34.森からの使い②
「こんな姿をしていますが、“夜明けの翼”のメンバーだったテティスです」
エイクの帰りを待っていたという少女は、そう自己紹介をした。
「どういうことか説明してくれ」
エイクはそう問い返した。
待っているのは、テティスと名乗る女だとの説明を受けていたが、詳しい事情は本人から聞いたほうが早いと考え、詳しい説明を受けずにテティスとの会見に臨んだからだ。
テティスが説明を始める。
「私は主の命令で、情報収集の為にこの国に入り込んでいました。
要するに諜報員のようなものです。ですから、本当の姿は晒さない方が良いと思って、薬で性別を変えていたんです」
「性転換の霊薬は1時間程度しか効果がないはずだ」
「普通の霊薬はそうです。ですが、効果が永続するものあるんです」
そう言って、テティスと名乗る少女はカテリーナの方を見た。
つられてエイクもカテリーナを見ると、カテリーナは少し慌てた様子で告げた。
「事実です。極めて珍しくて貴重なものですが、効果が永続する性転換の霊薬は存在します」
テティスと名乗る少女の方を向き直ったエイクは、最も気になっていることについて聞いた。
「もし、お前があのテティスだとするなら、良く生きていたな? 相当の深手は与えていたはずだ」
オドがすっかりなくなり、確かに死んでいたはずのテティスが生きていたとするならば、それはエイクのオド感知能力が誤魔化されたという事だ。それはエイクにとって重大な問題である。
「主から授かった魔道具のおかげです。死に難くなる効果がある特殊な魔道具を携帯していました」
その答えに対してエイクは、その魔道具はオドすら誤魔化せるのか、と問い詰めたかった。しかし、もちろんやめておいた。
そんな事を口にすれば、他者のオドを感知出来るという、エイクの重要な秘密を暴露するようなものだからだ。
あの時テティスは確実に死んでいたはずだと告げるのも、やめておいたほうがいいだろう。
“夜明けの翼”を倒したとき、エイクはオドの感知だけでテティスが死んでいると判断していた。
テティスからは戦利品も剥ぎ取ろうとはしなかった為、その身体に触れてもいない。
つまり、普通の形でしっかりとその生死を確認したわけではなかった。
もしもあの時テティスに意識があったとすれば、しっかり確認していないのに、死んだと確信しているのはおかしいと思われてしまうだろう。
相手を無闇に不審がらせるべきではない。それは自分の能力がばれる原因になりかねないのだから。
沈黙してしまったエイクに向かって、少女は説明を続けた。
「エイク様、お疑いになるのはごもっともですが、私がこの姿で現れたのは、誠意を示す為です。
以前の姿のまま現れれば、こんな説明をしなくても良かったですし、真の姿を知られない方が私にとっては好都合です。
しかし、改めてお話しするにあたって、偽りの姿をとるのは不誠実だと考えたからこそ、あえてこの姿をさらしています。
その事を汲んでいただければ幸いです」
「まあ、いいだろう」
エイクはその言い分を認めたわけではなかったが、話を先に進めるべきだと考え、そう告げた。
「ありがとうございます。それでは、まずは謝罪をさせてください」
テティスは改めてそう切り出した。
意味が分からず、訝しげに顔をしかめたエイクに、テティスが続けた。
「あなたの命を狙ったことについてです。申し訳ありませんでした」
テティスはそう言って深々と頭を下げた。
意味は理解したエイクだったが、どう応えるべきか悩んだ。
エイクはテティスに対しては、特に憎んだり恨んだりはしていなかった。
テティスからは嫌がらせをされていたわけでもないし、フォルカスやグロチウスとつながってもいなかったと知っていたからだ。
実際テティスの方から言い出すまで謝罪させるという発想すらなかった。
だが、改めて考えてみれば“夜明けの翼”が襲撃して来た時に、テティスから問答無用で強力な魔法を打ち込まれたのも事実だ。それは、本来笑って許せるような事ではない。
頭を上げたテティスは、エイクの返答を待たずに言葉を続けた。
「もちろん言葉だけで許される事ではないと思っています。
ですが、同じ事をしたカテリーナさんが命は助けてももらっているのですから、彼女と同じものを差し出し、同じようにお仕えすれば、私も命は助けていただける。そう期待しているのですがどうでしょうか?」
そして、軽く両腕を広げて見せた。それは、我が身を差し出そうとする仕草のように見えた。
その慎ましやかな胸のふくらみが強調されている。
「……男か女かもわからない者を、どうこうするつもりはない」
そう応えたエイクだったが、少なからず心が動いてしまっていた。
「間違いなくこの姿が私の真の姿ですよ。
そこまでお疑いならば、ご存分に確かめていただいても構いませんよ」
そう言ってテティスは微笑みながら、両手を胸元に添えた。
エイクは、また己の欲望が強く刺激されるのを感じたが、そんな気持ちを誤魔化すように話しを進めた。
「それで、用件は謝罪だけなのか?」
テティスの顔が真剣なものに戻る。
「いいえ。もちろん違います。
私がここに来たのは、主からの提案をエイク様にお伝えする為です。
私の身がどうなろうと、これだけはお伝えしないわけには行きません」
その口調も堅くなっており、強い覚悟を感じさせた。
主という者は、テティスにとってよほど尊い存在であるらしい。
テティスにこの国への潜入を命じ、エイクのオド感知すら誤魔化す魔道具を所持しているらしいテティスの主。
その者の話は、エイクとしても軽視することはできない。
エイクも居住まいを正し、気を引き締めた。
「聞こう」
そして、そう答えた。




