第16話 逃げてきた事情
僕と桑田さんはとあるビルの中で再会した。
「桑田さん無事だったんだね。良かった!」
僕は桑田さんに笑顔で話しながら、やはりサーチにはある程度個体の識別が出来るのかも知れないと考えていた。
「荒井君こそ良く無事で! 足の怪我もあるからてっきりあの後……あの時は助けてあげられなくてゴメンなさい……」
桑田さんが涙混じりに心底済まなそうに下を向いて話した。
「そんな、いいんだよ! 体育館から出る時に補助してもらっただけでもありがたかったよ! あれから僕の足の怪我も良くなったし、気にしないで」
もちろん僕は桑田さんを恨んでなんかいない。
あの時、なんとか僕を助けようと必死になってくれていたのを見ているから。
幼馴染の彼氏の方が無理に彼女を引っ張っていったんだ。
「上にもう一人いるよね。誰? 一緒に逃げて来たの?」
「う、うん。莉子ちゃんよ。あの後、康太と一緒に逃げたんだけど、途中で同じ陸上部の莉子ちゃんと康太のクラスの男子二人と合流して逃げる事になったんだけど……」
「えっと、他の人は?」
「それが……私達はその人達から逃げて来たの……」
「逃げる? 幼馴染の彼氏が一緒だったんだよね?」
僕は桑田さんの話が理解できなくて混乱した。
自分の彼氏から逃げる必要があるんだろうか。
「ち、違っ! 彼氏なんかじゃないわ! 私は彼氏がいた事無いの! 本当よ! 康太とはただの幼馴染なの! みんなには良く勘違いされるんだけど……」
桑田さんはなぜか必死に言い訳でもするように僕に説明する。
僕は幼馴染のくだりを聞いて顔には出さないけどチクチクと胸が痛んだ。
「そ、そうなんだ。でも逃げるってなんで? 仲良しなんだよね?」
「最初は皆で逃げて感染者から隠れていたんだけど、昨日の夜になって男子二人が莉子ちゃんを襲って来たの! 康太も示し合わせたように全然止めようとしなくて。それどころか私にまで……怖くなって二人で逃げたの」
「それは……大変だったね」
僕は絶句した。
この状況でも助け合わずに女子を襲おうとするなんて。
「でも、良く逃げ切れたね」
「私達は陸上部だから足には自信があるの。だけど莉子ちゃんがガレキで転んで足を挫いて……それで一旦このビルの中に隠れたのよ。まだ私達を探しているかも知れないわ」
桑田さんは捕まったらどうしようと、怯えた顔になった。
「とりあえず紹介してくれる? 僕、湿布薬とか持ってるから治療が出来るかも」
「ええ、もちろん。ありがとう!」
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「莉子ちゃん。私と同じクラスの荒井君よ。奇跡的にここで会えたの!」
「初めまして、荒井冴賢です」
「佐々岡莉子です……」
僕がなるべく誠実そうに自己紹介すると、怯えながらも自己紹介を返してくれた。
佐々岡さんは少し小柄でツインテールの美少女だ。
僕に対しても怯えているように見えるけど、男子二人に襲われたんだから無理も無いだろう。
紹介が終わった僕は、早速リュックをおろして中から湿布薬と包帯を取り出した。
それを桑田さんに手渡す。
「桑田さん。僕が触るのはまずいだろうから、これで佐々岡さんの足に湿布薬と包帯を巻いてくれる? 痛むようなら痛み止めもあるからね。もし切り傷もあるなら消毒薬とガーゼもあるよ」
「ありがとう。荒井君」
桑田さんが薬を受け取って佐々岡さんの靴を脱がせる。
僕は見えないように後ろを向いた。
「僕はこれから横浜の家に帰ろうと思ってるんだけど、二人はどうするの? 市役所とか警察署がこの辺りの避難所になっているらしいんだけど、行くなら僕が送って行くよ」
「う、わ、私……私も家に帰りたい! お父さん、お母さん……ぐすっ」
「……」
佐々岡さんが治療を受けながら、家に帰りたいと涙を流す。
桑田さんも心情は同じなのだろうか黙ってしまった。
「えっと、もうお昼過ぎているから食事にしようか。僕はこのビルの部屋が使えないか見てくるよ!」
女子の涙に耐えられなくなった僕は、このビル内の使えそうな部屋を探しに行く事にした。
追手がいるなら2階か3階が良いだろう。
このビルに赤い点も青い点も無いのはサーチで確認済みだ。
そして僕は3階で鍵の掛かっていない部屋を一室見つける事ができた。