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剣魔神の記  作者: ギルマン
第1章
37/375

37.攻勢に出る②

「貴様らが、教主グロチウスとその護衛で間違いないな」


 そのエイクの声に反応して一行がそろって振り向くと、エイクはグロチウスらが入って来た扉のそばに、いつのまにか立っていた。

 その手には既に抜き身のバスタードソードが握られている。


 エイクの突然の出現に驚くグロチウス達だったが、中でも密偵頭の驚きは大きかった。

 彼は優秀な斥候であり、しかも侵入者がいることを予測し、周囲に最大限の注意を払っていた。その自分が気づけずにこれほどの距離まで近寄られるとは!

 しかし、護衛としての任務は忘れず、すばやくグロチウスの前に立った。他の者たちもグロチウスの周りを固める。


 一方、自ら相手に声をかけたことによって奇襲の機会を失ってしまったエイクだったが、後悔はない。

 彼は、万に一つの人違いの可能性を気にかけていたからだ。


 エイクはグロチウスの人相風体を伝聞でしか知らない。

 それでも状況等から判断して、この一団がグロチウスとその護衛たちであることは九割九分間違いなかったが、それでも絶対とはいえない。

 人違いの可能性が少しでもあれば、迷いが生じ動きを鈍らせてしまうだろう。

 エイクは自分自身をそう分析していた。

 例え奇襲の機会を失ってでも、一切の迷いなく戦えた方がむしろ有利だ。彼はそう考えていたのである。


 驚きから立ち直ったグロチウスが問いに応える。

「これは、これは、ご丁寧に。それで、私が人違いだと言ったら、素直にお帰りいただけるのかな?」

「その場合は、その連中と同じように拘束させてもらう。

 そのくらい疑われても仕方がない状況だろ? もし本当に人違いだったなら、後で謝罪と賠償をさせてもらうよ」

 エイクは部屋の奥の方に転がされている者たちを指差しながらそう告げた。


「なるほど、それはぞっとしませんな。まあ、今更偽ったりはしませんよ。

 如何にも私がグロチウスです。そういうあなたはエイク・ファインド殿でよろしいかな」

「そうだ」


「そのエイク殿が何用で?」

「敵の戦力を削る事に成功したから、攻勢に転ずる事にした。基本的な戦略だよ」


「ほう、しかし、私はお尋ね者でも賞金首でもありません。

 このような事をすれば、あなたが犯罪者として追われる事になりますよ」

「そうだな、昨日まではそれを気にしていた。だが、貴様らのおかげで気にする必要がなくなったのでね。

 どうせ殺人犯扱いされるなら、いっそのこと敵の数を減らせるだけ減らそうと思ったんだよ」

 それは確かに道理ではあった。

 今のエイクがグロチウスを殺したところで、失うものは何もない。


「なるほど。しかしそれでこの屋敷に忍び込むとは、中々大胆ですな」

「配下が次々と倒されているこの状況で、外を出歩いているとは思わなくてね。

 さすがに教主様は豪胆だ。おかげでこの屋敷にいた連中には怖い思いをさせた」


 グロチウスを襲う決断をしたエイクは、改めてグロチウスの根拠地を偵察し、オドの感知で4人の人間がいるのを確認してグロチウスとその護衛だと判断した。

 そして、そのうちの1人が何かの用で屋敷から出ようと玄関の扉を開けた瞬間にこれを拘束し、邸内に侵入した。


 邸内にいた3人のうちの1人はエイクを攻撃して来たが、容易く倒して同じく拘束した。

 残りの2人は、自分たちは娼館の店主とその個人的な護衛で、グロチウスに店を乗っ取られた被害者なのだと主張し、抵抗しない意思を示した。

 そして、グロチウスは外出しておりもうすぐ帰ってくるはずだと告げたのだった。

 

 神聖魔法を全く使わずに拘束されてしまった事を見ても、確かにこの者達がグロチウスとは思えない。

 その容貌も、捕らえた女司祭から聞いたグロチウスのものとはかけ離れている。

 彼らの言う事は事実のように思えた。

 しかし、念のために彼らも拘束して、4人まとめて大広間の安全な場所に転がしておいたのだった。


 そしてエイク自身は、グロチウスの帰りを待ちうけ、その帰宅を知ると、錬生術を用いて自身の気配を完全に消した。

 その錬生術はかつて“伝道師”に教えられた錬生術の奥義にあたる術だった。

 エイクは自らのオドを取り戻した時に、その奥義すら習得していた。

 そして、グロチウスらの背後をつくことに成功したのである。


「それはお手間をかけさせてしまい、申し訳ありませんな……」

 グロチウス達はエイクとの会話を続けながら、少しずつ移動していた。

 また、エイクが徐々にこちらに近づいて来ていることに気付いていた。

 そして、自分達が目的地まで到達し、エイクがある地点に踏み込んだ瞬間に、グロチウスが突如大声で叫んだ。


「目覚めよ、サウサロス。汝を踏みしめる者を喰らい尽くせ!!」

 すると大広間の床の大部分が突如動き出し、無数の触手が生え出た。それは床に擬態していたフロアイミテーターだった。これが“守護者”の正体だったのである。


 フロアイミテーターは、古代魔法帝国の魔術師によって創造された人工生物。物品に擬態して人を襲う“イミテーター”達の中でも最上位に位置する非常に危険な魔物だ。

 普段は迷宮などで相当な広範囲の床に擬態しており、動き出すまで普通の床と区別するのは極めて難しい。


 気付かずにその上に立ってしまえば、かなり高い確率で触手による奇襲を受けてしまう。

 足元が動くことにより回避もいっそう難しくなる。

 そしてその攻撃は強力で、一度受けてしまえば絡みつかれ絞め殺されてしまう。


 触手は大量に生やす事が出来、しかもその全てが同時に攻撃可能だ。この為、フロアイミテーターの上に乗っていた者は、ほとんどの場合全員が一斉に攻撃を受け一網打尽になってしまう。

 しかも、フロアイミテーターは獲物が逃げにくいように、獲物が自らの中心近くまで進んだところで攻撃を仕掛ける習性があった。


 グロチウスはエイクを即座に攻撃する事が出来るように、自分達がフロアイミテーターの攻撃範囲外に到達し、且つエイクが中心近くまで進んだところを見計らって、フロアイミテーターを目覚めさせたのだった。


 そのフロアイミテーターの攻撃にさらされたエイクだったが、実はその存在を予測していた。

 彼は、グロチウスの根拠地を秘かに偵察して、建物の床の一部と思われる部分がオドを宿している事を感知した。

 そして、捕らえた女司祭から得た情報も踏まえて、“守護者”の正体はフロアイミテーターだろうと当たりをつけていたのだ。

 エイクが知るフロアイミテーターの特質を考えれば、襲撃を仕掛けた盗賊ギルドの精鋭部隊が全滅したという話もうなずける。


 しかしエイクは、自分にとってフロアイミテーターはむしろ与し易い敵だと考えていた。

 まずフロアイミテーターは無数の触手を生やす事が出来るが、触手を一箇所だけに集中して生やす事はできない。戦闘中に1人の人間を同時に攻撃できるのはせいぜい触手3本くらいまでだ。


 また、純然たる人工生物であるフロアイミテーターには、神聖魔法の回復は効果がない。

 つまり、闇司祭達がフロアイミテーターが傷つく端からこれを治癒するという展開にはならない。

 更にフロアイミテーターは合言葉を知る者の指示に従うが、その内容は攻撃すべき範囲を予め特定するのと、休眠と目覚めを命ずることくらいに限られ、攻撃範囲にいる存在には無条件で攻撃を仕掛けてしまう。


 よって、フロアイミテーターと連携して敵を攻撃しようとするならば、その手段はフロアイミテーターの攻撃範囲外からの遠距離攻撃に限られる。

 もし敵がフロアイミテーターに絡みつかれて動けない状態になったなら、遠距離攻撃は非常に有効だろう。しかし、敵が触手の攻撃を避け、入り乱れて戦う状況になったならば、並みの腕前ではそんな状態のところに遠距離攻撃を行う事は出来ない。

 つまり、フロアイミテーターと連携して有効に敵を攻撃するのは、相当に困難なのである。


 ようはフロアイミテーターからの3回の同時攻撃を避けるだけの技量があれば、更に、もし絡まれてもそれを引き千切る膂力があれば、単身でも正面から戦ってフロアイミテーターに打ち勝つ事は十分に可能なのだ。

 そしてエイクは、今の自分にはそれだけの力があると考えていた。


 もちろん、守護者の正体がフロアイミテーターではなく、エイクの知らないより強大な魔物である可能性もあった。

 他にも複数の守護者―――例えばオドを宿さずエイクにも感知が出来ないゴーレムなど―――が居る可能性や、そもそも教主グロチウスやその護衛たちが、今のエイクでも勝てないほど強いという可能性もある。


 しかし、エイクはそれらの可能性は低いと考えていた。

 それほどの力を持っていたならば、王都の裏社会を制するのにこれほどの年数を要するとは思えない。

 そう判断したエイクは、多少のリスクは承知で、グロチウス邸への襲撃を決行する事にしたのだった。


 エイクのこの判断が間違いではなかった事が、速やかに証明された。

 エイクはフロアイミテーターの攻撃を全て難なく避けたのだ。そしてフロアイミテーターの核の場所を見定め反撃に転じる。


 グロチウスたちも無論ただ見ているだけではない。

 グロチウスはフロアイミテーターも含めた味方全員に“守護の衣”の魔法を使い、ついで“防御領域”の魔法も行使した。

 “守護の衣”は対象が受けるダメージを一定量肩代わりする防護膜を張って、対象を守る魔法であり、“防御領域”は一定範囲内にいる味方が受けるダメージを減らす効果がある。

 神聖魔法で傷を回復させる事ができない人工生物のフロアイミテーターにも、このような援護は有効だった。


 神官戦士長は“神の拳”の魔法でエイクを繰り返し攻撃した。

 しかし、それらの援護も決定的なものにはならない。

 エイクは委細かまわずフロアイミテーターへの攻撃を繰り返し、“守護の衣”の肩代わり分を超えるダメージを速やかに与えた。

 そして更にこの魔物にダメージを与え続け、触手の攻撃をかわし続ける。

 床が動くという不利があってすら、彼はそれを成し遂げていた。


 また、神官戦士長の“神の拳”の威力は、先日倒した高司祭のものよりも劣り、しかも魔法ダメージ軽減の錬生術を使用したエイクには、大したダメージを与えられない。

 グロチウスも得意とする“強奪”の魔法を使ったが、それすらエイクから奪えた生命力もマナも大した量ではなかった。

 そして、さほど時間もかからずにフロアイミテーターは倒されてしまった。


 フロアイミテーターが倒されて、初めて護衛の戦士2人が動いた。

「お前も行け!」

 グロチウスにそう叱咤され、密偵頭もエイクに向かって来た。


 エイクは先頭を走る戦士の攻撃を避けざまに、右から左へと強力な横薙ぎの攻撃を放った。その一撃は“守護の衣”によるダメージの肩代わり分を軽く凌駕し、戦士の体に届いた。

 そしてそのまま戦士を弾き飛ばす。戦士は血を流しながら壁際近くまで飛ばされて倒れ、動かなくなった。

 続く二人目の戦士と密偵頭の攻撃を、エイクは容易く避ける。


 エイクの攻撃を受けた戦士が動かないのを見て取った密偵頭は、逃走を図った。

 フロアイミテーターを1人で倒し、“守護の衣”の援護を受けた一端の戦士を一撃で屠る。そんな化け物と戦って勝ち目があるはずがない。と、そう悟ったからだ。


 エイクは逃走を許すまいと密偵頭の背に渾身の一撃を叩き込む。

「ぐあぁ」

 叫び声を上げる密偵頭。

 しかし、彼はかろうじて意識を保った。

 それなりに修羅場を潜り抜けた経験もある彼のオドは相応に鍛えられており、見た目に反してその生命力は並みの戦士を超えていたのだ。

 それでも“守護の衣”の援護を得ていたおかげでどうにか死なずに済んだ、という状況だった。


「ひッ、ひぃー」

 密偵頭はそんな声をあげ、痛みを堪え、背後から迫る死の恐怖に打ち震えながら、必死に足を動かし駆け去った。

 さすがにその後を追って二撃目を加える余裕はエイクにもなかった。

 エイクは2人目の戦士の攻撃を避け、反撃でこれも倒す。

 残っているのはグロチウスと神官戦士長だけだ。


 グロチウスには目の前で起こっている事が理解出来なかった。

 グロチウスは、エイクが強力な戦士になったということを、もちろん知ってはいた。

 しかし、盗賊ギルドの精鋭10人を物ともしなかったフロアイミテーターが、たった一人の戦士に敗れるなど想像もしていなかったのだ。

 この点で彼は、強さというものを全く理解出来ていなかった。


 実際には、エイクはフロアイミテーターの攻撃を尽く避け、一方的に倒してしまった。

 グロチウスが唱えた援護魔法も神官戦士長の“神の拳”の魔法も大した役には立っていない。

 そして護衛の戦士2人も倒され、密偵頭として重く用いていた男は情けなくも逃走し、残ったのは自分と神官戦士長の2人だけ。

 それも神官戦士長はマナをほぼ使い尽くしている。

 最早勝ち目はないと認めざるを得なかった。


「こ、降伏する」

 グロチウスはそう叫んだ。

 エイクは小ばかにするような笑みを見せてから、グロチウスに応えた。

「俺は降伏を認めてやってもいいと思うんだが、例え降伏しても貴様は火刑に処される事になるだろう。それでもいいならどうぞ降伏してくれ」


 グロチウスはそのエイクの物言いに強い違和感を持った。

 そして、少し考えて、自分が余りにも単純な過ちを犯していた事に気付いた。

 エイクの一連の行動は、単独で行われていた事ではない。後援者の存在あったればこその大胆な行動だったのだ。


 自分は判断を誤った。いや、判断した時と前提が変わったという至極単純な事実を見落としていたのだ。

 グロチウスを激しい後悔が襲う。

 しかし、幾ら後悔しても今更遅い。グロチウスが生き残る為には、最早エイクに勝つしか方法はない。

 グロチウスは覚悟を決めて“強奪”の魔法を唱える。

 “強奪”の魔法ならば、魔法の使用に消費したマナを相手から奪ったマナで補い、繰り返し唱える事が出来るからだ。


 降伏の意思なしと見て取ったエイクもグロチウスに駆け寄り、神官戦士長がこれを阻止しようと立ちふさがる。

 エイクの剣が神官戦士長を打ち据えたのとほぼ同時に、グロチウスの“強奪”が発動した。

 しかし、何の効果も上げることはなく、グロチウスはマナも生命力も一切奪い取る事ができない。


「馬鹿な!!」

 グロチウスが驚愕の声を上げる。

 それはありえない事のはずだった。


 例え抵抗に成功されても効果が減少するだけで、一切効果がないなどということはありえない。“強奪”はただの攻撃魔法ではなく、呪いという要素を含む魔法であり、普通の攻撃魔法よりも一層防ぐ事が難しいはずだ。

 事実少し前に放った“強奪”の魔法は、少量とはいえ生命力とマナをエイクから奪い取っていた。

 それがなぜか今は全く効果を上げていない。


「そんな馬鹿な……」

 グロチウスがそう繰り返した時には、エイクの攻撃の前に神官戦士長も意識を失い、崩れ落ちていた。


 グロチウスは“気弾”の魔法を唱える。

 マナを奪う事に失敗した彼には、“神の拳”を放つマナは残されていなかった。

 そして“神の拳”よりも一段劣るその魔法は、エイクにはほとんど効かなかった。

 マナをすっかり使い果たし、今度こそグロチウスにはなす術がなくなってしまった。


 震えながら後ずさるその姿に、王都の裏社会を支配しつつあった巨魁の面影は既になかった。

 エイクはグロチウスを容易く捕まえた。そして、気を失うまで何度も打ち据える。

 少なくともこの場では殺さずに運び出す必要があったからだ。


 エイクは必要な措置を講じた後、逃げた盗賊の存在が今後の行動にどう影響するか改めて考えた。それは一つの不安要素に違いはなかった。

 また、それ以上の不安要素として、死体が発見されなかったテティスの事があった。

 この事はエイクにとっても全く想定外の事態だった。


 エイクはテティスのオドがすっかりなくなっているのを間違いなく確認していた。

 もしも彼が生きていたならば、他者のオドを感知できるようになって以来、初めての見誤りだったということになる。

 また、やはり死んでいたとするならば、一体誰が彼の死体だけをあの場から動かしたのか?

 いずれにしろ、エイクが把握出来ていない何らかの事態が生じているのは間違いない。


(どっちにしろ、やるしかない)

 エイクはしばし黙考したが、結局そう結論を出した。

 最早計画をとめる事は出来ない。このまま一気にけりをつけるしかない。




 その日の深夜、エイクは衛兵隊の詰所に出頭した。

 そして、法廷で己の正しさを証明すると宣言したのだった。

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