第5話 カーチェイス4(通常版)
エラい騒ぎになっている。先方にいるであろう窃盗団と警察のカーチェイスの影響か、周辺の一般車両や公共物が尽く破壊されている。
これ、連中は意図的に破壊して妨害を企てている感じか。所々にパトカーが大破している。ただ窺う所、死者は出ていないようだ。
純粋に高級車ばかりを狙う窃盗団か。しかも車の運転技術は相当な腕前のようだ。これをプラスの方に用いれば、カーレースで大金星を挙げられるのだろうに。
(マスター、聞こえますか?)
「ウインドか、どした?」
携帯が鳴り響いたので応じると、ウインドの声が聞こえてきた。傍らではダークHが何らかの指揮をしているのか、引っ切り無しに大声を挙げている。
(エリシェさんから連絡がありました。お2人は喫茶店の方に向かっているそうです。)
「例の暗号は必ず言えって伝えてくれ。」
(了解。それと窃盗団の向かう先が特定できました。今いらっしゃる場所からだと、恐らく品川埠頭だと思われます。)
「船舶で海を渡るつもりね。大至急、都内の港を完全閉鎖して下さい。またこの道筋だと環七が爆走コースになりそうなので、沿線道路は全部閉鎖を。」
(フフッ、そう仰ると思いました。既に手配済みです。数十分は掛かると思いますが、確実に閉鎖しておきます。)
「了解、後は任せて。」
卓越した運転技術で環七を爆走するウアイラ。ぶつかるのではと思うぐらいの車間距離を華麗に追い抜く同車は、周辺車両のドライバーさんの度肝を抜いているようだ。
また国内では滅多に見れないハイパーカーのウアイラ。それが環七を爆走している姿に、沿線の住民の方々は同じく度肝を抜かれているようである。
以前ウアイラの製造過程をドキュメント方式にしていた番組を見た。その中の内容では、大多数が海外に輸出されているとの事。日本の剛腕社長なら買えなくはないが、今の所国内で見かけた事はない。あるとしてもムルシエラゴなどである。
確かに場違いな車両ことウアイラだわ。しかし窃盗団を追撃するなら、これ程の適切な車両は他にないだろう。スーパーカー窃盗団をハイパーカーを駆って追い掛ける。何ともまあ。
「これ、車が苦手な奴は酔うわな。」
「まさか君もじゃないわよね?」
「フッ、ご冗談を。陸上なら絶対に負けんよ。」
一応俺の安否を確認し安堵の彼女。しかし身体は人車一体を成しているようで、一切の無駄がない運転技術には驚くしかない。俺は携帯式にした方天画戟を背中に仕舞う。そして両腰のホルスターからマグナムを取り出し弾丸を再装填した。そう言えばこれ、ミツキの愛用銃を借りっ放しだわ。
「悪い、変な気を起こしたんじゃないからな。」
一応前置きをし、運転中のナツミYUの股間近くに手をやる。それに驚愕する彼女だが、その意図を把握して股を拡げだした。
やはりそうだ。ノースリーブとミニスカート時は、股間の付け根部分に愛用の拳銃二丁を隠し持っているようだ。以前の船上の戦い、妖艶なバトルスーツ時も同じ様に装備していたらしい。そそくさげに彼女愛用の拳銃二丁を取り出し、マガジンの確認を行った。
確認したのは正解だった。それぞれの拳銃には手前に空砲数発と、その下側に実弾が数発しかなかった。威嚇射撃用の最低限の武装である。そこで俺が持参していた実弾フル装填のマガジンを、それぞれの拳銃に装填を行った。
警護者内の兵装は、効率化を図るためにマガジンなどを極力同じ仕様にしてある。ミツキが愛用のリボルバータイプのマグナムは1発ずつの装填だが、それ以外の現代風の拳銃は全てマガジン仕様である。確かに同じマガジンを使えるのなら非常に高効率である。一説だと、これにはシルフィア達が考案したようだ。流石は伝説の警護者だわ。
弾薬の確認と補充を終えて、二丁の拳銃をそそくさげに股間の隠し場所に仕舞った。出す時と仕舞う時の緊張感と言ったらまあ・・・。
「・・・はぁ、高所や水よりも緊張した・・・。」
「アッハッハッ! 貴方らしいですね!」
愛用の拳銃二丁が仕舞われるのを確認し、再び股を閉じる彼女。真顔ながらエラい赤面の彼女だが、運転の方は真剣そのものだ。そんな彼女に今の心境を語ると大爆笑しだしている。
「でも女性ならではの隠し場所、だな。」
「殿方だと厳しいものがあるからね。」
「ハハッ、違いない。」
色々な意味で女性なら秘部近くへのチェックは疎かになる。そこに必殺の獲物を仕舞うのは見事なものだ。対して野郎はほぼ無理な話である・・・。
雑談しながらも戦闘準備を怠らない。ベストの左右には合計四丁の拳銃を隠し持っている。それらの弾丸を確認し、一丁を胸用ホルスターと一緒にナツミYUに装着してあげた。
運転中での装着とあって厳しいものだが、それを物ともしない彼女は凄まじい。ちなみに今現在は危険だが、シートベルトを取って貰っての流れである。
それに隠し愛用銃を二丁持っている彼女に、別に渡したのには意味がある。あくまでその隠し二丁は隠し武器であり、目玉は今装着させてあげた獲物に据え置いた。これなら相手の目を眩ますには十分だろう。
最後に腰に装備していた日本刀。これ、鞘が通常のサイズより長い。その理由は鞘に5発までだが、ライフルの機能を仕込んであるのだ。搭載弾の確認しだすと驚愕するナツミYU。
「あー、これね。通常の日本刀だと無理なんだが、刃を小太刀にして実現できたのよ。ちなみにミツキの発案ね。」
「脅威としか言い様がないわね・・・。」
感嘆の声を挙げる彼女。確かに俺でも驚くしかない仕様である。通常の日本刀の鞘と見せ掛けて、実は小太刀とライフルを掛け合わせた日本刀仕様なのだから。
「・・・できれば、この様な物騒なものを使わないで済む世の中になって欲しいがね。」
「そうね・・・。」
「・・・しかし、力があるのに使わないのも不幸を招く。この生き様は崩さんよ。」
「フフッ、それも愚問ね。」
全ての準備を終えて一服の準備をする。火を着けた煙草を、徐にナツミYUの口に運んだ。それに小さく頭を下げて一服しだしている。俺は別の煙草を取り出し一服しだした。
しかしまあ見事な運転技術だわ。ぶつかりそうな所を颯爽と切り返しで乗り越えていく。また徐々に環七沿線は警戒網が引かれだしており、一般車両の数が少なくなっている。
当然ながらそれは窃盗団にも有位に運ぶ形になる。それだけ障害物がない環七を爆走する事ができるのだから。
まあナツミYUの卓越した運転技術からは逃れる術はない。仲間内の話だと、車両の運転技術は誰も勝てないとか。何処でどう学んだかは分からないが、彼女の腕が超絶的だという事は十分窺える。
「・・・暇だな。」
「何ならラジオとかどう?」
俺のボヤキにエラい冷静に対処する彼女。コンソールを操作してAMラジオを起動した。というかウアイラに、日本のAMラジオが搭載されているのには驚いたわ。まあディーラーのショーウインドウに置かれていた事から、日本仕様だと思える。
あ、違うか。日本仕様だとハンドルが右側だ。このウアイラは左側なので海外仕様だろう。ただイギリスなどでは日本と同じハンドルなので、海外仕様でも日本車と同じ扱いができる。うーむ、車種にも色々とあるわな・・・。
(・・・にゃっはー! みんな元気わぅかー! 今は特別番組を放送中わぅよ!)
突然の音声に2人して吹いてしまった。これ、どう聞いてもミツキの声だ・・・。何故彼女の声がラジオから、しかもAM放送から聞こえてくるんだ・・・。
(ほら茶化してないで、本題伝えなさいな。)
(ラジャー! ただ今、環七を爆走中の黒色スポーツカーに協力して欲しいわぅよ。同車が狙っているのは、ちまたで悪逆非道を働いている窃盗団。絶賛追跡中わぅ!)
(えー・・補足しますと、同車の目的は環状七号線を品川埠頭に向かっている窃盗団そのものです。ただ同番組を聞いている怖れがあるため、ルート変更の可能性も十分在り得ます。)
(大変申し訳ないわぅが、窃盗団と思われるスーパーカー強奪軍団を追い込んで欲しいわぅよ。よろしくお願いするわぅ!)
(何卒、皆様の手で窃盗団を捕縛して下さい!)
・・・これ、ミツキ以外にナツミAとエリシェの声だよな・・・。一体何処でこの放送をしているのやら・・・。まあ確かに意表を突くのには打って付けだわ。
特質的なラジオ電波のお陰か、ウアイラの前方を走る車が道を譲ってくれだした。ハザードランプを着けて、追い越し際に軽くクラクションを鳴らしてくれている。
更には一般道から繋がる道に態と車両を止めて、歩行者さんの安全を確保もしだしている。同じく通過時にクラクションを鳴らしてくれていた。
・・・無意識に涙が出てきた・・・。これ程までに協力してくれるとは・・・。
「・・・感無量とはこの事だの・・・。」
「・・・今は私情は禁物。皆さんの総意を胸に秘め・・目的を達成するのみ・・・。」
彼女の声色に気付き、顔を見ると号泣している。アサミとアユミに聞けたが、ナツミYUはかなり涙脆いとの事。それが感動を呼び起こす様なものなら尚更だという。
(勝負は一瞬、思い立ったら吉日わぅよ。こういった積み重ねが、世上から悲惨や不幸を少なくしていくわぅ。確かに悲惨や不幸の根絶は厳しいけど、諦めなければ絶対に0%にはならないわぅからっ!)
ミツキの声が響いたと同時に、車外から凄まじいクラクションの音がしだした。間違いなくこの放送に賛同した形の合図のものだろう。それが環七沿線全体に響き渡っているのだから、脅威としか言い様がない。
同時にこれはプレッシャーにもなる。このクラクションウェーブは窃盗団への揺さ振りにもなるだろう。連携を経た人々が絶大な力を発揮するのを目の当たりにしている筈だ。
・・・なるほど、ミツキ達はあの暗号で心理戦を展開した訳か。俺としては漠然と先回りして、連中の捕縛をと伝えたかったのだが。う~む、やはり彼女達は凄まじい女傑だわ。
「連中、この流れだとどう出るかね。」
「この情報を聞いているなら、別ルートを取ると思うけど・・・。」
クラクションの合図の中を疾走するウアイラ。所々に大破したパトカーがあるが、警察官の方は無事のようだ。となると、窃盗団の腕前は相当なものだな。
「ショーウインドウ前を通過時のパトカーの数は見てたか?」
「6台よね。それに大破した車両は既に11台になってるわね。」
「ひゅ~、見事な洞察眼だ事。」
この高速走行中に周りをしっかり把握しているのには驚いた。卓越した運転技術以外にも、しっかりと見定める洞察眼も持っている彼女。これだから伝説の凄腕ガンマンとして名が知れ渡るのだな。
(聞こえるか! 窃盗団と思われる連中が、品川埠頭手前でJR品川駅方面に向かったぜ!)
(こちら上空戦闘機隊より、地上のランジェリーマスターへ。以前はお世話になりました。当方からも該当される車両を追跡中。増援部隊も参戦するとの事なので、随時連絡を流します。)
最初の音声はトラックのオッサン風な感じか。次の音声には吹き出しそうになる。これ、間違いなくブラジャー作戦時に共闘した航空自衛隊員の方だ。ランジェリーマスター・・・、嫌な異名だわこりゃ・・・。
「フフッ。ある意味脅威になりつつあるわね、ランジェリーマスターさん。」
「はぁ・・・。」
ニヤケながら語る彼女に溜め息を付くしかない。変な称号的要素が確立した訳だが、それだけ実力が証明された訳だ。冗談とも取れる異名を語るのだから尚更だろう。
環七沿線の車両は殆ど協力してくれた。路肩に止めて道を譲ってくれているため、中央車線をほぼ最高速度で疾走できている。ウアイラの最高速度は370kmほどだ。超爆音を轟かせながらの走行は、さながら戦闘機に乗っている感じがする。
ただし決定的に違うのは、それが陸上から離れないからだろう。もし100mでも真上に飛ぼうものなら卒倒だわ・・・。
窃盗団の追撃は続く。携帯からのウインドの情報で分かったのだが、半ば電波ジャック的な応用で連絡を取れているとか。ミツキが実際に発動させたオーダーワンコは見事な戦術である。
またラジオリスナー風の電話連絡、多分携帯や無線からだと思われる。それらを駆使しての逐一連絡先の指示は見事な手際の良さだ。
暫くすると上空に爆音が響きだす。真上を窺うと、何とハリアーⅡが数機いるではないか。更に上空には高速で飛ぶ戦闘機がいる。あの形状からして同型の機体なのか、遠過ぎて上手く窺えない。
それもそうだろう。300km以上の超高速走行をしているウアイラの車内から、ほぼ真上の同じ高速で飛ぶ戦闘機を読み当てるのは難しい。不可能ではなさそうだが、流石にそこまで詳しくはない。
まあ今は一致団結して窃盗団の捕縛を優先するとしよう。相手はさぞかし苦汁を飲まされているだろうな。
(ランジェリーマスター! 後方から複数の車両が急接近中! そちらに迫る勢いを見ると、別のスーパーカーによる追撃か妨害かも知れません。警戒して下さい!)
長い橋を渡り終えようとした時、突然ラジオから隊員さんの声が響く。サイドミラーを確認すると、確かに急接近してくる車両が複数あった。
「破れかぶれ戦法かしらね。」
「このコートを窓際全体に押し付けておけよ。」
かなり窮屈ながら黒コートを脱ぐと彼女に渡す。それを直ぐに左側ドアの全面に押し付ける。側面は見えなくなるが、この後の展開は大体読めるから問題ない。
実はこの黒コートにも特殊スーツ同様の防御力がある。防弾と斬撃に対してはかなり高い。今現在の彼女を守る術としては、これなら問題ないだろう。
「ごめんよ。」
右側ドアを小さく叩き、そこに目掛けてマグナムを発砲した。窓ガラスが砕け散り表が露になる。それを確認すると、ウアイラをゆっくり減速させていくナツミYU。
今の窓ガラスの破損で感付いたのか、軽い衝撃が車体を襲い出す。サイドミラーを窺うと、ノズルフラッシュが見えていた。後方車両から銃撃されているようだ。
シートベルトで右脚をガッチリ絡め、そこから表に身体を乗り出す。そして両手のマグナムで後方車両を射撃した。直撃はするものの、それだけは全く怯んでいない。
「マシンガンでも持ってくれば良かったわ・・・。」
「一点集中射撃よ!」
マグナムの再装填をしつつ、彼女に指摘された戦術で再度応戦した。今度は正面左下側を連続で狙い撃ちする。前面のバンパーに当たり、衝撃で破損し吹き飛んだ。それがフロントガラスに直撃し、そのまま中央分離帯に激突して横転する。
「流石伝説のガンマン。」
「茶化さないでよ。それにまだ残ってるわ。」
「タイヤは狙えなかったが、この速度ならバンパーの直撃だけでも問題なさそうだ。」
再度再装填時も相手からの反撃もある。夥しい弾丸が襲ってくるが、その都度車両を急加速させる彼女。どうやら着弾の寸前に着弾距離を伸ばし、その威力を殺いでいるようだ。
「へぇ~・・・こんな技もあるのか。」
「相手はサブマシンガンみたいだからね。手数は多くても威力は微々たるもの。緩急を付ければ、ある程度の威力阻害にはなるわ。」
「・・・う~む、獲物がそれだけだったら良かったんだけどね・・・。」
俺のボヤキに黒コートを軽く動かして背後を窺う彼女。それに驚愕している。相手は火力不足と取ったようで、今度は本格的なヘビーマシンガンを取り出している。それを車両の屋根に配置しているではないか。
が・・・相手は空を疎かにし過ぎていた。そこに上空待機中のハリアーⅡが接近し、何とガトリングガンを撃ち出したのだ。実弾で大丈夫かと思ったが、それが車両に当たると華々しいペイントが飛び散りだす。どうやら放たれているのは模擬弾のようだ。
上空からの不意打ちに反撃しだす相手。ヘビーマシンガンをハリアーⅡに向けだしている。再び身体を乗り出して、ヘビーマシンガン目掛けて発砲した。弾丸が屋根に固定のアーム部分に当たり吹っ飛んだ。それに驚く射撃手。
逆反撃も忘れない。再びハリアーⅡからガトリングガンの射撃で盛大なペイントバーストが行われる。前方が見えなくなった車両は、前車と同じく中央分離帯に激突して横転する。
俺は上空の支援ハリアーⅡに向かって右手親指を挙げた。それに機体をバンクさせてくる。見事な連携プレイだわ。
突然だった。右手に激しい激痛が走る。右手親指合図に向かって、残りの車両から射撃を受けたようだ。例の特殊スーツも頭と両手は隠し切れない。
「だ・・大丈夫?!」
「見事な射撃だわ・・・。」
血が吹き出してきているが、右手自体に問題はない。丁度手の甲中央を打ち抜かれた形になっている。直ぐさま止血に入るが、どうやって取ったか知らないがブラジャーを手渡してくるナツミYU。
「ええっ・・・これで止血するのか・・・。」
「四の五の言わないの! 早く手当てしなさい!」
彼女の超真顔の気迫に圧倒され、そのままブラジャーで止血をした。どうやらパッドの部分を傷口に当てて、それで保護しろという意味合いだろう。
「車両は残り幾つだ?」
「2台のようね。大破した車両にいた窃盗団は取り抑えられているそうよ。」
負傷により注意力散漫状態だが、ラジオから大破した車両の窃盗団捕縛の情報が入ってきている。どうやら警察官ではなく、道を譲り渡してくれたドライバー総出によるもののようだ。うーむ、見事な連携だわ。また横転大破した車両だが、死者は出ていないとの事だ。それを聞いて本当に安心した。
「さて・・・残り2台だが、どうするかね・・・。」
「停止した瞬間に集中砲火を受けるのは目に見えているわ。このまま走り続けて、弾丸の軽減をした方がよさそうね。」
手元の二丁のマグナムは健在だが、とても乗り出しての二丁拳銃は無理そうだ。とにかく右手の負傷が痛すぎる。
(お待たせ、プレゼントを投下するわよ!)
暫くすると、何とラジオから恩師シルフィアの声がしだした。ふと上空を見上げると、別のハリアーⅡが機体下部に何かをぶら下げている。・・・まさか・・・。
そしてぶら下がったものが、ゆっくり降下されだした。それは何と大盾火器兵器ではないか。そこに弾丸が襲い掛かってくる。火線先を見ると、残り2車両からの銃撃だ。
が、背後にいる支援ハリアーⅡ2機からガトリングガンが放たれる。前と同じくペイント弾である。それで足止めという形になっていた。
超重量火気兵器の大盾火器兵器が、ウアイラの右側座席に強引に下ろされた。凄まじい重量で車体が減速しだすが、同時に加速とハンドリングで調整するナツミYU。
俺は左手を駆使して、長身側を追走中の2車両に向ける。というか中身が実弾だとすると、最悪殺害に至りそうだが。
(当然、弾は全部模擬弾だから安心して頂戴な。ただペイント弾じゃないから、十分気を付けてね。)
・・・ハハッ、全て読まれていた。大盾火器兵器のマデュースに装填されている弾丸は、全て模擬弾との事だ。ペイント弾じゃない分、威力はかなりあると見える。
「・・・ふん、最強のランジェリーマスターの力を見せてやる!」
深呼吸をした後、態と啖呵を切って見せた。それに態とらしく足を叩いてくるナツミYU。しかし攻撃の合図でもある。
大盾火器兵器のマデュースを発射、追走中の2車両目掛けて弾丸を放った。凄まじい勢いで弾丸が襲い掛かる。いくら模擬弾と言えど、半ば目の前に迫ってくる車両を狙うのだ。弾丸が車両の前面に当たり、ボンネットが見る見るうちに変形していく。
俺は可能な限りフロントガラスは狙わないようにした。この速度からの射撃だと、致死率はかなり高くなっている。人殺しなどご法度だからな。
仕舞いには変形の勢いで吹き飛ぶボンネット。それがフロントガラスに当たり、片方の車両がもう片方の車両に激突して横転する。そこに颯爽と襲撃を仕掛けるドライバーの方々。
(あー、どつきまわすは程々わぅよ?)
「・・・補足のオマケ付きか・・・何とも。」
追加情報では、今の4車両が窃盗団の車両との事だ。上空のハリアーⅡ郡が周辺を警戒しているが、目立った要素はないという連絡も入っている。
「お見事な啖呵と射撃ね、ランジェリーマスター。」
「はぁ・・・もう何とでも言ってくれ・・・。」
丁度、大盾火器兵器を抱きかかえるように座席に潜り込む。そこでナツミYUから茶化された。ゆっくりとウアイラを減速させ、完全停止した所でこちらの様子を窺ってくる。特に右手を一際気にしていた。
「お前の方は大丈夫か?」
「お陰様で無傷よ。それにこれのお陰で。」
黒コートを返してくる。そして指し示すは窓際のドアだ。相手側から運転手を狙った射撃がされていたようで、かなり着弾している。そのうちの数発は貫通もしていた。
「コートがなかったら危なかったわね、ありがとう。」
「礼には及ばんよ、無事なら問題ない。」
左手で拳を作り彼女に突き出した。それに右手拳を軽く当ててくる。笑顔が輝かしい彼女の姿に、ドッと疲労が出始めてきた。
「止血にブラジャーとか、ますますランジェリーマスターと言われるわな・・・。」
「フフッ、この際それで貫くのも1つの恐怖度よね。」
ウアイラから降りると、周りに停車中だった車両から駆け寄ってくるドライバーの方々。エラい拍手が巻き起こっている。その彼らに俺は深々と頭を下げた。
今回の追走劇はドライバーの方々がいなかったら成し得なかった。いくらオーダーワンコなる特殊暗号を発動させても、俺達だけではかなり厳しいものがある。
また長期戦を決め込んでいただけに、短期決戦で終わったのは不幸中の幸いとも言えた。紛れもない、これは多くのドライバーさんや沿線住人の方々と共に勝ち取ったものである。
このカーチェイス騒動は当然ながら大ニュースになる。しかし、しつこいような問い合わせなどは皆無なのが不思議である。
後で窺ったが、エリシェの根回しによる躯屡聖堕フリーランスの力だとか。泣く子も黙ると恐れられる彼らが関与しているとあってか、誰も触れてこなかったのだ。
また高速走行中の銃撃戦で怪我人が出たかと思っていたが、全く以て皆無だったという。奇跡とも思える展開であろう。普通なら流れ弾で被害が出ていると思うが。
それに半ばドライバーさんや沿線住人の方々という、リスナーを巻き込んだ形の共闘だ。これに一同は楽しんでいたというのが実状である。危険度が高いカーチェイスをしながらも、それを娯楽に変換させたミツキ達の手腕には恐れ入るわ。
ちなみに窃盗団の車両4台。どれも超高級スーパーカーで、パトカーの破損や公共物破損を換算すると数十億を超える被害総額との事だ。
それでも窃盗団を殆ど無傷で捕縛できた事は幸運とも言っている。誰1人として死者を出す事なくやってのけたのだから。
というか高速中で大横転したスーパーカー。乗車の窃盗団が重傷じゃないのが見事だが。う~む、これらも運が良かったと言うべきなのだろうな。何とも・・・。
数日後。ナツミYUと共に再びディーラーを訪れた。現地でエリシェとラフィナと合流し、今までの清算をする事になっている。
環七を最高速度で疾走したウアイラは、俺や窃盗団の銃撃で半壊している。仕舞いには上空から大盾火器兵器を下ろした際、フレームにまでダメージが至っていたという。
これではもうスクラップに回すしかないと思われたが、何とディーラーの特等席で永久展示するというから驚いた・・・。
1億2千万もするハイパーカーを半壊させたのには負い目を感じるが、これはこれで集客が望めるという戦略だと言う。強かな欲望であろうか。まあこのぐらいは大目に見て欲しいものだわな。
「スクラップにせず、永久保存版の展示品化か。」
「モニュメントとしては申し分ありませんね。」
かなりの弾痕が刻まれ、右側面が半壊しているウアイラ。しかしそれがカーチェイスの凄さを物語ってもいる。タイヤ周りに当たらなかったのが奇跡的だろう。
「パガーニ本社からも驚きの声が届きましたよ。カーチェイスにより半壊させたウアイラの話で度肝を抜かれたそうです。」
「ただ知名度のアップには十分すぎるとの事ですが。」
今現在、目の前には別のウアイラがある。何でもパガーニ本社から無償提供してくれたのだ。それをあろう事か俺に贈呈したいと言ってきている。開いた口が塞がらないわな・・・。
「いいじゃないの、素直に受け取っておきなさいな。」
「じゃあ、お前に託すから任せるわ。」
「これだからねぇ~・・・。」
既に新車のランボルギーニ・ムルシエラゴの納車を受けた彼女。大満足といった雰囲気だ。その彼女にウアイラを託すといったら、呆れ顔でも嬉しそうではある。ちなみにエリシェが追加で購入したフェラーリ・エンツォとF40はディーラーに返却された。
窃盗団が捕縛されて、横流しされた車両が戻ってきた。これにより元の運営体制に戻れるという。エンツォとF40の購入は窃盗団の強奪を阻止する形で行っていたため、それが解決すれば意味はなさない。ウアイラ以外は・・・。
「へぇ・・・ならいいわ。お前に預けておけば、デートに使ってくれると思っていたのだけどぉ?」
「・・・し・・仕方がないわね、預かってあげるわよ!」
俺の茶化しに大赤面で膨れる彼女。ツンデレ間違いなしだな。だが現状は助かる。この手のハイパーカーは博識の人物が扱ってこその代物だ。ナツミYUは細かい作業なら、何と自身でメンテナンスができるという。彼女に託して正解だわ。
「ところで、追加の件は本当によろしいので?」
「どちらかと言うと、俺は殺風景な車両の方が好きですから。」
粗方会議を終えて作業場の方へ案内される。そこには海外から取り寄せた、ミニクーパーが鎮座している。追加の件とはこの事だ。
「すまんな、エリシェ。」
「全然構いませんよ。むしろオーナー様とも呆れてしまったのが実状ですけど。」
「ここに展示または倉庫に待機中のスーパーカー。それらの20分の1ぐらいの価格なのが何とも言えませんが。」
「ハハッ、本当だよな。」
一応品定めをして回る。右手は銃撃により縫合をする程の重傷で、今は釣っている状態だ。左手だけで行動するしかない。ちなみにこのミニクーパーは新車ではなく中古である。それをフルレストアして新車に近い状態にして貰った。
「・・・うむ、諸々了解。暫くは乗れないが、何れ使わせて頂くよ。」
「今後何かありましたら、何でも仰って下さい。私達一同、貴方達に大変お世話になってしまいましたので。」
「了解です。今後ともよろしくお願いします。」
左手でオーナーさんとガッチリ握手を交わす。ウアイラやミニクーパーの事から、今後もここにはお世話になっていくだろう。
エリシェとラフィナは残っている打ち合わせをするというので、ここで別れる事にした。ナツミYUの愛車ムルシエラゴで喫茶店に戻る。
しかしまあ、このムルシエラゴもウアイラに負けず劣らずの格好良さだ。流線型の車体の魅力からすると、ウアイラよりも勝っているかも知れない。
まあ俺からすると、武骨なミニクーパーの方が遥かにいいのだが・・・。これをナツミYUに言ったら蹴飛ばされそうだわ・・・。
「おっかえり~わぅ♪」
「たらもっす。」
喫茶店裏の駐車場にムルシエラゴを停車、店内に入った。厨房ではシュームが格闘中、近場ではミツキとナツミAが雑務に明け暮れている。というかカウンターに恩師シルフィアがいるのには驚いたが。
「見事な手腕よね、ランジェリーマスター。」
「だー・・・またそれですか・・・。」
「決して貶しじゃなく、今では伝説的な存在に至っていますよ。」
カウンターに座ると、厨房から紅茶を手渡してくるナツミA。それを受け取り啜る。傍らにいるナツミYUは何やら資料を見だしていた。
「流石にラプターは門外不出で、ライトニングⅡは厳しい様相だから無理だったけど、ハリアーⅡなら通常配置は可能との事よ。」
「例の航空自衛隊の配備ですか。」
「その自衛隊員の方々、にゃんとシルフィアちゃんにお世話になっている経緯があるわぅよ。言わばハリアーⅡを使った実働部隊になるわぅね。」
シュームが完成させた食事を運んでいくミツキ。その中で語るは、今ではハリアーⅡの部隊が配備されているとの事だ。確かに短期間で数機の機体が揃う事はない。
「日本は軍備云々の楔があるけど、警護者の概念からすれば無粋なものだから。それだけ私達に期待を寄せてくれている証拠でしょう。」
「マスターの数々の依頼達成により、警護者の兵装が見直されています。それに不殺生の理を貫く姿勢が当たり前になりつつあるので、余計最高の装備をという流れに至っているようですよ。」
警護者の戦闘力は、それ自体が不殺生という理で覚醒しだしている。前にも述べたが、この心構えで昔よりも各段に強くなっていた。よって最高の兵装というのは正しい判断だろうな。
力があるのに使わないのは、時として不幸を招く事に繋がりかねない。力があるのなら、最大限使ってこそである。こと警護者の任務が顕著であり、敵味方問わず生存を達成させるのなら絶対に使うべきだ。
「でで、Tちゃんは暫くは非番わぅか?」
「片腕だけじゃ厳しいだろうに。」
飲み終わった紅茶を厨房に返す。それを洗って片付けるナツミA。ミツキの語りは俺の右手の負傷を察してのものだろう。
「にゃらば、次はわたがデビューわぅか?!」
「お前ならラジオDJの方が合いそうだがね。」
瞳の奥に輝く希望を見せてくる。というか彼女の存在自体が正にそれだ。ミツキを表すとするなら、希望・活力・勇気などのプラスの要素が一番似合う。
「そのラジオの一件だけど、本当にオファーが来たから驚きよね。」
「ただ出社が厳しいとなると、どちらか片方に絞らねばならないが。」
事務所の運営、喫茶店の運営。どちらも俺達の重役とも言える。その中でのラジオDJのオファーは幸運なのだろうが、激務に至ってくるのは言うまでもない。
「それならヘッドセット着用の、こういった雑務状態でオンエアも面白いかもね。」
「身近なラジオ的な感じですか。」
「いいですね。ただ禁止用語、この場合は下ネタではなく警護者業界用語などですけど。それらをどうするかになりますが。」
「それに近い発言があったら、わたが“わっけわっかめ~わぅ!”って一蹴し続けてあげるわぅよ!」
「アッハッハッ! それも面白そうね!」
う~む、日常での実際のラジオのオンエアか。普通ならスタジオでのやり取り中心で、偶に取材により街中に繰り出す事がある。それらを実際の現場で録音を開始、か。恩師の発案はラジオ業界に大旋風を巻き起こしそうだわ。
後日、喫茶店ラジオが開業される。先のカーチェイス時の声色とあり大人気を博す事に。メインパーソナリティはミツキで、補佐にナツミAと他のゲストを呼ぶ形になるとか。
元来から対人話術が優れている姉妹なだけに、新進気鋭ラジオDJに拍車を掛けている。2人からして根底が人を敬い労い、そして慈しみの精神を持つ。故に大絶賛されていく事になる。
また同喫茶店にランジェリーマスターこと俺がいるのを知って、数多くのリスナーさんから人気だという。下着を極めし者、か。嫌な異名だが、これはこれでネタとしては十分か。
う~む、警護者とは別の道に走りそうで怖いわ・・・。何とも・・・。
第6話へ続く。
追記。4分割に失敗しています@@; 1万字強は初でした@@; それと、ウアイラの華奢なボディには、大盾火器兵器は絶対に載せられず、窓から進入も無理です><; あくまで仮想設定という感じでm(_ _)m




