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剣魔神の記  作者: ギルマン
第1章
32/375

32.森の中の奇襲

 “イフリートの宴亭”を後にしたエイクは、そのまま王都を出てヤルミオンの森へ向かった。

 そして昼過ぎには、森の外縁部を歩いていた。


 緊張した面持ちで黙々と歩いていたエイクは、微かな声を耳にして歩みを止めた。

 すると異変が生じる。地面から一抱えもある土の塊が飛び出し、エイクに向かって突っ込んで来たのだ。


 避けようとするが、土塊はエイクを追尾し激突する。

 大きな衝撃がエイクを襲った。転倒しそうになるのを必死で堪えたが、少なくないダメージを負っていた。

 紛れもない魔法攻撃。岩土の精霊による精霊魔法に間違いなかった。


 更に空中に1mほどの大きさの半透明の鋭い六角錐が浮かび、これもエイクに激突した。古語魔法の“魔力の投槍”だった。

「ッ!」

 エイクは気合をいれ抵抗に成功する。

 それでも受けたダメージは小さくない。


 ほぼ同時に、前方の木陰から3つの人影が飛び出し、エイクに向かって駆け出す。

 テオドリック、ガルバ、ジャックの3人だった。

 手にはそれぞれ武器が握られており、その全てから魔法の炎が立ち上がっていた。“火炎武器”の魔法を受けているのだ。


(ちッ、口上はなしか)

 エイクは心中で舌を打ち、悪態をついた。


 あえて“イフリートの宴亭”に顔を出した時から、“夜明けの翼”に襲撃されるだろうということをエイクは予想していた。

 女司祭からの情報によって“夜明けの翼”のうちテティスを除くメンバーが、フォルカスらと通じていることを知っていたからだった。

 むしろ、ネメト教団“呑み干すもの”の存在を知らされており、盗賊ギルドへの襲撃に参加すらしていた分、彼らの方が“イフリートの宴亭”の店主などよりも、遥かに関わりが深かったといえる。


 そしてエイクは、彼らが自分を襲撃してくる際には、慢心して堂々と姿を現して、何か口上でも述べてから襲ってくるような展開になることを期待していた。

 その方がこちらも戦う準備をすることが出来るからだが、同時に因縁浅からぬ彼らと対決するにあたって、何らかの言葉を交わしたいという気持ちもあった。


 だが、“夜明けの翼”は文字通り問答無用の攻撃を仕掛けて来た。

 彼らは全く油断なくエイクを殺そうとしている。

 このことは、彼らがエイクを警戒していること、つまりは“呑み干すもの”やフォルカスから、エイクの強さについてかなり正確な情報が与えられていることを示していた。その関係の緊密が推察された。


 エイクに接近した3人は次々と攻撃を仕掛ける。

 最初はガルバだった。彼はいつもの板金鎧に身を包み、左手に竜燐のラウンドシールド、右手に硬鉄鋼製のメイスを握っている。

 そして、テオドリックをいつでもかばえる位置取りを確保した上で、メイスを大きく振りかぶり、あからさまな大降りの攻撃を放つ。


 当たれば大きな痛手を与えるが、避けるのは難しくない。そんな攻撃をあえて繰り出し、相手の注意をひきつけて、他の攻撃への対応を難しくする。

 それは、自分で直接攻撃を当てる事を目的とせず、むしろ味方を支援する為の攻撃だった。しかし、それが分かっても無視するわけにはいかない。当たればダメージが大きいのも間違いのない事実だからだ。

 エイクは確実にこれを避けた。


 続いて、エイクの後方に回り込みつつジャックがショートソードで突きを放つ。

 軽戦士らしく急所を狙った一撃だったが、エイクの洗練された妙技と比べてしまうと稚拙なものといわざるを得ない。

 エイクはこの攻撃も難なく避けた。


 と、そこにテオドリックの双剣が迫る。これが本命だった。

 ガルバとジャックの攻撃で相手の体勢を崩し、そこに3人の中で最も熟練した戦士であるテオドリックが攻撃する。これが“夜明けの翼”の近接戦闘における定石だ。

 テオドリックは最大限の錬生術を使っており、いざとなればガルバにかばってもらうことを前提に、回避を軽視して渾身の力を攻撃に込めていた。


 連携して繰り出される複数の攻撃を避けきることは、よほど技量の差があっても難しい。

 エイクもテオドリックの一撃目を脇腹に受けた。一流の戦士であるテオドリックの攻撃は魔法による攻撃以上のダメージをエイクに与えた。しかし、続く二撃目はどうにか避ける。


 エイクはもっとも耐久に劣るジャックを狙って反撃し、肩口にバスタードソードの攻撃を当てた。しかし、かなりの深手を与えたものの、戦闘不能に陥らせるには至らない。


 そこに再びカテリーナが“魔力の投槍”を唱える。

「やったわ!」

 魔法が発動した後、彼女は小さく自らへの喝采の声を上げた。

 その魔法術式は現在の彼女の技量以上に精密に構成されており、想定以上の大成功といえるものだった。

「くッ」

 エイクが声を漏らす。

 エイクもこれには抵抗出来ず、先ほどに倍するダメージを受けてしまう。


 次は弓による攻撃だった。マナを温存しようと考えたテティスが放ったものだ。

 敵味方が入り乱れて争う中で、確実にエイクを狙う驚異的な射撃だ。しかし、エイクはこれをどうにか避けた。


 近接攻撃を行う3人は、最初と同様の連携を繰り返す。

 その中でジャックの攻撃が、ほとんどまぐれ当たりのような形でエイクの背中を捉えた。

 更にテオドリックの攻撃も再びエイクの脇腹に当たる。


(行ける!)

 テオドリックは心中でそう呟いた。

 テオドリックは、フォルカスや教主グロチウスから、エイクがかつてのガイゼイクにも匹敵する恐るべき戦士となったことを伝えられた。そしてそのエイクを殺すよう指示された。


 そして、実際にエイクを目にして、彼らの言うことが嘘ではなかったことを悟り、一対一では自分ですら勝てないことを認め、一切の容赦も遊びもなくエイク抹殺に全力を尽くすことを決めた。

 その結果、運も味方につけた“夜明けの翼”は、確実にエイクを追い詰めていた。

 成竜すら倒した自分たちの連携なら、英雄級の戦士といえども屠れる。テオドリックはそう確信した。


 と、エイクが守りを固めるような動きをした。

 ガルバとジャックが勝利を確信し気を緩める。

 回復の手段を持たない戦士が守りを固めても意味がない。敗北を少し先延ばしするだけだ。


 しかしテオドリックはエイクが鋭く隙を伺っているのを見て取った。

(前線を突破して後ろのカテリーナ達を狙う? いや、違う! こいつ逃げるつもりだ)


 守りを固めたうえで、隙を突いて逃走に移る。エイクの動きからその意図を読み取ったテオドリックは叫んだ。

「逃げる気だ。動きを止めろ!」


 その指示を受けカテリーナが“誘眠”の呪文を唱える。しかし、エイクは軽く首を振って眠気を振り払った。

「えッ、嘘!?」

 カテリーナが驚愕の声を上げた。

 続いて、テティスが“大地の捕縛”の魔法を放つ。

 地面から土で出来た腕が無数に生え出てエイクに迫る。しかし、抵抗に成功したエイクはこれを振り払った。


 ガルバとジャックが掴みかかるが、これも避けられる。

 逆にその隙をついて、エイクはすばやく距離をとり離脱を計った。

 それを阻止しようとテオドリックが双撃を放つ。威力よりもとにかく当てることを重視した攻撃だ。

 しかし、それも一撃を与えるのがやっとだった。それでも相当の痛手を与えたはずだったが、エイクは倒れず、身を翻すと脱兎のごとく走り出した。


 ジャックが後を追おうとするのをテオドリックが止めた。

「やめとけ。お前一人で、追いついたとしてどうすんだよ」

 木々の間を器用に走り去るエイクの速さについていけそうな者は、メンバーの中ではジャックとテティスだけだ。

 仮に2人が追いついたとしても、2人だけでは勝ち目は薄い。まして手負いのジャックが1人で追いかけても、殺されに行くようなものだ。


「ちッ」

 テオドリックは大きく舌打ちを打った。

 テオドリック達は、強敵に勝利する絶好の機会を逃してしまったのだった。

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