第13話 教室の生存者
「えっ! 開かない!?」
ドアを何回か押したり引いたりしてみるがビクともしない。
屋上から4階に通じる唯一のドアに外側から鍵が掛けられているようだった。
これじゃあ誰も屋上に来ないはずだよ……
そういえば屋上は普段から立ち入り禁止だった。
たぶん白蛇さんは鍵が掛かっていて誰も入れなくて安全だから、僕をここに寝かせたんだろう。
しかし、どうしよう。
どうやって下に降りればいいんだ……
バールでこじ開けが出来るかもだけど、大きな音がするだろう。
そうすると感染者が集まってきちゃうかもしれない。
困った僕は悩んだ末に、ロープを垂らして下の階のベランダに降りる事にした。
こんな事でビビっていられない!
ロープをしっかりと屋上のパイプに結びつける。
「ひぃ〜、こわ〜」
下を見ると怖すぎてゾワッとした感じが襲ってくる。
あれ? ロープが結構長くて3階までなら届きそうだ。
これなら3階までショートカットしようかな。
あと念の為サーチで3階の状況を見ておこう。
えっ! すぐ下の3階に青い点が5つある。
たぶん生存者だ! それと、この位置関係なら僕らの教室じゃないか!
そうするとクラスメイトが教室まで逃げて来たのかも?
う〜ん、会うと面倒な事になりそうだから別のルートにすべきか。
でも出来るなら助けたい気もするし……
結局僕は一度は下にいる人と会ってみる事にした。
クラスメイトを問答無用で見捨てるのもかわいそうだし。
もし学校関係者だとすると今の僕の格好は不自然かな……
僕は一旦、面倒だけど元の制服に着替え、リュックもアイテムボックスに格納し、バールだけはズボンのベルトに差し込んだ。
僕は後ろ向きでロープを掴み、極力下を見ないようにして降りてゆく。
そして何とかベランダに足をかけて3階に降りる事が出来た。
ーーーーー
(コンコン! コンコン!)
廊下から見えないようしゃがんで軽く窓を叩き、僕がここにいる事を知らせる。
「ひっ!」
「だ、誰だ!」
教室の中から女性の小さい悲鳴と男性の声がする。
大人ではなくてやはり生徒のようだ。
「し〜静かに。あまり大きな声を出さないで。僕はここのクラスの荒井だよ。君達は?」
この階にも感染者が少なからずいるのが分かっている僕は、相手をなだめつつ質問する。
「荒井だって!? 俺は黒田だ。どうやってここに来た?」
「屋上からロープで降りて来たんだ。とりあえず入っていいかな?」
ベランダの鍵を開けてもらい、僕は教室の中に入る事が出来た。
教室の中には5人の男女がいて、バールを握った僕を見てギョッとしている。
「黒田君と相馬さん達か……ここに逃げて来てたんだね」
僕は面子を見て、正直に言うとここに来なければ良かったと思った。
僕とは相容れないクラスカースト上位のグループだったからだ。
「お前何で屋上にいたんだ。入れないはずだろ? それに武田さんと東堂はどうした?」
「えっと、色々あって今は別行動してるんだ。僕はこれから学校を脱出するつもり。どうもお邪魔みたいだからすぐ出ていくよ。君達も頑張って避難してね」
僕が踵を返して去ろうとすると、相馬さんと二人の取り巻きの女子達が声を上げる。
「ねえ。丁度いいじゃない。コイツに取りに行ってもらいましょうよ?」
「いい考えね」
「うんうん」
「……何の事?」
今の会話はコイツ=僕の事で、僕に何か取りに行ってもらうという様に聞こえた。
「食糧の調達だよ。1階の倉庫に避難用の物資がまだあるはずなんだ」
黒田君とは別の男子が答える
「そうだな。丁度いいかもな。お前、ちょっと1階まで行って物資を取ってきてくれよ!」
「俺からも頼むわ」
黒田君ともう一人の男子がニヤニヤしてお願いという名の命令をしてくる。
「えっ!? 僕が? 何で?」
「だってゾンビがいるから危険じゃないの! 私達の為に行きなさいよ! この陰キャが!」
「そうよ! たまには役に立ちなさいよ」
「グズグズしてないでさっさと行きなよ!」
相馬さんたち女子も無茶振りしてくる。
これまでの僕なら彼ら彼女らに嫌々だが従うだろう。
だけど僕は白蛇さんから力をもらったし、必ずここから生き延びて家族に会うという目標もある。
感染者とはなるべく接触もしたくないし、彼らに従う義理も無いだろう。
「折角だけど断わらせてもらうよ。どうしてもと言うなら力づくで来たら?」
僕は低い声で言い放ち、立ち上がってバールを黒田君達の前に突き出す。
「えっ!」
「ひいっ!」
「ちょ、ちょっと!」
「ま、待て!」
「お、お前、本当に荒井か!? そんなに体が大きかったか? それによく見ると顔も違うような気が……」
いつに無く強気な僕の言動とバールに怯えて女子は悲鳴を上げ、黒田君達はバールを突きつけられて慌てる。
結局、自分達の方が立場が上で、相手が逆らえないという状況でないと強く出られないという事なんだろう。
クラスカーストなんてこの状況じゃなんの役にも立たない。
これを機に認識を改めてもらいたいもんだ。
それに以前の僕なら黒田君より背が低かったけど、今は僕の方が少し高い位だ。
筋力に至ってはかなりの差があるだろう。
バールなんか無くても男子二人ぐらいなら何とかなりそうだった。
「い、いま成長期なんだよ。制服もなんだか短くなっちゃってさ。それにちょっと鍛えたんだ。それで、どうする? 僕はもう行っても良いかな?」
「あ、ああ……」
どうやら黒田君達も少しは立場を理解してくれたようだ。
僕は踵を返すと彼らに見えないようにアイテムボックスからいくつかのパンと、栄養補助食品、ペットボトルの水が入った袋を用意し、床に置いてあったのをさも今持ち上げたように振る舞って黒田君に渡した。
「これは食料と水だよ。少ししか無いけど良かったら使って。もしこれから自分達で物資を調達するなら気を付けてね。接触の可能性があるなら肌の露出はなるべくしないように。それから立て籠もるなら机でバリケードを作るか、鍵の掛かる部屋の方が良いかも知れない。僕の予想だと当分は公的な救助は来ないと思うから、長い目で見ると近くの避難所の方が大人がいるので良いかもね。でも移動は危険が伴うので自己責任でね」
「分かった。助かるよ……荒井、これまでの態度、悪かったな……」
残りの人達も済まなそうな目で僕を見る。
「うん。謝罪は受け取るよ黒田君。縁があればまた」
そう言うと僕はロープ登ってまた屋上まで登るのであった。