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剣魔神の記  作者: ギルマン
第1章
22/375

22.王都の闇の中で

 エイクがゴブリンらを狩った日の夜、アストゥーリア王国の王都アイラナで、密やかな戦いが起こっていた。

 王都アイラナの裏社会で1・2を争う有力盗賊ギルド“猟犬の牙”のアジトが襲撃されたのだ。


 ギルド長のトティアは、襲撃者たちと絶望的な戦いを繰り広げていた。

 トティアが持つ魔力を帯びたクリスナイフが音もなくひるがえり、眼前に立ちはだかる敵――板金鎧に身を包み、タワーシールドとロングソードを装備した巨漢の戦士――に突き刺さる。

 王都に巣くう盗賊の中でも最強といわれるトティアの攻撃は、少なくはないダメージを与え、巨漢の戦士も苦痛の声を漏らした。


 しかし、直後に巨漢の戦士の背後から呪文を詠唱する声が聞こえると、その傷は見る見るうちに癒えてしまう。そして、ほぼ同時にトティアを強烈な衝撃が襲う。魔法による攻撃だった。

「ぐッ」

 トティアはそんな声を上げ、大きく弾き飛ばされた。


 巨漢の戦士の背後には2人の人間がいた。標準的な体型の男と小柄な女だ。戦士がその2人を守り、守られている2人は魔法で援護と攻撃を行う。

 この3人の連携の前にトティア達はなす術もなく、ともに戦っていた側近2名は既に倒れ、トティアは1人でこの3人と戦っていた。彼は完全に追い詰められていた。

 3人の敵はいずれも不気味な笑い顔のように見える白い仮面を着けていたが、仮面の下の素顔も余裕の笑みを浮かべているように思われた。


 この3人以上に厄介なのが、同じ仮面をつけた4人組だ。

 両手に1本ずつミスリル銀製のブロードソードを構えた男がそのブロードソードを振るい、ローブを身に着けた女が攻撃魔法を唱える度に、“猟犬の牙”のメンバーが次々と倒れる。他の2名も的確に援護をこなし、付け入る隙を与えていない。


 4人組と戦っているギルドのメンバー達も手練ぞろいのはずなのだが、全く相手になっていなかった。

 他にも黒装束に身を包んだ襲撃者が6人おり、いずれもそれなりの腕前で、“猟犬の牙”を圧倒している。


 敵の襲撃の前に壊滅寸前になっている“猟犬の牙”だが、彼らはこの襲撃を予想していた。

 というか、この襲撃は、“猟犬の牙”の方から仕掛けた罠の結果だった。


 先ごろ新たに“猟犬の牙”のギルド長となったトティアは、4年ほど前から王都の裏社会で台頭が著しく、脅威となって来ていた“呑み干すもの”と名乗る組織に対して、先代の方針を覆し直接的な方法で叩き潰すことを決定した。

 そしてその為の策を仕掛けた。“猟犬の牙”のアジトが手薄になっているという偽情報を流し、アジトを襲撃させるように仕向け、実際には戦力を集中させて、襲撃者を一網打尽にしようとしたのである。


 その策の通りに襲撃は起こった。

 だが、その襲撃者の力は“猟犬の牙”の予想を遥かに超えており、敵を壊滅させるべく待ち構えていたはずの“猟犬の牙”の主力メンバーが逆に壊滅させられようとしているのだ。


 特に板金鎧の巨漢と4人組の存在が想定外だった。

 トティアはこの内4人組の方についてはその正体を察していた。仮面で顔を隠していても、その戦い方は特徴的なものだったからだ。

 しかし、彼らのような有名人が、まさか盗賊ギルドの抗争に参加してくるなど思いもよらなかった。


「くそがッ!! 奴ら、こんなクズ野郎どもと組みやがって!」

 トティアがそう叫ぶ。

 だが、後悔しても最早手遅れだ。

 情報を商売道具の一つとする盗賊ギルドが、敵の情報を正確に把握していなかったという情けない理由によって、壊滅しようとしているのである。

 しかし、トティアはもう一つの策は確実に成功したと確信していた。


 今回の作戦は、“猟犬の牙”ともう一つの有力盗賊ギルド“鮮血の兄弟団”が連携して計画したものだった。

 その計画では、“猟犬の牙”が偽情報でアジトへの襲撃を誘い、その間に手薄になる“呑み干すもの”本拠地を“鮮血の兄弟団”の主力メンバーが襲撃して、一気に“呑み干すもの”を滅ぼす手はずになっていた。


 “猟犬の牙”に対する襲撃は想像以上の規模で行われ、“猟犬の牙”の壊滅は最早免れないだろう。

 しかし、これほどの戦力を外に出している以上、“呑み干すもの”の本拠地は非常に手薄になっている筈で、“鮮血の兄弟団”が目的を達するのは間違いないと思えた。

 だからこそ、トティアは巨漢の戦士のロングソードの一撃により、ついに致命傷を受けたその時にすら、不敵な笑みを浮かべる事が出来た。

「ッ、ハッ。手前ら、勝ったと、思うなよ。手前らの頭も、今頃ぶっ殺……」

 そう語ろうとするトティアの頭を、巨漢の戦士が振るったロングソードが砕いた。


 トティアが倒れ果てた後、巨漢の戦士の後ろに控えていた2人うちの1人である小柄な女性が、少し心配そうな様子でもう1人の男に問いかける。

「高司祭様、教主様の身に危険が及んでいるのでは?」

「心配は要りませんよ」

 高司祭と呼ばれた男が答えた。

「あなたにはまだ詳しく教えていませんでしたが、教主様には“守護者”がついているのです。この程度の盗賊など何人いても問題になりません」


 そこに、“猟犬の牙”の主力メンバーを粗方倒した4人組が近づいてきた。

 4人組のリーダー格である双剣使いの男は、1人の若い女を捕らえて引きずって来ている。

 その女は布切れで猿轡を噛まされ、気が強そうに見える端麗な顔を怒りに歪めて、リーダー格の男をにらみ付けていた。


「おい、中々楽しめそうな女を捕まえたぞ。俺達の好きにさせてもらっていいんだろうな」

 リーダー格の男から、そう声をかけられた巨漢の戦士は、高司祭と呼ばれていた男の方を向き、男が頷くのを確認すると「好きにしろ」と告げた。


「よーし。お前ら今夜はまだまだ楽しめるぞ」

 リーダー格の男がそう言うと、他の男が「そうこなくっちゃ」と嬉しそうに応じ、もう1人の男も黙って頷いた。

 最後の1人は4人組の中で唯一の女性であり、さすがに不快に感じたのかそんな話しをする男達から顔を背けた。


 男たちの会話を聞き、捕虜となった女の表情はみるみる恐怖に染まり、首を振って拒絶の意思を示した。

 しかし、3人の男達は女のそんな様子を見ると楽しげに笑い、懸命に抵抗しようとする女を3人で取り押さえ、奥にある部屋へと連れ込んで行く。

 早速お楽しみを始めるつもりのようだ。


 その間にも、黒装束の男達は息のある“猟犬の牙”のメンバーに止めを刺していた。

 こうしてこの夜、“猟犬の牙”は事実上壊滅したのだった。




 ほぼ同時刻、“呑み干すもの”の本拠地を襲った“鮮血の兄弟団”の主力メンバーも壊滅状態に陥っていた。


 中央通りから少し奥に入ったところに店を構える、“精霊の泉”という名の王都でも有名な娼館。それに隣接する館が“呑み干すもの”の根拠地だった。

 “呑み干すもの”が“精霊の泉”を乗っ取り、その店主の館だった建物を根拠地としていたのである。

 押し込み強盗を得意とする盗賊ギルド“鮮血の兄弟団”の主力メンバーは、誰にも知られることなくその館に侵入することに成功し、大広間に居た“呑み干すもの”の首領とその護衛を襲った。


 “呑み干すもの”の首領も護衛達も侵入されたことに気付いておらず、奇襲は成功したかに思われた。しかし、“守護者”は襲撃を察知した。

 そして、“守護者”の攻撃によって10人の襲撃者達は全員が拘束されてしまったのである。

 襲撃者のうち何人かは、既に絞め殺されていた。

 生き残った者を、首領の護衛達が魔法と投げナイフによって離れた場所から攻撃する。その様子はまるで遊戯に興じているようで、笑い声すら上がっていた。


 既に勝負は決したと考えたのか、護衛達に守られていた首領が護衛達の背後から進みでた。40代中頃に見える男で、顎鬚を伸ばし豪奢な服を身に付けている。

 その男は得意げに語り始めた。

「皆様始めまして。私は偉大なる神を称える教団“呑み干すもの”の教主グロチウスと申します。

 本日はわざわざ、その命を我々に奪われる為に来ていただき感謝に堪えません。

 皆様は、我らの神が説く真理を、良く理解しておられるようだ」


 その時、襲撃者の1人が、自らに突き刺さっている投げナイフを抜き取り、グロチウスに向かって投げつけた。

 最早襲撃者達に攻撃の手段はないと思っていた護衛達の反応は遅れた。

 グロチウスはとっさに身をかわそうとする。

 その動きは思いの外素早く、彼がそれなりに鍛錬を積んでいる事を証明していた。

 しかし、完全にかわすことは出来ず、投げナイフはグロチウスの左肩に突き立った。


「くッ」

 グロチウスは苦痛の声をあげ、護衛達は慌てて彼をかばう。

 グロチウスは痛みに顔を歪めつつ投げナイフを引き抜くと、おもむろに呪文を詠唱した。


「ぐッ、ぐぁぁ」

 すると投げナイフを投げた襲撃者が絶叫し、見る間にその体に皺がより衰弱していく。代わりにグロチウスの受けた傷は速やかに治っていった。

 生命力を奪い取られているのだ。加えてマナも同時に奪われていた。

 それは相手の生命力とマナを同時に奪い取る“強奪”と呼ばれる特殊な魔法だった。


 やがて、グロチウスの傷はすっかり治り、その襲撃者は絶命した。

 その間に、他の襲撃者も全て倒れている。

「この世には奪う者と奪われる者しかいない。貴様らはただ黙って奪われておればよいのだ」

 グロチウスはそう呟いた。

 そして、ふと、11年間以上も奪われ続けている者のことを思い起こし、かすかに笑みを浮かべた。

「ただ奪われておればよい」

 彼はもう一度そう呟いた。


「教主様、こいつら“兄弟団”の連中です。ギルド長もいました。間違いありません」

 “守護者”を一度休眠状態にした後、倒れた襲撃者達に近寄って調べていた者がそう告げた。

「ほう。我々が“猟犬”を襲うことを知ってそれに乗じたか、それとも最初から組んでいたのか。

 いずれにしても、手間が省けたな。結構なことだ」

(“猟犬”の方もまず間違いなく潰せただろう。これで王都の裏社会は支配したも同然。4年前から、何もかも順調だ)

 グロチウスはそう考えると満足気に笑い、大きく頷いた。


 彼の考えは間違っていなかった。

 この夜、王都の裏社会の勢力図は激変したのだった。

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