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剣魔神の記  作者: ギルマン
第2章
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17.会見

 翌朝、エイクは父の屋敷を買い取っていたシャムロック商会の使者の訪問を受けた。

 エイクが裁判院に出向いた事を承知した上で、早速エイクに連絡を取ろうとしたという事のようだった。


 シャムロック商会は王都でも有力な商会だ、その気になればエイクが裁判院に顔を出したという情報を直ぐに知るくらい容易い。

 とはいっても、その翌朝早々に使者を送るとは、ずいぶん手回しがいいと言えるだろう。


 そして、その使者が言うには、裁判院の決定を受けたシャムロック商会は、補償金の支払いを待たず、来月の1日、つまり9月1日には屋敷をエイクに引き渡す予定でいるとの事だった。

 それは僅か10日後のことだ。


 シャムロック商会は、今回の件に関しては純然たる第三者である。

 むしろせっかく買い取って4年近くも所有していた屋敷を、一方的に引き渡せと言われた、被害者に等しい立場とすらいえるだろう。

 それなのにこれほど迅速に対応してくれるとは、エイクは申し訳ないと思ってしまうほどだった。


 その代わり屋敷の引渡し前に、商会長のルーベン・シャムロックがエイクに会いたがっているので、会見の機会を設けて欲しいという申出があった。

 エイクはこれを快諾した。

 王都でも有数の商会の長と知己を得ることは、エイクとしても望ましい事だったからだ。


 もちろん、強く注意すべきでもある。

 屋敷の引渡しに便宜を図るのは、何かの意図があるからだろう。会見の場で何らかの要求をされるかも知れない。

 更にいえば、王都でも有数の商会であるという事は、この国の有力者であるという事でもある。それはつまり、父の仇である可能性すらあり得るという事を意味していた。

 だが、どちらにしても会わないという選択肢はありえない。


 会見の日程は出来るだけ早い方が良いとエイクが伝えると、既に予定日をいくつか用意していたらしいその使者は、5日後の昼食に商会の本店にエイクを招待するという形ではどうかと提案した。

 エイクも特に拒む理由もなく、これを承諾した。

 これほど準備がいい事を見ても、シャムロック商会がエイクとの会談を重視している事は間違いないだろう。




 シャムロック商会の使者が去ると、リーリアが直ぐにやって来て、ロアンが少し前から待っていることを告げた。

 早速居間に通したロアンは、慌てふためいた様子で、盗賊ギルド“黒翼鳥”のギルド長がエイクとの会見を強く希望していると伝えた。

 “精霊の泉”に“黒翼鳥”の使いという者が現れ、ロアンにエイクとの仲介を依頼したとのことだった。

 この国におけるエイクの立場が安定したとみて、真っ先に動き出したのは裏社会に属する者だったのだ。




「せ、先方は、日時はエイク様に合わせるので、何としても時間をとって欲しい。

 ただ、出来る事なら早い方が良い。可能なら明日にでも顔を合わせたい。と言って来ています……」

 ロアンはそう報告した。

「どういった用件かは何か言っていたか?」

 エイクが確認する。

「す、すみません。提案がある。としか聞いていません。その、双方の得になる提案だと……。

 あ、あの、申し訳ありません。お手数をおかけしてしまって……。

 ですが、さすがにこれは、その、ご報告すべき、特に重要な事だと思いましたので……」


 それはそうだ、このような内容の話が報告されなければ、大変な事になってしまう。

 エイクは、報告すべき事柄についてしっかりと指示する必要があると思った。

 だが、とりあえず、今はこの申出についてどう対応するかを決めなければならない。


 盗賊ギルドの長となれば、当然犯罪者だ。その者と知り合いになることには抵抗もある。

 しかし、相当の重要人物なのも間違いない。

 少なくとも、今までエイクが面会を断った下級貴族や中規模の商会などよりも、よほど大きな影響力を持つ人物だといえる。

 今後、父の仇の情報を探る上でも知り合いになっておいた方が良いと思える。また、不興を買った場合の不利益も大きいだろう。


 それに、明日にでも面会できるという話しも、エイクにとっては好都合だった。

 一般的には今日の問い合わせで明日会いたい、などというのは無礼な行為だろう。

 だが、エイクには明日は特に予定がなかった。逆にもう少し経てば、父の屋敷を受け取る準備などで忙しくなる事も予想された。明日のうちに用が済むなら効率が良い。


 エイクはそのような事を考えた上でロアンに返答を伝えた。

「明日の昼前なら会えると伝えて欲しい。

 場所はあなたの屋敷の応接室を使いたいが、大丈夫だろうか?」

「も、もちろんでございます」


 エイクが「あなたの屋敷」と言ったのは、グロチウスが根拠地にしていた、“精霊の泉”に隣接する屋敷のことだ。

 その屋敷は本来ロアンの物であり、グロチウスの捕縛後、当然ロアンが自由に使えるようになっていた。

 だが、ロアンは今まで長い事“精霊の泉”の本館の一角にある事務用の部屋で仕事や寝泊りをしており、当面はそれで支障がなかったので、その屋敷は今のところ何にも使われてはいなかった。


 ロアンとしてはいずれはその屋敷を有効に使いたいと思ってはいたが、とても手が回らない状態だった。

 といっても、少し掃除をすれば人と会うことくらいには使えるので、明日その場で盗賊ギルドの長と会うことにしても何の支障もない。

 エイクは盗賊ギルドの人間と、自分が住んでいる家で会う事に抵抗を感じたために、会見場所としてその屋敷を使おうと思ったのだった。


 エイクは続けて要望を口にした。

「それから、ギルド長と会う前に、最低限の情報を知っておきたい。

 後でいいから、この街の盗賊ギルドや裏社会について、あなたが知っている限りの事を教えてくれ。

 今日は1日中この家で鍛錬をしている事にするから、都合がつき次第戻ってきてくれ」

「わ、分かりました。早速手配させていただきます」

 ロアンはそういうとそそくさと戻っていった。




 昼過ぎ、ロアンが再度エイクの下を訪れ、明日昼前という予定で話しが整った事を報告した。

 そしてロアンはエイクの要望に応えて、この街の盗賊ギルドについて語り始めた。


「ま、まずですね。この国の裏社会は、元々は五つの盗賊ギルドに支配されておりました。

 “鮮血の兄弟団”、“猟犬の牙”、“悦楽の園”、“黄金車輪”、“黒翼鳥”の五つです。

 その中でも、“鮮血の兄弟団”と“猟犬の牙”が二強といえる立場で、一段下がって“悦楽の園”と“黄金車輪”。それより更に一段下に位置していたのが“黒翼鳥”です。


 そこに、4年ほど前からグロチウスたち“呑み干すもの”が食い込んでいったという感じです。

 グロチウスはまず、3年前に“悦楽の園”を潰してその残党を取り込み、1年前には“黄金車輪”も同じように潰しました。

 そして、つい最近“鮮血の兄弟団”と“猟犬の牙”が共同で攻撃を仕掛けてきたのを返り討ちにして、両ギルドの主力メンバーのほとんどを討ち取ってしまいました。

 これで“呑み干すもの”が圧倒的に優勢になったわけです。


 “黒翼鳥”がこの戦いに直接関わっていなかったのは、実力が一番下だったからです。

 グロチウスはあえて標的にする必要もないと思っていたようです。

 “兄弟団”や“猟犬”にしても、共に戦うに足らないと思っていたんでしょう。

 ところが、ほとんどのギルドが壊滅し“呑み干すもの”はエイク様によって潰され、結果的に、唯一戦いに参加していなかった“黒翼鳥”が、今や王都最強の盗賊ギルドとなっています。

 それに次ぐのが、以前にもお話ししたレイダーが率いるギルドです。


 レイダーは元々“悦楽の園”の副ギルド長でした。それがギルドを裏切ってグロチウスについてしまったんです。

 そして今は、“呑み干すもの”に属していた盗賊の生き残りを率いて、ギルド長をやっているわけです。

 レイダーは、自分が率いるそのギルドの名を、厚顔にも“悦楽の園”としているそうです。

 レイダーの事を嫌ってその下から離れる者や、“黒翼鳥”に身を投じた者もいたようです。


 ちなみに“兄弟団”も“猟犬”も残党が残っていますが、主力が根こそぎいなくなった影響は大きくて、上手くまとまらず、“兄弟団”は分裂してしまって、出て行った者達は“血染めのナイフ”という新しいギルドを立ち上げたそうです。

 “猟犬”の新しい長を名乗った者も人望や実績が十分ではないらしく、離反者が相次いでいるようです」

「なるほど……」


 つまり、かつては最弱だったギルドが、繰り上がりの結果、今や最強であるというわけだった。

 ロアンが、今のこの街にはさほど優秀な盗賊はいない、と言ったのも納得できる状況といえる。

 元々グロチウス台頭前から、この街には優秀な盗賊が余りはいなかったというのが事実ならば、尚更だ。


 だが、どのような経緯があるにしても、今や王都最強となっている盗賊ギルドの長が、エイクに会いたいと言って来ているというわけだ。

 このことは、やはり軽視出来ない。


「“黒翼鳥”ってギルドについて知っていることがあれば教えてくれ」

 エイクは更にロアンに尋ねた。

「は、はい。“黒翼鳥”はよく言えば正統派の盗賊ギルドというのになると思います。

 用心棒代わりをしてみかじめ料を取ったり、ちょっとした密売品の取引、情報のやり取り、スリやこそ泥や物乞いなんかを統括したり、そんな細々とした稼ぎをしているそうです。

 強引な押し込み強盗や人攫い、殺人、麻薬なんかには手を出さない、と言われています。

 ですが、見方を変えると、実入りのいい稼ぎからは締め出されていただけ、とも言えます。

 それから、ギルド長はドロシーという名の、女盗賊だそうです。

 明日来るというのも、そのドロシーです。

 私に分かるのはこのくらいです……」

「ありがとう。参考になった」

 そうロアンに応えつつ、エイクは女盗賊と聞いて少し期待している自分を自覚していた。




 翌日、予定の時間通りに盗賊ギルド“黒翼鳥”の長は“精霊の泉”の隣のロアンの屋敷を訪れた。

 応接室に護衛の男2人を引き連れて入って来たその盗賊ギルド長の姿は、女盗賊と聞いてエイクが想像していたものとは随分違っていた。


「あたしが“黒翼鳥”の長のドロシーだよ」

 と名乗ったその人物は、恰幅の良い中年女性で、赤毛の髪を短くしており、女盗賊というよりは、近所のおばさんといった風情だった。


 エイクは期待が外れたような、拍子抜けしたような気がしていた。

 だが、直ぐに気を引き締めた。

 姿形だけで相手を侮るなど愚か者のすることだ。

 このような姿の方が、相手の油断を誘いやすいという効果があるのかも知れないし、影武者である可能性もある。

 いずれにしても、犯罪組織の長とやり取りをするという時に気を抜いてよいはずがない。


 ちなみに、エイクはロアンにも同席するように指示しており、ロアンは今もエイクの隣に座っていた。

 ロアンは自ら望んだ事ではないのだろうが、長い事裏社会と関わりあっていた人間だ。供に話を聞いた方が何かの役に立つかも知れない、エイクはそう考えたのだった。

 だが、彼に余り多くを期待するのも酷というものだろう。


(この街に優秀な盗賊はいないはずだ、などと思い込んで油断するなよ)

 エイクは心中で自分にそう言い聞かせた。

 そして、盗賊ギルドの長との会見に臨んだのだった。

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