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魔法使い

作者: 夢の中

 泣き喚く小さな女の子の横で、一人の少女がぽつねんと座っている。小さな女の子を宥めようと駆け寄る周りの人達に気づかれず、一人どこかを見つめている。寂しそうなその背中に思わず話しかけた。

「どうしたんだい、お姫様。」

少女は一瞬こちらをみたが、すぐどこかへ目を逸らした。無視されたかな?と苦笑いをしているとすぐ

「あれ。」

と小さく呟いた。声は、芯が通っていて、耳によく馴染んだ。そして、見ている方向を指差していた。

少女が指差したのは一本の薬の瓶。青いガラスに美しい装飾がしてある。

「綺麗。」

無表情な顔に一瞬だけ微笑みが見えた。

「そうか。じゃああの瓶をお姫様にあげよう。」

瓶を受け取る少女の手は小さかった。



 私は如何なる人でも幸せになることを許しはしない。それがたとえ自分であっても。

揺れる馬車の中、天啓のようにそんな言葉を閃いた。そしてそれは確かに自分に合っていた。私は誰の幸せも望んでいない。



 時計台は奇跡の1分前を告げる、ぐわんぐわんという歪んだ音を響かせている。誰もがハッとしたように足を止めて辺りを見回した。

私も馬車から降りた。なんのことはない気まぐれだ。これでわかることがあるかも知れないと思いつつ、何もわかりはしないと諦めている。周りの誰もが誰かを自分にとって大切な人を探した。大切な人が現れるかは、時間になるまでわからない。

 歪んだ音が止んだ。そしてゴーンと時計台の鐘が鳴る。この12時の鐘が鳴っている間、この場所は時間があいまいになる。どこかの時間同士が繋がる。お互いの時間にいる人と触れ合うことは出来ないが、見ることはできる。ホログラムのように透けた風景が目の前に現れる。どこの時間と結ぶか、未来か過去か、全くわからない。これは怪しげな伝説などではなく確かに何千年と起きていたことなのだ。

 まばらな石畳みの広場には、人が集まってはいるがそこまで混み合ってはいない。時計台の広場にある泉から水が吹き出し、キラキラと舞って、奇跡をより美しくみせる。このような奇跡には人が殺到してもよさそうだが、この国は暗く沈んでいるのだ。石畳みを舗装し直す余裕もないぐらいに。割れたその隙間からは複数の秋の花と草とが生えている。

 私のお屋敷に飾られている秋明菊。白い花瓶に入れられたその控えめな花は、土にあるとただの雑草のようにしか見えない。

 奇跡が終わる合図があった。周りには会いたい人に出会えた幸福そうな人から、落ち込む人、ただの野次馬のような人まで様々だった。私も帰ろう。馬車の方へ向かおうとする。ふと動く影が、目を伏せた私の前に近づく。そちらを向くと、深くフードを被り、奴隷の象徴である銀のマスクをした汚らしい人が駆けてきた。その奴隷は私の方へ走っている。マスクから唯一みえる目元は笑顔。フードの隙間から私と同じ金色に輝く長い毛がふわりと溢れた。そして右手には、私の大切な薬の瓶を持っていた。瓶をひらひらとふる。鐘の音が鳴り止み、奴隷がわたしの目の前でふっと消えた。

 傷んだ石畳を尻目に、豪奢な馬車で帰る。疲れた平民に手を差し伸べる貴族はいない。戦に駆り出される貴族の騎士たちも同様に疲れていた。そして私も。



 しかし、大変なことになった。あれは私の親に違いない。嬉しそうな目元は私に似ていたし、この髪色だ。やわらかな金髪はこの国には珍しい。そして何より、あの瓶。誰にいつ貰ったのか覚えていない、いつから私の部屋にあったのかもわからない青く美しい薬瓶。それを奴隷が持っていた。私の親はあの奴隷だった。嬉しそうに娘の私を見つけて駆けてきた。そう考えるのが一番自然だ。



 私には妹がいる。柔らかな金髪は私と同じだが、顔はあまり似ていない。愛らしい顔をしている妹に比べて、まるで美しい絵画のようと称される私は人形のように冷たい顔だった。両親はどちらかと言うと妹に似ているのだ。

 楽しそうに3人で夕食をとる声がする。私は同席を許されない。理由は人形が食事をしているようで不気味だから。そう聞かされていた。

 新年を祝う春の祭り。お互いに贈り物をして、春の日おめでとうと言いあう、一年で一番幸福な日。3人は楽しそうに贈り物を交換している。そこにも私の居場所はなかった。

この家の一員になれない。昔から不思議だった。顔も頭も所作も全てが完璧な私。自分の非は思いつかなかった。だから、私はその理由を自分の中ではなく外側に求めた。私が両親と血が繋がっていないのではないかという説は一番最初に思いついた。しかし、それが証明されてしまったらどうなるだろう。私は誰にも確認できないまま、奇跡から何かわかるかもしれない、と広場へと向かった。

 特に期待もしていなかった。ただ、何か自分を慰められたらいいのにと期待したのが馬鹿だったのだ。私は奴隷の子。誰かにバレてはいけない。

 


 長くて暗い、秋から冬にかけての休みが終わり、久しぶりに学校へ登校した。まだ人がいない校舎で本を開いてぼんやりとしていると、声をかけられた。

「セシリア。」

私と同じ男爵家の子だ。黒髪が美しい男の子。

「エディ。」

優しげな目で近づいてきた。

「セシリア。休みの間に君を見かけたよ。時計台の前で。」

一瞬で空気が重苦しく変わった。時計台で、奴隷が私に走り寄ってきたのを見られたのか。貴族だけが通う伝統のある学校。奴隷が親であるとバレたらどうなるか。わたしは努めてなんでもないように、

「そう。」

とだけ答えた。エディは優しく、そして幸せそうな笑顔を浮かべて去っていった。



 私は美しい。そしてその美しさは誰からも認められていた。そのためか侯爵家の子息と縁談を持った。男爵家の私にはもったいない縁談だった。賢い彼は、表向きは私を大切にしてくれている。しかし、私の妹をみる目。わたしには向けられない慈しみが込められている。



 侯爵家での、静かなお茶会を終えた私は、一人歩いていた。お見送りも無し。ただ一人、葉の影から光が漏れ出ている美しい庭園を歩いている。

「お姫様お茶会は楽しかった?」

横を向くと、侯爵様の弟君が座っていた。足が悪く、馬に乗れないため、彼は戦には駆り出されなかった。片足を引き摺る姿は魔法使いのようだ。

「伯爵様。」

「やぁ。お姫様。」

この家では伯爵様だけが、私に優しい。

「お姫様、僕がエスコートいたしましょう。」

恭しくお辞儀して、私に手を差し出した。

「ありがとうございます。」

ぼんやりとさせる眩しくて暖かな午後は夢みたいに、私の心に沁みた。ゆっくり歩く伯爵様に合わせてゆったりとした時間が流れた。

 門に着いた際、その手を離すのを惜しく思った。軽く指先に力を込めると、伯爵様は優しく笑った。

「大丈夫ですよ。お姫様の願い事は全て叶えてあげます。」



 エディの真意は測れなかったが、私のことは特に噂になっていなかった。ほんとうに、ただあの日私を見かけたというだけなのかもしれない。しかし、油断はできない。

 お昼休み、いつだって一人の私は温室のベンチに座っていた。暖かな秋の日差しは眠気を誘う。うつらうつらとしながら、枯れた草が地面にへばりついているのを眺めていた。しぶといな、とだけ思った。

 温室の外からガヤガヤと声がする。半分夢の中でそれを聞いていると、聞いたことのある声がふたつ響いた。

「ピーターあちらは人がおりませんわ。」

「そうだね、アリス。」

妹と婚約者。別に何の感情も起こらなかった。ガラス張りの温室から外を眺めると、妹と目があってしまった。幸せそうな顔で笑っていた妹は、焦った顔をした。そんな焦らなくてもいいのに。と思ったが、幸せそうな顔を見せられるよりは1000倍もマシだった。



「どうしたい?」

どこからか、魔法のように現れた伯爵様は、私に尋ねた。

「別に、どうもしなくてよいのです。」

そう答えたが、本当は違う。

「人の幸せな顔を見るのが嫌なのではないですか?」

確かに、そうだった。だが、私は何も答えなかった。



 次の日、校内でエディは死んでいた。手には妹への手紙を持っていたらしい。何故かはわからない。ただ、単に妹に手紙を渡す前に殺されたのかもしれない。私の不安は少しだけ解消された。もうあの顔を見ることもない。自信に溢れた優しげな笑顔。いかにも幸せに過ごしてきましたという顔。

 死んだエディの顔は毒で爛れていた。彼の顔はあの世でさえ、幸せに笑うことは出来なくなったのだ。



「ヒドラの毒とヘパイストスの毒を知っていますか?」

昼下がりのお庭には、2人の人影がある。

「神話のお話でしょうか?」

「確かに神話がモチーフですが、違います。あまりの強い毒性のためヒドラの毒と呼ばれているのです。」

2人の会話は静かで、そして不穏だ。

「そうですか。ではヘパイトスの毒は?」

「肌が爛れてしまう毒です。」

「それは実在する毒なのですか?」

「ええ。南国にあるサボテンから作られる毒です。ヒドラの毒は体内に一滴でも取り込めば死んでしまいます。」

「一滴で?恐ろしいです。」

「ええ。昔この毒を町の泉にこぼしてしまった大馬鹿者がいたらしいですよ。」

「あら。その町はどうなったんですか?」

「滅んだそうです。」

「可哀そうに。伯爵様はなぜ私にそんな話を?」

女の人の顔は木の影になってみえない。

「何故でしょう。」

男の人は笑う。



 

 警備隊は色々と調査をしているようだった。エディに近しい友人からクラスメートまで。そして、ラブレターの宛先である妹も。ただ、犯人は見つからない。

「伯爵様。ヒドラの毒はまだお持ちかしら?」

「ええ。どうなさるおつもりですか?」

「どうと言われましても。」

私が返事に困っていると、伯爵様は笑う。

「お姫様は願うだけでいいのですよ。」




 青い薬瓶に、液体が満たされている。伯爵様は私のお願いを叶えてくれた。これをあなたの妹の部屋に隠しなさいと言ったが、私はそうするつもりはない。薬瓶は唯一私が持っている大切なものだから。妹なんかにくれてやるものか。私が瓶を机の上に置いてすぐ、部屋のドアを叩くものがありました。



 貴族殺しの罪は、爵位の剥奪。そして投獄。捕まる前に私は伯爵様によって逃がされました。何故薬瓶を妹の部屋に隠さなかったのかと聞かれることはない。伯爵様はこうなるのがわかっていたように、用意していた奴隷の服とマスクを差し出した。それは、私があの時計台の下でみたものだった。なるほどと思った。

「奴隷のふりをするのがよろしいでしょう。」

私は逃げ出した。薬瓶を持ち出せなかったことだけが気がかりだった。



 何日、いや何ヶ月たったのでしょう。奴隷の格好ではありますが、誰にも仕えることなくただ粗末な小屋で外にも出ずにじっと暮らしてます。この金髪です。フードで隠していますが、外に出たらすぐ正体はバレてしまうでしょう。

時々、伯爵様の使用人が食べ物を届けてくれます。それ以外は一人。なんだ、昔と変わらない。なんて戯けてみたところで気分が良くなることはありません。




 思いがけないチャンスがやってきた。証拠品として取り上げられたあの薬瓶を持ち主へ返すことができる。盗み出した青く美しい瓶に、再び中身を入れた。お姫様はこれをどう使うのだろう。どう使っても構わない。お姫様は好きなようにすれば良い。僕は手助けするだけの魔法使いだから。




 コンコンというノックとともに、伯爵様は突然私の元にやってきた。プレゼントは僕から渡さなきゃだからと言って、あの瓶を差し出します。きちんと中身も入っています。

「好きなように使って。」

伯爵様は笑います。どんな風に使えば素敵だろう。

「昔この毒を町の泉にこぼしてしまった大馬鹿者がいたらしいですよ。」

ふと伯爵様が話していたのを思い出しました。

泉!なんて面白いのでしょう。

私は薬の半分を伯爵に任せて、半分液体が入った瓶を持って走り出した。



 泉へ走って行く。途中ぐわんぐわんと不協和音が響いた。なるほど、あの日は今日と繋がっていたのか。過去の私にも教えてあげなくちゃ。これから起こる事。驚いてこちらをみる女に笑いかけて、手に持った瓶を振った。なんだ、私が愛されないのは親が奴隷だからでは無いのかと今更気づいた。楽しくて楽しくて笑みが抑えられない。この笑顔でずっといられたら愛されていたのかも知れないが、こんな風には笑えなかったのだから仕方ない。



「ただ、飲ませるのはつまらないでしょう。だからまず、このヘパイストスの毒をかけたんです。」

伯爵様は私に語った。それはエディへの、妹への、婚約者への犯行手口だった。

「これで、あちらでも幸せな顔をすることができませんから。」

「伯爵様は何でもお見通しですね。」

みんなみんな死後でさえ幸せな顔ができなくなりますように。私のお願い事。

「ふふふ、言ったでしょう。なんでも叶えてあげるって。」

「ええ、そうですね。」

私は伯爵様に微笑んで、青い薬瓶に口をつけた。

「お姫様にはヘパイストスの毒をかけたりしませんから大丈夫ですよ。」

ヒドラの毒で舌先から痺れて行くのがわかる。

「お姫様がいなくなったら僕はどうしたらいいんでしょうね。」

対して困った様子でもなく、伯爵様は私に尋ねた。答えは求めていない問い。しかし心の中で、私はきちんと答えた。

「魔法使いは主役足り得ない。そこで世界が終わるのよ。」

答えは聞こえなかったはずだが、伯爵様は

「そうですね。」と笑った。




 少年は、一人本を読んでいた。お姫様のお話。そして、お姫様の願いを叶える魔法使いの話。お姫様は物静かで、誰よりも美しかった。現れた魔法使いは特に理由もなく、お姫様のために魔法を使った。お姫様の願いは無条件に叶えられる。少年はそう認識した。

 一人佇む少女は、彼にとってお姫様であった。願いを叶えてあげなくては。

 男はおやすみお姫様と言って、手でその瞼を塞ぎ、おしまいと呪文を唱えた。

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