2「ヒィッ!!!!!!」
「ででで弟子は取っていない!」
あれから数日。
魔王はララにお願いされるたびに肩だけでなく全身で飛び上がって断り続けていた。それに伴い薬屋の中では何かが壊れ、ララが申し訳なさそうに片付けをする。
それを魔王も申し訳なく、ただ見ているだけで「僕がやる」と言葉にする勇気さえ持てずにうじうじとしていた。
足の腫れは捻挫だったため追い出すこともできず、かといって森を抜けた人里まで送ってやる度胸もなく。
広くはない薬屋兼住居の中には突貫で仕立てた衝立と簡易ベッドが用意され、完璧なララスペースが出来上がっていた。
ちなみに魔王は最初は外で寝ようとしていたが、それはララが許すはずもなく腕にしがみつかれた。小柄といえどその威力たるや、上目遣いをされては魔王が再び過呼吸を起こすのも無理はなかった。
初手から瀕死の魔王は、数日後にやってきた里からの顔馴染みの常連、シジマにいつもの倍量の薬を持たせて縋り泣きついた。
「あのお嬢さんを引き取ってほしいって?」
ララの気配を気にしながら小刻みに頷く魔王。
初老のシジマは薬の量に驚きながら、奥の薬棚を整理するララをちらりと見た。魔王の様子を見て声を潜める。
「家はないのかい?」
「わからない」
「家族は?」
「わからない」
「訳ありだねぇ」
魔王はこの数日、なんとかララを家に帰そうと最大限の努力をしていた。「か、かかかか、家族は?」「どど、どこ、どこから来た?」「なっ、なぜっ、僕の弟子に?」そのすべての質問にララはにっこりと笑って返す。
それ以上強く出られない魔王に、ララは答えを出さずに堂々とはぐらかしていた。
「あの足、怪我をしているんだろう?」
薬棚の前で足を庇って動くララをシジマは見ている。
「だったら、先生が面倒見てやるのが一番じゃないかい?」
正論に、魔王は言葉が詰まる。
だからここから追い出せないのだと瞳に訴えを込めた。けれどシジマは、声を普段通りの大きさに戻してしまった。
「ここに来てお茶が出てきたのも、目を合わせて先生とまともに会話ができたのもはじめてだよ。薬棚の整理を任せてるってことは、薬に対しての知識もそれなりにあるんだろう? いい子じゃないか。先生、あの子置いてやんなよ」
薬に対しての知識は確かにあるようだ。
だが、薬棚を整理しているのは魔王が止められず勝手にやっていること。薬をめちゃくちゃにされると大問題ではあるが、今のところそんな様子は見えない。それどころか魔王が扱うよりも几帳面に丁寧に整理されるので、なんとも意見し難くなってしまっている。
ララの淹れたお茶を飲み干したシジマは小銭袋をあさった。
「先生、悪いけどこの量の薬代は払えないから、返すよ」
「いつもの代金でいい……」
「それじゃ商売あがったりだろう。ここで買い付けしてる商人なんか、ボロ儲けしてるらしいじゃないか」
「僕は儲けなんかいらない」
魔王が薬を売るのは、人との関わりがほしいからだ。その理由は人間達を丸め込んで世界をどうこうしようという邪なものではなく、ただ純粋にひとりの寂しさを紛らわすためだけのもの。
森にはたくさんの動物がいて魔王と共に育った子らもいたが、やはり人と動物では違う。
最小限に、最低限の人間との関わり。それが魔王の望む、この世界で見出した幸せだった。
「なんなら、あの娘を引き取ってくれるなら僕がありったけの金を払いたいくらいだ」
ララの登場は魔王にとって厄介事でしかない。
「先生はウブだねぇ」
「僕はウブじゃない」
否定するが、シジマは目を細めて笑った。
「こんな森の中じゃ出会いもないし、ちょうどよかったじゃないか」
「ちょうどよい、とは?」
「今度来る時はうちの畑で採れた野菜を持ってくるよ。先生、薬ありがとう」
シジマはララにも「ごちそうさん」と声をかけて薬屋を出て行った。コロン、と入り口に付けてあるベルの音が静かに後を引く。
取り残された魔王は閉じられた扉をやるせなく見つめた。
「マーマオ様、お薬がいくつか足りなそうなんですけど……」
突然声をかけられ、驚き振り返ると奥の薬棚の前にいたはずのララが魔王のすぐ後ろに立っていた。足を庇って移動しているのになぜ気づかなかったのか。
ヒュッと喉を鳴らしかけた魔王は冷や汗をかきながら平静を取り繕い、「やややや薬草をとってくる」と薬屋を飛び出した。
ララの止める声など聞こえていないし聞く気もない。
今度は取り残されたララが、閉じられた扉を呆気に取られて見つめた。
「……薬草は、マーマオ様がたくさん採取されてるので溢れるほど干してありますよ」
薬屋の奥、住居スペースとなっている壁や天井。
特に魔王のベッドが置かれた仕切りの奥には、ララから逃げる口実「薬草採取」による成果が山ほど吊るされていた。
必要なのはそれをすり潰し調合すること。
「私がやってもいいんですけれど」
頬に手を添えて、ふぅと息をつく。
薬草はもう必要ないが、魔王が逃げてしまうので仕方がない。せめて調合の許可さえ取れればと思うも、声をかけると悲鳴をあげられてしまう。足りない薬は、ララが声をかけることによって魔王がひっくり返した分だ。
それを知って口に出さないララは、魔王に迷惑をかけ続けていることをちゃんとわかっていた。その上で魔王に弟子入りをお願いしている。
ララにはララなりに、ちゃんと引けない理由があるのだ。
「あら。マーマオ様ったら、籠を忘れています」
とはいえ、ララは元来お人好しだった。そして人好きされるタイプでもある。
よいしょ、と痛みの残る足で籠を背負うと、まだ近くにいるはずの魔王を追った。
引かれれば引かれるほど、その様子があまりにも哀れでララは魔王を放っておけなかった。
そんな気配など知らず、魔王は両手に捕まえたウサギを相手に深いため息を吐いていた。
ウサギは好奇心旺盛に瞳を丸くし、鼻をヒクヒクと盛んに動かしている。
「あぁ、困った」
魔王はウサギにぼやく。
ウサギは素知らぬ顔をしているが、この好奇心の旺盛さが森の中で迷っていたララを驚かせた原因だ。
他の動物は猟師を恐れて人間の気配には過敏に身を潜めるというのに、この大人になったばかりの子ウサギはすぐに身をのりだしてしまうのだ。
今もなお反省の色は見られず、魔王はコツンと自身の頭をウサギの頭に当てた。
「少しは危機感を覚えろ。お前がいなくなると、森中が悲しむ」
魔王は注意を促すが、ウサギはその心配が心地よいというように目を細めた。
両手に大人しく捕まっているウサギに、やれやれと魔王は小さく笑みをこぼした。
……のも、束の間だった。
「マーマオ様ー!」
「ヒィッ!!!!!!」
「マーマオ様、籠をお忘れです……わぁっウサギを捕まえたんですか? すごいです!」
足を庇ってひょこひょこと駆け寄ってきたララは、ウサギ見たさに魔王の隣にやってきた。もちろん魔王は飛び跳ねる。背後に立たれるよりも距離が近かったからだ。
さすがのウサギもそれには驚き、魔王の手からすり抜けて茂みの中へ逃げ込んでしまった。
ララの「残念、逃げてしまいました……」というつぶやきは、激しい動悸に振り回されている魔王には聞こえていない。
「? マーマオ様?」
「か、かごっ、かご、か、か、ごっ、かご、かごっ、」
「はい、お届けに……」
「かご、かごっ、か、ご…………」
ひゅ、と空気の抜ける音と共に魔王は倒れた。どさりと重たい音にララの笑みが硬直する。
直後、森中にララの悲鳴が響き渡ったことは言うまでもない。