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詔勅:宵、軍師中郎将に任ぜられる

 景庸関(けいようかん)を奪還してから2日。

 洪州(こうしゅう)陥落の報は葛州(かっしゅう)軍を震撼させた。葛州刺史(かっしゅうしし)費叡(ひえい)の命により、景庸関の守備に馬寧(ばねい)陳軫(ちんしん)の2万の軍を配備。

 そんな中、瀬崎宵(せざきよい)は、負傷し意識を失い眠ったままの姜美(きょうめい)と共に一旦麒麟砦(きりんさい)での待機を命じられた。


 一方の李聞(りぶん)軍は、葛州南の都市・偃夏(えんか)へ救援へ向かう事になっている。数日中には麒麟浦(きりんほ)の陣営を撤収し南下する。


 厳島光世(いつくしまみつよ)はというと、朧軍(ろうぐん)から閻軍(えんぐん)へと投降してすぐ、費叡の命で軍師として李聞の軍へと配属された。積もる話も出来ぬまま、宵とは別れることとなった。

 ところが、光世は李聞に軍事には関わらないとハッキリ伝えたらしい。光世が宵と友人である事を打ち明けると、李聞は全てを察し、光世をその保護下に置いた。光世を軍から解放し、地方の安全な都市へ移送する事も考えたが、朧の軍師であった光世がどこかで不当な扱いを受ける事が危惧された為、李聞が監視を兼ねてそばに置いておく事にしたのだ。

 李聞の配下ではない宵は光世と話をしたくとも簡単に会う事は出来ない。

 自分がそばに居られない代わりに、宵の下女の清華(せいか)を光世に下女としてつけた。清華がそばに居てくれれば、ひとまず閻の軍内でも不自由はないだろう。


 喧嘩別れのような形で離れ離れになってしまった光世の事を気にしながらも、宵は今自分がやるべき軍師としての仕事に追われ、そして、目の前の寝台で横たわる姜美の容体にも気を配っていた。


 姜美は身軽な寝衣に身を包み、薄い麻の掛物を掛けてすやすやと眠っている。顔には一部包帯が巻かれているが、それは美しい女性の寝顔だった。

 胸の膨らみも鎧で押さえ付けられていない為、女である事を惜しげもなく主張している。

 宵がそんな美しい姜美の姿に不安そうな視線を向けていると、姜美の身体が微かに動いた。

 そして、ゆっくりと長い睫毛の瞼が開かれた。


「姜美殿!」


 宵が声を掛けると姜美の瞳が宵を捉えた。


「軍師殿……」


 弱々しい声だが、宵の事を認識した姜美はキョロキョロと瞳を動かし辺りの状況を探り始めた。


「良かった、姜美殿。気が付いて……。ご気分はいかがですか?」


「ここは何処ですか? 私は徐畢(じょひつ)と戦って……死んだのでは?」


「ここは閻軍が朧軍から奪った砦、麒麟砦きりんさい。確かに姜美殿は景庸関で徐畢と戦っていたようですが生き残りました。徐畢が瀕死の貴女を助けてくれたようです」


「え……!? 私を助けた? 徐畢は敵……ですよ?」


「何故助けたのかは私にも分かりません」


「徐畢はどうなりました?」


「戦死しました。景庸関は我々が奪還し、ほとんどの朧兵は逃げるか投降しましたが、将校達は皆死にました」


 宵の話を聞いた突然姜美は起き上がったが、胸を押さえ苦悶の表情を浮かべる。


「急に動いちゃ駄目です! 貴女は胸を斬られたんです」


 姜美は自らの衣の襟元を左右に広げ胸を露わにする。


「こ、これ……は……」


 姜美の大きな胸にはしっかりと真っ白な包帯が巻かれていた。治療は完璧に施されているが、姜美の顔は青ざめている。


「誰が手当を……」


「落ち着いてください、姜美殿」


「女である事が知られた……どうしよう……どうしよう軍師殿……」


 姜美は、自らの豊満な胸を両手で包み込むように隠し、顔を真っ赤にして狼狽える。完全に女の子モードの姜美へ、宵は水の入った杯を差し出した。


「大丈夫。姜美殿の秘密を知ったのは、貴女を戦場で救助した兵士数名と、軍医、そして副官の田燦(でんさん)殿だけ。田燦殿が兵士達と軍医には口止めしておいたと私に報告してくれました。それ以外の人達には漏れる事はありませんよ。田燦殿は姜美殿が女性である事を知ってもさほど驚いてはいませんでした。もしかしたら、すでに気付いていたのかもしれません」


「田燦……そう……田燦が……」


 宵の話を聞いて冷静さを取り戻した姜美は差し出された水を一息に飲み干すと、空の杯を枕元の台に置いた。


鄧平(とうへい)殿にももちろん秘密にしてあります。あの人は下心の塊のような男ですからね。私に付きまとい過ぎです。姜美殿からやめるように言ってくださいよ」


「は……はは。分かりました。私の傷が治ったら、鄧平の尻を蹴りまくって分からせてやります」


 苦笑しながら、姜美は胸元を直し、またゆっくりと横になった。


「思ったより傷が深いようですね。困りました。……ところで、景庸関は奪還したと言いましたね? こちらの被害は?」


「死者は姜美殿と成虎(せいこ)殿の兵を合わせて70名ほど。あとは姜美殿が負傷したくらいで、将校達は皆生還しました。……私が送り込んだ間諜は亡くなりましたが」


 急に沈んだ声色になった宵を横目で姜美が一瞥した。


「その者の名は?」


歩瞱(ほよう)


「覚えておきます。その者のお陰で火攻めは成功したのですからね。ご家族の事は我々葛州が責任を持って面倒を見るように費叡将軍に申し伝えます」


 目を閉じ、姜美は言った。

 姜美は器の大きな人物だ。一介の間諜の功績を認め、敬意を払うと共に、家族にまで気を配れるまさに将軍の素質のある人物。先程までの女の子モードは全く感じない。


「ありがとうございます、姜美殿」


「礼には及びません。それで、私はどれ程眠っていたのですか?」


「2日程眠っていました」


「2日!? ……ッ」


 数時間の感覚だったのだろうか、姜美は驚いて上体を起こし、また胸を押さえて悶絶する。


「動けませんよ、姜美殿。大丈夫です。貴女が寝ている間にちゃんと葛州の防備は整えてあります。景庸関には馬寧将軍と陳軫将軍の2万が入りましたのでとりあえず東は安全です」


「……そ、そうですか。南は? 洪州はどうなってますか?」


「洪州は……その……陥落しました」


「はぁ!? ……痛っ!!」


 洪州陥落の報せは姜美にとってもかなり衝撃的なもの。案の定、その衝撃に耐え切れずまたもや胸を押さえて悶絶する。今度は白い包帯に真っ赤な血が滲んできていた。


「くそっ……!」


「大変! 軍医さん! 姜美殿の傷口が!」


「や、やめて! 恥ずかしい……軍医は男でしょう!?」


「我儘言ってる場合じゃないですよ!」


 女の子モードに戻ってしまった姜美を、すぐに駆け付けた事情を知る軍医に委ねると、宵は姜美の手当をそばで見守る事にした。

 ──が、その時。


「軍師殿! お客様がお見えです」


 突然の部屋の外からの声に、宵は「はい」と返事をして、姜美と軍医を部屋に残し外へと出た。



 ♢


 部屋の外には、高官が着るような上等の衣を纏い、これまた高官が被りそうな帽子を被った見たことのない年配の文官の男が兵士を1人だけ従えて立っていた。手には巻物を持っている。


 宵はとりあえず拱手して頭を下げたが、文官はそれに応じず、無言で巻物を広げた。竹簡ではなく絹で出来た巻物を持っているところを見て、ようやく宵は勘づいた。


「皇帝陛下の(みことのり)である」


 文官の男の言葉に、宵はすぐに跪き額を地面に付けた。近くにいた兵士達もすぐさま跪き頭を下げた。

 ドラマで見た。詔。皇帝の言葉をその遣いの者が都からはるばる伝えに来たのだ。文官の男は朝廷の役人なのだろう。


「朕は、葛州刺史・費叡の上奏を受け、宵を“軍師中郎将ぐんしちゅうろうしょう”に任ずる」


 その内容は役職の任命。宵はこれまでも“軍師中郎将”として景庸関奪還の任に就いていたが、実はそれは仮の役職で、正式には軍師中郎将ではなく軍人ですらないただの客将だった。軍内では軍師中郎将であっても、外に出ればただの自称。

 だが今、正式に皇帝から任命された事により閻帝国での確かな地位を獲得したのだ。


「謹んでお受け致します」


 宵が答えると、文官の男はさらに詔を読み上げる。


「本来、得体の知れぬ者に閻の官爵を与える場合、当人は朝廷に参内し、素性を明らかにし、閻に害のない人物である事を証明する必要があるが、既に当人は閻の為に朧軍を破る活躍を幾度も成し遂げている。よって、朕は、葛州刺史・費叡の上奏のみで宵に官爵を与えるものとする。代わりに、閻帝国防衛、並びに朧軍討伐の作戦報告書を朝廷に提出する事。期限は詔を受けてから一月(ひとつき)以内。尚、兵糧の供給は有事の際の糧道を使用する事を許す」


 読み終えると文官の男は巻物を巻き直すと宵へと差し出したので、宵は跪いたままそれを受け取った。


「以上だ。顔を上げて良いですぞ」


 文官の男に言われ、宵は顔を上げ立ち上がる。周りで跪いていた兵達も立ち上がり、各々持ち場へと戻っていった。


「あの、質問しても良いですか?」


「何でしょう?」


「作戦の報告書というのは、どなたに提出したら良いのでしょうか? 私が自ら都まで赴くわけではなさそうですし」


「私が受け取り陛下へお渡します。移動の事も考えると、本日より10日以内には受け取らねば間に合いませんぞ」


「え……10日以内……?」


「出来ぬのですか? ならば今すぐ朝廷へ参内してもらわねばなりません」


「いえ、10日以内に提出致します」


 高圧的な態度の文官の男に宵は渋々報告書の提出を約束してしまった。だが、実際洪州の奪還という新たな戦も目前に迫り、そんな報告書を(したた)めている暇などあるのだろうか。洪州には貴船桜史(きふねおうし)が居ると光世から聞いている。桜史とまともに戦う事は避けたい。その辺の事情を含めた作戦報告となると、いささか面倒である。


「あ、あと、もう1つ。有事の際の糧道とは何の事でしょう?」


「何だ、そんな事も知らぬのですか。有事の際の糧道とは、戦が起きた場合、軍の備蓄の兵糧のみを使うのではなく、各州の民から食料を接収し、軍の兵糧に充てるのです」


「え? 民から食料を取り上げるのですか??」


「そうです。何かおかしな事を言っていますか? 当たり前の事でしょう。国を守る為に戦う兵達が民よりも優先して飯を食う。民が空腹でも問題はありませんが、兵が空腹だと戦えずに負ける事になるのですからな」


「……そんな、でも、閻帝国は農業大国と聞いています。民から食料を集めなくても、国に備蓄があるのではないですか?」


「国の備蓄は全て宰相の董炎(とうえん)様が適切に管理されています。其方のような異国の者がとやかく仰る事ではありません!」


 文官の男は吐き捨てるように言うと、踵を返し連れの兵士と共に歩いて行ってしまった。


 国が民から農地を取り上げる。それは確か劉飛麗(りゅうひれい)から聞いた事がある。以前、劉飛麗の母親の土地が国に奪われたのだと。

 そして宵はもう1つ思い出した。


『宵は閻がどういう国なのか知った方がいいよ』


 光世が言っていたのはもしかしてこの事なのだろうか。

 宵は心に(もや)がかかるような感覚を覚えた。

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