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剣魔神の記  作者: ギルマン
第2章
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5.その後の冒険者の店

 エイクが“イフリートの宴亭”に入ってくると、店内は一種の緊張に包まれた。しかし、それは必ずしも敵意のあるものではなかった。

 冒険者の中にはエイクに向かって「どうも」などと差障りのない言葉をかける者もいる。エイクも適当に応えていた。


 “イフリートの宴亭”の冒険者がこのような態度を取る理由は、エイクが彼らを懐柔する行動をとっていたからだ。

 エイクは、自分を笑った冒険者達を皆殺しにしてやると、一度は本気で考えていた。

 だが、力を取り戻した時点でそこまでの気持ちはなくなっていた。


 実際のところ、自分を笑ったという理由で相手を殺したなら、エイクの方が凶悪な殺人者になるだけだ。

 それに、そんなことに費やす時間はない。

 更なる強さを身につけ、父の仇を探す方が遥かに大切だった。


 だが店の冒険者達との関係を清算する必要はあった。

 ハイファ神殿の発表などにより、エイクが驚くほど強くなった事、“夜明けの翼”が闇教団と通じていた事、そしてエイクによって討たれた事などは、速やかに冒険者達の知るところとなっていた。

 その結果多くの冒険者は、今後エイクにどう接すればよいのか判断できずに困惑した。

 特に“夜明けの翼”に追随してエイクを虐げていた者たちは報復される事を恐れた。


 同じ冒険者の店に属する冒険者達とこのような微妙な関係となることは、エイクにとっても面倒だ。

 エイクは効率よく彼らとの関係を改善する方法を考え、大規模な宴を催す事にした。


 冒険で大きな成功を収めた冒険者は、同じ店に属する冒険者達に酒や食事を大盤振る舞いする慣習があったのだが、エイクもこれに習う事にしたのだ。

 “夜明けの翼”やフォルカスを倒した事を冒険の大成功に見立てたわけだ。


 その程度の事を行う金は報奨金や戦利品として十分に得ていた。

 そういった宴を開催する事は、エイクが他の冒険者たちと良い関係を築きたいと考えているという意思表示になる。

 また、その宴に参加することは、エイクと冒険成功の喜びを分かち合うという事になり、やはり、エイクと良い関係を持ちたいと思っているという意思表示になる。

 首尾よく多くの冒険者が宴に参加して来れば、その者達とは関係が改善できるというわけだ。


 こういったことを行うのは早い方がいいと考えたエイクは、裁判の2日後の夜、つまり一昨日の夜に“イフリートの宴亭”を会場にして宴を開催していた。

 宴といっても、要するにエイクの奢りで飲み食いするだけの事なので準備は簡単だ。

 “イフリートの宴亭”に属するほとんどの冒険者がこれに参加した。


 中にはエイクの実力を疑い喧嘩を吹っかけてくる者も何人かいたが、エイクは遺恨を持たれない程度に、しかし同時に二度と舐めたまねが出来ない程度に、その力を見せ付けてその全てを打ち負かし、自らの力を認めさせた。

 こうしてエイクは、一夜にして“イフリートの宴亭”の冒険者の中で特別な地位を築くのに成功したのだった。


 エイクが店内に入って来た時カウンターに立っていたのはマーニャだったが、彼女はエイクに気が付くと慌てて裏に下がり、代わりにガゼックが現れた。

 ガゼックはエイクがカウンターに近づく前から深々と頭を下げる。

 エイクはガゼックに対して、圧倒的に優位な立場を得ていたのだった。


 裁判の場で明らかな偽証を行ったガゼックには多額の罰金が課された。

 更にカテリーナの証言から、本来エイクが得るべき金銭を横領していたと認定され、調査の上で後日沙汰が下される事になった。


 だが、エイクに賠償金を支払う事になるのは確実で、しかもその額は一括払いはとても不可能なものになりそうだった。

 一括払いが無理ならば支払い方法についてエイクの承諾を得る必要がある。

 ガゼックはエイクの機嫌を損ねる事は出来なくなっていた。


 そして、それ以上にガゼックは、単純にエイクの強さに恐れおののいていた。

 彼は裁判院でバフォメットと戦うエイクを目の当たりにしており、その強さに驚愕し、その強者を敵にしてしまった事に恐怖した。

 ガゼックにはエイクに歯向かう気力は最早なかった。


 エイクはこの状況を利用して、まずは自分を正式な冒険者と認めさせ、更に自分のことを王立大図書館に特別推薦させた。

 信用ある冒険者の店からの特別推薦があれば、大図書館で閲覧できる書物が一気に増えるのだ。

 その代わり何か問題が生じれば全ての責任を冒険者の店が負う事になるので、冒険者の店はめったに特別推薦を行わないのだが、エイクはこれを認めさせた。


 また、自分のために依頼を確保する事も求めた。

 これは割の良い依頼を独占したいからではなく、自分の鍛錬にもなるような仕事を効率よく受けたいと考えたからだ。その為普通の冒険者が受けないような割の悪い依頼も受けるかもしれないと告げていた。


 以前のエイクにとってはゴブリンを狩るだけでも必死の行為であり、だからこそ自らを鍛える糧になっていた。

 しかし今のエイクにとっては、ゴブリンを狩るくらい造作もないことで、そんな事をいくらこなしても訓練の足しにもならないだろう。

 エイクが己を鍛えるに足るような仕事を見つけるのは、いまや相当難しいと思えた。だからこそ、そのための便宜を図って欲しいと考えたのだ。


 もちろん、この程度の便宜を図る事で相殺される額の賠償金にはならないはずだ。

 本当の要求を行うのはその額が具体的に示されてからになるだろう。

 エイクは裏に下がったまま出てこないマーニャの事を思いつつそう考えていた。


「エイク様! 丁度ご連絡しようと思っていたところでした」

 エイクがカウンターに近づくと、ガゼックがそう声をかけた。

「エイク様にご意見をいただきたい依頼が入り込んだところでして。

 いえ、本当は依頼にもならない、無茶な話で、門前払いするべきところなのですが、エイク様ならばあるいは、と思いまして。

 奥の別室で、ともかく話を聞いてもらえないでしょうか」


 エイクはガゼックのその言葉に素直に従った。

 どうせ良い依頼はないかと考えて足を運んだのだ、話を聞くくらいなんの問題もない。

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