第3話 暗殺者に愛の手を3(通常版)
「おかえり~わぅ!」
喫茶店に戻ると、ミツキに出迎えられた。厨房では相変わらずシュームが格闘している。出で立ちは正しく肝っ玉母さんそのものだわ。
というかカウンターに座る黒髪の女性が2人。俺達が入店して来たのを見ると、頬笑みを投げ掛けてくる。雰囲気からしてナツミYUにソックリなのだが、もしかして・・・。
「ただいま・・・って、奥の方は誰?」
「私の自慢の娘達よ。」
「アサミちゃんにアユミちゃんわぅ。」
・・・ビックリした。29歳のシュームに10歳のリュリアがいるのは自然的な流れになるのだろう。しかしアサミとアユミはそれ以上の年齢だ。となるとナツミYUの何時の頃の娘達になるのだろうか・・・。
「・・・年齢の事を知りたいようね。」
「うぇ・・・。」
エラい殺気だった表情を浮かべだす彼女。しかし言わねば分からないという事で、淡々と語りだすのは何とも言えない。
アサミとアユミはナツミYUが16歳の時に生まれた双子との事だ。双子の誕生前にご主人は逝去されている。シュームも同じで、身篭ってからシングルマザーを貫いているようだ。ちなみに双子は今年18歳との事。
「初めまして、アサミと申します。」
「アユミと申します。母が大変お世話になっているそうで。」
「ミスターTです。いや、逆にお世話になっている気がしなくはないけどね。」
エラいお淑やかな双子だ。ナツミAに近いという感じか。まあリュリアはミツキに近い。こうも母親と違う娘達の姿を見ると驚愕するしかないわ。
「時期総合学園の校長候補だそうよ。今は教師に向けて努力中との事。」
「この母親ありて、この娘達ありか。」
「このギャップが何とも言えないけどね。」
カウンターに座ると、紅茶を手渡してくるナツミA。小さく頭を下げつつ、それを受け取る。ナツミYUは娘達の近くに座っている。雰囲気自体は物凄く似ているが、気質が全く違うのが何とも言えない。
「うむぬ、雰囲気が一変したわぅね。」
「ああ。彼女は俺との鏡合わせな感じだったのかもね。」
「自分に問い掛けるように、ですね。」
娘達と雑談をするナツミYUを見つめ、一安心といった形で紅茶を啜る。ミツキもナツミAも彼女が落ち着いた事に安心しているようだ。
「俺はむしろシュームの方も気掛かりなんだが。」
「あら、ありがと。でも今は大丈夫よ。ナツミYUは相当苦労して今の姿になったからね。私は君と同じ孤児院出身だから。」
「は?! 俺は孤児院出身なのか?」
「あ、ごめん。前の記憶は失われたのよね。」
詳しい話をしだしたい雰囲気を察知してか、ナツミAが厨房を担当しだす。それに頭を下げてこちらに来るシューム。ウェイトレスは引き続きミツキが担ってくれている。
俺の傍らに座ると、徐に一服するシューム。彼女も喫煙するのか。しかもエラい哀愁がある姿だ。ナツミYUにはない、大人の女性の雰囲気が色濃く感じる。
「まず、どこから話そうかな。」
「俺の幼少の頃を知っている、と取っていいのか?」
「そうね。同じ孤児院出身で、幼い頃は一緒に過ごしていたわ。」
懐かしそうに振り返る彼女。シュームも俺が知らない俺を知っている訳か。しかも幼少の頃になると、彼女も俺の姉に近いと言える。
「私は15歳頃に孤児院を出たんだけど、君はまだ孤児院に残っていたわ。そこに貴方もご存知の恩人の方がいらして、君を引き取りたいと言ってきたの。」
「・・・シルフィアか。というか凄いわな。俺はその時は14歳だろう。彼女は俺より2歳年下だ。12歳で引き取ろうと言うのは・・・。」
「フフッ、そうね。でもあの方は9歳で警護者の道に走り出したから。6歳頃には既に学業も戦闘訓練もマスターできたと言っていたわ。」
「6歳・・・。」
開いた口が塞がらない。恩師ことシルフィアがそんな経緯を持っていたとは。というか何処で俺を知ったのかが気になるが。
「周りは子供だと馬鹿にしていたみたいだけど、それを実力で捻じ伏せていた。名実共に最強の警護者として名が知れ渡っていった。孤児院の資金提供もあの方がしてくれたとの事よ。」
「そこで俺と会った、と取るのが筋か。」
「そんな感じね。雰囲気からして取っ付き難かった君に、何かを感じたみたい。それからは色々と面倒を見だしてね。君が14歳の時に引き取ると言ってきたのよ。」
「12歳の恩師が、ねぇ・・・。」
う~む・・・年代がその人物の完成系とは言い切れない証拠か。恩師は既に12歳時で、大人顔負けの実力を得ていたという事になる。人間としても相当な人物だったようだ。そんな彼女と俺が出会ったのは幸運としか言い様がない。
「ナツミYUが言ったように、君が警護者になったと伺ったわ。彼女と同じく、この道に進むとは思ってなかったけど。」
「まあねぇ・・・。」
「しかし師弟の理は絶対不滅よね。あの方が目指していた道を、弟子たる君も進み出した。形はどうあれ、そこに師弟の流れを感じずにはいられなかったし。」
「記憶があったのなら、そう断言できたんだけどね。現状だと後から育んだ関係としか取れないわ。でも記憶は忘れても、それ以外の俺の全てが知っている訳になるだな。」
ナツミYUやシュームとの再会は、恩師シルフィアとの経緯があったからこそだろうな。あの飛行機事変で記憶を失うも、それ以外の俺自身がこの道を進めと指し示したと断言していい。本当に不思議な流れである。
「シュームちゃんにとっては弟の様な存在わぅね。ナツミYUちゃんからも同じ弟の様な存在になってるわぅよ。」
「そうだな。頼り甲斐がある姉がいて心強いわ。」
本来なら真逆の意味合いになるのだろう。俺が2人の兄的存在で支えねば、という流れになると思われる。しかし実際の年齢は2人の方が上であり、更に経験も彼女達の方が大きい。ミツキが言った弟の様な存在とは、正しくその通りとしか言い様がない。
「存在感では君の方が遥かに強者なんだけどね。覆面の警護者の異名は、私達裏稼業の人間からすれば脅威の何ものでもないんだけど。」
「そ・・そうなのか・・・。」
「依頼達成率100%以上、しかも貪欲なまでに不殺生を貫いている。更には飛行機事変で記憶を犠牲に、数々の強者達の命をも救った。これを伝説と言わないで何と言うのか。他に言い方があったら教えて欲しいわよ。」
「覆面のプレイボーイわぅ!」
「ぶっ・・アッハッハッ!」
警護者という概念からだと、俺の存在は凄まじいのだと述べるシューム。しかしミツキが別の異名を言うと大爆笑しだした。まあある意味こちらの方が合うのかも知れないが・・・。
「Tちゃんは異性にモテモテわぅよ。同性からも兄貴分として慕われているわぅし。」
「まあねぇ~。」
同性から慕われるのは認めるのだろうが、異性からモテるのには納得がいかないといった雰囲気の彼女。エラい殺気だった表情で俺を見つめてくる。この女性を曝け出す一面は、流石のナツミYUも敵わないわな。
「ま、でも私もそのクチだから何も言えないけどね。ナツミYUに負けないぐらい、君を慕っているのは間違いないわ。そこは肝に銘じておいてね。」
「う・・心得ておきます・・・。」
今度はエラい妖艶な表情を浮かべつつ俺を見つめてくる。これもナツミYUには出せない、女性の色気であろう。むしろナツミYUは純然たる恋路を好むようで、シュームの場合は殆ど我武者羅に突き進むが似合うか。
「マスターも罪な男ですよね。」
「プレイボーイわぅからね。」
「否定できん・・・。」
姉妹から毎度ながらの茶化しを入れられる。ただ今回は事実が多いので否定ができない。落胆する俺の姿にシュームは小さく笑っていた。
しかしシュームとは同じ孤児院出身だったのか。まあ孤児院を出たのが記憶を失った時の15歳の時。それ以前は一緒に過ごしていたのだろうな。
ただ同業者として共闘した事は1回もなかった。それはナツミYUもしかり。つい最近の迷子騒動時にシュームと、その後のニューヨーク依頼時にナツミYUと再会している。
後付けになるが、2人が言うには陰ながら見守っていたとの事。だが俺の方はその気配を感じる事はなかったが。アレか、姉が弟を見守る一念と。つまり自然体故に気付かなかったというのが正しいか。
ともあれ、今後は2人からのアプローチは激しさを増していくだろう。実際に血の繋がりはないので、男女間のアプローチにも発展しかねない・・・。う~む、その猛攻を支えられるかどうか微妙だが・・・何とも。
先日シュームが述べていた、都心の暗殺者の一件。あれが結構目立ちだしている。悪者のみを狙っている形から、その連中にかなり目を付けられているとの事だ。
性質が悪いのが、その都心の暗殺者はアウトローらしい。自分で独自の経路を開拓し、今の稼業を行っているという。これだけでも十分凄いものだが、ソロ故に的が絞られてしまうのは言うまでもない。
そこで先手必勝として動き出したのがエリシェだった。その都心の暗殺者を保護し、現状を伺って欲しいという依頼が入る。同じ生き様を持つのであれば同調は可能だろう。
ちなみに三島ジェネラルカンパニーやシェヴィーナ財団などの大企業連合には、実働部隊として躯屡聖堕フリーランスが着いている。国内では暴走族・ヤクザ、国外ではマフィアすら恐怖に慄くという程だ。筋金入りの戦烈の最強軍団である。
ただエリシェ本人から伺ったのだが、躯屡聖堕フリーランス自体はボランティア集団から今に至ったもの。元は暴走族が発端だが、その団結力に目を付けて独立させたというのだ。
何処でそういった恐怖の軍団という認識に至ったのかは不明だ。しかしエリシェ達にとって好都合の何ものでもない。かく言う俺達の方もそうだ。
何らかの超絶的な軍団がいれば、それがほぼ仲介役として立ち回ってくれる。特にエリシェ達大企業連合は正に中道を往き、むしろ善道寄りの軍団である。悪道に陥るのはまず無いと言い切っていい。
それにエリシェや周りの気質からして、悪道には絶対に陥らないわな。あの生き様で陥ったとしたら、俺なんか何度陥っているか分かったもんじゃない・・・。
ともあれ、何らかの超絶的な軍団が居てくれるのは有難い事だ。だからこそ、俺達裏稼業の警護者が活躍できるというものだからな。
縁の下の力持ちたる周りを支えてこそ、覆面の警護者が動けるというものだわ。
第3話・4へ続く。