬研や他の道具を片付け、乳鉢だけを真ん中に置いた。その乳鉢に両手をかざし、魔王は目を閉じる。ふわりと変わる気配。
魔王の周りに魔力が流れ、両手のひらから虹色の光が舞った。
魔王の魔力といえば禍々しいものを想像するが、魔王が薬に込める魔力は彩り鮮やかでとても綺麗なものだった。
その虹色の魔力が乳鉢に注ぎ込まれることで、巷で話題の万能妙薬ができあがるのだ。
「人間の使う薬、魔力はこのくらいか……」
繊細な調整をしながら魔王は乳鉢に魔力を込めていく。虹色の光が乳鉢を包み込み、粉末状になった薬がふわりと宙に浮いた。
虹色を纏った粉薬は魔力に揉まれ転がされ、やがてさらさらと乳鉢に落ちた。魔力の馴染んだ粉薬が乳鉢に戻っていく。
魔力量の微調整が必要な繊細な作業で、魔王はとにかく集中していた。
――ガサッ。
ふと耳に届いた物音に魔王はハッと顔を上げる。
臆病な魔王だが、この森は育ったいわば家であり、動物達という家族もいるため、森から感じる恐怖は一切なかった。
だからその物音が動物の立てた音なら、魔王は繊細な作業中に動揺することもなかっただろう。
「な、ななな、なっ……、」
木の幹に隠れて魔王を覗く人影。
暗がりではっきりとはわからないが、見覚えあるショートカットのように魔王には見えた。バレてはいけない、魔王だとバレてはいけない。そんな考えが巡り戸惑いを隠せない魔王に、人影はその姿を暗闇に消してしまった。
「まっ、待て――……」
咄嗟に伸ばした手の中で、虹色の魔力が暴発した。
翌朝、魔王は冷や汗をだらだらと流しながら落ち着きなくララの作ったスープを啜っていた。
昨夜の人影はララだったのか。ララであったのなら、どこから見ていて何を知ったのか。
一緒に食事を摂るのはララの作る料理に獣肉が入っていないかを確かめるためのものだったが、今の魔王にそれを確かめている余裕はなかった。
魔王はララに昨夜のことを確かめなければならない。もし魔王だとバレていたら……しかし、違ったなら違ったでどうはぐらかせばいいのか。
切り出そうにも切り出すことができず、魔王はスープをちびちびと啜っていた。
一方で、ララは困惑していた。
朝食の席に一緒についた魔王の髪が、まるで実験に失敗し爆発に巻き込まれたかのようにチリチリと毛を丸めたアフロになっていたからだ。
一晩で何があったのか。あの羨ましいほどのキューティクルがなぜ失われてしまったのか。ただの寝癖かもしれないけれど、だったらなぜ直さないのか。
もしかしたら心境の変化があってイメチェンをしたのかもしれない。でも、この何もない森の中で、イメチェンしたくなるほどの心境の変化って?
ララはチラチラと視線を送ってくるアフロな魔王に、やがてその視線に秘められた思いを察した。
「マーマオ様!!」
「!? なっ、なんだっ!?」
「私にも調薬をさせてください!」
「ちょ、ちょうやく……?」
「私に、マーマオ様のお手伝いをさせてください!」
ララは心が勇み立っていた。
イメチェンした魔王の視線が、ララを弟子と認める心境の変化だと勘違いしたからだ。それと同時に、口下手な魔王にそこまでさせてしまったことを悲しく思った。
艶やかな黒髪が痛んでしまったことを、自分のせいだと悔しく拳を握った。
「マーマオ様のお気持ち、無駄にはしません!」
「そ、そうか……」
対する魔王は、何がなんだかわからずにララの勢いに引いていた。相変わらず恐ろしい娘だ、と昨夜のことを確認するのが怖くなり、一息にスープを飲み干した。
魔王だと知られていれば、それなりの対処をしなければならない。が、それはそれとして無意識にララの食い扶持に頭を悩ませる魔王は、自分がどうしたいのかわからなくなっていた。
そして、一日を終えてまた深夜。
昨夜と同様に籠を背負って森に出た魔王は、同じ切り株に道具を用意した。
昨夜作った分は魔力が暴発した時に吹き飛んでしまった。そのため、倍量の薬草を薬研でゴリゴリとすり潰す羽目になっている。
無心になりかけては周囲へ警戒を張り巡らせ、魔王は手際良く手持ちの薬草を粉末にした。
そして乳鉢へ移し替え、数種類の薬草をすり混ぜて調合を終える。
繊細な調整の必要な魔力込めも手早くこなし、一息に作業をこなしたところで息をついた。あとは薬包紙に分けて包むだけ。
そこで、展開を裏切らずに背後で草の擦れる音がした。
「誰だ!?」
魔王はランタンで暗闇を照らす。
木の幹に隠れて、やはりショートカットのような人影が見えた。昨夜と同じだ。
あれがララだったらどうする。薬に魔力を込めているところを見られていたなら、魔王と知られたなら、どうすればいい。
強気で潜んでいた存在を暴いた魔王だったが、その先の答えは出ていなかった。強気に出たことを後悔した。
そのまま消えてくれ、こちらに背を向けて逃げてくれ……と念じる魔王だが、人影はゆっくりとランタンの光の中に姿を現した。
「お、お前は……」
驚愕する魔王。
ぶるりと首を振った人影は、魔王に近寄った。
「何をしているんだ?」
現れた人影、に見えていたものは、蔦を角に絡ませた雄鹿だった。森のどこを通ったらそうなるのか、絡まった蔦にさらに枝や落ち葉が巻き込まれていた。
雄鹿は魔王に助けるように角を振り回した。
「わかった、わかったから暴れるな」
魔王は雄鹿をなだめて蔦を外しはじめた。
絡みつきを解きながら、人影がララではなかったことに内心で安堵する。魔力のことや、魔王だとバレていなくてよかった、と。
無意識に安堵している魔王は、すっかり周囲への警戒を怠っていた。
ララが草陰に潜んでいることなど、今さら気づくはずがなかった。