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ひとりぼっちの魔王様が恋をした  作者: 猫じゃらし
【一章】魔王様、女の子を拾う
1/10

1「ひ、ひ、人を拾ってしまった……」


 魔王が世界に生まれ落ちた時、世界は勇者と聖女によって浄化された後だった。

 すべての魔物は駆逐され、聖力によって浄化されていて。一体どれほどの年月が経ったのか、平穏が当たり前となった活気あふれる世界は勇者と聖女を讃え崇めて絶大なる加護を得ていた。


 魔物一匹すら入り込む隙のない、完全なる勇者と聖女の勝利。


 生まれたての魔王は前魔王だった頃の記憶を辿り、瞬時に悟った。


「無理」


 こんな世界で自分一人、しかも生まれたてで魔力も微弱なもの。ゆくゆくは世界征服をなんて考えたところで、そもそも配下にする魔物がいない。

 どう足掻いたって勝ち目なし。無理。はい、終わった。


 前魔王の記憶を持つ魔王だったが、その性格はかなり臆病なものであった。



 そんなわけで、ピンチの魔王は人目を避けた森の奥深くで動物達と幼年期を過ごした。

 成長と共に魔力は増えたが不安定、森のあちこちを破壊しながら少年期を過ごした。

 さらに増えた魔力をようやく安定させ、人間の姿でいられるようになった青年期。


 ちょっとだけ人里に寄った森の中でオープンした薬屋は、良かれと魔力を込めた薬が人間には効きすぎたようで瞬く間に評判になってしまった。魔王、二度目のピンチ。


 人にバレてはいけない。魔王だとバレてはいけない。


 しかし魔王の心配をよそに、オープンした薬屋は草木の険しい森の中にある。魔王的にはかなりの決意を固めて人里に寄ったつもりが、通う側からすればまだまだそこは大自然の中だ。

 評判は上がる一方で、客足が遠のくのはあっという間のことだった。


 そもそも薬屋に来るのは薬を必要とする者しかいない。ぽっと出の得体の知れない若者がいきなり森の奥に薬屋をオープンすればもちろん怪しむ者が多い。好奇心で覗きに来る者もいるが、甲斐甲斐しく通うのは本当に薬が必要な者だけ。


 不定期に薬を買い付けに来るのは近い里からの人間。それと、出歩かない魔王に代わりあちこちで

「妙薬」だと高値で売り捌く商人のみ。

 安値で買い取られた魔王の薬は、商人の手元で「万能妙薬」と呼ばれ高級薬となり、広範囲でさらに別方向からの評判を上げている。そんなさらなるピンチを魔王は知らない。


 見えないピンチはいざ知らず、目前のピンチを掻い潜り全方位からの信頼を得た魔王。


 けれどそんな安寧に訪れるのは、これはもはやいくつ目になるのかわからない新たなるピンチだった。



「ひ、ひ、人を拾ってしまった……」



 魔王は人を拾った。

 夏の終わり、森の中で薬草を採取している最中のことだった。


 木の根元にうずくまる小さな影は明らかにぐったりとしており、呼びかけても揺すっても反応がなく一大事だと夢中で拾ってしまった。


 薬屋に運び外傷の有無を確認、足首が腫れていたので手当てをした。顔色も悪く、巷で話題の万能妙薬を飲ませて水分を流し込み、ベッドに寝かせるとようやく魔王は我にかえった。


「人を拾ってしまった……!」


 魔王は頭を抱えた。

 ベッドに眠る小柄な人間は女だった。女にしては珍しく髪が短く切り揃えられている。歳の頃は十代半ば、いわゆる年頃の女だ。

 年頃の女が魔王のベッドに寝ている。いや、寝かせたのは魔王だが、他に寝かせるところがなくて仕方なく、そう仕方なく……などと魔王は頭を抱えたままぶんぶんと首を振った。一つに結んだ黒の長髪がべしべしと顔に当たる。


 違う、そんなことはどうでもよくて。


「人を! 拾ってしまった!!」


 人間との関わりは最小限にしたい魔王。

 けれど一切の関わりを断ち切るのは寂しく、だから意を決して森の奥に薬屋オープンという妙竹林なことをしたわけだが、これは予想外。


 まさか森で女を拾うだなんて。たまにやってくる商人や里の人間にすらコミュ障を発揮して指差しでの意思疎通しかできないのに、女を拾うだなんて。

 冷や汗だらだらの魔王は浅くなりつつある呼吸で女の寝顔を見やった。


 無事に目覚めてほしい心配と、まだ目覚めるなまだだ今じゃない今は目覚める時じゃないという、情けない邪念。


 静かに眠る女は、起きているのにウンウンうなされ始めた魔王の声に眉をひそめて身じろぎした。


「う……ん……」

「ヒッ!!!!」


 魔王の引き攣った悲鳴にぼんやりと目を覚ました女はしばらく天井を見つめ、そして頭を動かしてゆっくりと辺りを見回した。

 意識がはっきりしないのだろう。ビクつく魔王の姿を素通りして薬屋の中を一通り見終えると、ようやく直立不動の魔王に目線を落ち着けた。


「…………あの、」

「ヒィッ!!!!」


 魔王は飛び退いた。だって女から声をかけられたから。

 手近な薬棚にしたたか体を打ちつけ、綺麗に整頓された薬草も薬瓶も何もかもをぶちまけた。そしてぶちまけた物に足を取られ、無様に尻餅をついた。


 そのまま床を這って見つけた椅子に隠れきらない体を隠し、そこから困惑する女を覗いた。


「えっと、大丈夫ですか……?」


 女はふらつく体を起こすと、怪我をしている足に痛みを覚え顔を苦痛に歪めた。

 ハッとした魔王はぶんぶんぶんぶんと首を横に振る。


「ち、ちちちち、ちがっ、ちが、僕じゃなっ、」


 女は手当てされている足と魔王の全力否定を交互に見て、あまりの魔王の必死さ、それから自身の意識を手放す前の朧げな記憶を繋ぎ合わせて容易に事態を察した。


 とんでもない迷惑をかけていることに考えが行き着き、魔王同様に青ざめた。


「ご、ごめんなさいごめんなさい私ってばなんてご迷惑を……!」


 ぶんぶんと首を振り続ける魔王に、女の声は届いていない。対してやってしまった感から謝罪することしか頭にない女には、魔王の白目が見えていない。


 魔王は白目を剥いていた。

 浅い呼吸で頭を振り続け、極度の緊張で過呼吸を起こしていた。ひゅっ、ひゅっ、と短い呼吸で次第に酸欠になり、魔王はとうとう後ろにひっくり返った。当たり前に目を回していた。

 盾にしていた椅子は大きく音を立てて倒れ、突如起こった惨劇に女は悲鳴をあげた。


「だっ、大丈夫ですか!?」

 

 痛む足を庇いながらベッドから下りた女は、魔王のそばに寄った。青白く汗ばんだ魔王の顔。呼吸は浅く頻回だ。

 異常な様子に女は狼狽えたが、すぐに深呼吸をして冷静さを取り戻した。冷たくなった魔王の手を握ると、穏やかな声で魔王の意識に語りかける。


「落ち着いて、大丈夫です。落ち着いて。深く息を吐きましょう。ゆっくり、ゆっくり吐き出しましょう。……――そう。上手」


 それは不思議と耳に、頭に沁み渡る声だった。

 いうことをきかない体に安らぎを与え、癒しをもたらしてくれる柔らかな温もり。まるでそれをわかっているかのように、女は慈愛に満ちた微笑みで魔王を励ました。


「私の目を見て。私の声だけを聞いて……。ほら、ちゃんと息ができるようになってきた。あなたの手もあたたかくなってきた。――ね? もう、大丈夫ですよ」


 魔王は深く息を吐いた。体中から力が抜け、沈み込む感覚。頭はすっきりと冴え、見上げる先の女は後光が射してるかのように眩しい存在で。

 すべてを包み込んでくれそうな眼差しに、魔王の胸は先程とは違う意味でとくとくと鼓動を早めた。


「め、迷惑を、か、かけた。すまな、い……」


 体を起こした魔王は女から目を逸らし、距離を置いて正座をした。真正面で向かい合うことはできない。かといって背を向けることもできず、後ろ向き寄りの横向き正座で女に相対した。


 女は「はーーー焦りましたぁ……」と脱力して、へにゃへにゃと笑った。


「すっ、すまない……」

「いいえ、こちらこそ。多大なるご迷惑を薬師様におかけしました。あの……助けていただき、感謝します」


 眠っていた時とも、過呼吸の魔王に見せていた時とも違う。年相応の少女らしい表情に、魔王は思わず釘付けになった。慈愛に満ちた微笑みをたたえていた女は、こんなにも幼かったのか。


 魔王の視線を受け、女はおずおずと口を開いた。


「実は、この薬屋を探して森に入ったのです。自力ではたどり着けませんでしたが……」

「も、森深いからな。けが、怪我はどうした?」

「これは……あの、小さな動物が出てきたことに驚いて……」

「ど、どうぶつ……」


 魔王は納得した。

 女がここにたどり着けず行き倒れたことも、動物のことも。すべては森深くに薬屋をオープンした、言ってしまえば自分自身のせいだと。

 背中を丸めて縮こまる魔王は、罪悪感からどんどんと小さくなっていく。


「け、怪我の薬は、その、サービスする……。それと、ひ、必要な薬は、なんだ?」

「薬?」

「くす、薬が必要、なんだろう?」


 女はきょとんと首を傾げて、すぐに「いえ」と否定した。そして魔王に対してピシッと背筋を伸ばす。少女の顔つきがキリリとした。


「薬師様、私はここにお願いがあって参りました」

「お、おね、お願い?」

「私を弟子にしてほしいのです!」

「……でし……?」


 魔王の頭に宇宙が広がった。でし?

 でし、という言葉はどんな意味だっただろうか。でし? でしとはなんだろう。デシ。でし。弟子……。


 弟子…………?


「私はララと申します」


 広がった宇宙に浮遊する魔王は、弟子の意味を考えながら女の名前を聞いた。ララ、弟子。ララ、人間、弟子……。


「薬師様のお名前はなんですか?」


 名前……。僕の、名前……。


「僕はま、まお……う……あっ、いや!!」

「マー、マオウ……?」

「ちがっ、マオウじゃなくて……!」

「マーマオ様ですか?」

「いや、あの、」

「マーマオ様」

「うぅっ……」


 女はほんのりと頬を染めてにこやかに言った。


「素敵なお名前です、マーマオ様」



 名のない魔王が命名された瞬間だった。




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[良い点] ひ、ひ、人を拾ってしまった! 愛おしい魔王様に注目ですね。とりあえず落ち着いてください魔王様!
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