39.法廷・闘争②
エイクがユリアヌスの方を見ると、ユリアヌスと目があった。ユリアヌスは微笑み、微かに頷く。
エイクはこれまでの事を思い起こしていた。
エイクは、己の力を取り戻したその翌日から、ハイファ神殿に連絡を取っていた。
最初にリーリアから事情を聞いた時には、エイクにはいかなる形であれ公に訴え出るという発想はなかった。
ただの冒険者見習いが、何の証拠もなく大貴族を告発しても相手にされるはずがない。そんなことは分かり切っていたからだ。
しかし、その日の内に状況は一変した。
ロドリゴら“吞み干すもの”の襲撃部隊を返り討ちにし、捕虜にした女闇司祭という動かぬ証拠を手にしたからだ。
そしてエイクには、その証拠を内密かつ効果的に活用する術に心当たりがあった。
生前の父が秘密裏にユリアヌスと連絡を取っていた方法を試すのだ。
それは、ハイファ神殿に隣接して店を構える、ヨウス商会という中規模の商会を通してユリアヌスと連絡を取るという方法だった。
この方法は今も通用し、驚くべき事にユリアヌスはその夜の内にエイクと面会した。
彼はかつてエイクが苦境に陥った時に手助け出来なかった事を悔いている。次に頼られた時こそは力になろうと心に誓っていた、と述べた。
エイクはリーリアと捕らえた女司祭をハイファ神殿に引き渡し事情を説明した。
ユリアヌスは驚きつつも自らもリーリアらに尋問し、その結果エイクを信じて全面的な協力を申し出た。
悪事をなす闇信仰信者を取り締まることはハイファ神殿の重大な使命であり、むしろ神殿の方からエイクに協力を依頼したい、とまで述べたほどだった。
そしてエイクとユリアヌスは相談の上、今後とるべき作戦を決めた。
それはエイクがあえて目立つ行動を取って相手の気を引き、その間にユリアヌスが神殿に属する諜報員を用いて、フォルカスと“呑み干すもの”を断罪できるだけの証拠を探す。というものだった。
ユリアヌスは特に、ローリンゲン侯爵家内部にフォルカスに反感を持つ者がいると思うから、そういう者と接触が出来れば事態は一気に有利になるだろう、との見解を示した。
なぜ反感を持つ者がいると思うのか? とのエイクの問いに、ユリアヌスは「闇信仰を行うような者に、大きな貴族家を穏便で適正に治めるとことなど出来ません。必ず身勝手な行いをして反感を買っています」と断言した。
エイクは具体的な目立つ行動として、あえて“イフリートの宴亭”に顔を出し、挑発的な言動をとって“夜明けの翼”をおびき出すこと。
そして森へ誘い込んで、地形と罠を利用して戦おうと考えている事を告げた。
更にその戦いに特別な支援をしてもらう必要はないとも申し出た。
神殿からの何らかの支援を得る事で、神殿が動いている事に感づかれる可能性が生じる方が問題だからと、その理由を説明した。
ユリアヌスは心配しつつもその意見も認めた。
そしてエイクが街を出て森へ向かった翌日の早朝には、エイクが根城にしているという猟師小屋へ人をやるので、何とか合流して互いに経過報告を行う事とした。
“夜明けの翼”を倒した後、エイクは予定通りに猟師小屋でユリアヌスの使者と合流し、ユリアヌス側の動きも予想以上に順調だとの報告を受けた。
既にフォルカスに反感を持つ侯爵家の一族の者と接触をとる算段がついたというのだ。
いくらなんでも早すぎると考えたエイクだったが、フォルカスが自分の護衛の為に息の掛かった者たちをかき集めた結果、その目は全く行き届かなくなり何の支障もなく侯爵家の内部を調べる事ができたのだ、との説明をとりあえず信用した。
そして更に目立った行動を取って相手をかく乱する為に、その日の内に官憲に訴え出たのだった。
その後間髪をいれずにエイクを捕らえるよう命令が出されたのは、エイクとユリアヌスにとっても想定外だった。
敵もただやられるだけではなく、エイクを犯罪者とするための事前準備を進めていたのだろうと思われた。
だが、この動きは衛兵隊に探りを入れていたユリアヌスの手の者によって察知され、間一髪エイクに連絡する事が出来た。
錬生術の奥義を駆使してエイクは衛兵隊の詰所から脱出。ハイファ神殿に身を寄せた。
そしてエイクがお尋ね者とされてしまった以上、最早時間をかけずグロチウスの根拠地を急襲し、グロチウスの身柄という最高の証拠を押さえる事とした。
敵の戦力を既にかなり削っており“守護者”なるものの正体も察していたエイクは、この襲撃も単身で行う事を提案。
ユリアヌスは付近に自身の手の者を伏せる事を条件にこれを了承した。
結局エイクは1人でグロチウスの捕縛に成功し、その後ユリアヌスの手の者たちと協力して、出来る限り迅速にグロチウスらの身柄と確保できるだけの証拠をハイファ神殿に運んだ。
娼館の従業員や娼婦の一部にこの行動を見られてしまったが、無理に全員を捕らえようとすればむしろ騒ぎが大きくなってしまうと判断し、自分達はハイファ神官だと身分を明かし、適切な取締り行為を行っているだけと告げ、このことは公言しないようにと釘を刺すのに留めた。
さすがにその指示が全面的に守られるとは思っていなかったが、この段階では既に侯爵家内部の反フォルカス派の者とも接触が取れており、事情を知ると思われるフォルカスの側近を捕らえる算段も整っていて、ハイファ神殿が動いている事がばれたところで最早情勢は動かない、との判断もあった。
また、フォルカスの動きに不信感を持った炎獅子隊員や衛兵も現れ始め、そのような者と接触出来ていた事もエイクとユリアヌスに自信を与えていた。
そして、その夜の内にエイクが出頭し法廷で勝負を決めることにしたのである。
グロチウスと連絡が取れなくなったフォルカスが、半ば正気を失って無茶な日程で裁判を開催したのも誤算ではあった。
しかし、これはむしろエイクたちに有利に働いた。
ユリアヌスはフォルカスの息が掛かっていた副裁判官予定の貴族に接触し、常軌を逸したフォルカスの様子を伝え副裁判官から降りさせる事が出来たからだ。
その後任にフォルカスと敵対する有力貴族が就いたのはエイクにとって幸運だった。
しかし、それでも法廷で無茶な結審がなされてしまう可能性はあったので、出来る限りの証拠を集めたユリアヌスが結審前に法廷の場に乗り込んで審問会を開廷し、フォルカスを糾弾することとした。
これらの事は、ハイファ神殿と気脈を通じるようになった衛兵を通じて囚われの身のエイクにも伝えられていた。
そして、今まさに、闇信仰審問会の開廷となったのである。




