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廟算しよう! 《彼を知り己を知れば百戦殆うからず》

 勇気を出した第一声で地図を用意させた。

 まずこの場所がどういう地形なのか。敵との位置関係など把握しない事には何も分からない。

 兵が地図を準備している間、宵は廖班りょうはんに別の質問を投げ掛ける。


「こちらの兵、馬、武具、兵器、兵糧の数は如何程でしょう?」


「さてな。正確な数字は分からぬ。兵に関しては5千弱はいるだろう。誰か、分かる者は宵に教えてやれ」


 その廖班の言葉に宵は愕然とした。軍の指揮官たる将軍が、自軍の戦力を把握していないどころか、興味もなさそうだ。それも問題だが、下から報告を上げる情報統制がされていないという事は、軍として機能していないという事だ。これは壊滅的にまずい状況かもしれない。

 宵はそう思っても口には出さず、誰かが戦力を把握している事を願い辺りの男達を見回す。


「兵はおよそ4千5百程。馬は5百。武具に関しては正確には分からぬが、剣や槍に関しては不足はしていない。ただ、矢が著しく少なく2千本程。兵器は今回は用意していない。そして兵糧に関してはあと10日分程かと」


 把握していたのは宵の隣の李聞りぶんだった。まともな将校がいて宵は胸を撫で下ろす。しかし、将軍がそれを把握していないようでは負けて当然だ。


「ありがとうございます。李聞殿。ちなみに、敵の数は?」


「約2万」


「……なるほど……賊にしてはかなりの数ですね」


 宵が引き攣った顔で呟くと、李聞は目を閉じて軽く頷いた。

 ちょうどその時、兵の1人が部屋の端から机を持って宵の前に置いた。その上には地図が置いてあった。役目を果たした兵はすぐに幕舎から出て行った。

 廖班はゆっくり立ち上がりその机の前にやって来て地図を覗き込む。周りに腰掛けていた許瞻や鎧を纏った男達も立ち上がり宵の周りに集まり地図を覗き込んだ。


「では、聞かせてもらおうか。宵殿」


 廖班が不敵な笑みを浮かべ言った。


「まだです。まだ私の質問は終わっていません。……えっと、我が軍と敵軍の位置を教えてください」


「西が我が軍。東が賊共だ」


 地図を指さして答えたのはやはり李聞だった。

 宵は黙って頷く。もう他の将校が何も把握していない事は顔色を見てすぐに分かった。間違いなくこの軍は脆弱だ。


「敵軍2万は何部隊かに分かれていますか? それと、兵装が分かれば教えてください」


「いや、はっきりとは分かれていなかった。多少は固まりがあった気はするが、軍隊のような整然とした統率は取れてはいない。練度も低い。兵器も特になかった。武器は剣や槍、弓。所詮はゴロツキの集まりだが、我々はただ数に圧倒され続けた」


 言いながら李聞は顔を片手で覆い首を横に振る。


「分かりました。では、こちらと敵の補給線は?」


「こちらは後方約20里 (約8km)足らずの場所に荒陽こうようの小城がある。そこから武器も兵糧もすぐに補給出来る。ただ賊共は近隣の村々を襲って掻き集めた兵糧だけを頼りに勢いでここまで押して来たような連中だ。現在の兵糧がどれくらいかは分からぬが、安定した補給線はないはず」


「後方20里ですか……近いですね。それなら補給に時間は掛からない……か。ちなみに、この2本の川の幅と深さは?」


 宵が気になったのは荒陽と野営地の間にある細い2本の川だ。この軍はその川の内の1本を背にして布陣している。


「どちらも半里 (約200m)程だろう。その川に挟まれた地も同じくらいの広さだ。川の深さは大人の腰程。兵馬が渡るのに舟はいらぬ」


 李聞が答えると同時に、廖班が突然机を叩いた。


「もう良い!!」


 その怒声に宵は身体を震わせた。


「貴様! 先程から情報を訊いてばかりで一向に策を立てぬではないか! やはり敵方の間者だな!? 我が軍の情報を訊き出し持ち帰ろうと言うのだろう!?」


 いきなり怒鳴られた宵は一瞬言葉を失ったが、廖班の言葉を聴いて驚きよりも呆れが勝ってしまった。


「私は、廖班将軍に勝利をもたらす為にここにいます」


「何が勝利だ! 女狐め! もうたくさんだ! 誰かこの女を斬──」


「『彼を知り己を知れば百戦(あや)うからず』」


「……何だと?」


 宵が口にした言葉を聴いた廖班は怒りで吊り上がっていた眉を下ろし、振り上げかけた腕をピタリと止めた。


「私の尊敬する兵法家、孫武の兵法の一文です。戦に勝利する為には、まず敵と己を知る事。敵を知っていても己を知らなければ、勝つ事もあるでしょうが負ける事もあります。そして、敵も己も知らなければ、戦う度に必ず負けます。だから私はまず、敵と己の情報を訊いているのです」


 宵は淡々と自分の行動の理由を説明した。ここまでハッキリと自信を持って人前で説明したのは初めてかもしれない。企業の面接では支離滅裂な自己アピールなどをしてきた宵にとって自分自身とても驚いていた。それと同時に、ハッキリ言い過ぎて廖班の怒りに油を注いだのではないかと更なる恐怖と不安が襲ってきた。

 しかし、その説明に反論する者はおらず、廖班はバツが悪そうに顎髭を指で撫でた。


「これは頼もしい。続けてくれ、宵」


 李聞に優しい言葉を掛けられ、身体を硬直させていた宵は大きく息を吐いた。宵の額からは滝のような汗がポロポロと床板に零れていた。


「敵とこちらの戦力、地形は分かりました。では、策を申し上げます」


 周りからの視線が鋭く宵に突き刺さった。

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