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剣魔神の記  作者: ギルマン
第3章
176/375

85.次の方策①

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 9月20日の昼過ぎ。

 エイクは自身の寝室に戻った。

 寝台の上にはあられもない姿の女が横たわっている。背中には蝙蝠のような大きな羽があり、長く細い尻尾も隠されてはいない。

 ミカゲと名乗っていたサキュバスだ。

 本名はシャルシャーラというそうだ。


 エイクは彼女を捕えて己の屋敷に連れ込んだ後、当然ながら行為に及んでいた。

 シャルシャーラという名のサキュバスは激しく抵抗した。

 彼女のとても長く淫猥に満ちた生涯においても、相手に完全に主導権を握られて行為に至るのは初めての事であり、その事は彼女に強い動揺と恐慌をもたらした。

 しかも、古代魔法帝国の魔道具“淫魔従伏の刻印”の効果により、事が済めばエイクに絶対服従となってしまうのだから、なおさらである。

 その行為は彼女の自由意思に対する死刑執行だったのだ。


 シャルシャーラは可能な限り全力で抵抗したが、マナが尽きて魔法が使えない彼女に満足な抵抗手段はない。

 彼女は最後には今度こそ本当にエイクに許しを請うた。

 だが、もちろんエイクは一切容赦をしなかった。


 そして何度か行為を繰り返すうちに、シャルシャーラの態度も変わっていった。

 “淫魔従伏の刻印”の効果の為か、それとも淫魔の性なのか、強制される快楽に堕ち、打ちつけられる悦びに震え、ついには行為をせがむようになったのだ。

 そうやって、シャルシャーラを完全な支配下においたエイクは、彼女から多くの事を聞き出していた。


 まず、彼女は確かに“呑み干すもの”の背後にいた存在だった。

 彼女はグロチウスに神器とまで称される貴重な魔道具やフロアイミテータ―の幼生体を与え、仲間となる者が集まるように仕向けた。

 そしてグロチウスらがどんな行動をとるかを眺めて楽しんでいた。

 その際に同じ姿で行動するというルールを己に課し、どこまで気付かれずに行動できるか試していたのだという。

 この行為に合理的な意味はない。ただの暇つぶしの遊戯だ。これはセレナの推測の通りだった。


 ゴルブロとの関係については、ゴルブロという非常に強く同時に酷く悪辣な者の行いを、傍観者として見て楽しんでいたとのことだった。

 シャルシャーラはゴルブロには自分の正体を明かしていた。

 そして、ゴルブロの為に力を貸す代わりにその精気の提供を受けるという関係を結んだ。

 ただし、戦闘などでサキュバスとしての真の力を直接的に振るう事はせず、力を貸すのはあくまでも間接的な方法に限る事にしていた。


 サキュバスとしての力を直接は振るわない事について、シャルシャーラはゴルブロに、自分は強い男が好きであり、自分の力を頼るような軟弱な者に興味はないから、と説明していた。

 しかし実際は、単純に自分の存在を目立たないようにして、状況によってはさっさと離脱できるようにしていただけだ。

 精気の供給を受けるという目的も方便であり、実際のところはゴルブロの身近からその行いを鑑賞するのが目的だった。

 そうやってシャルシャーラは、ここ何年もゴルブロの情婦の位置に収まっていた。


 ところが、そのシャルシャーラの下に、“呑み干すもの”が壊滅したとの情報が届いた。

 ここ数年間シャルシャーラの関心はゴルブロの方にいっており、“呑み干すもの”に対しては状況を確認する程度でほとんど介入していなかったのだが、その壊滅は流石に大いに気にかかった。


 当然シャルシャーラはそれを為したエイクに興味を持った。

 そして、ゴルブロをエイクにけしかけてみることにした。

 歯ごたえのありそうな若造がいるという情報を彼に伝えたのだ。

 予想通りゴルブロはエイクを叩き潰すように動いた。

 ゴルブロが勝てばそれでもいいし、ゴルブロが負けたなら次はエイクを篭絡して何らかの形で楽しめばいいと思ってのことだ。


 だがこの時シャルシャーラは、どちらかといえばエイクに乗り換える事を望んでいた。

 言ってしまえば、そろそろゴルブロにも飽きて来ていたので、新しい男の方を魅力的に感じたのである。

 ただ、意図的にゴルブロの不利になるような事はしなかった。

 自らに課したルールは、しっかりと守った方が面白いというのがシャルシャーラの考えだったからだ。


 だからシャルシャーラは、今までと同様の形でゴルブロを助けてエイクと戦った。

 レイダーとの連絡をとったり、迷宮に関する知識を提供したり、エイクを罠にはめるための準備の為には協力したが、戦闘などでサキュバスとしての真の力を直接的に使う事はなかった。

 そして同時に彼女はエイクを篭絡する準備も進めていた。

 それが女サムライの姿でエイクの前に現れて、彼を侮辱して挑発するという行為だった。


 シャルシャーラはレイダーと連絡をとるために王都アイラナに来た際に、エイクの行動をざっと調べ、エイクが自分を侮辱したり攻撃したりする女を、力ずくで屈服させる事を好むと見て取った。

 だから、そのような存在としてエイクの前に現れる事にした。

 もし、エイクがゴルブロに勝てば、エイクはゴルブロ配下の気に食わない女として現れた自分を犯すだろう。

 そして、一度抱かれればエイクを篭絡することなどわけはない。そう考えたのだ。

 更に今迄エイクの周りにはいなかった、物珍しい姿の方がよりアピールし易いと考えた。

 その結果女サムライの姿をとる事にしたのである。


 つまり物珍しい姿ならば何でも良かったわけだが、あえてサムライ姿を選択したのは、シャルシャーラ自身が少し前にハリバダードの街で本物の女サムライを見かけており、その印象が残っていたから。

 そして、どんな姿をとるか検討している時に、ちょうどハリバダードの街で業物のカタナというサムライに化けるのに都合がよい品物が売りに出ているのを見つけたからでもあった。


 こうしてシャルシャーラは、その方が援護しやすいとゴルブロに説明して彼を納得させた上で、ゴルブロの情婦の姿を捨て、女サムライとしてエイクの前に現れたのである。

 これは普通なら、くだらない小細工と一笑に付すべき行為だったと言えるだろう。

 だがエイクには笑う事は出来なかった。

 エイクは初めてミカゲを目にした時から、その物珍しい女サムライ姿に注目し、見入ってしまっていたからだ。

 今にして思えば、その後の言動もその姿が女サムライである事からいっそう際立って感じられていた。

 つまり、エイクはまんまとシャルシャーラの術中に嵌っていたのである。

 この事を考えれば、シャルシャーラの行いは、くだらない小細工ではなく効果的な小細工だったと言える。


 なお、そのカタナを見つけた時の事を語った際、シャルシャーラは運命のかけらという言葉を使った。「こういうのは運命のかけらかも知れないから拾っておこうと思いました」そんな言い方をしたのだ。

 その言葉は、エイクの“伝道師”との思い出を強く刺激した。だがエイクはいちいち気にするほどの特別な言葉ではないのだろうと考えて特に問い詰めたりはしなかった。


 ちなみに、その業物のカタナは、戦利品としてアルターらが回収し、既にエイクの下に届いている。

 確かにそれはエイクが見ても相当出来が良いように見受けられた。

 エイクはカタナという武器をしっかりとみるのは初めてだったが、その美しさといい鋭さといい、優れた物が多いというカタナの中でも特筆に値する逸品のように思えた。

 エイクの剣技は基本的に両刃の直剣を扱うもので、曲刀も扱えないわけではないが、どちらかと言えば得手ではない。

 この為自分でこのカタナを使うつもりはなかった。だが、とりあえず、手元にとっておく事にした。


 サルゴサの迷宮に精通していたことに関しては、そもそもその迷宮を作った魔術師がネメト信者で、シャルシャーラは迷宮作成の頃から関わっていたという。

 つまり、驚くべきことにシャルシャーラは、古代魔法帝国時代以前から千数百年以上生きているということなのだ。


 そして、シャルシャーラは、その迷宮内で“叡智への光”が冒険者殺害等の犯罪を行っているのも知っていた。

 だが、“叡智への光”を計画に巻き込んだのは、その事実をもって脅したからでもなければ、淫魔の能力で魅了したからでもなく、女としての手練手管で篭絡したのだという。

 サキュバスの正体を悟らせることもなかったそうだ。


「ロウダーという男は冒涜神の信徒で、自分では一端の大悪党のつもりのようでしたが、私にかかれば赤子の手をひねるようなものでしたわ」

 その時の事をシャルシャーラはそんなふうに語った。


 ゴルブロの死体をフレッシュゴーレムにしたのは、特殊能力ではなく魔道具の効果だった。

 それは予め魔法を封入しておき、いつでも起動できるという効果を持つ珍しい魔道具で、エイクはその存在を知らなかった。

 シャルシャーラもひとつしか持っていない。


 魔法の封入にはいくつかの制約もあるが、シャルシャーラはいついかなる時でも前衛役を確保するために、“簡易ゴーレム作成”の魔法を封入していた。

 そして本来なら、共に携帯していた“竜牙種”という魔道具に“簡易ゴーレム作成”の魔法を行使して、竜牙兵と呼ばれるゴーレムを作成する予定だった。

 だが、今回に限っては竜牙兵よりも優秀なゴーレムを作成できるゴルブロの死体という素材があったので、そちらに魔法をかけたのである。


 シャルシャーラはこのような説明をする間に、繰り返し自分はグロチウスやゴルブロに直接指示を出してはいないし、彼らの行った残虐行為にも参加していないと主張した。

 彼らはあくまでも、自分で考え自分の意志で悪事をなしたのであり、シャルシャーラが具体的に彼らを操ったのではないと。

 さらに言えば、それ以前に関わって来た多くの男たちに関しても同様だと主張した。


 具体的にいうなら、グロチウスとフォルカスが神器を用いてエイクのオドを奪った事は知っていたが、それは自分が指示したことではない。

 グロチウスが、エイクの父ガイゼイクと双頭の虎との戦いに介入した件については、そもそも当時自分はアイラナにはおらずその前後の状況も全く知らない。当然ガイゼイクを害する計画には一切関与していないし、背後関係も分からない。


 ゴルブロが“大樹の学舎”を狙った事に関しても、自分は何の意見も述べておらず、それを決めたのはゴルブロ自身である。

 他の残虐行為も同様で、それらを行ったのは全てグロチウスやゴルブロ達自身の意志だったと主張した。

 エイクがそれらの行為に強い怒りや不快感を持っている事を悟って、必死に弁明したのだ。


 その主張自体は事実だと言える。

 “淫魔従伏の刻印”の支配下にあるサキュバスには主人に偽りを言うことは出来ないからだ。

 また、セレナはその“黒幕”について語った時に、黒幕はグロチウスらに直接的な指示は出していないとの見解を述べていた。

 エイクもゴルブロに対して同じ見解だった。

 ゴルブロとは短期間対峙しただけだったが、その中でもエイクはゴルブロの強さも悪辣さも彼自身に由来するもので、誰かに操られた結果ではないとの心証を持っていたのだ。


 だが、それでもシャルシャーラの言葉は詭弁と言わざるを得ないだろう。

 彼女はグロチウスやゴルブロらの悪辣さを知っており、彼らに力を貸せば残虐な行いをすることも分かっていた。

 むしろそれを鑑賞して楽しむ為に力を貸していたのだ。

 これが悪ではないとは到底言えない。


 だが、どの程度の悪かについては見解が分かれるところだろう。

 シャルシャーラが力を貸したとしても、悪事をしようと考え実行に移したのはあくまでグロチウスやゴルブロ自身であり、彼らがそのような事をしようと思わなければ、何の被害も生じなかった。

 つまり悪事を行い被害を出した主体はあくまでもグロチウスやゴルブロだ。そう考えれば、シャルシャーラの悪は従たるもので、グロチウスやゴルブロほどの悪ではないと考える事も出来るだろう。

 だが、全くの同罪と考えるのもおかしなことではないし、むしろより根源的で大きな悪はシャルシャーラの方だと考えることも出来る。


 エイクはこの事に関して、シャルシャーラはグロチウスやゴルブロほどの悪ではないと思っておく事にしていた。

 エイクがそう思ったのは、それが客観的な事実だというよりは、そう思っておいた方が自分の感情を納得させ易かったからである。

 というのは、エイクはシャルシャーラを断罪するつもりはなく、今後は配下として使っていくつもりだったからだ。


 どう転んでも、シャルシャーラが悪である事は間違いない。

 その悪を配下として使うという事は、エイク自身も、また一歩大きく悪の側に歩を進める事になる。エイクはそう思っていた。

 だが、どうせ悪には変わりなくとも、自分が配下として使う者はそこまで極悪な存在ではないと思っておいた方が、多少は気が楽になる。

 そんな、ある種の打算の下に、エイクはシャルシャーラの悪はグロチウスやゴルブロほどではないと思っておくことにしたのだ。




 そんな事を思い返しつつ、エイクは寝台へ近づいた。

 エイクの気配に気づいたシャルシャーラが目を覚ます。

「ああ、ご主人様」

 シャルシャーラはそう言うと、四つん這いになり、その魅惑的な体を淫らに且つしなやかに動かしてエイクに近づいた。

 そして、エイクの腰に手を置き、頬を当てて言葉を続ける。

「どうぞまたお情けをくださいませ。この身を責め苛んで、存分に虐めてください」

 彼女の顔は快楽への期待に緩み。得も言われぬ色気をかもしだしている。


 エイクはそのシャルシャーラの髪を掴んで己の体から引き離した。

「もうお前を抱くつもりはない」

 そしてそう告げる。

「な、なぜ!!?」

 シャルシャーラは驚愕の表情を浮かべてそう問うた。

 自分の性的な魅力に絶大な自信を持っているシャルシャーラにとって、その宣告は衝撃だった。


「お前は不快だ」

 エイクは吐き捨てるようにそう述べる。

 エイクのその発言は、半分は強がりで半分は本音だった。


 シャルシャーラから得られる肉体的な快楽は大きい。それはエイクにも否定できない。

 だが反面エイクは、シャルシャーラに行為をせがまれるようになると、自分の気持ちが恐ろしく冷えるのを感じていた。むしろ精神的には不愉快ですらあった。

(こいつは俺を食べようとしている)

 そう思ったからだ。


 実際サキュバスであるシャルシャーラは、行為に伴いエイクから精気、平たく言えば生命力を吸っていた。

 そして、最高級のオドを身に宿すエイクの生命力はシャルシャーラにとって至高の価値を持つ。状況を受け入れてしまったシャルシャーラは、当然のようにエイクの生命力を吸う事を望んだ。


 “淫魔従伏の刻印”の効果により、生命力を与えるか与えないか、そして与えるならどの程度与えるのか、それはエイクが自由に選択できる。

 だが、シャルシャーラがエイクから生命力を吸いたいと思っているのは紛れもない事実だ。

 その時点でエイクを食べようとしているという認識に大きな間違いはない。

 もちろん、与える生命力を一晩寝れば回復する程度の微量にすればエイクに実害はないが、やはり不快だった。


「そ、そんな!」

 絶望的な表情でそう言葉を発したシャルシャーラに、エイクが告げる。

「俺の為に働け。役に立ったならまた抱いてやる」

「何でもします。どんな言葉にも従います。何でも命じてください」

「お前に命じるのは情報収集だ。とりあえずの標的はローリンゲン侯爵家。そして、その現当主フェルナン・ローリンゲン」

 エイクはそう命じた。


 エイクは、父の仇に関する情報収集を、次の段階へと進めるべきだと考えていた。

 目標を定め、調査の手をこちらから主体的に伸ばすべき時が、ついに到来したと考えていたのだ。

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