第3話 暗殺者に愛の手を2(通常版)
数日後。ナツミYUに連れられて、葛西臨海公園へと足を運んだ。ニューヨークでの報酬の一件だ。まあ本音は彼女の肩の疲れを取るのが目的だが。
この時、シュームがエラい殺気だった表情で俺を見ていたのが何とも言えない。何時何処でそう思われるようになったのか不思議なのだが・・・。
恋する乙女は怖いぞ、と雰囲気で語っているようにしか思えてならない。まあそれだけ2人が若々しい証拠だろう。俺とも年齢が近いだけに、2人の姉に囲まれている気がする。
ちなみに現地へはナツミYUの愛車で移動した。ランボルギーニ・ムルシエラゴだ。本気時の時速は軽く300kmを出すこれは、緊急事の車両としても使っているそうだ。
またウインドとダークHとも顔馴染みなため、パトランプも装備しているという。つまりは覆面パトカーを装って移動可能というものか。それを罷り通る事ができるのも呆れるが。
まあ警護者という職業柄、移動手段は迅速を要する。半ば神速とも言えるだろう。そのうち自家用ヘリとか運用しだすんじゃないか・・・。う~む・・・。
一服しながらナツミYUを待つ。彼女が駐車スペースにランボルギーニを停める時、一際目立つため人だかりが出来てしまった。そんな彼らとの会話も難なくこなす姿に驚かされる。流石は学園の総合校長だろう。
彼女は幼少の頃は女優になりたかったとの事だ。独学で色々と学び、努力した結果が今のプロポーションだろう。しかし時は皮肉にも伝説の二丁拳銃ガンマンへと仕立ててしまう。その影響を及ぼした人物がシュームなのだ。
シュームの方は幼少の頃から格闘術を学んでいたようだ。それが己の生き様を断固示せるとあり、警護者の道へと進んだという。ナツミYUと同じく、パートナーとは娘が生まれる前に他界している。
何から何まで本当に似ている。ただナツミAが言うように、水と火という真逆の属性だ。気質が違うと言うべきか。本当に見事としか言い様がない。
「おまたせ。」
駅前の噴水近くで一服していると、彼女が駆け付けてきた。何だかんだで数十分は雑談をしていただろうか。公私共に一切の抜かりない動きは流石である。
「まるで女優のようだったな。」
「フフッ、まあね。」
「本当なら、その生き様の方が幸せだったのかも知れないがね。」
皮肉を込めて語った。彼女の持ち前の明るさからすれば、警護者という裏稼業よりも表稼業の方が性分に合うだろう。それがこの道を選んだ事に何とも言えない気分になる。
「全く問題ないわ、私自身が選んだ生き様だもの。後悔するぐらいなら、最初からこの道は選んでないから。」
「まあねぇ・・・。」
シュームの影響で警護者に至ったという事だが、それ程までにこの裏稼業を挑む部分が不思議でならない。かく言う俺も同業者故に、これを言ってしまえば釈迦に説法だがな。
「一時期、止めようと思っていたのよ。粗方資金郡は稼げたし、後は学園の総合校長で余生が過ごせそうだったから。」
海岸方面へと歩きながら会話を続ける。午前中の到着だったため、彼女お手製の弁当を持参してのものだ。娘達以外での弁当作成は、昔を思い出すと言っている。
「でもどうしても外せない理由が出来ちゃってね。今もこの道を貫いている訳よ。」
「・・・俺の記憶喪失の一件が発端か?」
「読まれちゃったかぁ・・・。」
「何とも。」
苦笑いを浮かべる彼女。この裏稼業を止めるとなると、相当な決意が必要だろう。しかしその一念を打ち消すような出来事が起きたとするなら話は別だ。俺が記憶を失う事変が、彼女のその思いを踏み止ませたようだ。
「君に命を救われたのよ。しかも回復した君は警護者の道に進みだした。ここで陰ながら支えないと忘恩になりかねない。」
「俺が思うに、当時の俺もお前の望む生き様を願ったと思うけどね。恩返しを期待しての行動だったら、間違いなくその事変は起きていない。」
「ええ、そうね。でもそれ即ち、私達全員この世にはいないかもね。」
淡々と語るが、その言葉には凄まじい重さが秘めている。もし当時の俺が行動をしてなかったのなら、飛行機は墜落して全員死亡していただろう。当時の俺の一念は分からないが、全員を助けたいと思ったのは間違いない。
ソッと俺の手を握ってくるナツミYU。顔を窺うと目で安心しろと語り掛けてきた。こちらの心中を察した形のようだ。その手を優しく握り返した。
「どんな形であれ、貴方は私達を救ってくれた。記憶を犠牲にしてまで。これに恩返しと思わないのは、人としてどうかしてるわよ。」
「う~ん・・・そこまで固くならなくていいんだけどね・・・。」
「そこはもう貴方の座右の銘よ。誰彼がどうこうじゃない、自分自身がどうあるべきか。それが重要だと、ね。私は私の生き様を通して、貴方に恩返しをし続ける。それが私のどうあるべきか、よ。」
手繋ぎから腕絡みへと変えてくる。その思いが行動に滲み出てきているかのようである。そこに愛情も絡めば、より一層強い一念へと化けてくるだろう。むしろこれが彼女の断固となる一念や生き様とあるならば、心から応じなければ俺の生き様に反するわ。
「・・・俺はお前の生き様にどう応じればいい? お前の思いを無解にはできない。俺にできる事は最大限応じてあげたい。」
「ありがとう。今は今のままでいいわ。これからも同業者として良き相棒になれれば幸いだから。でも全てが終わったら・・・貴方と一緒になりたい。」
「分かった。お前がそう望むなら、俺は心から応じる。しかし今はまだ待ってくれよ。」
俺の返答に涙ぐみながら頷くナツミYU。告白へ応じた形になるが、それを彼女が望んでいるのなら応じねば失礼極まりない。生き様には生き様で応じる、それが俺のスタイルだから。
彼女の再会と今の流れは、どうやら昔から定まっていたようだ。記憶を失う前の俺自身が接しているのなら、相当な期間を過ごした事にも繋がる。当時の俺が何を抱いていたかは全く分からないが。
ただ1つだけ言えるのは、己の記憶を犠牲にしてまで彼らを救ったという事だ。実際に自分の記憶が失われているのが事実であり、ナツミYUなどの強者からは報恩を抱かれている。
ナツミYUの言動は、己を確かめさせてくれているかのようだ。己が過去に行った行動を、恩返しとして示してくれていると。
ならば、その彼らに応じねば俺として失礼極まりない。恩には恩で返す。それが今の俺が貫く生き様だ。これは今後も曲げるつもりは毛頭ない。
海岸まで歩くと、近場の段差に腰を下ろす。そこで持参した弁当を食べる事にした。彼女のお手製のとあって、中身は物凄い豪勢なものだ。気合いの入れ様が違う。
流石は現役主婦だ。今も娘達には毎日弁当を作っているという。数日間の裏稼業に赴く際は仕方がないが、それ以外は必ず母親を徹底しているとの事。
何だか伝説の二丁拳銃ガンマンが成せる技とは思えないわ。このギャップは見事としか言い様がない。だからこそ今も強さを固持できるのだろうな。
あれよあれよと食が進む。心の篭った弁当は会心の出来だ。その俺の姿に笑顔で見つめてくれている彼女。う~む、これが家庭という味なのだろうな。
「のどかだねぇ・・・。」
「ノホホン気分ね・・・。」
昼食を終えると、再びのどかな雰囲気に戻った。俺を段差の少し奥側に座らせると、そこに彼女が座ってくる。丁度胸の中に収まる形だ。身体の方は俺の胸に寄り掛かってきている。
「・・・こんなに落ち着いた気分になれたのは、生まれて初めてね。」
「掘り返し失礼だが、ご主人とは?」
「若さ故の過ち、な感じかな。でもその瞬間は愛していたのは事実よ。シューム先輩も全く同じ。だから今もこうして付き合えるの。」
「なるほどな。」
恋は盲目・若さは勢い、か。当時の彼女やシュームの状況は分からないが、娘達がいるという現状は大体察しが付く。ただ純粋に恋路に走っているのは今なのだろう。
「そうね、君が思った通りかもね。今が恋路まっしぐらな感じ。」
「心中を読みやがった・・・。」
「あのね、女を甘く見過ぎよ。ナツミAさんが仰っていたように、女の直感と洞察力は半端じゃないからね。君の心境なんか手に取るように分かるわよ。」
「怖いのぉ・・・。」
不貞腐れ気味にぼやく彼女。ただ実に嬉しそうにしているのが何とも言えない。それだけの思いを抱いてくれている証拠だ。本当に感謝に堪えない。
両手を彼女の腹に回し、背後から優しく抱き付く形にした。すると脱力する様な形で身体を委ねてくる。この華奢な身体があの動きをするとはとても思えない。
「・・・警護者が家庭やパートナーを持つのを嫌う理由が分かる。」
「失うものの痛み、か。または足枷になりかねない。」
「そう。娘達を公にしないのは、巻き込まれたくなかったから。後輩やOBの方にずっと委せ切りにしてしまっている。母親としては失格よね。」
失うものの痛み。それは単に表す事ができない程のデカい要素だ。これを理解できねば、本当の痛みを知る人物にはなれん。いや、理解しようとする心か。
「さっきの弁当もそうだが、母親としてしっかり動いているそうじゃないか。それを娘達はしっかり見ていると思うよ。それに殺しじゃなく、人助けを主軸にしている。この生き様は誇れるものだと思うがね。」
「ありがとう・・・そう言ってくれると嬉しい。」
「それにお前は誰なんだ? 伝説の二丁拳銃ガンマン、結城奈津美(ナツミ=ユウキ)じゃないのか? 誰もが畏怖の念を抱く凄腕の警護者。しかも殺しをしない戦術を展開する様はレジェンドそのものだと思うがね。」
あれだけの動きをしながら、急所を狙わずに沈黙させる技術。完全に常識を逸脱している凄技としか言い様がない。今までどれだけの努力をしてくれば至るのか。俺でさえまだまだ甘いと感じるぐらいなのに。
「・・・何か貴方に全てを見透かされている感じがする。」
「お前が俺自身に近いからかもね。お前に言っている言葉は、俺自身に言い聞かせている気がするよ。今でも不安さ、この生き様を貫く部分は。」
彼女の顔に当たらないように一服をする。すると俺の煙草ケースから1本取り、同じく一服をしだした。何度も思うが、この一服する様は本当に魅力的なワイルドウーマン像である。
「不安や恐怖は常に付き纏う。獲物は相手や自分を殺害しかねない凶悪なもの。しかしそれらを駆使して生き様を示せるなら、後は努力以外に方法はない。」
「不殺生の道を貫くための技術よね。並々ならぬ業物になってくるけど。」
「それも俺が選んだ道だ、後悔はしてないよ。お前も同じ思いだと確信している。」
「そこは愚問よ。でなければ、既にこの道から身を引いているわ。」
一服を終えて力強く語るナツミYU。声色からして、これが心の固さだな。俺の方も一服を終えると、再び身体を委ねてきた。
「フフッ、ミツキさんの言葉が分かる。今の貴方の言葉は誘導尋問ね。」
「まあそんな形だろうな。でもお前のここの決意は知れたから安心したよ。」
右手親指で彼女の両胸の間を優しく叩いた。それに小さく頷いている。心こそ大切に、正しくそう思うわ。どんな生き様であれ、一念が据われば絶対不動のものとなる。これだけが俺が今までに学んだ集大成的なものである。
「今後は今以上に大変になるだろうが、恐れるものなどないわ。」
「皆さんいらっしゃるし、貴方もいるし。」
「ハハッ、その意気だ。」
ゆっくりと立ち上がり身体を解す。彼女も起き上がり、同じ様に身体を解しだした。ここに訪れた時の不安げな雰囲気は全く感じられない。真女性は強いわ・・・。
背面を向いていた彼女をこちらに向け、顔を優しく掴む。それに驚くも、後の展開が読めたようだ。というか彼女の方から唇を重ねてきたのには驚いたが。この積極性は見事だわ。
長い口付けから解放されると、胸に顔を埋めてくる。こちらも優しく抱き締めてあげた。少しでも彼女の心の隙間を埋められれば幸いである。
ニューヨークでの依頼の報酬を頂く形になったデート。というか逆デートというのだろう。来る時と帰る時とでは雲泥の差のナツミYU。この姿を見ると、こちらも嬉しくなる。
一時の安らぎを終えて、地元へと帰路に着いた。今度も彼女ご自慢の弁当を食べたいものである。それを述べたら、お安いご用だと言われたが。何とも。
しかしまあ・・・このハイパーカーには驚かされる。ランボルギーニ・ムルシエラゴ自体、数千万はする超高級車である。フェラーリやポルシェなどもそうだが、こういった車両に乗る機会は滅多にない。
俺の方はハーレーサイドカーとグローブライナーを持っている。警護者をカモフラージュするために、長距離トラックの運転手を装う事もあった。それが大型自動車と牽引の免許である。ハーレーサイドカーは趣味ではあるが・・・。
俺は武骨な車両の方が性分に合う。ナツミYUの愛車には惹かれるが、実際に運転するという勇気はないが・・・。
第3話・3へ続く。