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第232話 52日目⑯奉納舞いの秘密

 岳人に教わりながらミニチュア襦袢(じゅばん)を作ってみて、襦袢の作り方はだいたいわかった。まずは縦長の長方形の布二枚を合わせて胴体を作り、胴体の前側の布──前身頃(まえみごろ)を正中線で二つに切り分けて前開きできるようにする。次に(そで)を作って胴体に繋げる。その後、布の合わせ目が服の表側にあって見映えが悪いので、裏返して裏と表を逆にする。

 それから細長い長方形の(えり)を作り、二つ折りにした襟で服の端を挟むようにして襟を取り付けてまち針で仮留めしていき、ミシンで縫ってしっかり縫合する。

 とりあえずはこれでミニチュア襦袢は完成。実際にフルサイズで作る時は、甚平(じんべい)作務衣(さむえ)みたいに結ぶ為の紐を本体に取り付ける予定だけど、これは実用品じゃないからここまででオッケー。


「なるほどねー。襦袢ってこうやって作るんだね」


 出来上がったミニチュア襦袢を手に持ってしげしげと観察する。想像してたよりだいぶ簡単で、作業時間は1時間もかかっていない。


「初めてなのに上手にできたじゃないか。これなら本番も問題なさそうだな」


「うん。そうだね。曲線が全然ないとこんなに楽なんだってびっくりだよ。型紙すら必要ないって家庭科で作ったナップザックやエプロンより簡単まであるよ」


「基本的に長方形の布の組み合わせだもんな。ちゃんとした着物ならもう少し複雑だとは思うが、甚平や襦袢はこの通り構造もシンプルだし、簡単なもんだ。型紙まではいらんけど各部の寸法を記した仕様書みたいなのはあった方がいいけどな。ノートのメモ書き程度で十分だけど」


「あ、そうだ。今回こうしてやってみてさ、ちょっと気づいたことがあるんだよね。ちょっとノートに描いてみてもいい?」


「いいよ」


 岳人のノートを借りて、あとで消せるように自分のペンケースに入っていたシャーペンであたしの実家の島に伝わる伝統的な奉納舞いの衣装の絵を描く。正面からの図と後ろからの図。……さて、岳人はあたしの気づきが分かるかな?


「これね、あたしの島の伝統的な奉納舞いの衣装なんだけど、ちょっと変わってると思わない?」


「…………これはまた個性的なデザインだな。前身頃が白で裏身頃は黒のツートンなのか。しかもずいぶんと曲線が多いな。特に振り袖が四角じゃなくて三角ってのが独特だ」


「あ、シャーペンだから分かりにくいだろうけど、裏身頃は青……いや紺かな。烏帽子も真っ直ぐじゃなくて長靴をひっくり返したみたいに先端が前に曲がってるの」


「この烏帽子も服と同じで正面が白で後が紺なのか。そして裏身頃の(すそ)は四角でも二又の燕尾(えんび)でもなくだんだん細くなる三角形か。まるで尻尾だな…………え、ちょっと待て! このデザインってまさか?」


 お、これは気づいたね。


「なんかデジャヴ感じるよね」


「いや、これどう考えてもプレシオサウルスをモデルにしてるだろ。先端が前に曲がった烏帽子は首、三角の振り袖は前ヒレ、尖った裾は尻尾、極めつけは背側の紺と腹側の白のツートン。まんまじゃないか」


「やっぱりそうだよね。あたしにとっては身近な服だから今まで疑問にも思ってなかったんだけど、今回、基本的な和服のことを知って、なんかうちの島のやつと全然違うなーって思ってハッとしたんだよね」


「そうか。なるほどな。これは興味深いな。美岬の島の住人のルーツがこの島だって説の信憑性が一気に説得力を増してきたな」


「前に洞窟の奥でティラノのミイラと竜神様の祠を見つけた時にそういう話もしてたね」


「あの時は竜神様はティラノだと思っていたが……まあ実際そうなのかもしれないが、この奉納舞いの衣装を見る限り、明らかに生きたプレシオサウルスの存在を認知していて、信仰の対象にもなってるよな」


「そうだよね。元々この島に住んでて、この近くで漁とかしてたら当然プレシオサウルスに遭遇することもあっただろうし、そういう経験の記録が形を変えて奉納舞いの形で伝わってるんだとしたらロマンだよねぇ」


「ふむ。昔は文字の読み書きができるのは上流階級に限られていたから、庶民の間では情報は基本的に語り部(かたりべ)による民間伝承や神話やお伽噺、民謡や踊りの形で継承されてきたんだ。今でも発展途上国の僻地の村だとそういう風習は残ってる。……いやー、なんか俄然(がぜん)気になってきたな。美岬の島の奉納舞いってどんな感じなんだ? 例の島唄のメロディーで踊るっていうのは前にも聞いたけど、歌詞もあるんだよな。どういう内容なんだ?」


 岳人は好奇心スイッチが入ってしまって完全にワクワクしちゃってる。かくいうあたしも自分の島の踊りになにか深い意味が隠されているかもと思うとワクワクする。このあたりは似た者夫婦だね。


「うー、わかった! 正直、伴奏なしで歌いながら踊るのはかなり大変なんだけど、あたしもすごく気になるから踊ってみるね」


「……んー、伴奏があった方がいいなら吹こうか?」


 岳人の提案に意表を突かれる。


「え? 吹くって口笛とか?」


「いや、ハーモニカがあるから」


「…………っ! そうじゃん! ハーモニカあるじゃん! 出番が無さすぎて存在すら忘れてたよ」


 言われるまであることすら忘れてたけど、そういえば岳人の私物にハーモニカがあった。今まで一度も吹いてる姿を見たことなかったけど、持ってるってことは吹けるってことじゃん。


「うん。まあ、一人旅の時は暇潰しとか気晴らしにちょいちょい吹いてたんだけどな。美岬と一緒にいると退屈する暇もなかったから吹く機会もなかったんだよ」


「いや、普段から吹いてよ! むしろ時間を取り分けてでも吹いてほしかったよ! あたし、音楽大好きなのに! もぉー! なんで忘れてたんだろ。あたしはずっとガクちゃんの演奏を聴き逃してたってことじゃん」


「いやいや、俺のハーモニカなんてそんな大層なもんじゃないぞ」


「分かってない! 分かってないよ! 別に上手下手は関係無いんだよ! 推しが自分の為に演奏してくれるってことがどれだけ助かることか。そこからしか得られない栄養があるんだよ!」


「……お、おう。わかった。じゃあとりあえずハーモニカ取ってくるな」


 思わず感情が高ぶってしまったあたしに岳人がちょっと引きつつもハーモニカを取りに行く。あ~……やっちまったぁ。いやだって、今まで岳人のハーモニカを聴く機会をずっと逃してたと思うとショックが大きかったんだよね。


 やがて岳人がハーモニカを手に戻ってくる。昔の二人組フォークユニットが弾き語りで使っていた小さいハーモニカではなく、そこそこ大きめのハーモニカだ。


「思ってたより大きいハーモニカなんだね。てっきりフォーク歌手がよく使ってる小さいやつかと思ってた」


「ああ、あの小さいハーモニカはブルースハープっていうんだが、あれは10ホールで20音しか出せないから演奏できない曲がけっこうあるんだよ。これは20ホールで40音出せるから大抵の曲なら演奏できるからな」


「ほうほう。……あ、でも楽譜もなくても演奏できるの?」


「おう。ハーモニカは割とフィーリングで吹く楽器だからな。ぶっちゃけ、ハーモニカの吹き方が分かってて、吹きたいメロディさえ覚えていれば耳コピでなんとなく吹けるぞ。例の島唄ならみさちがよく鼻唄で歌ってるのを聞いてて覚えたからたぶんいけるだろ」


「ほぅ……言ったね。ならば聞かせてもらおうか。耳コピの本気とやらを」


「耳コピの本気なんて言ってないぞー。ハードル上げるな」


 岳人が抗議しつつも左手の指でハーモニカを上下に挟むように持ち、右手をハーモニカの後ろに添える。もうね、ハーモニカの構え方からして様になってる。いやこれ、岳人は謙遜してるけど絶対に上手いでしょ。


 そして流れ始める聞き慣れた島唄の旋律。ほらやっぱり! めちゃくちゃ上手いじゃん。ただ単音のメロディーラインを吹いてるだけじゃなくて同時に和音も吹いてるから、たった一人で吹いてるとは思えない音の深みがあるし、強弱やビブラートも巧みで演奏にメリハリがある。プロ並とまでは言わないけど、ストリート演奏をしてたら足を止めて聴いてしまうだろうなーと思うぐらいには上手い。

 推し活的には、推しが下手でも一生懸命に演奏してるのを見れるのはとてもいいものだけど、演奏が上手いならそれに越したことはない。むしろ最高すぎる。


 完全に推しの演奏してみたを堪能するモードに入ってしまっているあたしに対し、岳人がハーモニカを吹きながら器用に目だけで抗議してくる。あ、これはあたしにも参加しろってことか。まあそうだよね。元々はあたしの歌と踊りのための伴奏なわけだし。


 島唄の歌詞は今では使われていない古い言葉だから意味は分からないけど、奉納舞いの振り付けとセットで覚えているので踊りながらなら自然に歌も出てくる。

 立ち上がり、姿勢を正して何度か深呼吸してから、岳人のハーモニカに合わせてあたしは歌いながら奉納舞いを踊り始めた。







 ようやく、ようやく岳人の私物であるハーモニカに出番がきました。岳人がハーモニカを吹いて、美岬が歌いながら踊るというシーンは本当に連載初期の頃から構想としてはあって、ずっと書きたいと思ってました。まあ今回はまだそのシーンには行けませんでしたが……。元々はこの話で二人が一緒に演奏するシーンまで描いて52日目を終えるつもりだったのですが、思っていたより長くなってまとまらなかったので次話で書きます。


 ソロキャンプとかだと自由な時間をもて余すことがあり、そういう時にハーモニカっていい時間潰しになるんですよね。作者は子供の頃にゆずや19といった二人組フォークユニットの全盛期だったこともあり、中高生の頃は例にもれずブルースハープとアコギでストリートライヴをしてたクチです(世代がバレるw)


 ハーモニカは携行性に優れ、演奏難易度も低く(ピアニカほどの肺活量はいらず、リコーダーのような指の押さえもない)、それでいてかなり多彩な音が出せるので、初めての楽器としてはかなりおすすめです。10ホールのブルースハープは曲によって使い分けが必要になるので実はあまり初心者向けではなく、20ホールタイプが初心者でも思った通りの音が出しやすいと思います。


 

 さて、今回のお話はいかがでしたか? 楽しんでいただけましたら引き続き応援していただけると幸いです。


 カクヨムの近況ノート、なろうの活動報告にて雑談配信も更新されています。


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