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剣魔神の記  作者: ギルマン
第2章
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31.呪われた土①

 翌日、エイクは朝から予定通り下水道跡に降りていた。

 彼は右手にミスリル銀製のブロードソードを持ち、左手には同じくミスリル銀で作られたラウンドシールドを持っていた。その盾は裁判院の決定によりエイクの手元に戻ってきた父ガイゼイク所有の防具だった。


 そして足には、昨日使用人として雇った者達のうちエミリオを使って購入した、魔法のブーツ“大蜘蛛の足”が装備されている。

 エミリオには、どのような魔道具を所持しているかは重要な秘密だから、この魔道具を買ったことは他の使用人たちにも話してはならないと命じていた。彼が秘密を守れる者か試す意図があってのことだ。

 エイクは念を入れて、ブーツが魔法の品に見えないように手を加えていた。


 武器について、エイクがクレイモアを持ち込まなかったのは、事前に得た情報から、下水道跡はクレイモアのような剣身が長い剣は使いにくい環境だと判断したからだ。

 エイクの判断は適切だった。

 下水道の本管は、概ね3m四方程度の正方形になっており、所々に天井を支える為の柱も設置されていた。大き目の剣を振るうには不向きだ。


 ちなみに、下水道跡に降りるとき、エイクはたいまつも携帯していた。

 担当衛兵に、暗視能力を持っていることを悟らせない為だ。

 だが、下水道跡に降り立ち、縦穴の蓋が一旦閉ざされると、エイクは、無用の長物のたいまつの火をさっさと消していた。


 下水道跡の下面の舗装は、所々でかなり広範囲に渡って剥がされていた。

 自然に剥がれたにしてはその面積は広すぎる。

 恐らく、下水道跡に雨水等が浸み込んだりした場合に、浸透によって捌けさせる為に、下水道を封鎖する際に意図的に剥いだのではないかと思われた。

 だが、そのせいで、足元にはぬかるみが多くなっている。

 エイクは辟易しながら、直ぐにゾンビドッグのいる場所へ向かった。

 ゾンビドッグのオドは、既に感知済みだった。


 速やかにゾンビドッグを発見したエイクは、ブロードソードの一撃でこれを倒した。

 他に感知していたオドは、元凶と思われる存在のものだけだ。

 その元凶が犬をゾンビ化させてしまう存在ならば、ネズミなどの小動物がゾンビ化していてもおかしくない。しかし、エイクが意識を集中させても、そのようなオドは感知できなかった。

 この3ヶ月の間に、ゾンビドッグによってそのような小動物のゾンビは駆逐されてしまったのではないかと思われた。

 知能がないに等しい下級アンデッドは、基本的に互いに仲間意識など持たない。その為、狭い空間に複数存在すれば殺し合うこともある。

 いずれにしても倒すべき存在は他にはいない。エイクは元凶と思われるオドの下へ向かう事にした。




 エイクはハイファ神殿の方向へ延びる下水道の支道へと入った。

 支道は2m四方ほどに狭くなっていた。これも事前に調べておいたとおりだ。


 やがてエイクは、下水道跡が埋め戻された場所、即ちハイファ神殿直下の直ぐ近くまで進んだ。

 そこで彼は、アンデッド特有のオドを発しているのが、前方の土くれである事を確認した。

 それは、土そのものがアンデッドと化していることを意味している。

 つまり今エイクが目にしている存在は、アンデッドモンスターの中でも特に強大な力を持つものの一つ、呪われた土(カーストソイル )なのだ。


(想定していた中では最悪の魔物だ)

 カーストソイルの活動範囲外で足を止めたエイクは、そう考えて心中で大きく舌打ちをした。

 普通の生物の形をしていないアンデッドのオドを感知したこと、そしてそのアンデッドが犬をゾンビ化したのかも知れないという推測に基づき、エイクは敵の正体をいくつか想定していた。その想定の中でも、最も厄介だと思っていたのがこの魔物だったのだ。




 カーストソイルは、ごく近い範囲で、何人もの者達が極めて強い恨みを抱いて死んだ場合に、稀に発生する強力なアンデッドだ。

 それらの死者の、怨念の篭った魂が寄り集まって付近の土にこびりつき、その余りにも強い怨念故に、本来万物の循環の基礎となる土そのものを循環の輪から逸脱させ、ついにはマナとオドを宿らせてアンデッド化してしまった存在である。


 一見すると普通の土に見えるが、活動範囲内に生あるものが入り込むと、2つの頭部と4本の腕が地面から生え出て、地面を自在に動いて猛然と襲い掛かって来る。

 その攻撃方法は、頭部は噛付いて来るか、或いは魔力を帯びた毒の霧を吐くというもので、腕はひたすら殴りかかって来る。

 そして、そうやって殺したものをゾンビへと変えてしまうのである。


 魔法や面倒な特殊能力は使わないが、その攻撃は単純に強力で、素早く且つ無軌道に動き、相当優秀な戦士でも簡単には避けられない。

 更に厄介なのは、2つの頭部と4本の腕の合計6つの部位が、それぞれ独自に動き、互いに連携して、ほとんど同時に攻撃してくる事だ。

 カーストソイルは複数の怨念の集合体であり、それぞれの部位に別の怨念が宿って動いている為にこのような事が起こってしまう。

 つまり、カーストソイルと戦うということは、1体の魔物と戦うというよりも、6体の魔物と同時に戦うのに等しいのである。

 この事を考えると、単純な近接戦闘力ではバフォメットを上回っているとすら言えた。


(だが、想定できていた時点で、本当の意味での最悪じゃあない)

 エイクはそう考え、気持ちを切り替えた。

 実際、最も厄介だと考えていたからこそ、エイクはこの魔物と戦う場合の対策を練っていた。

 その対策の一つはミスリル銀製のブロードソードを使うという事だった。


 魔を払う効果がある銀は一部の魔物の弱点になっており、カーストソイルもそのような銀を苦手とする魔物の一種だった。

 この魔物は、普通の武器で攻撃する事でもダメージを与え倒す事は可能だが、銀製の武器ならばより効果的にダメージを与える事ができる。

 エイクがミスリル銀製のブロードソードを携帯したのは、狭い場所ではブロードソードの方が使い易いという理由の他に、このような理由もあった。


 その上で、エイクがこの魔物用に考えていた戦術は、いつもは使っていない盾も装備して、守りを固めて敵の攻撃をしのぎつつ、ミスリル銀製のブロードソードで確実にダメージを与える、という至極単純なものだった。

 片手に盾を装備して、武器を片手で扱うならば当然その威力は下がる。

 しかしその点は、カーストソイルが弱点とする、銀製の武器を使う事で補うことが出来る。


 カーストソイルは、6つの部位がそれぞれ独自に動き、連携してほぼ同時に攻撃を繰り出して来るという点は、バフォメットよりも厄介である。

 そのような攻撃を全て避けきるのは、1回ずつ行われる攻撃を6回連続で避けるよりも遥かに難しいからだ。

 たが、一つ一つの部位の能力は、総じてバフォメットよりも低い。

 守りを固めて敵の攻撃をしのげば、そして効果的な銀製武器で反撃すれば、倒す事は十分に可能なはずだった。


 毒霧についても、バフォメットの毒と同様に、錬生術とマナの活性化によってそのダメージを軽減する事が可能で、バフォメットの猛毒にも耐えたエイクならば、十分に耐えられるだろう。

 いざとなれば、毒を無効化する錬生術も使える。

 エイクはカーストソイル用の作戦を改めて思い返し、戦う決意を固めた。


 彼はまず、カーストソイルの活動範囲のギリギリ外と思われる場所からスティレットを投擲して攻撃した。

 その攻撃は一見地面に突き刺さっただけだったが、変化は即座に起こった。

「うおおォォウ」

 そんなうなり声を上げながら、地面から2つの頭部と4本の腕が生え出た。

 それぞれの大きさは普通の人間の倍くらいで、頭部の形相は崩れかけの泥人形のようだ。

 間違いなくカーストソイルだった。


 そして、生ある者の存在に気付き、6つの部位がエイクに向かって殺到してくる。

 カーストソイルは下水道の側面すら使って動き、エイクを取り囲んだ。


 だがエイクは、カーストソイルがそのように動く可能性があることも想定していた。

 エイクは慌てずに、確実にカーストソイルの攻撃を避け、逆に反撃を腕の1本に当てた。

 カーストソイルの頭部のうち一つは毒霧を吐いたが、エイクが受けたダメージはごく僅かだった。

 この程度のダメージならば、毒無効化の錬生術を使うよりも、後で自己回復の錬生術でまとめて治した方が効率がいい。


 エイクは実際にカーストソイル動きを見て、その強さが事前に資料を調べて想定していたものと、概ね同様である事を確認した。

(行ける!)

 エイクはそう判断して、予定していた戦術の通りに戦い始めた。

「おおオオォォウ」

 カーストソイルの発するうなり声と、エイクの剣戟の音が下水道跡に激しく響き始めた。




 しばらくの後、エイクのブロードソードの一撃を受けて、最後に残っていたカーストソイルの腕が崩れ落ちた。

 それでカーストソイルは完全に動きを止めた。


 実際の戦いも、ほぼエイクの想定していた通りの展開になった。

 エイクはカーストソイルの攻撃のほとんどを、盾も有効に活用してしのぎ、自身の攻撃は確実に当てて、1部位ずつ確実に潰していった。

 流石に全ての攻撃を避けきる事はできず、エイクも3回攻撃を受けた。

 だが、カーストソイルから繰り出された猛攻を考えれば、その程度で済んだのは、見事というべきだろう。

 受けたダメージも、並みの戦士ならばとっくに死んでいるほどのものであったが、エイクにとっては命に別状があるほどのものではない。

 想定の範囲内といってよい程度のものだった。


 エイクには、カーストソイルの部位を4つまで潰した時点で、錬生術を使うのを止めてマナを温存する余裕すらあった。

 戦いはやや長引いたが、エイクの体力もまだまだ全く問題なく戦えるほど残っている。

 ほぼ完勝といってよい結果だった。

 エイクはこの結果に満足していた。


 裁判院に突如現れたバフォメットのような予期せぬ敵との戦い。或いはトロールやオークのような事前に敵の強さを知ることが出来ないものとの戦い。

 そのような戦いでも、慌てずに最善を尽くす。それも全力で戦うという事であり、そうやって戦った結果の勝利は貴重な経験になる。


 だが、今回のように事前に調べられるだけ調べて、敵の正体を想定し、敵が強敵だと思われたならば、有効な作戦を予め練って戦う事も、やはり勝利の為に全力を尽くして戦ったといえる行為だ。

 そしてその結果の勝利も、やはり貴重な経験だといえる。

 むしろこのような勝利をこそ、多くすることが出来るように努めるべきだろう。

 エイクはそう考えていた。

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