13.能力の確認①
エイクは感知したオドが存在している最後の場所へと慎重に進んだ。
近づくにつれ悪臭と喚き声が聞こえて来る。それでエイクはオドの正体を察した。
そして、その場のすぐ近くに着くと、一応物陰に身を潜めて様子を伺った。
その場所は洞窟の最奥の行き止まりで、そこに居たのはやはりコボルドだった。
予想通りではあったが、エイクは不快感を覚え表情を歪めた。
エイクは、妖魔たちに捕らえられた者が監禁されている可能性も考えていたが、そのようなことはなく居たのはコボルドだけだ。
恐らく仕事をさぼっていたコボルドたちなのだろう。
仕事をさぼって奥に隠れているうちにエイクとドルムドたちの戦いが始まり、出るに出られないでいたものと思われた。
さすがに敵がコボルドだけとなればよもや敗北はありえない。事実上戦いは終わったようなものだ。
エイクはそれでも油断なくクレイモアを構えてはいたが、つい、今回の戦いで改めて確認した己の能力について考えを巡らせていた。
まず、質量共に最高級といえるオドと、それに支えられた体力と膂力と生命力の高さは相変わらずだ。
それこそがエイクの強さの基礎となっている。
次に、エイクが自分が持つ能力の中で最も重要なものと考えているオドの感知能力は、今回も遺憾なくその力を発揮してくれた。
今やエイクは、自分を中心とした半径2km程度の範囲の犬程度の大きさのオドならば、特に意識せずとも日常的に感知できるほどになっている。
意識を集中させれば、範囲をもっと広げる事も、鼠程度の大きさのオドを感知することも可能だ。
逆に範囲を狭めて集中すれば更に小さなオドでも感知できるだろう。
エイクはこの能力を更に磨き上げ、感知範囲をより広くし、出来ればオドだけで個体識別を可能にしたいと思っていた。相手の強さまで知ることが出来るようになればなお良い。
まずはオドの感知だけで相手の種族程度は分かるようになりたいところだ。
錬生術については、命中と回避の補助、防御力の強化、ダメージ増加、という基本的なものに加え、魔法ダメージの軽減、毒や病など身体的な悪影響の無効化、魅了や幻覚などの精神的な悪影響の無効化、炎と冷気に対する耐性強化、危機感知能力の強化、閃きや知覚など知的な行動を補助する術も身についていた。
更に一般に知られていない奥義と呼ばれる術として、自己回復と気配を消す術を会得している。
なお、気配を消すといっても透明になる訳ではないので、ある程度の距離や暗がり、物陰などがなければ身は隠せない。
逆に言えば、ちょっとした暗がりや物陰に身を隠すだけで非常に見つかりにくくなる。ざっと見た程度ではその場にいないと判断されるようになるのだ。
ある程度の距離を取ることでも同様の効果があり、気配を消したまま普通の速度で歩く事も可能で、錬生術としては例外的に効果時間も長いので、尾行にも使える。
全力で動いたり攻撃などの積極的な行動を取れば術は破れてしまうが、それを差し引いてもいろいろな場面で役に立つ能力だった。
また、エイクは自分の扱う錬生術は、一般のものよりも効率がよいのではないかと感じていた。
錬生術は1回に消費するマナは少ないものの、基本的に持続時間が短く、戦いの最中に何度も繰り返し使う事が多くなる。このため、錬生術を用いて戦う際にはマナの消費に注意が必要とされている。
だがエイクは、自分は一般に言われるよりは余裕をもって錬生術を行使できているという感覚を持っていた。
そして普通の錬生術との明確な相違もあった。それはほぼ瞬時に時間差なしで発動できるという点だった。
普通は錬生術を発動させるには、僅かとはいえ時間がかかる。
例えば即効性の痺れ毒を受けた場合、毒を受けたことに気付いて毒無効化の錬生術を発動しようとしても、その間に僅かな時間差が生じ、その間だけは身体が痺れてしまう。
一瞬身体が痺れる程度なら害は少ないが、これが魅了や誘眠など、一瞬でも効果が出れば抵抗できなくなってしまうものだった場合、無効化の錬生術は無力だ。
一瞬でも魅了されれば、無効化の錬生術を使おうという意思自体がなくなってしまうからだ。
有効に能力を使うためには、そのような攻撃が来ることを予想し、予め錬生術を発動させておく必要があるのである。
当然予想が外れれば錬生術の発動は無駄になる。
ところが、エイクの錬生術にはこの僅かの時間差すら生じない。不利益な効果が現れる前に無効化してしまうことが可能だ。
最初に“夜明けの翼”と戦った時に、大成功したはずのカテリーナの“誘眠”の魔法が、エイクに全く効果を発揮しなかったのはこの為だった。
結果エイクは、マナが尽きない限り、毒や精神的な悪影響を完全に無効化することが可能になっていた。
錬生術とは別に、エイクは暗闇を完全に見通す能力も得ていた。
錬生術には一時的に暗視能力を得る術もあるのだが、エイクのそれはマナの消費を必要とせず、時間制限もなかった。
これもオドの特殊な働きによる物と思われた。
オドを奪われ続けるという特異な状況で、途切れることなく続けたオド制御の鍛錬は、エイクに類稀な能力を与えていたのだ。
だが、オドに関してはまだまだ鍛える余地がある。
真に鍛え上がられたオドの持ち主は、ゴブリン程度の攻撃ならば防具なしでもほとんど無傷ではじき返すと言われている。
事実父ガイゼイクはそのような事が可能だった。
しかし、エイクはまだその域には達していない。このことは、エイクが自分はまだ父に及ばないと考える理由の一つだった。
エイクのオドは質量共に最高級で、その制御にも熟達していたが、オドがその身に宿ったのは、僅か十数日前に過ぎない。オドを身体に馴染ませて練り上げるのはこれからだった。
エイクは鍛錬の余地が大きい事に喜びを感じていた。それはまだまだ強くなれるということを意味していたからだ。
他にもエイクは己のマナを活性化させることで、魔力を帯びた攻撃によるダメージを軽減させる技術を身に着けていた。
これは、魔法に熟達しマナの性質などにも熟知した魔法使いだけが習得できるとされている技術である。
魔法と同様にマナを消費する術である錬生術の奥義すら習得し、しかも日頃の勉学によってマナの性質にも十分に詳しくなっていたエイクにもこの技術を身に着けることが出来た。
この技術のお陰で、魔法に対する耐久性だけは父を越えているのではないかとエイクは考えていた。
さらに、エイクが自分でもその全貌を把握できていない能力もあった。
それはグロチウスが放った“強奪”の魔法を完全に無効化したものだった。
グロチウスが最後に“強奪”の魔法を使った時、エイクは己のオドを意識して魔法に抵抗しようとした。
普通は魔法の抵抗にはオドは関係ない。だが、その時エイクはそれが有効な気がしたのだった。
根拠のない感覚だったが、既に圧倒的に有利な状況だった事もあり、エイクはその感覚に従ってみた。
結果は劇的だった。“強奪”の魔法は完全に無効化されていた。
エイクはこの能力が他の魔法に対しても使えるのか確認しようと考え、カテリーナに使える限りの攻撃魔法で自分を攻撃させた。
その結果“マナ奪取”と“生命力奪取”の魔法に対してだけ、同様の効果があった。
断言は出来ないが、長年に渡りオドを奪われ続け、ついに自力でそれを打破した自分には、奪われる事に対する強い耐性が出来たのではないか。エイクはそう推測していた。
いずれにしても、その魔法に対してオドによる抵抗が有効かどうかは感覚的に分かるので、実戦でも十分に使える。これも有効な能力といえた。
更にもう一つ、オドを取り戻した後に獲得し、今回の戦いでも何度か試してみたが、実戦では使えないと判断していた能力もあった。
(最後にもう一度試してみるか)
エイクは、その能力を目の前のコボルドたち相手に使ってみる事にした。
その能力とは、他者のオドを操る能力だった。




