18.王都の盗賊ギルド①
まず、ドロシーの名乗りに応えて、エイクも一応自己紹介を行った。
「冒険者のエイク・ファインドです。
今日は何か私に提案があると聞いていますが?」
ドロシーが応える。
「面倒な前置きがないのは結構なことだね。
提案ってのは、簡単にいうと、あんたとあたしらで協力関係を結ばないかって話しさね。
あんたはこの街の裏社会の、今の状況は知ってるかい?」
「ある程度は」
「それも結構。要するにこの街には元々二流半程度の盗賊しかいなかった。
ところがその二流半連中も全滅して、今じゃあ、あたしやレイダー程度の三流がこの街の盗賊の頭になっちまっている。ってわけだ。
で、あたしとしちゃあ、繰り上がりだろうがなんだろうが、今のその立場を守りたい。
ところが、他所の街にはこの街を狙う奴らもいる。
この街は元々盗賊にとっちゃあ余り魅力がないから、一流どころは見向きもしないだろう。
だが、他所の街でぱっとしない二流や二流半程度の連中にしてみれば、三流しかいなくなったこの街はいい獲物ってわけだ。
レイダーあたりは、率先して他所の連中を引き込もうとしている。今のままじゃあ、あたしにすら勝てないからね。
その、この街を狙う他所者連中を、あたしらとあんたで撃退しようじゃないか、っていうのがあたしの提案さ」
「私に何か利益がある話しとは思えませんが?」
「しらばっくれるんじゃあないよ。あんたがこの店を支配して、グロチウスの後釜に座った以上、あんただって当事者じゃあないか。
この街の裏社会を支配しようと狙っている他所者連中は、最大の障害はあたしなんかじゃなく、あんただと思っているはずだよ。その程度の事も理解していないなんて言わせないからね」
エイクは隣に座るロアンが身を縮めている気配を感じた。
この店の庇護者になって欲しいと言って来た時、ロアンからそのような説明はなかった。
だが、エイクは今更怒る気もしなかった。
その程度の事は当然自分で気付くべきだったと思ったからだ。
確かに傍から見たら、今のエイクはグロチウスの後釜に座っていると見えるだろう。
ドロシーは話しを続けた。
「それに、レイダーの野郎はあんたとも多少の因縁はあるんだろう。
奴は今、徹底的に身を隠していて、全く所在が分からない。奴がそこまで深く身を潜めるのは、あんたの事を怖がっているからだと評判だよ。
奴が他所の連中を引き込んだら、真っ先にあんたを狙うはずさ」
「……」
エイクにはその可能性を否定する事は出来なかった。
「あんたは自分の強さなら、盗賊ごときには負けないと思っているかもしれないが、盗賊の戦い方に詳しいわけじゃあない。あたしらが手助けした方が間違いはないよ。
そして、この街に手を出すのが割りに合わないと分かれば、手を出す連中はいなくなる。
ついでにレイダーもぶっ倒せば、当分はあたしもあんたも安泰ってわけさ。
そうなれば、裏の情報も大体あたしのところに集まるようになる。
あんたが欲しがる情報が手に入る可能性も、高くなると思うよ」
その言葉には、エイクも反応せざるを得なかった。
だがそれでもエイクは、犯罪組織の協力者になる気にはなれなかった。彼はその気持ちをそのまま口にした。
「私は、自ら犯罪に手を染める気はありません。あなた方が法に反する行為を行う組織である以上、その協力者になるつもりはない」
「ほう、お堅い事で。
だがね、私達はそんなに極端に人様の迷惑になっているつもりはないよ。人殺しや、人攫いや麻薬なんかに手は出してはいない。その方針はこれからも変えるつもりはない。
この世から犯罪者を全滅させるなんて不可能なんだから、あたしらみたいな穏健な者たちが裏社会を束ねた方が、まだしも世の為人の為ってもんだと思うがね」
それは事実かも知れなかった。
自分自身も、あらゆる不正行為を行わないと断言できるような、清廉潔白な人間ではない。エイクはそう自覚していた。
今更犯罪とは一切付き合わないなどと気取るのは、偽善のようにも思えた。
仇の情報を得る可能性を高める為には、多少の犯罪行為に目をつぶるくらいはやむを得ないのではないか、との思いもあった。
沈黙するエイクに向かって、ドロシーが話を続ける。
「そうさね。それじゃあこういうのはどうだい。
あんたは冒険者だ。賞金首をあげるのも冒険者の仕事のひとつだろう。
そして、物事には優先順位ってものがある。
物取り程度の賞金首と、殺人や麻薬密売のような重罪の賞金首がいれば、後者を優先するのが当然だ。
で、この街に重罪を犯した賞金首が入り込んだ事に気が付いた善良な一商会が、そいつを早く捕らえて欲しいと思って、腕利きの冒険者に情報を流す。冒険者は義侠心からその重罪人を優先して捕らえる。
冒険者の活躍に感じ入ったその善良な商会は、たまたま冒険者が必要としている情報を手に入れた時には、無償提供する事にした。
商会も冒険者も満足して、めでたしめでたしだ。
この街を狙う程度の盗賊は、大抵賞金くらいついているだろう。
万一他国から入ってこられたら、この国では賞金首じゃあないって事もありえるが、他国で賞金が掛かっていることが分かれば、まあ、大体は直ぐにこっちでも賞金がつくもんだ。そこらの手続きもこっちで出来る。
だから、大概はこのやり方で上手い具合に済むと思うが、どうだい?
ちなみに、この街を狙う程度の腕があって、しかも賞金が一切ついていない。要するに犯罪行為が全くばれたことがないか、全てもみ消すことが出来ているような悪党は、それなりの大物だ。
そんな奴がこの街に目をつけたなら、お互い改めて相談する必要があるだろう。
だが、その時はその時ってもんだ」
要するに、“黒翼鳥”の息のかかった商会を仲介役として、実質的な協力関係を築くというわけだ。
これなら、何か問題が生じた時に、裏に盗賊ギルドが存在しているとは知らなかった、という言い訳をすることは出来る。
どこまで効力があるかは甚だ疑問だが、少なくとも直接盗賊ギルドとつながるよりはましだろう。
エイクはなおしばらく考えてから応えた。
「……賞金首を狩るのを拒む理由はない。その善良な一商会の名前は?」
エイクは、結局この申し出を受けることにしたのだった。
ドロシーは満足そうな笑みを見せて答えた。
「ラテーナ商会。近いうちにラテーナ商会から食事の招待があるから、受けてもらえると嬉しいね。詳しい話はそこで詰めることになるだろう」
そして、「まあ、今日のところはこんなもんかね」と続けて、席を立とうとする。
そのドロシーをエイクが引き止めた。
「せっかくだから、裏社会の事情というのをもう少し聞きたい。
そもそも、この街が盗賊にとって魅力的ではないという理由から、今の裏社会の状況って奴を、改めて教えてくれ」
エイクは王都の裏社会の事情に詳しくなる必要があると感じ始めていた。
そしてエイクは、意識して口調を変えた。
相手を年上として敬うのではなく、対等な取引相手と見なすようにしたという意思表示のつもりだった。
ドロシーはにやりと笑う。意図は通じたようだった。
そして、ドロシーは席に座り直すと「少し長くなるがいいかい?」と確認した。
エイクが頷くとドロシーは語り始めた。




