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剣魔神の記  作者: ギルマン
第3章
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4.新たな朝

 9月2日。ファインド家の屋敷。


 朝の鍛錬を終えたエイクは、自室でリーリアに手伝わせて着替えをしていた。

 その首には今まで身につけていなかったペンダントがあった。

 女性の横顔をあしらったメダル状の物をチェーンでつないだだけの簡素な作りで、さほど値打ちがあるようには見えない。

 それは、父ガイゼイクが亡き妻エレーナの形見として身につけていたものだった。

 つまりエイクにとっては、父の形見であると同時に母の形見でもある。


 父の死後その遺産が次々と差し押さえられる中、このペンダントだけはエイクの手元に残った。

 エイクはこれを今まで厳重に隠し持っていた。

 力が弱く多くの者に虐げられていた頃は、見つかれば奪われてしまう危険が高かったからだ。

 力を取り戻した後もそのまま隠していたのだが、父の屋敷に戻ったのを機に普段から身につけることにしたのだった。


 エイクは、父が頭部を両断されて死んだ時に破損したそのペンダントのチェーンを、短くして補修しメダルが首元近くに来るようにしていた。その方が守りやすいと思ったからだ。

 彼はまだ慣れないそのペンダントを少し気にしていた。


 やがて着替えを終えた頃、アルターがやって来た。

 ちなみにアルター他使用人達は、昨日からこの屋敷に住み込む事にしていた。

 リーリアとカテリーナ、そして昨日引き取ったルイーザも同様だ。


 エイクの許可を得て入室したアルターは、早速エイクに声をかけた。

「エイク様、ご報告をお伝えしてもよろしいでしょうか」

「頼む」

 昨日エイクは、報告すべき事があるというアルターに、重要な内容でなければ明日聞くことにすると指示していた。

 この屋敷への帰還を果たして感ずる事も多かったエイクは、実務的な事柄について考えるのは明日以降にしたいと思っていたからだ。


「まず、今後のご予定の確認ですが、本日はこの後ロアン殿の屋敷でロアン殿、セレナ殿との会議。これには私も同行させていただきます。

 その後エイク様はセレナ殿と訓練を行った後に、“イフリートの宴亭”に寄りその後“大樹の学舎”に赴いてアルマンドからの報告を受ける。

 そして、明日は朝からやはりロアン殿の屋敷で、テティス様ご紹介の方とのご面会。こちらは、お1人で臨まれるということでよろしいでしょうか」

「ああ」

 テティスの主が出来るだけ早くエイクと会いたいと思っているのは事実だったようで、面会は9月3日で調整がついていた。


「それでは改めてご報告ですが、まず裁判院から2つ連絡が来ています。

 1つはガイゼイク様の名誉回復について広く布告される事になったそうです。布告は本日中に行われます」

「そうか」

 それは、エイクが要望していたことだった。


 ガイゼイクに対する判決が覆された後、没収された金品はエイクの下に戻り始めていた。しかし、金品より父の名誉の方がよほど大切だったエイクは、父の名誉回復をもっと大々的に行う事を要望していたのだ。


(それで、父さんへの裁判の件については納得するべきだな……)

 エイクはそう思った。

 エイクにとっては父に対する不当な裁判に関わった者は、虚偽の申し立てを行った元使用人や商人から、不当な判決を下した裁判官、そしてそれを見てみぬ振りをしていた者達まで、その全てが復讐の対象だった。


 特に父に仕えていたにも関わらず、父を貶める申し立てを行った元使用人達への憎しみは強い。

 ただ、具体的にどう復讐するかまでは考えていなかった。

 心情としては全員殺してやりたいところだが、それがやり過ぎだということは流石に分かる。では、どうするのが妥当な復讐なのかというと、そこまでは考えが及んでいない。

 結局、エイクにとって最優先の復讐は父を殺したものを討つことであり、それ以外についてはまだ具体的には考えていなかったのだ。


 そして、今改めて冷静に考えてみると、父の名誉を回復させる事で納得せざるを得ないのだろうと思えた。

 父の名誉を回復させるということは、裁判が不当なものだったことを広く世に知らしめるということでもある。そうなれば裁判に関わって不当な行いをした者の信用も、それぞれの立場に応じて損なわれる。


 見て見ぬ振りをしていただけの者達の被害はさほどではないだろうが、裁判官を務めた者は、無能或いは悪徳裁判官だったと思われるだろうし、元使用人達は、偽りを述べて主を貶めてその財物を奪った不義不忠の悪人と見なされる。

 既に裁判の判決が覆った結果彼らが得ていた金品は没収され、更に罰金も課せられるという罰は下されている。これに加えて更に信用も失えばその被害は大きい。

 これをもって復讐は成ったと見るべきだろう。


 感情的には納得しがたいが、心情に従って元使用人たちを殺して回れば、エイクの方が犯罪者として追われることになる。

 そんな事になれば、強くなる、父との約束を守る、そして何より父の仇を討つという、エイクがより重視する目的にとって害になる。そんな無駄な事は出来ない。

 エイクはそう考えて納得しようと努めた。


 アルターが報告を続ける。

「二つ目は、ジュディア・ラフラナンが裁判を受ける権利を放棄した為、刑が確定し犯罪奴隷となることが決まりました。

 そして、働き先として当家が選ばれたとのことです。明後日にも引渡し可能との連絡でした」


 これもまた、エイクが要望していたことだ。

 この要望が通るかどうかで、エーミール・ルファス公爵に自分を懐柔するつもりがまだあるのか確かめるつもりだった。これについては良い結果が得られたようだ。

 そして、素直に嬉しい事でもある。エイクはジュディアも完全に自分のものにしてしまいたいという欲望を持っていた。


「分かった。可能だというなら明後日に貰い受けよう。

 彼女もこの屋敷に住まわせる。部屋を用意してくれ」

「畏まりました。

 次に、面会の申出についても2つご判断していただきたい事があります。

 まず1つはラング子爵からの3回目の申出がありました。

 以前ご説明したとおり、今来ている会見の申出は、ただの好奇心か様子見程度の理由によるものと思われますので、礼を失しないよう気をつければ、断っても後に禍根を残す事もないはずです。

 しかし、3度目ともなるとそうは言っておられません。

 しかも相手には命を助けてもらった礼を言いたいというもっともな理由もあるので、上手いこと断るのも難しく、これ以上お断りすると相手の面子を潰す事になり、後々面倒になりかねません」

「ラング子爵か……」


 ラング子爵はエイクを裁く裁判で副裁判官を務め、フォルカスが変じたバフォメットからエイクの手で救われた人物だった。

 力任せに放り投げるという随分乱暴な救い方だったが、真っ当な判断力がある者ならばそれでも自分が助けられたと理解出来るだろう。礼を言いたいと考えるのはおかしな事ではない。

「会う事にしよう。日程の調整を頼む」

 いろいろ考える事はあったが、エイクはそう答えた。


「そうですな。それがよろしいでしょう。

 もっともな理由がありますからラング子爵にだけ会っても、会見を断った方々への角が立つこともありません。

 それに、貴族との会見に慣れるために、試しに会ってみる相手と考えても妥当なところかと思われます」

 試しに会ってみる相手、というのも失礼な言い草だが、大貴族と会見する前に中小の貴族と会見して貴族との会見に慣れておくというのは、いずれは大貴族との知己も得たいと考えているエイクにとっては妥当な判断だ。


「もう1つですが、ローリンゲン侯爵家に縁のあるドミトリ、と名乗る方からの会見の申し込みがありました」

「ドミトリ司祭?」

「はい。応対したのはグラシアで、他の者を呼ぶまでもないと仰って、伝言を残されただけだったとの事でしたが、容姿を聞いた限りではトゥーゲル神殿の司祭のドミトリ様ご当人と思われます。

 エイク様に是非とも直接会って詫びたいと言っておられたとのことです」


 ドミトリ司祭はローリンゲン侯爵家と関係が深く、“特別訓練”ではエイクにサービスで回復魔法をかけてくれたり、良くしてくれていた人物である。

 しかしそれは、関係が深かったにもかかわらず、フォルカスがネメト教団に通じて悪事を行っていた事に気が付いていなかったということでもある。

 エイクに詫びたいというのはその関係だろう。


「会おう。直ぐに日程の調整の為の連絡を……、いや、調整するまでもない。俺が直接出向く」

「それでしたら、連絡は“三つの灯火亭”という冒険者の店にして欲しいとの意向だったそうです。本日は1日そちらに滞在しているとおっしゃっていたそうなので、訪問すればお会いできるでしょう」

「トゥーゲル神殿ではなく?」

「はい。グラシアによると、服装も神官のものではなかったとの事。

 或いはお辞めになったのかもしれませんな」


「……そうか。いずれにしてもセレナとの約束を無視するわけにもいかないし、会うのはその後になるな。

 やはり、今日中にエイクが伺うと連絡しておいてくれ、それからアルマンドにも予定より遅れると伝言を頼む」

「かしこまりました。それでは朝食後直ぐにロアン殿の屋敷へ向かうという事でよろしいですかな」

「ああ、そうしよう」

 エイクはそう答えて早速朝食をとることにした。

 父の屋敷に住むようになったエイクの、新たな日々が本格的に始まろうとしていた。

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