10「私が好きになっては、いけません」
冬の薬屋はやることがない。
森は一面に銀世界が広がり、採取すべき薬草は春を待って姿を隠してしまう。木の実などの食料や、寒さを越すためにそうする動物も。
客足だって当たり前に遠のいてしまうので、冬の薬屋は本当にやることがない。
「マーマオ様、薪割りは私がやります!」
「お、お前は、すぐ風邪をひくだろう……! か、体を冷やすな!」
よって、日々の生活のあれこれは取り合いになってしまっていた。
これまでは魔王が外に出ていた分、ララが一人で気ままにこなしていた仕事を二人でやるのだから、家事は早々に終わってしまう。調薬にしても、どちらが薬研を使うかで揉めてしまうのだ。
体調を崩しやすいのだからゆっくりしていろと主張する魔王に、働き詰めの魔王が休むべきだと主張するララ。
外に出る必要がなくなり、必然的に二人で過ごす時間が多くなった魔王とララは、お互いに秘密を抱えど弱みを見せ合ったおかげで少しだけ心の距離が縮まっていた。
「マーマオ様にばかり力仕事をお願いできません! 私もやります!」
「ち、力仕事とわかっているなら、ごね、ごねるな! 寒いし、おおお前は外に出るな」
「寒さなら大丈夫です! マーマオ様が服をお下がりしてくれましたし、編んでくれたショールもあります!」
ごねるララが着ているのは、魔王が引っ張り出してきたサイズアウトした魔王の少年期の服だった。男物なので可愛さはなく、しかも少し大きかったようで袖は捲っているしだぼついている。
その上から魔王が編んだ三角ショールを羽織り、準備万端と言わんばかりに薪割りの斧を所望していた。
「あ、危ないから、お、お前に斧は……」
「私がやります! やりたいんです!」
「おま、お前に、斧は……」
「私が! やりたいんです!」
「し、しかし……」
「さぁ! 早く!」
ララの圧に負けた魔王は恐る恐る斧を手渡した。
が、小柄なララに斧を扱えるわけもなく、秒で重さに振り回されて撃沈した。薪を割るために振りかぶりさえできなかったララの沈黙が、魔王の冷や汗を誘う。
「えっと、あれだな……ぼ、僕が割ったものを、お前が運んでくれると、助かる……」
「そう、ですね……」
それから、静かな森の中に薪を割る小気味良い音が響き渡り、雪を踏みしめる音が幾度となく繰り返された。
ララに気を遣いまくった魔王は「当たり障りなく」をララの涙から学んでいたので、こう、ふわっと対応する技を身につけていた。
「気にしない」や「知らないふり」も有用なので、あの涙にはあれ以上追及せずに普段通り接することにしている。
「さむ、寒ければ、中に入っていいからな」
「大丈夫です」
頑として譲らないララの鼻先や頬は赤く、魔王は薪割りの手を止めて自らの着ていたローブをララに被せた。大きさの違いから、着せたというよりも被せた、が本当に正しい。
「マーマオ様、私は大丈夫です」
「あ、預かっててくれ。ぼぼ僕は、体を動かして、暑くなってしまったから」
魔王が目を逸らすと、ララは「はい」と微笑んだ。そんなララのいつも通りの反応が、魔王にとっては救いだった。
というのも、ララのあの涙の後は魔王からすると地獄の始まりだったのだ。共感し背中をさすった時間はその場の空気に呑まれてのことだったので、泣き止んだあとのララの沈みようにはどうすればいいのか悩みに悩み抜いた。
ララも気まずかったのか、目を逸らしたり反応が素っ気なかったりと魔王をさらに困惑させたので、魔王は「アフロの次はストレスハゲか……」と思うほどだった。
そんな時間を耐え抜いた先に魔王が見出したのが「当たり障りなく」「気にしない」「知らないふり」であった。繊細な魔王にはそれもハードルの高いものではあったが、ハゲるよりマシだった。
そうして時が過ぎれば、時間薬というものが効いてくる。ふわっと当たり障りなく対応し続けた魔王に、ララは次第にいつも通りに戻っていった。
「ゆ、雪が降ってきたな。おま、お前は、中に入っていろ」
「どうりで空気が冷たいわけです。ちょうどお昼時ですから、昼食を作りますね」
そして時間薬は、ふわっと当たり障りなく自然と二人の距離も縮めてしまった。
「……ス、スパイスの効いたスープが、飲みたいな。今は野菜がたくさんあるから、具沢山にしてだな……」
「ふふ、わかりました。いただいたお野菜、たくさん入れますね」
寒さですでに赤らんでいた頬が染まっても、ララどころか魔王本人でさえ気づかない。
ララは薬屋に先に戻り、魔王は残りの薪割りを続けた。
やがて雲は厚くなり、しんしんと舞う雪は大粒になってきた。これはまた積もるな、と割った薪を片付け途中の魔王が両手をぱんぱん払っていると、木の根本に雪をかぶった冬にはない色を見つけた。
「む……? こんな雪の中に、なぜ花が?」
雪の重みに首を垂れた花は今にも力尽きてしまいそうで、迷った魔王は花を摘み取った。
「あら、お花。いつの間に」
あとはスープに入れた野菜を煮込むだけ、と手を休めたララが窓際に置かれた小瓶に気づく。少し前に魔王が一度戻ってきていたので、その時だろうか。
可愛らしいピンク色の花びらはみんな下を向いてしまっていて、太陽の光を欲して震えているようだった。
「私に、ほんのちょっとでも聖力が残っていれば……」
こんな小さなお花も助けてあげられないなんて、と小瓶に手が触れて気がつく。花に注がれた水に、魔王の魔力の気配を感じた。
「……優しい方」
指先でそっと花を撫でたララは、知らずのうちに目を細めた。心の内からあたたかな気持ちが溢れてきて、けれど、すぐに苦しくなる。
「――……私が好きになっては、いけません」
自戒のようにつぶやくと、花から指を離した。
場所は変わり、王都の活気あふれる食堂にて。
いつもよりは少ない荷物を背負ったマルシャンが「はー酷い目に遭った」と言わんばかりに息をついて席につくと、一枚の張り紙に目を止めた。
「おやぁ?」
それは、単なる探し人にしては内容がおかしなものだった。その探し人の個人的な情報は伏せられているのに、見つけた者への報奨金がとんでもない額になっている。傷つければ死罪、と仰々しい注意書きまでなされていて。
単なる御貴族様の脱走かなぁ、と思わなくもないが、マルシャンは張り紙に描かれた絵姿に釘付けになっていた。
「見覚えあるなぁ、この絵姿」
そして、唯一明かされている名前も。
「センセー、やっぱ隅に置けないわぁ」
騎士による捜索隊が……、の文章を横目で見て、マルシャンは薄く笑んだ。
一章完結です!
お付き合いありがとうございました( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )
また書き溜めます〜!




