28.孤児院①
翌日、早朝からロアンが訪ねて来て、セレナの活動に関する案を示した。
その中には気になる点があった。
セレナは、“猟犬の牙”の幹部時代の部下で、本当に信頼出来て且つそれなりの能力もある者は3人だけだった。
その3人に連絡がついたならば、今後も配下として使いたいと申し出ていた。逆にそれ以外の配下を得るつもりは当面はない、との事だった。
代わりに自分自身が積極的に動くつもりである。それも本名や素顔をあえて晒して活動する。
そうすれば自分が生きている事を知ったレイダーが、何らかの行動を起こすかもしれない。その動きを捉えるつもりだ。というのがセレナの案だった。
今後も諜報員として活動するならば、セレナの素顔や本名は余り知られるべきではない。
しかし短期的に見れば、レイダーの動きを誘発する為には有効な手だといえるだろう。
ただ、それはセレナ自身が囮になるということでもある。
エイクは危険な行為なのではないかと思ったが、本人が良いといっているならばそれでよいかと思い直した。
ロアンは「あ、あの、何か問題があれば、直ぐに、直ぐにでも指示に従いますので……」と恐縮した様子でしきりに述べていた。
結局エイクは訂正なしに、全てそのまま了承する事にした。
そして、日課の鍛錬をこなした後に大図書館へと向かったのだった。
1日図書館に篭り、夕刻に家に戻って来たエイクに、リーリアが面会の申出が幾つも来ていて、どう対処してよいか分からないと訴えた。
とりあえず、全て返答は後日ということにしてもらっているので、どうするか判断して欲しいとの事だったが、エイクも困惑した。
全て断ってしまえば簡単だが、中には断ると問題が生じる相手もいるかも知れない。
また、一部の者に会うにしても、貴族の序列などを考慮しないと、格下には会ったが格上を断ったとなれば、後々面倒な事になる。
貴族出身であるカテリーナにも意見を聞いたが、所詮下級貴族の出で、しかも堅苦しいのを嫌って家を出たカテリーナにも、貴族に関する知識は余りなかった。
(アルターさんに期待しよう)
エイクはそう考えて、とりあえず問題を先送りした。
ちなみに、その中にはラテーナ商会からのものもあり、エイクはアルターの提案どおり、依頼者という立場で“イフリートの宴亭”に使者を送ってもらって、そこで連絡を取り合うという考えを伝える事にした。
その他に、エイクが無視出来ないと思う申出もあった。
それは、ギスカーという名の炎獅子隊員からのものだ。
ギスカーはガイゼイクが死んだ時に同行していた炎獅子隊員の1人で、エイクにガイゼイクの最期を伝えてくれた者だった。
ギスカーは父の死後苦境に立たされたエイクを助けようともしてくれていた。
といっても、平民出身でやっとの思いで炎獅子隊員になったギスカーは、フォルカスに逆らう事が出来ず、結局エイクの役にはあまり立たなかったのだが、それでもエイクは感謝していた。
ギスカーはその後も何かとエイクによくしてくれていた。
エイクは彼から何か申出があるなら、それは受けたいと思った。
それに、ギスカーからの申出には、紹介したい者がいるともしたためられていた。
ギスカーが紹介するならば、軍の関係者である可能性が高い。それが何者で、エイクにどんな用があるのか、気になるところである。
加えて、ギスカー自身も今や重要人物になる可能性が高い男だった。
ガイゼイクの最後の戦いに強く心を動かされ、ガイゼイクを援護できなかった事を深く悔いたギスカーは、以後自らに苛烈な鍛錬を課し、今や炎獅子隊でも有数の実力者に成長していた。
彼は現在、炎獅子隊隊長補佐という役職に就いている。
これは、隊長だったフォルカスが新たに作った役職だった。といってもフォルカスがギスカーを重視していたわけではない。むしろ逆だ。
フォルカスは、1年ほど前に、副隊長職に1つ空きが出来た際、自らの側近のロドリゴ・イシュモスをその地位に就けようとした。
しかし、当時既にギスカーの方が明らかにロドリゴよりも強くなっていた。
実力が重視される軍において、実力が上のギスカーを抜いてロドリゴを副隊長にする事は、フォルカスにも出来ない。
その為フォルカスは、ギスカーを隊長補佐という新たな役職に祭り上げてから、ロドリゴを副隊長の1人にしたのだった。
フォルカスは隊長補佐に任じておきながら、ギスカーに実際の権限を与えなかったので、今まで彼の存在は炎獅子隊で重きをなしてはいなかった。
しかし、フォルカスが死んだからには、ギスカーが正当に評価され、その実力に見合った役職に就く可能性は高いといえる。
その人物と良好な関係を継続させる事は、それだけでも意味があるだろう。
いずれにしても、ギスカーの要望には応えるべきだ。
エイクは今後の日程を考え、5日後ならば会えるとギスカーに伝えるよう、リーリアに指示した。
翌日エイクは、予定通りアルターが関わっている“大樹の学舎”という孤児院を訪ねる事にした。
足を悪くしているアルターを慮って、エイクがアルターの家を訪問し、そこからアルターの案内で“大樹の学舎”に向かう事にしていた。
合流したアルターが言うには、昨日の内に“大樹の学舎”にエイクに仕えるという案を伝え、創設者の女性や孤児達の内諾は得ているとの事だった。
ガイゼイク殺害に関わった者が国内にいると思われることなど、機密性が高い情報は流石に隠しているが、それでも、国のためにつくした英雄ガイゼイクの仇討ちというエイクの目標は、世の役に立つ事だと認識し、皆納得しているそうだ。
なお、“大樹の学舎”への道すがら、エイクが多数の面会の申出に対処してもらえるか聞くと、アルターからは「お力になれるでしょう」という心強い返答があった。




