20.狩猟①
ヤルミオンの森の比較的外縁部に近い場所に、直径6mはあろうかという巨大な枯木があった。
その枯木は地上から5mほどの高さでたち折られて、その中心部は朽ち果てて広い空洞になっていた。
根元には、まるでその空洞への入り口であるかのような大穴が二つ開いている。穴の大きさは人一人が楽に歩いて入れるほどで、二つの穴はほぼ対角の位置にあり、通り抜けることもできた。
その空洞に身を隠し、一方の大穴から外の様子を伺う青年がいた。
17歳になったエイク・ファインドだった。
彼は少なくとも外見上は立派な成長を遂げていた。
身長はかつての父には少し及ばないものの、平均よりも高く伸び、母譲りの端麗な容貌には男性的な鋭さが加わり、より魅力的になっている。
これも母譲りの美しい金髪は、手入れもされず肩に届く程度にまで伸びて、無造作に後ろで束ねられていた。
その体躯もやや細身ながらも、バランスよく鍛えられており、貧弱には見えない。少なくとも見かけ上だけは。
彼がもしも洗練された鎧を身にまとい、剣でも手にしたならば、それは英雄物語の主人公のように見えたに違いない。
しかし現実の彼は薄汚れたクロースアーマーを身に着け、手に持つのは少年の頃に入手した小型の刺突剣スティレットだった。彼は今でもこの武器を使わざるを得なかったのだ。
そして彼の視線の先には、4体の妖魔がいた。
ゴブリン2体に精霊魔法を使うゴブリンシャーマン1体、そしてボガード1体だ。
枯木の周辺は、何か植物に良くない要素でもあるのか直径50mほどの範囲に渡って低木がまばらに生えるだけで広場のように開けており、ゴブリンらの様子はよく見えた。
ゴブリンたちはある地点を中心にたむろし、何かを探しているようだった。
その場所は、エイクがゴブリンらをおびき出すために彼らの気を引く臭いを発する薬品を仕掛けた所だ。
体力に乏しく森を長時間歩き回ることが出来ないエイクは、このような手法でゴブリンを狩っていたのである。
(ゴブリンシャーマンも危険だが、ボガードも厄介だな、ゴブリンの数も侮れない)
エイクは敵の戦力を分析しつつ考えた。
ボガードはゴブリンの体を人間の成人と同じくらいに大きくして等身を上げたような姿をした妖魔で、一般的にはゴブリンより少し強い程度でしかない。
しかしゴブリンにはない“鍛錬を積む”という習性があり、時として同じボガードとは思えないほどの強さを持つ個体も存在した。
ボガードを、ゴブリンに毛が生えた程度の雑魚と考えて返り討ちにあった初心者冒険者の話しなど、幾らでも転がっている。
エイクが見る限りでは、目前のボガードはその様な特殊個体ではない。
だが、その見極めが間違っていれば致命的だし、そもそも一般的なボガードですら彼にとっては侮って良い敵ではないのだ。
ゴブリンシャーマンも当然警戒すべき相手だった。
ゴブリンシャーマンが操る精霊魔法には多彩な攻撃手段がある。
魔法による攻撃は避ける術がない。
エイクにとっては非常に危険だった。何しろ彼の生命力の乏しさも相変わらずなのだから。
そして複数のゴブリン。数もまた脅威だ。
総じてエイクが狩りの獲物とするには些か厳しい相手だと言えた。
しかし、彼は戦う決意を固めていた。
今のエイクにとって妖魔を狩ることは、生きる糧を得る行為であり、同時に己が世の中の役に立っているという事の証明でもあった。
だがそれ以上に、より強くなる為の鍛錬でもあった。
勝って当たり前の敵ばかりと、幾ら戦っても強くはなれない。
勝ち目のない敵に無駄に挑んで死ぬのは愚か過ぎる行為だが、多少の危険がある程度で逃げていては、高みは目指せない。
それは、実戦の中で強くなることを選んだエイクが掴んだ真理だった。
(危険があろうとも、勝ち目があるなら戦う。そして勝つ。少しでも強くなるために)
そう決意を新たにするエイクだったが、その背後、枯木に開いたもう一つの穴に2体のゴブリンが足音を忍ばせながら近づきつつあった。
そして、ゴブリンシャーマンは秘かにエイクが隠れる枯木を気にしていた。
そう、ゴブリンたちはエイクの存在に気が付いていた。そして彼らもまた、挟み撃ちにしてエイクを狩ろうとしていたのだ。