第4話 超長距離精密射撃2(通常版)
恐怖の何ものでもない。到着早々、大観覧車に乗ろうと言い出すミツキ。それに周りは同意するが、俺は無理矢理乗せられた形になった・・・。
「・・・・・。」
「あの、大丈夫です?」
「・・・今直ぐにでも降りたいわ・・・。」
「約17分は我慢する事ね。」
約17分も缶詰状態とは・・・。同ゴンドラは6人乗りで、左右にシュームとナツミYUが陣取っている。対面にはエリシェ・ミツキ・ナツミAが辺りを一望していた。
「・・・気絶を所望する・・・。」
「甘ったれんじゃないわぅ!」
「・・・はぁ・・・。」
「アハハ・・・。」
高所の恐怖に震え上がる俺の姿に呆れ気味の面々。しかしこの場合はニューヨークに赴いた時以上に怖い。眼下に広がる景色は壮大だが、今の俺にはとても楽しめる様相ではない・・・。
恐怖に震える俺の身体に、自分の身体を押し当ててくるナツミYU。すると対抗したのか、同じくシュームも身体を押し当ててきた。本来なら喜ばしいものだが、現状はそれでも恐怖に震え上がるしかない・・・。
「はぁ~、これでもダメかぁ~。」
「普通ならシドロモドロになりますよねぇ~。」
以後の依頼に支障を来たさなければいいが・・・。まあ周りが望むのなら、最大限応じてあげたいもの。ただ現状は・・・何とも・・・。
「・・・素直に下で待ってればよかったわ・・・。」
「女心が分かってないわぅねぇ~。」
「何時もの事のようだけどね。」
「・・・この状況の余波で、警護中に支障を来たしたらどうするんだ・・・。」
「うみゅ~、だからわた達がいるわぅけど?」
動けなくなりそうだと告げると、呆気なく一蹴された。それに周りは呆れるも笑っている。う~む、本来なら楽しむ所なのだが。この約17分の時間は恐怖の何ものでもない・・・。
「でもTちゃんの優しさが感じられるわぅよ。」
「そうね。本当に嫌なら断固拒否していたでしょう。それでも無理しても応じた部分は、マスターの優しさがあったからこそかと。」
「・・・断った時の竹箆返しが怖い・・・。」
本当にそう思う。ここぞという時に思いを炸裂するナツミYUやシュームなのだ。ここで断ろうものなら、以後何をされるか分かったもんじゃない・・・。
「でも嫌がる貴方を無理矢理には連れて行きたくありません。」
「そうよね。できれば一緒が望ましいけど。」
「・・・後でこの一声が聞けると思うよ・・・。」
俺は恩師の名言の1つでもある言葉を口にする。それに周りの女性陣は意外なほどに笑ってしまっている。女性ならではの鋭いツッコミなのだから仕方がない。何ともまあ・・・。
その後も気を紛らわすように会話を続けてくる彼女達。それに辛うじて応じつつ、残りの恐怖の時間が過ぎるのを待った。もし高所や水が怖くなかったら、彼女達と心から応じ合えるのだろうが・・・。
ようやく大観覧車が1周を終えた。表に出る面々はスッキリした表情だが、俺はミツキやナツミAに支えられねば立てないぐらいにまでヘロヘロである。
だが、丁度駅前の噴水の所に戻った時。そこの段差に座る人物を見てギョッとした。上品に缶紅茶を啜る美丈夫で、傍らにはかなりデカいアタッシュケースが置かれている。
う~む・・・まさかここで再会するとはな・・・。
「相変わらずよね。大凡の検討は付くけど。」
「は・・はぁ・・・。」
言葉では難癖を付けるが、こちらを気遣ってくれる姿は全く変わらない。しかもミツキやナツミAと同じ力を出せるため、巨体の俺を難なく段差へと座らせてくる。というか更に力が増した感じがするのだが・・・。
そして俺達の近場にいたナツミYUが血相を変える。その場に直立し、深々と頭を下げだすのだ。彼女の姿に周りの面々は驚くも、頭が下げられた人物に察しが付いて青褪めていくのである。
この美丈夫こそ青髪の鬼神、シルフィア=ザ・レジェンド。我が愛しの恩師である。
「おおぅ! 見事な覇気わぅね!」
「マスターが仰る通り、内在する命の力は半端じゃありませんね。」
案の定の展開だった。シルフィアの強さを目の当たりにしても、全く怖じずに接している。ミツキもナツミAも彼女と同じ属性からか、その場には普通の女性がいるとしか見えないのであろう。かく言う俺もそうなのだが。
「凄いわね、私を見ても怖じないのは。」
「ん~、わたには普通の女性にしか見えないわぅけど?」
「ですよ。確かに伝説的な警護者で凄まじい力をお持ちですが、マスターと同じ人の枷からは抜け出せません。それ即ち、ミツキが言うように普通の女性そのものですし。」
「フフッ、嬉しいわ。ありがとう。」
物凄く嬉しそうなシルフィアだ。こんな表情を見たのは初めてである。確かに今まで彼女と同じ属性の人間に出会った事は全くない。強面で有名なナツミYUでさえ敵わないのだ。一体誰が彼女を超えるというのか。
「それとT君。大観覧車で皆さんに言った事、しっかり言っておくべきよね?」
「うぇっ・・・ま・・任せます・・・。」
「了解したわ。」
今までの笑顔は何処へやら。最後の言葉の直後、凄まじい殺気と闘気を出して俺を見つめ出した。それに周りの女性陣は子供のように震え上がる。ミツキとナツミAは驚いているが、さほど怖がっていないのが何とも言えない・・・。
「・・・これだから男は・・・。」
「・・・面目ない・・・。」
先刻、大観覧車で5人に語った言葉。“これだから男は”が恩師の口で語られる。怖ろしいまでの威圧感だ。周りの女性陣は凄まじいまでに怯えている。
「・・・っと、粛正は終わりね。」
「今のが粛正わぅか?! 見事わぅね♪」
本来なら今の流れで、暫くは殺伐とした雰囲気が続くのが通例だ。しかしその雰囲気を見事に打ち壊すミツキに、今度はシルフィアの方が唖然としている。それに小さく笑うナツミAであった。
「初めてよ、こんな肝っ玉が据わった女性を見るのは。」
「ウッシッシッ! まだまだ甘いわぅぜぇ~♪」
「貴方の持参している茶菓子も十分甘いけどねぇ。」
「フハハハハッ! 甘かろうっ!」
これは見事なフォローだろう。シルフィアの恐怖の一撃を、ミツキとナツミAの雑談で緩和している。それに周りの女性陣が笑い出している。釣られてシルフィア自身も笑っていた。
改めて自己紹介という展開になるも、ミツキの計らいで海岸に赴く事になった。相変わらず俺は高所の余波で動き辛く、傍らを恩師に支えられての移動である。
あれだけの恐怖の言動をするも、行動には限りない優しさが込められている。これには本当に心から感謝するしかない。そんな恩師の意外な一面に、戦々恐々だった女性陣も安堵しているようだ。
第4話・3へ続く。




