第1話 闇の風来坊3(通常版)
「・・・・・。」
呆然と目の前を見つめる。数時間程で羽田空港に到着したが、そのまま滑走路へと進んだ。そこにあったのは、超大型のジャンボジェット機。通常の4発エンジンタイプ、それの数倍近い規模を誇っている。それにカラーリングからして、まるでエアフォース・ワンの様だ。
「貴方が空が苦手と仰っていたので、どんな悪天候であろうが快適に移動できる航空機を選びました。地上と全く変わらない安定感ですよ。」
「いや・・・そうじゃなくて、お前は一体何者なんだ・・・。」
「あー、では遠回りから申しますね。これらは、元シークレットサービスのツテで実現できています。それと、貴方は裏稼業の活躍が多いようなので、既にこの情報が入っているかご存知かと思います。ゴールドクイーンと言えば、お分かり頂けるかと。」
「・・・伝説の二丁拳銃の女傑、か。」
本来ならば、この時点で驚愕する所なのだろう。しかし、ゴールドクイーンの情報は何度も伺っている。大して驚く事ではなかった。むしろ驚いたのは、この待遇の方である。
かつて彼女は、裏の世界で名を馳せた伝説の傭兵である。相当の腕前だと聞いているが、何時の頃からか学園の校長を担いだしてもいた。人は何処でどう様変わりするか分からない。
また、相当強い殺気と闘気に包まれた、非常に取っ付き難い存在とも伺っていた。それがどうだろう、目の前の彼女はまるで淑女そのものだ。
「フフッ、大して驚かれないのですね。私の存在は、その手の職業に就いた方なら驚愕するのですけど。」
「いや、腕前は俺を超えているのは分かる。生き様は人それぞれだから、一切気にしてないよ。むしろ、今はこっちの方がね・・・。」
会話しながらも機体に搭乗する。内部は更に凄く、まるで豪華客船の様相である。ただ従来のジャンボと異なる点が1つだけある。その重装備とも言える武装だ。
「うーむ、外見は普通の機体よりデカい雰囲気しかないが、内部は全く違うんだな。」
「はい。対戦闘機・対高射砲・対ミサイルの防御を極限にまで高めています。超広範囲のレーダーにより、飛来するミサイルを迎撃し破壊。高射砲には、磁気誘導システムにより的外れにさせる。戦闘機は、機体コンピューターを狂わせ墜落させるジャマーで防御と。」
「まるでイージス艦だなこりゃ・・・。」
ここまでの重武装のジャンボは見た事がない。というか、自重の問題で実現できる時点でも凄いとしか言い様がない。そして、それを簡単にチャーターできる彼女の存在も凄いものだ。
「飛行機は好きだが、飛ぶのは勘弁して貰いたいものだが・・・。」
「まあそう仰らずに。どの道、アメリカに赴くには空路が一番速いですから。それに可能であれば、お尋ねしたい事がありますので。」
「ふむ。クライアントには干渉するなというのが俺達の流儀だが・・・。まあ、その相手からの望みなら応じるしかないか。」
最高級スウィートルームの様な部屋に案内された。ここで現地に到着するまでの間、待機との事である。そして今気付いたのだが、既にこのジャンボは離陸を開始していた。
「これ、動いているのか・・・。」
「先日、お会いした時に仰いましたよね。移動の際は全てお任せを、と。それに最大限のおもてなしも含めてです。貴方には返し切れない恩がありますので。」
「は? お前とは数日前が初対面のような気がするが?」
「・・・やはり、あの時のままのようですね。」
意味不明な事を語り出す彼女。だが、それが真実味を帯びているのは痛烈に理解できた。彼女の雰囲気からして、嘘を言うような存在ではないのも理解できる。お互いにソファーに座り、彼女が言っていた事の真相を伺う事にした。
ちなみに、同室には3人の女性が待機している。3人とも初対面になるため、ナツミYUより紹介を受けた。ネイディア・セフィヌ・ヴァディメラとの事だ。この3人も相当の腕前を持つ格闘家との事である。
「・・・本当なのか、それ・・・。」
アメリカへ到着する前に、ナツミYUの口から驚愕の内容が語られた。何と、俺の知らない時に彼女と会っているのだと言う。厳密には、知らないではなく、忘れてしまったとの事だ。
「貴方が15歳の頃、同じ様に依頼を請け負った事があります。大規模な護衛依頼で、当時は国内を移動していました。その時に裏切り者が出て、大事故に至ったのです。私を含む複数の護衛者と、複数の護衛対象者がいましたが、奇跡的に誰も負傷をしていません。」
「推測だが、その時に俺が唯一負傷したという事か。それに俺は15以前の記憶がない。記憶喪失と取るべきかね。」
「鋭いご推察、その通りです。その大事故も今の貴方の苦手さと繋がっています。」
俺の過去を語る彼女。俺自身は15歳の時に、大事故により記憶を失ったというのだ。確かに意識がハッキリしているのは、15歳時の病院のベッドの上からだ。それ以前の記憶は全く思い出せないでいる。
「・・・航空機を操縦できていたのか。というか、15歳以前の俺も護衛者を担っていたのには驚いたが・・・。」
「いえ、普通の青年だったそうです。恩人が仰るには、格闘センスはあったそうですが。裏切り者を捕縛したのも貴方でした。ですが、その首謀者は航空機のコンピューターを狂わせ、操縦不能に陥らせたのです。」
会話の途中、ネイディアが紅茶を差し出してきた。それに小さく頭を下げて啜る。秘書的な存在だが、どうやらこの3人はナツミYUの直属のボディガードだろう。
「見事な操縦でしたよ。こちらも恩人が仰るには、幼少の頃は航空機を題材としたゲームなどをされていたようで、なかなかの腕前をされていたとの事です。実際に活躍するとは思いもしなかったと。」
「大事故は免れたようだけど、何らかの形で墜落はした、そう取るのが無難か。」
「ええ。この一件は海上での出来事でした。しかも、首謀者は燃料投棄という暴挙にも出ていました。何とか陸地まで辿り着き、緊急着陸はできました。ただ、コクピットごと地面に激突してしまい・・・。」
「内部にいた俺だけが負傷した、という事か。」
当時の俺も本当にやりおるわ・・・。本物の航空機・・多分、ジャンボクラスだと思われる。実際の操縦は、ゲームやフライトシミュレーターとは全く勝手が違う。それを上手く操縦し、大惨事に至らせないで不時着させたというのだから。
「貴方は孤児という事で、事故後は私達も陰ながら見守り続けました。ところが、怪我が完治すると格闘技や護身術を学び出しました。何時しか、身辺護衛ではその名を知らないとまで謳われる、凄腕の護衛者に至っていましたので。」
「その辺りは良く覚えているよ。病床から復帰するも、何を思ったのか、無意識に己の強化を始め出したわ。それを数年間行っていると、振り返ればとんでもないレベルまで達していた。あれには度肝を抜かれたが。」
一服しながら当時を思い馳せる。記憶自体は、その航空機大事故で失われたが、身体の方は必須だと受け止めたのだろう。それが今の護衛者の礎となっている。
「ウインドさんとダークHさんの一件もご存知です。あの時から、以後は重火器を用いた護衛者稼業を行われだしましたね。」
「お前は探偵かね・・・。」
「フフッ、陰ながら見守る姉のようでしたよ。」
にこやかに微笑むナツミYU。先程の冒頭で彼女から伺ったが、俺とは6歳差の年齢という。俺が28歳なので・・・まあ、挙げるのは止めておこう。後で手痛い竹箆返しが来そうだわ。
「あの航空機には、数多くの強者が乗っていました。恩人もしかり、同業者しかりと。貴方が記憶と引き換えに皆さんを救った事に、今でも感謝の念を抱いています。無論、私もそうですけど。」
「当時の俺がどう思っていたかは分からんが、全くの無欲だったと思うよ。誰も死なせまいという一念が強く出て、一心不乱に動いていたと思う。」
「でしょうね。貴方の明るさは見事なものでした。事務所でお会いした、ミツキさんに似ていらっしゃいましたし。」
「語末に“わぅ”までは付けてないだろうな・・・。」
明るさが何処までだったかは不明だが、流石にミツキ縁の“わぅ”語末は使ってないわな。そんな冗談を告げると、エラい笑い出す彼女。先程出発時に、ミツキ自身から何度かそれが出て、面を食らっていたのが印象深い。
「久し振りにお会いしても、貴方の眼差しは全く変わりませんでしたね。ただ、笑顔が全くなくなっていましたが。」
「失敬な・・・。これでも周りが言うには、ミツキの影響でかなり笑顔が多くなったと言うんだがね・・・。」
本当にそう思う。数年前に彼らを護衛する前と、それ以降とでは雲泥の差である。それだけ、彼らの存在が太陽の如く輝いている証拠だろう。
「でも・・・本当によかった。昔の貴方のままで。」
「俺の知らない俺を知っている、という訳だしな。」
再び一服しながら思い馳せる。ナツミYUからの護衛依頼は、過去があって今があるという流れで間違いない。彼女自身が凄腕の傭兵だった事から、本来なら護衛は直近の面々だけで済んでだろう。これは言わば、俺に色々と確認したかったからだと思う。
「あの、今後何かあれば最大限お力になります。何でも仰って下さい。」
「馬鹿だな、俺が見返りを求めて動いていると思うのか?」
「フフッ、それこそ愚問ですね。ですが、返し切れない恩があるのは事実。過去に貴方が言っていた言葉を用いれば、“生き様は、死ぬまで貫き通してこそ意議がある”です。私は私なりに動きますので、覚悟して下さいね。」
自愛に満ちた表情で見つめてくる。まるで母親の様な暖かさだ。そしてナツミYUの信念と執念が凄まじい事も十分窺える。
「・・・なら、1つだけお願いを聞いてくれるか?」
「あ、はい。私にできる事であれば。」
「・・・頼むから、現地に到着するまで気絶させてくれ・・・。」
俺の言葉に驚愕する彼女。同様に周りの面々もしかり。ナツミYUとの会話中に、窓から表を眺めてしまったのだ。眼下に広がる青い海や白い雲を見てしまい、とてつもない恐怖心に襲われだしている。
その言葉に頷くと、俺を近くのソファーに寝かし付けるナツミYU。すると、彼女も自分の隣に座り、俺の頭を膝の上に優しく乗せるではないか。
「大丈夫です、私がついています。貴方は何も心配なさらなくていいのです。現地まではまだまだ時間が掛かりますので、今はお休みになられて下さい。」
俺の額にソッと手を置き、そして胸を優しく叩きだした。子供を寝かし付ける時の仕草だ。それに安堵したのか、急激に眠気が襲ってきだす。
「・・・まるで魔法だな・・・。」
「恐怖心は安堵感で相殺できますから。貴方1人では厳しいですが、傍には私もいます。今は何も考えずにお休み下さい。」
「ハハッ・・・学園の覇者と呼ばれる意味を痛感したよ。」
ナツミYUの暖かな厚意に一層眠気が襲う。それに委ねろと促す彼女に従い、俺は静かに瞳を閉じた。彼女は孤児院の母親や師匠に似ているのかも知れない。
第1話・4へ続く。