第6話 ダンシングレディ1(通常版)
先日、スーパーカー窃盗団を総意で捕縛した事変。環状七号線をハイパーカーのパガーニ・ウアイラで疾走したのは、相当なインパクトを与えたようだ。
そりゃそうだろう。従来は普通車やトラックなどが行き交う公道を、300km以上で爆走したのだから。しかも窃盗団との銃撃戦もあった。
誰1人として死者を出していないが、俺の方は右手を負傷している。完全な油断だろう。まあこれで済むのなら安いものか、何とも。
またディーラーやパガーニ本社から特別報酬の形で、同型ウアイラとミニクーパーを頂ける事になった。爆走したウアイラは半壊しており、今はショーウインドウ内で特別展示中だ。頂けたウアイラはナツミYUに預けてある。
俺は普段乗り用でミニクーパーを愛用している。こちらの方が小回りが利くし、更に駐車スペースも楽である。喫茶店近くにウアイラを止めようものなら、大変な事になるわな。
まあ何にせよ、街中カーチェイスにより窃盗団は捕縛。以後の独自探索で親玉も潰せたとの事だ。ここはエリシェやラフィナの力が猛威を振るったが。
「手の方は大分良さそうね。」
「何とかね。」
今や喫茶店の厨房はシュームが専属の担当になっている。俺はウェイターを任される事が多い。ナツミYUは例の疾走のウアイラで有名になったのか、レース業界から注目の的だ。ディーラーに赴いてはスーパーカーのレクチャーをしている。
ミツキとナツミAは喫茶店の奥でブースを設立。そこでラジオDJのレクチャーを受ける日々である。まあ立て前はそれで、2人の話術からすれば直ぐにモノにできるわな。
「でも上手い具合に貫通したのは運が良かったとしか。」
「下手したら右手が吹っ飛んでいた可能性もあるからの。」
抜糸にも至り、今はハンドタイプのストレッチャーでリハビリ中だ。暇があれば必ずこれを行っている。幸運な事に左手を使い続ける事により、利き腕が両利きになりそうな感じだ。警護者としてはこの上ない長所になるだろう。
「ここだけの話、ナツミYUが君に相当惚れ込んだみたいよ。」
「何時もの事だろうに・・・。」
「何でもコートの恩恵で負傷を防げたと言うじゃない。」
「ああ、運転席側の防弾か。」
カーチェイス中に始まった銃撃戦。その際に着用の特殊コートを運転席側のドアに押し付けるように促した。全てが終わった後に彼女から言われたが、特殊コートのお陰で無傷だったと。実際にドアには貫通するほどの弾痕が複数あった。もしコートがなかったら負傷していたのは言うまでもない。
「君に2度も命を救われたって、返し切れない報恩があるとね。」
「狙ってやったものじゃないんだがね。」
俺がとにかく思うのは、死者を絶対に出さない事だ。それは味方であれ敵であれ同じ事。その流れでそう至るのだから、そこに無粋な考えなど抱き様もない。
「私は実力主義が生き様に近いから、結果が全てよね。諸々の結果で君に命を救われた。だから恩を返す、当然の事じゃないかしら?」
「まあそう言えばそうなんだが・・・。」
「でも君はそこに胡座をかかないからね。絶えずその先を見つめている。だからこそ、私達が慕う訳で。」
「はぁ・・・。」
俺の周りの面々は、胸中に確固たる一念と生き様が据わっている。個々に突飛したそれらは、各分野での超一流のスペシャリストそのものだ。
そう言えば異体同心の理とは、個々の分野に特化した人物が集い合って真価を発揮する。真逆の同体異心や、同体同心では全く成せないものだ。むしろ後者は人間の特性からして、絶対に在り得ない。
俺達が他方面から絶大な信頼を寄せられているのは、正にそれらの結晶そのものだろうな。だからこそ、より一層奮起できるのだが。
「何よ、非常に不服そうね。」
「勘弁して下さい・・・。」
俺の言動に不貞腐れ気味のシューム。それに落胆して見せると、苦笑いを浮かべだした。多分俺の一念は察知されているだろうから、簡潔的に締め括った。シュームやナツミYUの直感と洞察力は半端じゃないからな。
「ところで、今後の予定は?」
「何件か入ってるけど、現状は100%動けないから保留にして貰ってる。」
先日ナツミYUから受け取った資料、それを再度見直す。提示されている内容のどれもが身体を張ったものだ。今の俺には少々厳しいものがある。
「まあ簡単なものなら応じれるから、既に何件か請け負ってるけど。」
今現在請け負って、数日前から行っている依頼内容資料をシュームに見せる。それに顔を覗かせると、呆れ顔になっていくのが何とも。
「これ・・・殆ど便利屋じゃないのよ・・・。」
「まあね。それでも、俺を頼ってくれている方を無解にはできんよ。」
「はぁ・・・警護者の鏡というか何と言うか・・・。」
呆れ顔の彼女だが、人のためにという部分は汲んでくれている様子。そもそも警護者自体が人のための役割である。特に不殺生を貫きだした警護者が顕著であり、正に守護神そのものと言えるだろう。
「さて、ちょっくら動いてくるわ。」
「あ、はい。いってらっしゃい。」
厨房を躯屡聖堕メンバーに任せて、カウンターで一服中のシューム。その彼女に告げて、喫茶店を後にした。今できるとすれば、簡単な行動しかできない。
先も言ったが、抜糸はできたが完全な状態ではない。握力が顕著で、今は右手よりも左手の方があるぐらいだ。ただ俺は右利きなだけに、現状の半左利きは非常に辛いが・・・。
それから数日間は万屋的な動きに没頭した。右手の負傷からは殆ど動いておらず、身体の鈍りも相当ある。まさか右手の負傷だけで、ここまで身体の鈍りが訪れるのは何とも。
まあ周りに負傷者が出ないだけ遥かにマシだ。俺だけで済んだのなら、殆ど軽傷と言っていい。警護者の極みはここにあると俺は思いたい。
更に数日後。リハビリの甲斐あって、右手の強さはすっかり戻った。幾分か違和感はあるものの、ほぼ全盛期の動きはできている。それを知ったナツミYUから、重労働を任される事になった。
今は彼女のガレージにお邪魔している。何と愛車ムルシエラゴを分解調整しているのだ。何でも整備士免許は取得しており、俺の怪我が癒えるまで待っていたとの事だ。
頼ってくれる事は嬉しいが、まさかスーパーカーのメンテナンスに付き合う事になるとは。ある意味、幸運な事だろうな。
「両サイドに注意。」
「了解。」
俺は全くの素人なので、彼女から指摘を受けた箇所に挑むのみになる。流石にムルシエラゴの完全分解は厳しいのだが、それらを持ち前の技術や特注機器で成し遂げている。正に無双そのものだわ。
「これ、しっかり車検通るのか?」
「舐めないで頂戴な。一級整備士の免許を持ってるわよ。ムルシエラゴの分解調整は慣れが必要だったけど、それ以外の車両は殆ど問題なくできるし。」
「はぁ・・・。」
バトルスーツ着用の本気モード、背広着用の外交モード。タンクトップにミニスカートの女傑モード、そしてツナギの整備士モード。この女傑には脱帽させられまくるわ・・・。
ちなみにシュームも整備士免許を持っているとか。ただし彼女の場合はバイク専門で、特にハーレーが得意との事だ。ナツミYUの方は車専門との事。
う~む、女傑パワー炸裂と言った所か。というか母親パワーか? 何とも・・・。
殆ど専用工具の恩恵もあり、数時間で分解されていた車体は元通りになった。テスト始動をしても問題なく動いている。本当にいい仕事してるわ・・・。
休憩に入っている彼女を尻目に、ガレージ奥に待機中のウアイラを見て回った。今はここに置かせて貰っているが、実質の所有者は俺だと言い張り続けている。まあナツミYUの愛車はムルシエラゴだからな。純粋に預かっているという方が正しい。
「ムルシエラゴも良いが、ウアイラも素晴らしいよな。」
「ハイパーカーの中での上位に入るキングだからね。」
「ただまあ・・・運転はあまり好きじゃないが・・・。」
俺の場合はメカニカルな部分や車両の純粋な魅力に惹かれるという類だろう。空と海は大の苦手だが、それらに属する機体は全く問題ない。何時までも見ていたい気分になる。
「そう言えば、ミニクーパーはどうしたの?」
「喫茶店裏の駐車場に鎮座中。専ら姉妹や四天王が乗り回してるよ。」
「へぇ~。」
「彼らもスーパーカーやハイパーカーへの憧れはあるものの、小回りが利く車両の方が良いと言ってる。材料の買い出しにはグローブライナーを使っているけど。」
姉妹や四天王は例外なく、大型自動車・各種二種・牽引・大型特殊・大型二輪と大多数の免許を扱えている。工場に運ぶ材料や機材の関係上、こういった特殊車両を使うのは日常茶飯事だわ。でなければ大盾火器兵器などは絶対に作れない。
「ミツキが路面バスを買う気でいるわ。二種免許はあるから、誰でも乗せて回れる感じの事をしたいとか言ってたけど。」
「バス会社泣かせな行動しかねないわねぇ・・・。でも彼女なら、ある意味タクシー風にバスを扱うかも知れないわね。」
「だだっ広い車内に、ポツンとお客さん1人だけ乗車か?」
「アッハッハッ! 完全にシュールよね。」
ミツキの発想には俺も賛同するが、その姿を考えると笑ってしまう。というか狭い路地にはどうやって進入するのやら・・・。後方にミニクーパーでも牽引して、それも兼ねて動かすとか言いそうだが・・・。
「しかし、彼らの考えは今の世上での特効薬そのものだ。特にミツキの発案は逸脱しているが、適確に的を得ているとも言える。」
「そうね。先見性が在り過ぎると言うしかないわね。」
久し振りにウアイラの車両を堪能して、表で一服しながら休憩を取った。ナツミYUの方は後片付けに追われている。何処に何を仕舞ったとかの部分もある事から、手伝わなくていいと一蹴された。本当に苦労人さながらだわ。
しかし、こういった何気ない行動が息抜きの1つになっているのだろう。何時もは殺伐とした世界に生きるのだ。現実世界に戻れる何らかの要素は欲しい。
やはり何度も思うが、俺で彼女達を支える事ができるのだろうかと。まあ傍らにいるだけでも変わる、それが夫婦とも。俺も担うからには全力を以て支えたいものだ。
第6話・2へ続く。




