私は軍師です!
木製の木箱のような小さな檻。そこに瀬崎宵は両手を麻縄で縛られたまま閉じ込められた。
牢屋というよりは、簡易な造りのケージのような檻だ。天井は低く立ち上がることは出来ない。広さも畳一畳もない程狭い。
見張りは兵士が1人だけ。その兵士は檻のそばに座り込みだらけている。
何とかしてここから逃げ出さなくては。宵はそれだけを考えていた。しかし、まずは両手を縛っている麻縄を解かなければならないが、近くに道具になりそうな物は落ちてない。どう考えても自分の力ではどうしようもない。
「あんたさ、何処から来たの?」
不意に見張りの兵士が話し掛けてきた。
「あ、えっと……私、ここに来るまでの記憶がなくて……何も覚えてないんです」
「そうなんだ。可哀想に。で、俺達に捕まっちまったってわけか。あんたいくつよ?」
見張りの兵士は相変わらず気だるそうに座り込んだまま質問を投げ掛けてくる。特別宵に興味があるようなわけでもなさそうだ。余程暇なのだろう。
「22です」
「本当か? 同い歳だ!」
宵の年齢を聞くと、見張りの兵士は一変、興味深そうに檻の中を覗き込んできた。そして、被っていた兜を脱いだ。
「俺は鍾桂。君は? 歳を覚えてるなら名前も覚えてるんじゃない?」
「瀬崎……宵」
「セザキ……ヨイ? 変わった名前だね」
「宵って呼んでください。この後も話す事があれば……ですけど」
やはり日本人の名前はこの世界では珍しいらしい。一応名乗ったが、宵は見張りの兵士に名前など名乗って何の意味があるのか、と少し投げやりになっていた。
「宵か。宜しくな! ……って言っても、今ここでお喋りする相手くらいにしかならないけど」
「あ……はい。宜しくお願いします」
鍾桂はどうやらまだ話しかけて来る気満々のようだ。
「君さ、よく見ると可愛い顔してるね。髪型と服装は珍しいけど似合ってるよ。……胸は……まあ……うん……けど俺は小さくても構わないよ」
真正面からのセクハラ発言にムッとしつつも、宵はこの状況に活路を見出していた。
「鍾桂さん。廖班将軍は賊と戦ってるみたいだけど、優勢なんですか?」
「え? 何でそんな事聞くの?」
「ここに入れられる前に陣営の兵士達を見て来ましたが、皆疲れ切った様子で活気がありませんでした。廖班将軍やその他の将校さん達も苛立っていたようですし……もしかして、劣勢なのではないでしょうか?」
鍾桂は目をぱちくり瞬かせて宵の目を見た。
「よく見てるんだね。自分がどんな処遇になるか分からないって時に……」
「あ……いや、その……つい」
「いや、怒ってるんじゃないよ。感心してるんだ。君の言う通り、賊と戦っているが劣勢だ」
宵の睨んだ通り、鍾桂は宵に心を許してきている。この状況を逃したらもう助かるチャンスは訪れないだろう。
「鍾桂さん、捕虜の身でこんな事訊くのはおかしいとは思うのですが、その賊との交戦の詳細を教えて頂けませんか?」
「は? な、何でそんな事?? さすがに捕虜に詳細な情報は教えられないよ。やっぱり君、敵の間者なの?」
鍾桂の疑問は当然。宵は続けて口を開く。
「私は……あ、軍師志望の就活生です」
「軍師……? 就活生??」
鍾桂は眉間に皺を寄せ首を捻る。
「……えっと、つまり、仕官先を探してる兵法学者です。私には兵法の知識があります。私をこの軍の参謀に使って頂ければ、必ずや廖班将軍を勝利に導いてご覧にいれましょう」
鍾桂は眉間に皺を寄せたまま額を指でトントンと叩き思考を巡らせている。
「待ってくれ。君は確か記憶がないって」
「確かに、あの森に何故いたのか、記憶はありません。自分が何処から来た人間なのかも。でも、自分の名前、そして、何をすべき人間だったのかは覚えていました。よく分かりませんが、こうして廖班将軍の陣営に連れて来られたのも何かの縁。どうか私の話を信じて頂けないでしょうか?」
「そんな事言われてもなぁ……俺の一存で決められるわけないし、そもそも女を使うなんて聞いた事ない。廖班将軍にそう言われたんじゃないの? まあ、俺の嫁にならしてやってもいいけど」
「なら、上官を呼んで来てください。直接お話します」
ここで引き下がるわけにはいかない。宵は就活の面接の時には見せた事のないような必死さで冗談を挟む鍾桂に迫った。
「駄目だよ。上の人間がそんな話信じるわけないし、助かる為に言ってる嘘だとしか思えない。俺がそんな事報告に行ったら『捕虜の戯言に惑わされるような牢番はいらん!』って首を刎ねられる」
「そんな……戯言だなんて……酷い」
宵は俯いた。ただ、鍾桂の言い分は分かる。自分が逆の立場だったとしても確かに捕虜の戯言に耳を傾けない。
元の世界の就活と同じように、この世界でも何も出来ないのか。瀬崎宵は何て無力な存在なのだ。
宵が絶望して牢の格子に頭を凭れ掛けた時だった。
「宵と言ったな。其方、今言ったことに嘘偽りはないな?」
その声は先程廖班の幕舎で聞いた男の声だった。宵は顔を上げ、その声の主を見る。
「兵法の知識で我が軍を勝利に導く。嘘偽りはないな?」
「はい。勿論です」
宵が答えると鍾桂は慌てて立ち上がり槍を肘に挟んで男に拱手した。
「李聞殿! い、いつからこちらに!?」
そうだ。この男は廖班の幕舎にいた李聞という人物だ。宵の竹簡を調べていた男だ。
「その女が名を名乗った時からだ」
「も、申し訳ございません! 捕虜と世間話など……!」
鍾桂は今度は膝を突き、額を地面に付けて必死に謝罪を始めた。鍾桂の行いは牢番としては職務怠慢に当たるだろう。ただ、これくらいで罰を与えられると、それをさせてしまった宵自身後味が悪い。
だが、その心配は杞憂に終わった。
「それは良い。お陰でこの者から情報が得られた。兵法を知っているとは心強い。丁度我が軍には兵法を知る者が一人もおらぬ。ただの武力自慢だけ。それ故に数で勝る賊軍如きに連敗している。宵よ、もし命を繋ぎたければ、我が軍をこの窮地から救ってみせよ」
これは奇跡か。面接すら受けさせてもらえなかった企業に、人事部長自らが宵の能力に興味を持ち試しに使ってくれると言うではないか。
「はい……! はい! 必ずや廖班将軍に勝利を!」
宵は一先ずすぐには殺されなくなった事に一安心して息を吐く。
「ただし、其方は手枷を付けたまま献策してもらう。当たり前だ。まだ敵の間者という疑いは解けてはおらぬ」
「……え?」
予想外の対応に宵はまた顔を上げて李聞を見る。
「そして、その策を廖班将軍に吟味して頂き使うか否かの判断を仰ぐ。それで作戦が実行され、我が軍が勝利すれば其方を解放するように働きかけよう。だが、失敗すれば」
「……失敗……すれば?」
宵は唾を飲んだ。
「即刻斬首だ」
青ざめた宵の顔を、鍾桂が不憫そうに見つめた。




