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忘却ノ世界  作者: しんしん
2/11

1話

一章

 

  1

 

旧都市郊外 

 見渡す限りの廃ビル。もともと、かなりの大都市だったのか、沢山の廃ビルがそこには存在していた。また、地面は灰が覆い廃墟独特の孤独感をさらに引き立てている。

 そんな廃ビルの一つ、その屋上に存在する小さな小屋。


「あーー。金がない。絶望的に金がない」

小屋の中、古臭いベッドに横たわりながら一枚の紙を眺めている少年がいた。

 彼の名前は灰崎(はいざき)明人(あきと)。灰色の髪に決して良いとは言えない目つき。髪はストレートだがいかにも寝起きであるかのような寝癖で所々髪が跳ねている。そんな上下黒色のジャージを身に纏った少年がそこにはいた。

 灰崎が持っている紙は、依頼書だった。


『依頼内容 人の捜索 捜索対象 髪色が銀髪の十五~十七歳ほどの見た目をした少女  生死は問わず ただし、生存している場合は報酬を二倍とする』

 

 依頼内容が書かれた紙を片手に、灰崎はブツブツと文句を言っている。

「あーー、絶望的に働きたくない。でも金がない。飯もない。ついでに働く気力もない」

 もう、二日もちゃんとした食事をとっていない灰崎にとってこの依頼は、生死を左右するほどのモノだった。

 しかし。

「——なんつーか。うさんくせーな、この依頼。人の捜索か……。この馬鹿広い廃墟の中から人一人を見つけ出すとか無理難題すぎるだろ。しかも生死は問わないときた。この廃墟の奥で生き残るのはほぼ不可能なはずなのにだ……」

 依頼に対する文句をダラダラと口ずさみながらも何だかんだ立ち上がる灰崎。

「——まぁでも……。行かなきゃ結局絶望的だからな」

 灰崎のいる小さな小屋には古臭いベッドと錆び付いたデスクしかなく生活感がまるでない。灰崎はそのデスクに立てかけてあるバットケースに手を伸ばす。

そして、慣れた動きでバットケースを肩にかけ小屋を後にした。

 


 ツンと鼻の奥を刺すような錆の匂い。小屋から出てまず感じるのがこれだ。小屋の中も大概だが外の空気の悪さは桁違いだ。

 この辺りは人が住みつかない。この鼻を刺すような異臭もそうだがこの辺りは大気の汚染が酷く普通の人間では住むことも近づくこともできない。そして、この大気汚染は旧都市の内部に近づけば近づくほど酷くなっていく。

 灰崎は錆の異臭を無視して走りだす。

 向かうは、旧都市奥地。戦争の跡地にして崩壊の傷跡。この世で最も死に近い場所。

 

  2


 灰崎明人は普通の人間ではない。

 この世界に人間は大きく二種類存在する。

 旧人類と新人類。

 旧人類とは、ある程度の大気汚染に対する抗体を獲得したがそれ以上は進化することが出来ず、汚染地域から離れて生活する人間。

 新人類とは、この壊れた世界の環境順応に成功し、高い汚染に対する抗体と旧人類に比べ強い肉体を持ち、比較的環境に縛られることなく自由に生活する人間である。

 灰崎は後者、新人類にあたる。生まれつき強い体を持った人間。それが灰崎明人である。

 灰崎は、金稼ぎのため汚染地域に入ることが出来ない旧人類からの依頼を受け、主にこの旧都市付近で活動する便利屋的なものをやっている。新人類は強靭な体を生かし、このように旧人類からの依頼を受け生計を立てている者は少なくない。


依頼遂行のため灰崎は旧都市内部へと足を踏み入れた。

 廃ビルの屋上から廃ビルの屋上へと圧倒的なスピードで飛び移り、あっという間に旧都市の入口に辿り着く。そこには、〝ここより高汚染地域〟と書かれた黄色いテープが貼られていた。

 ここから先は、新人類でもあまり近寄らない。何故なら、ここから先の汚染状態は酷く、いくら新人類でも人体に支障をきたす程のものだからだ。

「——久しぶりに来たな」

 灰崎は奥に広がる地獄を見て、そう呟いた。

 灰崎でもここまで来ることは滅多にない。

小さい頃、父親に連れられよく来ていたが、三年前父親が行方不明になってから来ることはなくなった。

今回の依頼も、捜索場所は〝汚染地域内〟としか書かれていなかったため、旧都市付近の汚染が比較的軽い地域を捜索するのが普通だが、今回灰崎は、捜索場所を旧都市内部に絞っていた。

 その理由は二つ。

一つは、依頼形式の違い。普段灰崎は依頼を受けるため、依頼が集まる集会場に行き、数ある依頼の中から自ら選んで受注するが、今回の依頼は灰崎明人への指名依頼であっため、集会場を通さない直接的なモノであった。

つまり、この依頼は灰崎にしかできないモノであるという予測が付く。灰崎と他の新人類との違いで主に挙げられるのは、大気汚染への耐性の強さである。灰崎は新人類の中でも特に大気汚染への耐性が強く高汚染地域で長時間活動しても人体に支障が及ぶことはない。

 二つ目は、依頼者が地下の人間であること。普通依頼は、汚染地域から離れて生活する旧人類が、汚染地域付近での活動を新人類に代行してもらうために行うことが多い。しかし今回の依頼者は、汚染地域外に生活する旧人類ではなく、地下で生活しているとされる人間であった。

 

この世界の人間の生活拠点は、大きく二つに分類される。一つは、灰に覆われた地上。灰崎達、新人類や汚染地域外で生活する旧人類もそれに該当する。

もう一つは、地下にあるとされる大きな居住空間。この場所は、世界が崩壊する直前、裕福層の人間が築き上げた物であるとされているが、詳細は、灰崎達地上で生活する人々には知らされておらず、その居住空間がどこにあるのか、どのような人間が生活しているのかですら分からない。

しかし時折、地下の人間が差出人だと思われる依頼や、地上で生産できるはずのない食料が地上へ送られてくることがある。そしてその全てに、〝地下の者〟と書かれたカードが内包されており、そのことから地下に人間が住んでいると信じる人々は少なくない。

灰崎の父親もその地下の存在を信じた人の一人であり、よく地下のこと(あくまで彼の推論)を聞かされていた。

灰崎自身、地下に人が住んでいるということはあまり信じていなかった。しかし、灰崎の住む小屋に〝地下の者〟と書かれたカードが内包した依頼書が送られてきたことで内心、地下の存在を信じ始めている。

そして父親が言い残した、

「地下への入口は旧都市の中心部のどこかにある」

 という言葉から、灰崎は旧都市内部へ足を運ぼうとしていた。

 父親の言葉をすべて信じる訳ではないが、もし本当に地下への入口が旧都市内部にあり、捜索対象者が地下の人間であるのなら、まだ旧都市内にいる可能性が高いと考えたのだ。

 

「——さて、どうするか」

 高汚染地域は約半径七キロメートル。奥に進めば進むほど危険が高まる。

 正直、灰崎もこの汚染地域内に入るのは怖い。

しかし、

「飯のためだ。行かなきゃ結局飢え死にだからな」

この依頼を完遂させなければどうあがいても絶望的であることを思い出す。

今も正直、空腹で限界だ。

少しして灰崎は、

——息を飲み、


 ——駆け出した。

 

  3

 

 灰崎は走る。

此処は死地だ。

止まることは許されない。

 感知されるような行動は許されない。

 静止は死ぬことと同意である。

 灰崎は疾走する。

 倒壊したビルや散乱した瓦礫で視界が悪い。

 地面は灰に覆われ足場が悪い。

 剥き出しになった瓦礫や投棄された銃器が進行を阻む。 

 それでも、灰崎が足を止めることはない。

 建物の残骸を足場にし、脱兎の如く跳躍する。

後ろを振り返ることはない。

 ただ前だけを向いている。

 人間に出せる限界を遥かに超えたスピードで疾駆する。

  


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