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今夜は女子会?

 姜美(きょうめい)成虎(せいこ)龐勝(ほうしょう)の3人へ邵山(しょうざん)琳山(りんざん)の行軍ルートの確認が終わると、ようやくその日の軍議を終えた。

 幕舎を出ると、空を鈍色の雲が果てしなく遠くの方まで覆っていた。夕方の筈だが1日を通して同じ空模様なので日が暮れた実感が湧かない。


 姜美と共に厩舎(きゅうしゃ)に来た瀬崎宵(せざきよい)は、羽扇を腰の帯に挿し、馬に跨ると姜美の陣営に向けゆっくりと歩かせた。陣営はすぐ隣なので護衛の兵は特にいない。

 馬に乗れるようになってからはこのゆったりとした移動が宵は好きになっていた。軍務に忙殺される日々を、馬の背に揺られる時だけは忘れられるからだ。

 しばらく進んだ頃、宵の隣に馬を並べる姜美が言った。


「今夜……なのですが、私の幕舎へ来てもらえませんか?」


「いいですよ? 何かお話ですか?」


「ほら、以前女の悩みを聞いてくれると……」


「ああ、そうでしたね。分かりました」


「ありがとうございます」


 いつになく女々しい姜美に可愛らしさを覚えた宵。このあと姜美に頼まれるとんでもない要求など知る由もなく、ただニコニコと呑気に笑顔などを振りまいていたのだった。



 ♢


 その日の夜。

 夕食を済ませた宵は、約束通り姜美の幕舎へとやって来た。

 見張りの兵士達は何故か幕舎から離れた場所に立っている。

 宵の姿を見付けた兵士が、宵を幕舎の入口まで案内してくれたが、すぐにまた少し離れた持ち場へと戻っていった。

 何故距離を置くのだろう、と不思議に思いながら宵は姜美の幕舎の入口の前で声を掛けると、すぐに中から返事があったので幕を上げ中へと入った。


「待っていましたよ、軍師殿」


 寝台に腰掛けている姜美は身軽な寝衣に身を包み、髪は完全に下ろし、どこからどう見ても女の姿だった。薄着になった事で普段は鎧で目立たない豊かな胸が強調されている。


「外の兵士達は何故離れた場所に立っているのですか?」


「ああ、私がそう命じたからです。幕舎から20歩離れて警備するようにと。こんな姿を見られるわけにはいきませんからね」


「そうでしたか。ところで姜美殿。悩みとは何ですか? 全然見当もつかないんですけど」


「まあ、とりあえずここに座ってください」


 姜美は自分が座っている寝台をポンと叩き宵に隣に座るように促した。

 言われるままに腰を下ろした宵は持っていた羽扇を膝の上に置くと、美しい姜美の横顔とそれなりに膨らんだ胸をチラチラと見る。普段こんなものが鎧に押し潰されていたとなるとだいぶ苦しいのでは……


「軍師殿?」


「あ、はい!」


 いつの間にか姜美の胸に魅入ってしまっていた宵は背筋を伸ばして返事を返す。


「本題の前に、1つ私から質問をしても宜しいでしょうか?」


「はい、どうぞ」


「先程の軍議にて、貴女は二十八宿(にじゅうはっしゅく)の話をしましたね」


「しました」


「あの時、何故“二十八宿がこの世界にも(・・・・・・)存在するなら”と言ったのですか? “この世界(・・・・)”とは?」


 姜美の鋭い指摘に、宵は背筋が凍るような感覚を覚えた。無意識に2つの世界の存在を口にしていたようだ。賢い姜美はすぐに宵の発言に疑問を持ったのだろう。

 姜美には宵が異世界から来たという話はしていない。まだ出会って間もなく、劉飛麗(りゅうひれい)ほど親しいというわけでもないからだ。


「え? そんな事言いましたっけ?」


 しらばっくれてみるが、姜美は怪訝そうに宵を見つめる。


「言いました。確実に。まるで世界が他にもあって、軍師殿は別の世界から来たような口ぶりでしたよ。ねぇ、どうなんです?」


「あ……多分言い間違えですよ、それは。世界が別にあるなんてそんな……」


「言い間違えますかね? そういう事を。貴女は私の秘密を握っている。そして私は貴女の秘密を握った。これで平等じゃありませんか? 軍師殿」


 姜美は不敵に微笑む。

 しかし、宵は首を横に振った。


「言い間違いです! はい、この話はお終いです。で、本題は?」


 宵が異世界の話を強制的に打ち切ると、姜美は不服そうに小さく息を吐くと俯いた。だが、すぐに姜美は顔を上げると宵の顔を見た。


「本当の事を話してくれないのなら、私の望みを聞いてください」


「ただの言い間違いですってば。……で、望みって何です? 私の出来る事でしたら何でもしますよ」


 宵が笑顔で返すと、姜美はニヤリと嬉しそうに白い歯を見せて笑った。


「なら、今夜は私と寝てください」


「え? ……そんな事、お易い御用ですけど」


 悩みと言われて来たものだから、もう少し手の掛かるものだと思っていたのに、あまりに簡単な姜美の望みに宵は肩透かしを食らった。きっと悩みというのは1人で寝るのが寂しいとかそういう話なのだろう。だから一緒に寝て欲しいと頼んで来たのだ。だとすると、宵は姜美に対する見方が変わる。お堅い女性かと思っていたが、可愛らしい女の子ではないか。


「良かった。私、軍では男という事になっているので女しか抱けないのです」


「ん?」


「別に女が好きというわけではないのですが、身体の疼きを収める為には相手が女でも構いません。私の秘密を口外しないような信用出来る男もいないですし」


「あれ? あの、ちょっとまっ」


「軍師殿は私の秘密を知っている唯一の女。試しに一度だけ寝てみましょう? 私もこういう事は初めてで緊張しています」


 全く予想外の事態になり、宵は顔を真っ赤にして引き攣った笑顔のままで固まる。

 姜美の望みは欲情を発散する事だったようだ。確かに、姜美は周りには男という事になっている。男である姜美が抱く相手は女。この陣営では女は今は宵1人しかいない。陣営内でムラムラする気持ちは宵にも分かる。なるほど、理にかなっている。……という考えを頭をブンブンと振って振り払う。

 女同士でそのような行為をする事には抵抗があった。姜美が男ならばアリかもしれないが……という考えを再び頭をブンブンと振って振り払う。

 そして、意を決して宵は寝台から立ち上がった。


「あの、ごめんなさい、姜美殿。私、まだ軍務があるので……!」


 宵がキッパリと断ると、姜美は一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに声を出して笑い出した。


「軍師殿、冗談ですよ。そんなに顔を真っ赤にして、可愛いですね」


「じょ、冗談?? また、私をからかったのですか??」


「ごめんなさい。軍師殿をからかうのは私の楽しみなのです」


「そ、そうですか。では、他に御用がないのなら私はこれで失礼します」


「はい。可愛い反応が見れて満足です」


 ケラケラと笑いながら手を振る姜美に背を向けて、顔を真っ赤にしたままの宵は部屋の出口へと向かった。


「軍師殿」


「はい」


 不意に呼び止められ宵は立ち止まり振り返る。


「貴女がこの世界の人でなくとも、私は構いません。何故こちらに来たのか。自らの意思で来たのか、そうじゃないのか……。何にせよ、私は貴女が困っているなら助けます」


「……どうして」


「私は貴女の先輩であり、同志であり、そして“友人”でもありますからね」


 “友人”。その言葉は宵にとって意外であった。姜美という立派な軍人が、異世界から来た疑いのある小娘如きを“友人”と言ってくれるとは思わなかった。

 思えば宵は久しく友人に会っていない。

 厳島光世(いつくしまみつよ)貴船桜史(きふねおうし)は今頃何をしているだろうか。2人共進路が決まっているし、単位もほとんど取り終えただろうから、今頃は司馬教授のもとで卒論の指導を受けているだろう。


「友人……」


 宵の呟きに姜美は頷く。


「そう。私の秘密を口外しないでいてくれた、信頼出来る同性の友人です。私は、貴女といる時間が好きです。そんな風に思えた人は……実は生まれてこの方初めてです」


 宵は回れ右して姜美の寝台に舞い戻った。


「あーあ。“友人”に隠し事するのはやっぱり気持ち悪いなぁ」


 少し照れながら宵が言うと、姜美は嬉しそうに笑った。

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