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剣魔神の記  作者: ギルマン
第2章
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39.最初の報告

 ガゼックやルーベン・シャムロックと話した翌日は、セレナからの最初の報告を受ける日だった。

 場所は、ロアンの屋敷の一室を使う事になっていた。

 エイクの家にセレナが出入りするよりも、エイクに“精霊の泉”に足を運んでもらった方が目立たずに済む、というセレナの意見に従ったからだ。

 エイクはアルターにも同行してもらう事にした。


「俺の補佐をしてくれる事になったアルターだ」

 エイクはまず、セレナとロアンに、アルターのことを簡潔に紹介した。

「アルターと申します。今後はよろしくお願いいたします」

 アルターもそう必要最低限の自己紹介を行った。

 エイクはさっさと本題に入るつもりだったのだが、意外にもセレナから反応があった。


「アルター? 炎獅子隊の参謀だったアルターさんなのかしら?」

「如何にも、炎獅子隊にて参謀役の任についていたことがございます。お若いのにお詳しいですな」


「私は“猟犬の牙”のカルロスの養女なのよ」

「おお、なるほど。カルロスの……。

 彼の縁者と知り合う機会を得るとは、世間は狭いものですな。

 彼とはいろいろありましたが、まさか彼が私より先に死ぬとは思っておりませんでした。今更になりますが、ご冥福をお祈りいたします。

 私としては、勝ち逃げされてしまったという気持ちもありますが」


「いいえ、長生きした者の勝ちよ。父は早く死に過ぎたわ」

「そうかも知れませんな……。

 まあ、私と生前の父君との間にはいろいろありましたが、あなたと私は、今は同じ主を仰ぐ身、わだかまりなく協力して行きましょう」

「もちろんよ。それはよく理解しているわ」


 アルターとセレナの意外な接点が明らかになったが、エイクが見る限り両者には本当にわだかまりなどないようだった。

 王都の治安を担う炎獅子隊の参謀と、盗賊という間柄である以上、アルターとカルロスが良好な関係を築いていたはずはない。しかし、少なくとも、憎しみあっていたというわけでもないようだ。

 少なくとも、アルターとセレナから憎しみのような感情は見受けられない。


 そんなやり取りがあった後。今度はロアンが口を開いた。

「あ、あの。私ごときは、このような話し合いには参加させていただくべきではないと思うのですが……」

「いや、あなたは俺に対する最大の資金提供者だ。俺に敵対する者は、当然あなたを攻撃対象にするはずだ。あなたは出来る限りの情報を共有しているべきだ。

 俺が参加するなと言わない限りは参加してくれ」

 エイクの言葉に続いてアルターも「仰る通りかと」と賛意を示し、セレナも「私もロアンさんは参加するべきだと思うわ」と述べた。

 3人にそう言われて、ロアンはそれ以上反論できなかった。

 結局、ロアンはセレナの隣の席に着き、向かい合う形でエイクとアルターが席に着いた。


 それから更に、セレナから提案があった。

「ところで、私達はエイク様に仕える身なのだから、エイク様がロアンさんや私のことを、あなたと呼ぶのはどうかと思うわ。

 私自身、礼儀なんか気にしたくない人間だけど、それでは逆に話し難いと思うの」

 言葉遣いを、主人としてふさわしいものに変えるべきだという提案は、アルターから既にもなされていた。ロアンもその意見に賛成のようだった。


「そうか? それじゃあ、基本的に呼び捨てにするようにしよう」

「それと、もし許されるなら、私はエイク様のことをボスと呼びたいのだけれど、いいかしら」

 それは聞きなれない言葉だったが、盗賊や傭兵などが、首領のことをそんな風に呼ぶこともあるということを、エイクは知っていた。

「別に構わない。俺はいちいち言葉遣いは気にしない。好きなように呼んでくれ」

「ありがとう」


 そしてようやく本題に入ることになった。

「それで、昨夜連絡を入れてくれた事について改めて説明してくれ」

 まず、エイクがセレナに向かってそう聞いた。


 昨夜のうちに、予め定めておいた符丁を知る、セレナの使いと名乗る少女がエイクの家を訪れ、緊急の連絡だと言って、エイクに言付けを伝えていたのだ。

 その内容は、レイダーの部下が、エンリケ・デアーロという人物と接触した。エンリケは仲間を集めていつでも戦えるように武装しているので、襲撃に気をつけるように。というものだった。

 そしてエイクは、エンリケ・デアーロという男のことを知っていた。

 彼は、フォルカス・ローリンゲンの取り巻きの一人だった人物だ。


 セレナは直ぐに説明を始めた。

「私達がこの情報を知ったのは昨日の事で、昨夜の内に分かった事は限られていたのだけれど、相手が武装を整えている以上、最悪夜中や今日の未明に襲撃が起こる可能性もあると思って、伝えられる限りのことを昨夜の内に連絡したの。

 今はある程度は情報をまとめてあるわ。まず、エンリケがどういう人物なのかは当然ボスも知っているわよね?」

 エイクは頷いた。


 エンリケは元々炎獅子隊の隊員だったが、フォルカスの取り巻きの中でも特に彼に近いと見なされ、炎獅子隊から追放された者の1人だ。

 同じように追放されたのは全部で17名に上っていた。


 ちなみに、この炎獅子隊から追放された者達は、そのほとんどが、実家からも勘当されていた。

 ただの失職でも十分な不名誉なのに、アークデーモンに変身するような者と親しくしていた、などという事になってしまった以上、甘い対応は出来ない。

 下手にかばい立てすれば、一族全体がデーモンと関わりがあるのかと疑われてしまう。

 そう判断された結果だった。


 そして、連座して追放されてしまうほどフォルカスに近しいとされた取り巻き達は、大きく2つのグループに分かれる。

 一つは、ロドリゴ・イシュモスのように、ローリンゲン侯爵家に連なる家の出身者だ。

 しかし、このグループはロドリゴを含めても4人しかいない。

 軍における実力主義は強固で、フォルカスの縁者だろうと、相応の実力がなければ炎獅子隊には登用されなかったからだ。


 他は、自分からフォルカスに擦り寄って行った者達だ。

 有力貴族出身で実力者と見られていたフォルカスに擦り寄る者は、当然多くいた。

 その中でフォルカスの目がね適った者、そして、エイクに対する虐待のような、フォルカスが行う非道を気にしない者が、彼の取り巻きとして残ったのだ。


 エンリケは、このうち後者のグループに属する一人で、若干20歳ながらその中では最も優れた実力の持ち主だった。

 そして、エイクに対する虐待行為そのものだった“特別訓練”の参加者でもあった。

 ちなみに、特別訓練の参加者はフォルカス本人とロドリゴを除いて最終的に13人になっており、その全員が炎獅子隊からの追放者に含まれていた。


 セレナは説明を続けた。

「私達はレイダーがボスに敵対するつもりなら、ボスに恨みを持つ者と接触するのではないかと考えて、エンリケに探りを入れていたの。ボスに恨みを持つと思われる者の中で、最も強いのは彼だと思ったから。

 すると、彼が一緒に炎獅子隊を追放された者達をまとめて、徒党を組んでいる事が分かった。

 そして、昨日そのエンリケの仲間の1人と、レイダーの部下が連絡を取り合っている事が確認できたのよ。

 彼らが繋がっているからには、ボスと敵対するつもりなのは間違いないでしょう。

 エンリケの仲間は本人を含めて10人。その仲間達もまとめてあるわ」

 セレナはそう言って、1枚の紙をエイクに渡した。


 その紙にはその10人の名前が書かれていた。

(こいつらが襲って来てくれるなら、嬉しいくらいだな)

 エイクはその名前を確認してそう思った。

 その10人は、全員が特別訓練の参加者だった。




 エイクは特別訓練と称して自分を散々に打ち据えた者達の事も、殺してやりたいと思っていた。だが、それを実行する事は止めることにした。

 彼らは確かに明らかな悪意を持ってエイクを攻撃し、時にはエイクが命の危険を感じる事すらあった。

 この点で、彼らに対する恨みは、エイクの事を笑っただけの一部の冒険者達よりも遥かに深い。


 だが、その行為が行われたのは、エイク自身が承知の上で参加した訓練の中で、だ。

 自分で参加すると決めて、しかも内容を理解しながら、自分の意思で参加を続けていた訓練なのだから、その中で行われた事を恨みに思うのは筋違いだ。

 感情はともかく、理性ではその事を理解していたエイクは、特別訓練の参加者に対して報復などは一切しないことにしたのだった。


 しかし、彼らが改めてエイクを攻撃してくるならば話しは違う。攻撃に対して反撃するのは当然の事。殺そうがどうしようが責められる筋合いはない。

 つまり、何の遠慮もなく報復を遂げる事が出来る。

(むしろ、是非とも襲って来て欲しい)

 エイクは、10人の名前の中で、特にジュディア・ラフラナンという名前に注目しながら強くそう思った。




「エンリケ達の動向には十分に注意して欲しい。何か動きがあれば直ぐに伝えてくれ」

 エイクはセレナにそう指示し、セレナは了承した。


 エイクは重ねてセレナに聞いた。

「他に報告は何かあるか?」

「ごめんなさい。今報告できる事はこれくらいよ。

 レイダーが他の街の連中と連絡を取り合っている様子は確認できなかった。

 レイダーの居場所も全くつかめない。奴はどこかに篭って全く外に出てきていないわ。

 盗賊の親玉が自分の所在を隠すのは当然だけれど、これはちょっと極端すぎるわね。こんな状態では、そのうち部下の忠誠をつなぎとめるのも難しくなると思うわ」


 この見解は、ラテーナ商会を通じて伝えられていた“黒翼鳥”のドロシーの見解と一致していた。

 ドロシーによると、むしろレイダーと商都セレビアの盗賊との交渉が打ち切られた様子さえあるとのことだった。

 そして、レイダーの所在に関する情報は全くない。


 ドロシーは一般市街地をこれだけ探しても痕跡がないことを考えると、レイダーは貴族街に隠れているのではないか、との見解を持っていた。

 エイクはこのことに関してセレナの意見を聞いてみることにした。


「レイダーが貴族街に隠れ住んでいる可能性は考えられるか?」

「可能性はもちろんあるわ。

 でもここまで徹底的にレイダーを匿うなら、相当強い結びつきがある貴族のはずよ。私の知る限りではレイダーにそんな伝手はなかった。

 もちろん、私が知らなかっただけかもしれないけれど、どちらにしても何も取っ掛かりがない状況では、探し出すのは難しいわ。

 それに、奴が貴族街にいると決まったわけでもないのだし」


「そうだな。ところで、レイダーがそこまで身を隠す理由は何だろう。俺を恐れているからだ、という噂は聞いているが」

「その話は私も耳にしたけれど、なんとも判断できないわね。

 何かを極端に恐れている、というのは奴の今の状況を説明する最も簡単な理由にはなると思うけれど」


「あ、あの……」

 そんな声と共に、ロアンがおずおずと手を挙げ発言を求めた。

「何か意見があるなら言ってくれ」

 エイクにそう促され、ロアンは話し始めた。


「れ、レイダーがエイク様をものすごく恐れているのは間違いないと思います。

 奴が“精霊の泉”にちょっかいをかけてきた時の事ですが、以前ご説明したとおり、その時私は、失礼してエイク様の名前を使って追い払いました。


 その時は私も必死でしたので、精一杯すごんでみました。ですが、所詮は素人です。普通なら、仮にも盗賊ギルドの長を勤めようという者に、素人の恫喝が効くはずがありません。

 ところがレイダーは、エイク様の名を聞くなり、露骨に怯えてしまいました。


 情けない話しですが、私は長い事彼らの顔色を伺って暮らしていたので、彼らの気持ちを察する事には長けてしまっています。その私から見て、レイダーの怯えようは本物だったと思います。

 それに、グロチウスを倒した時のエイク様の戦いは、レイダーが怯えてもおかしくないものだったと思います……」


「待って、それはつまり、その時レイダー本人が直接ロアンさんのところに来たってことよね。

 それはいつ頃のことなのかしら」

 セレナがロアンに確認した。


「は、はい。本人が直接来ました。あれは確か、15日のことだったと思います」

「そうなのね。それが切っ掛けだったのかも知れないわね」

 ロアンの返答を聞いたセレナは、そう呟くとエイクに向かって説明した。


「レイダーは、グロチウスが捕まった後しばらくの間は、今ほど極端に身を隠していなかったらしいのよ。

 ロアンさんのところに直接来たということは、実際その時点では、自分で動くこともあったという事よね。でも、その後は全く姿を現していない。

 ひょっとすると、ロアンさんに、ボスが“精霊の泉”支配することになった。つまり、今後裏社会に関わるつもりがあると聞かされた事が、今ほど身を隠すようになった切っ掛けなのかも知れないわ。

 だとすると、確かによほどボスの事が怖いのでしょうね」

「そうか。参考になった」


 その後、ロアンから、もしもレイダーやエンリケの動きに早期に対応する為に必要ならば、来月分の上納金の一部を先に渡すことも出来る、との申出があった。エイクはその申出をありがたく受けることにした。


 他に報告はなかった。

 その後若干の相談や取り決めをして、今回の集まりを閉じる事となった。

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