表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣魔神の記  作者: ギルマン
第1章
34/375

34.罠②

 数分後、テオドリック、ガルバ、カテリーナの3人は、木々を避けつつ“追跡”の魔法をかけた保存食の方へ向かって歩いていた。

 ジャックとテティスは少し前から別行動をとって、枯木の反対側に回り込もうとしている。

 2人によると、普通に行けば、ほぼ確実にテオドリックたちが枯木に近づくよりも先に、反対側に回り込める、との事だった。

 なので、テオドリックたちが十分な距離まで近づいたところで、テオドリックが大声で「攻撃」と叫び、それを合図に両側からエイクが潜む枯木に殺到する手筈だった。

 ジャックとテティスの側に何か異変があった場合も、叫んで連絡することとなっている。


 3人は努めて普通に歩いていた。

 ガルバの板金鎧は、発する音をある程度抑える加工を施しているが、それでも無音ではない。当然エイクは既にその音に気付いているはずである。

 やがて木々の合間から、広場のように開けて、その真ん中に大きな枯木がある場所が見えてきた。

(あれか……)

 テオドリックは心中で呟いた。

 予定では、そろそろジャックたちが配置に着いているはずだった。


 と、その時、その枯木から、テオドリックたちが向かおうとしているのと反対の側へ、人影が飛び出した。

「ッ!!」

 テオドリックはは思わず息を飲む。

 数瞬後にジャックの声が響いた。

「ばれたぁ!!」

 テオドリックたちはジャックの声がした方に全力で駆け出した。




 ジャックは一瞬理解が追いつかなかった。

 彼は熟練の斥候であり、身を隠す術には自信を持っていた。

 同行したテティスも野伏としても優れていて、やはり身を隠すのはお手の物だ。

 しかも今は魔法で自らの発する音を消している。自分達の存在がばれるはずがなかった。

 だから最初にエイクが枯木の空洞から姿を現したとき、自分たちの存在とは全く関係のない何かの理由が発生したのではないかと考えた。

 しかし、エイクは真っ直ぐにこちらに向かって来る。目標は自分達だと認めるしかない。


「ばれたぁ!!」

 テオドリック達に変事を知らせる為に慌てて叫び、身の守りを固めようとする。

 エイクは既に直ぐ近くまで迫って来ていた。


 ジャックとテティスの前に躍り出たエイクは、未だに動揺が覚めやらない両者をすばやく確認すると、迷わずテティスに向けて渾身の突きを放った。

 回復・援護・攻撃と多彩な魔法を扱い、弓の名手でもある彼こそが、“夜明けの翼”の要だと考えていたからだ。


 その攻撃は、テティスの革鎧の隙間をぬって腹部を深く抉る。

 テティスは、敵の攻撃を避けつつ至近距離で弓矢を放つという方法で、近接戦闘すらこなす技術を身に付けていた。しかし、エイクの鋭い攻撃には全く対応できなかった。


「かはッ」

 余りの衝撃に、テティスから息を吐き出すような声が上がる。

 エイクがすばやくバスタードソードを引き抜いた時には、テティスの意識は失われていた。


 ほとんど同時に、エイクの後ろからジャックが切りつけて来る。

 エイクは大きく一歩前進しながら、その身をすばやく左向きに回転させて、振り返りつつこれを避けた。

 そして回転の勢いを乗せた横薙ぎの攻撃を、そのままジャックに叩き込む。


 その一撃は鎧に守られていないジャックの左脇腹に食い込み、一気に脊髄まで切断して、ジャックに致命傷を与えた。

 ジャックは驚愕の表情を浮かべ、1・2度口を動かしたが声にはならず、白目をむいて絶命した。

 その体は、かろうじて両断はされなかったものの、ほとんど二つ折りになるようにして倒れる。

 エイクはジャックの死体に一瞥すらせず、こちらに全力で向かって来ているテオドリック達の方を向き、数歩歩いて木立の間から身を現した。


 テオドリックらは、救援が無駄になったことを悟って足を止めた。

 テオドリックを先頭に、右後ろにガルバ、左後ろにカテリーナという形になっている。

 彼らは既に森が開けた場所まで出てきていたが、エイクとの距離はまだ20m近くも離れていた。

 彼らとエイクとの間を遮る物は何もなく、両者は正面から対峙した。


(何とかなったな)

 エイクはテオドリックらをにらみ付けながら、内心でそう考え、安堵の息を吐いた。


 エイクは“夜明けの翼”と戦うことが必要だとわかった時点で、正面から工夫なしに戦っても勝てないだろうと考えていた。

 自分は強くなったが、おそらく成竜には及ばない。少なくとも今はまだ。彼は自らをそう評価した。

 であるならば、竜殺しのパーティと正面から戦っても勝てない。という理屈だ。


 このため、自分のいつもの猟場に彼らを誘い込み、罠と地形を利用して戦おうと考えた。

 わざわざ“イフリートの宴亭”に顔を出して、挑発的な言動をとり、猟に出ると告げたのはそのためである。


 その時に受け取った保存食に“追跡”の魔法をかけるなどの工作がされることは、最初から疑っていた。

 そして、彼らが後をつけていることもオドの感知で承知していた。


 もし彼らが、猟場にたどり着く前に攻撃仕掛けて来た時は、その攻撃をあえて一度受けて、しかも能力を隠して少しだけ戦って逃走し、自分の力を誤解させたまま猟場に誘い込むつもりだった。そのくらいのことは出来るだろうと考えていた。

 しかし、実際には想定していた以上の危機に見舞われてしまった。

 運が敵に味方し、思わぬ大ダメージを負ってしまったのだ。


 エイクはこの時能力を隠すのをやめるか迷った。だが、辛うじて堪えた。

 あの状況でこちらの全力の力を見せてしまえば、その場から逃げる事が出来たとしても再戦する際には何か対策をとられてしまうだろう。

 最悪、一旦出直されて、対応を再検討でもされれば、今後の計画の全てに支障を来たしてしまう。


 どんな理由があれ、全力を出さずに戦って、その結果もし敗れでもしたら愚かの極みというものだ。しかし、エイクはそのような愚かな結果になる危険を冒してでも、計画通りに行動する方に賭けた。

 現在自分が陥った危機と、今後の計画の成否を考え合わせれば、今は無理をしてでも力を隠した方が、最終的には有利になると判断したのだ。

 エイクはこの賭けに勝って、どうにか実力を隠したまま逃げおおせることに成功した。


 その後、自分を追ってきていた“夜明けの翼”の面々が、500mほど離れたところで動きを止め、それなりの時間とどまってから再度動き始めたこともエイクは感知していた。

 この動きが、自分が隠れていることを知ったからである可能性は高い。

 エイクは“魔法の瞳”の魔法の存在も承知していた。

 “追跡”の魔法がかかっているだろう保存食を囮にして、周辺に仕掛けた罠を駆使して戦うのは、最早難しいと彼は判断した。


 しかし、テオドリック達のオドの内、二つが別行動を取り始めたのを感知して、もう一つの作戦は上手くいきそうだと考えた。

 今の状況ならば、“夜明けの翼”の面々がエイクが枯木の空洞に隠れている事に気付いた場合、彼らが挟み撃ちを狙ってくる可能性は高い。

 そうすれば各個撃破のチャンスが生じるだろう。と、彼は考えていたのだ。


 そして、“夜明けの翼”の構成からして、別働隊となるのがテティスとジャックなのは明らかだ。

 彼ら2人だけなら比較的簡単に殺せる。

 5人で連携できなくなってしまえば、残りの3人を倒すのも容易だ。

 これがエイクの立てたもう一つの計画だった。


 テオドリックが確実に挟み撃ちをかけることを優先して、別働隊の2人を先行させたのはエイクにとって幸運だった。

 別動隊の2人の動きが止まり、本隊の3人との距離がもっとも開いたと判断した時点で、エイクは迷わず2人に突撃し、最大限の錬生術も用いた全力の攻撃で、首尾よくこれを倒すことに成功した。


 ここまでくれば勝利は目前といっても良い状況だ。

 回復役はつぶした。

 テティスとジャックの援護がないなら、テオドリックの攻撃を避けられる可能性は格段にあがっている。

 カテリーナは攻撃魔法は強力だが、援護の魔法はそれほど得手ではない。

 その攻撃魔法も自分が能力を最大限に使えば十分に耐えられる。

 敵によほどの幸運が舞い降りたとしても、自分が勝つだろうとエイクは判断していた。


(それでも油断するべきではない)

 そう思いつつエイクは3人をにらみつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ