第11話 記憶の中に7 原点回帰3(通常版)
初めて吐血をしてからも、一定の間隔で吐血を繰り返すミツキT。その度に輸血をして、何とか乗り越えていった。しかし、刻一刻と身体が弱っていくのが感じ取れる。
そして、更なる悲劇が彼女を襲った。数週間後の日付の録画データを再生した時、開始からミツキTの雰囲気がより一層落ち込んでいるのを目の当たりにする。それでも、眼光は落ち込んでいないのが見事である。
「・・・Tさん。」
「どうした?」
ベッドの上から覇気のない声色で語り掛けてくる。俺は傍らで手帳に色々と記載していた。この手帳、今の物とは異なるが、当時から色々と書き込んでいたのだろう。
書き綴る手を止めて、徐に彼女の方を見つめていた。あれから、かなり窶れた表情としている。ただ、カメラの位置から距離があるので、細かい部分はよく分からない。音声だけは伝わっているのが幸いだわ。
「・・・聞いてもいいですか?」
「ああ、何でも聞いてくれ。」
実に言い辛そうに尋ねてくる。尋ねてきてから直ぐに切り出す事はなく、暫く沈黙が続く。そして、徐に口を開いた。
「・・・両足が無くても・・・希望は持てますか?」
その一言を聞いて愕然とした。吐血の流れですら愕然としている所に、更に両足に問題が発生した事に絶句した。今の俺ですら絶句しているのだから、当時の俺は相当なショックを受けたのだと思われる。
この事を、傍らで見守っている現実のミツキTに尋ねる。その彼女から詳しい事を伺った。
膵臓ガンの影響かは分からないが、何と両脚の壊死が進行しだしているとの事だった。今のまま放置すれば、何れ下半身全体に至り、ガン以上に厄介な事になる。よって、苦肉の策として両足の切断を決意したようである。
この時の彼女の心境は、今の俺にはとても理解できるものではない。筆舌し尽くし難い様相だとしか言うしかない。死に近い恐怖と絶望が襲い掛かってきたのが実状だろう。
「・・・今の質問だが、全く問題ない。俺がお前を背負って共に生きてやる。」
「・・・ありがとう。」
言葉を表面的から伺えば、実にキザったらしいものだ。だが、そこに込められた一念は、当時の俺が言える最大限のものだろう。それに、当時の俺も細かい策を投じる事など不可能なのは言うまでもない。
こちらの言葉に涙を流しながら嬉しがるミツキT。当時の彼女の心境は、どれだけ救われたのか計り知れないだろう。流された涙が全てを物語っていると断言できる。
しかし、実際の所は本当に絶望的なのは言うまでもない。当時の7歳の彼女とすれば、正に絶望的な現実だ。それでも、今も眼光だけは全く衰えていないのが見事としか言い様がない。
徐に、喫茶店内を見渡した。モニターに映し出される映像を見つめる面々の誰もが、号泣に近い涙を流していた。それでも、誰1人として目を反らそうとはしていない。
同時に、俺が生き様に執着する部分を痛感しているようだ。当時の記憶を失っている俺も、ここまで据わっていた事に驚くしかない。いや、ここまで据わっていなければ、とてもではないが耐えられなかっただろう。
端から見れば、どうしてそこまで冷静にいられるのかを思うだろう。更に言えば、冷酷であるとも言うだろう。事実、俺自身も第3者視点から窺えば、当時の俺自身をそう思うしかなかったからだ。
だが、逆説的にそこまでの据わりがなければ、やはり乗り越える事は不可能に近かったと言うしかない。本当に当時の自分に、よくぞ乗り越えてきたと賛辞を送るしかない。
今だから思うが、ヘシュナが俺の脳裏を読んだ事がある。当時の映像の内容を、何も知らなかった彼女からすれば、衝撃的なものだったと思える。途中でこれ以上は無理だと音を挙げるのだから、相当なものだと言えるだろう。
今はそれなりに時間を置いたからか、ヘシュナはモニターを凝視し続けている。むしろ、決して見落とさないといった感じの一念が伝わってくる。
そう言えば以前、俺の生き様の力強さの真意を知りたがっていた。それを、今正に知っているのだ。見落とさないようにするのも十分窺える。これはヘシュナだけではなく、他の面々の誰もが同じ思いのようだ。
嫌な言い回しになるが、この経験は決して無駄にはならないと痛感している。無論、それは俺自身にも十分当てはまる。当時の彼女も、恐らくそれを見越して映像に残そうと思ったのかも知れない。
当然、この様な様相は、決してミツキTだけに振り掛かるものでもない事は承知している。それだけ、病魔の力量は果てしないぐらいに力強い。特にガンとなれば、今も不治の病の1つに挙げられている。
治療には並々ならぬ力が必要となる。病人自身の体力と精神力、そして経済力も該当する。特に後者が顕著で、それがないために治療ができない人物もいるのだから。
警護者とは、全ての人の苦痛の声を汲む事を心懸けている。だが、当時のミツキTの様相を窺えば、俺にはまだまだその力量には至っていない事を痛感させられた。まあ当時の俺は、まだ警護者ではなかったのが実状ではあるが。
痛烈なまでに力を欲する姿が偶に出るが、その起源はこの瞬間にあったのだろうな。
衝撃的な告知を受けてから数日後の映像。そこには、両脚を失ったミツキTがいた。だが、今も尚その眼光は鋭さを失っていない。己が生命を爆発的に輝かせていると言える。
しかし、病魔の進行は刻一刻と進んでおり、あれから何度も吐血をしているようだ。更に体力面でも衰えが目立ちだしており、殆どベッドから起き上がる事ができなくなっている。
看病には俺達総出で行っており、特に若いデュヴィジェが献身的に看病に当たっていた。だが、デュネセア一族の女王故に、常に病室に待機する事はできていない。専ら俺がミツキTの看病に当たっている。
第3者視点から見ても、筆舌し尽くし難い様相なのは明白。当時の俺は、どんな思いで眼前の苦闘と戦い続けていたのか。今の俺には到底理解する事ができない。
「・・・Tさん、無事病魔を克服できたら・・・旅行に行きたいですね。」
「そうだな、何処にでも連れて行ってやるよ。」
徐に会話が交わされた。ミツキTが挙げたその内容は、病魔を克服したら旅行に行きたいという。それに対して、何処にでも連れて行くと挙げる当時の俺。
しかし、それが叶わぬ願いになるのは言うまでもない。彼女自身もそれを痛感しだしている様子だ。それでも、思いを強く持ち続ける事を願ったのだろう。
思いは時として時間と空間を超越する。この概念は理路整然と解釈できる物事ではないが、実際に存在する概念の1つでもある。実際に後の俺達がそれらを証明し続けているのだから。
だが、映像の面々からすれば、最早為す術無い感じに見えてくる。ただただそこに絶望感が漂い続け、無慈悲なまでに生きる気力も奪っていく。
「そうだな・・・大観覧車とかでも良さそうだな。それか海でもいいか。」
「アハハッ・・・では、水着を買わないといけませんね。」
当時の俺が行く宛てを挙げだす。その内容を伺った総意が、自然と今の俺の方を見つめてきだした。その視線を感じ、苦笑いを浮かべるしかない。
どうやら、当時の俺は高所や大水は問題なかったようだ。やはり高所と大水が苦手になったのは、航空機事変の後のようである。ただ高所なら分かるのだが、大水もダメになったのには理解ができない。
恐らくだが、ミツキTとの会話で挙げた行く先が、一種のトラウマになったのだと推測ができる。映像の当時の俺は外見的には毅然と振る舞っているが、実際には相当なプレッシャーが襲い掛かっているのは間違いない。
「・・・本当に、色々とありがとう・・・。」
「時期草々だな。無事生き延びてから言ってくれ。」
「ハハッ・・・本当ですよね。」
精一杯の笑顔で語るミツキTの姿を見て、無意識に涙が溢れてくる当時の俺。これは今の俺もしかりで、止め処なく涙が溢れてきた。
抗い難い現実の前に、為す術無く見守るしかない。大切な存在を支える事しかできない。当時の俺も思ったであろう、己の無力さを今の俺も痛烈なまでに思い知らされた。
今の俺達の力量なら、当時の彼女を救う事は容易にできた。だが、それはタラレバ論理であり、この後に訪れる流れは絶対に避ける事ができない。傍らにいる機械筐体の身体を纏う、今の精神体のミツキTが全てを物語るのだから。
それでも、その瞬間を爆発的に輝き生き続ける。当時のミツキTという女傑の存在は、今後の俺達の生き様の根源的な指針になっていきそうだ。
今はただ、映像の彼らを見守り続けるしかない・・・。
第11話・8へ続く。
1ヶ月振りです。どんどん寒くなってきてますね。お身体には十分お気を付けて下さい。
同話の劇中は、別の盟友に降り掛かった事実を元に再現しています。実際に彼女は両足の壊死により、切断を余儀なくされました。それでも、決して希望を見失う事はなかった。本当に真(←まこと)女性は強いとしか言い様がありません。
前にも挙げましたが、この流れを描くのはどうかとも思いました。ですが、覆面シリーズの根幹は盟友達を忘却させない事。そのためなら、アクドイ事以外であれば何でも用いて具現化させ続ける。当時の彼らと共に戦った盟友の1人と誓い合った概念でもあります。
小説という中での出来事ですが、その淵源が実際に同じ様な出来事が降り掛かった存在がいる事。それを知って頂けたら幸いです。カキカキをしていて、再度彼らの分まで生き抜かねばと思った今日この頃でした。頑張らねばね。




