4.学園の入学と第三王女との出会い
「ここヴェルナー王国の王立学園に入学出来たこと、とても嬉しく思う……」
ということで、俺は今入学式の挨拶中です。
王族が新入生の場合は王族が挨拶をするのが暗黙の了解だ。
普通は入学試験の成績が一番良かった人がやる。まあ今年の首席は俺だけどね。
ちなみに次席はエミリーだ。
生まれた時から王族として教育を受けていた俺と幼い頃から次期公爵として領地経営を学んでいたエミリーにとってはこれぐらいのことは普通だけどな。
第三王女が上位10位に入っていないのを知った時は王族としての教育を受けているのかと疑問に思ったものだ。
エミリーと同じクラスになった。
それは良いのだが、なんと第三王女も同じクラスになってしまった。
クラス分けは成績順なはずだ。
第三王女はギリギリ俺達のクラスに入っていたというわけか。
おい、マジふざけんなよ!第三王女は脳内お花畑で前世の妹を思い出すから生理的に受け付けないんだよ!
あっ、口調が乱れてしまった。
王族らしく、王族らしくね。
「クリストファー様、アンブローシア・トゥタリーです。よろしくお願いいたしますね」
第三王女が王族特有のアルカイックスマイルとも呼ばれる、感情の読めない笑みを浮かべる。
ねえアンブローシア嬢、君は今トゥタリー伯爵令嬢のはずだよ?
王族の僕に初対面の君から話しかけるのはマナー違反だということはカナルック王国でも一緒だよね?
いや、君は今、自分がトゥタリー伯爵令嬢ではなくカナルック王国の第三王女だと思っているんだね。
分かるよ、君の兄上や姉上達の苦労が。
「エミリー、今日は一緒に王城へ行ってお茶会をしよう」
こういう時は無視だと母上に聞いたことがある。
案の定、第三王女は怒ったような表情を浮かべる。
王族として感情をすぐ出すのは良くないんだけどね。
彼女の方を振り向いて言う。
「トゥタリー伯爵令嬢といったかな。王族の僕に対して初対面の君から話しかけるのはマナー違反ではないかな」
周りの子息令嬢達が第三王女を指さしてヒソヒソ言う。うん、陰口はあんまり好きじゃないんだけどね。
まあ、それからというもの第三王女が付きまとって来た。
「クリストファー様〜ここ教えてください!」
「クリストファー様〜先生に褒められたんですよ!」
「クリストファー様〜教科書忘れたので一緒に見ても良いですか?」
「クリストファー様〜シェパード侯爵令嬢が虐めてくるんです!」
ハァ、ウザすぎだろ。
しかも、自分が好かれてると思っているとか馬鹿じゃないのか?
王族だよな?これでも。
そのうち、俺がエミリーと婚約破棄をしてトゥタリー伯爵令嬢と婚約するという噂が流れた。
いや俺、トゥタリー伯爵令嬢嫌いだけどな。
どうしてそんな噂が流れた?
それよりもエミリーに会いたい。
癒やされたい。心が荒んでいるときほどエミリーに会いたくなる。
なまじっか他国の王女だから無下にはできない。
そのせいでエミリーと会う時間が減って俺はだんだんイライラしてきた。
いや、何が悲しくて好きな人と会えなくなって、苦手な女に愛想振りまかなきゃならないわけ?
しかも婚約したときに『愛人は駄目』とかエミリーに言われてるんだよ!?
ってか、俺お前のこと邪険にしてるのなんで気づかないの?
しかも、子息令嬢達からヒソヒソ言われてんだよ?
なんで気づかないの?
意味分かんないんだけど。
お前のことはどうでもいいけど、エミリーに愛想尽かされるのは絶対無理!と何度も言いそうになった。
だか俺も王族。第三王女を辱めたらカナルック王国から非難されるので俺はずっと黙っていた。
だがここで問題が起きた。
第三王女がエミリーを害そうとしたのだ。
まったく、どこまで俺を怒らせれば気が済むのか。
俺は何されても耐えれるけどエミリーに手を出そうとするのなら容赦はしない。
まさか、俺とエミリーの関係は政略だと思っているのか?馬鹿だな。
俺のエミリーに手を出そうとしたこと、後悔させてやる。
そしてエミリーを害そうとする瞬間、犯人を捕らえた。
「ふうん、君の主人はカナルック王国の第三王女かい?
悪いけど彼女はここでは伯爵令嬢でエミリーは公爵令嬢だ。
下位の令嬢が上位の、しかも四大公爵家の一つであるグリトリッチ公爵令嬢を害するなんて…
君は今の状況が分かっているのか?」
そう言うと、殺し屋は驚いたような表情を浮かべる。
ああ、これは…
「あの第三王女にもし捕まっても自分の権力があるから大丈夫だと言われたのか?我が国を舐めないでほしいものだな」
「あいつ……騙しやがって!」
脳内お花畑に付き合うなんて君も大変だねと言うと、
「王家からの頼みを断れるわけないだろ!?」
と言われた。責任を自覚しない人に権力をあげては駄目という生きた見本だな、あれは。
減罪を条件に第三王女の関わりを証言することを約束させた。
これでエミリーに危害が加わることはないだろう。そう思い、ホッとした。
「クリストファー様、第三王女への落とし前はどこまでで?」
カールがそう言う。
いや~、国としてはあんまりカナルック王国と揉めたくないんだけど。
「カナルックに強制送還。あと、病気での静養と称した実質の軟禁だな。カナルックの王太子にあとは全てを頼んである」
「カナルック王国の王太子はなんと?」
「『妹がすまない』と。一応あちらの方が二つ歳が上なはずなんだが」
いや、あの時の王太子の顔は俺よりも年下に見えたものだ。まあ第三王女に振り回されて、その尻拭いをたくさんしているせいか、謝罪と手回しは速かったが。
「陛下には許可を?」
「もちろん。カナルックの王太子は味方で友好関係は継続していると言ったら許可してくれた」
言うまでもないが、この国のトップは父である。
王子も国王の許可無しには動けない。
カールからはよく傍若無人だと言われるが、別にそんなことないぞ。
「やはり、クリストファー様は手回しは良いですよね」
ん?なんかカールの言葉に含みを感じる。
そして、カール顔怖い!
久しぶりのカールの怒った顔に俺は狼狽した。
なあ、なんで怒ってるんだよ!?
「エミリティーヌ様にも外堀を埋めるだけで、最近は特にお会いにもなさらないし、手紙やプレゼントを贈ることもしない。第三王女との噂も否定しないだなんて。
グリトリッチ公爵からは第二王子は娘と婚約破棄なさるのかと聞かれたんですけど?
グリトリッチ公爵が娘を溺愛しているのはご存知ですよね?」
いや、ごめんて。殺し屋探しとかカナルックの王太子の手回しとかが忙しかったんだよ。
心の中で言い訳をするも、カールは手厳しい。
「良いですか?学園ではあなたがエミリティーヌ様と婚約破棄して第三王女と結婚するという噂も流れているのですよ!?
エミリティーヌ様がどれだけお悲しみになられているか、考えたことはありますか?」
すまない。なんというかそれしか言えない。
さっそくプレゼントと手紙を贈ろう。
「それでこそ、クリストファー様です。こちらはエミリティーヌ様が大好きなケーキ屋の一番人気のショートケーキです」
カールマジ有能、天使、神!
……あれ、なんかこれデジャブじゃね?
そう思いながら俺は爆速で手紙を書いた。
断罪劇前日、俺は忙しかった。
父上には近衛を学園に入れさせる許可を、近衛には第三王女を捕まえるための出動を、王家の影には第三王女の監視を。
俺は色んな人たちに協力を願い出た。
ー確かにカールの言う通り手回しは良い方だと思うよ……
あとはカナルックの王太子に第三王女を連れて帰る人たちを寄越すように伝えたり、カナルックの王を黙らせたり、それはそれは忙しかった。
第三王女が我が国に来なければこんなことも無かったのに。
俺はため息をついた。
タラレバを言っても仕方がない。
絶対に第三王女には二度とこの国の地を踏めなくさせてやる。
エミリーに会えなくなった怒りをこめて、俺は仕事を片付けていった。