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人質姫と忘れんぼ王子  作者: 雪野 結莉
10章 待ち惚け王子
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次の約束

「でも、パン屋さんにたまに遊びに行くわよ?」

 クッキーも置いてもらうのだし、それを食べるお客さんも見たいし。


「じゃあ、オレがパン屋さんに買い物に行ったら、ロッテに会えますか?」

 ライが真面目な顔で聞くので、嘘がつけなくて、こくりと頷いた。

「えー、と。ライの運がよければ、会える、かな」

 満面の笑みを浮かべてライは言う。

「大丈夫。オレ、運はいいんだ。あの森の、あんなに絶望的な状況で、キミに会えただろう」

 とろけるような笑顔でそう言うライを、私は否定することができなかった。

 確かに、あんなところで倒れていて見つけられるのは運がいいだろう。


 視線を窓に移すと、外は薄暗くなってきている。

「いけない! もう帰らないと」

 すっかり時間が経つのを忘れていたわ。

 ガタンと椅子から立ち上がると、ライが私の手を取った。

「そこまで送っていく」


 ライは自然な形で私の腰に手を回し、そのまま出口までエスコートしてくれた。

 貴族以外の人も、こんなエスコートをするんだ……。

 ……食堂の中で。

「家は聞かないよ。どこまでなら、送ってもいい?」

「えっと、乗り合い馬車の乗り場までなら……」


 そうして、私とライのふたりで、ゆっくりと表通りまで歩いて行く。

「今日はあの日着ていたワンピースなんだね。髪はあの日と違ってきっちり編み込んでいるけど、それもよく似合ってる」

 そう言われて、私は急に恥ずかしくなった。

 お出かけに着ていけるワンピースがこれしかないからだ。

 あとは、お城の中で着ている、なんの飾りもないワンピースだけ。


「……そんなこと言わないで。あまり服を持っていないの。他にはお仕事の服しかなくて。でも、これは初めて私のためだけに買ってくれた服なの。だからとても気に入っているけれど……」

「ご、ごめん。オレ、そんなつもりじゃ」

「ううん。いいの。アーサーが許してくれてパン屋さんで働けたら、お給料もらえるかしら? そうしたら、自分で服を買うわ。その時にまた褒めてくれる?」

 ライは必死な顔で返事をする。

「もちろんだよ。きっと、ロッテは何を着ても可愛いよ」

「ふふ。それじゃあ服を褒めてくれないのね」

「そういう訳じゃないけど……。でも、今仕事の服はあるって言ったのに、お給料もらってないの?」


 仕事って言っても、私のメインの仕事は人質だし、侍女の仕事にお給料はもらえない。だって、侍女は趣味でやっているのですもの。

「お給料、もらってないというか、先払いで払われたからもうもらえないと言うか……」

 私がつぶやくように言うと、心配そうに私の目を覗き込む。

「先払いでもらったのに、手元に残ってないのか?」

 もらったの、私じゃないし。

「多分、ないわね」

 元々、支払ってもらったのではなく、賠償金の減額をしたのだから残るはずもない。

「キミがもらったんじゃないの……?」

「まあ、そうね」

「じゃ、誰が?」

 国王も王妃も私の本当の両親ではないし……。

「私の両親のフリをしていた人?」

 育ててくれた人と言いそうになったけれど、私を育ててけれたのはマリーだ。


 ライは悲しそうな顔をして、私を見た。

「本当のご両親は?」

「……ごめんなさい。言いたくないわ」

「じゃあ、マリーやアーサーは家族じゃないんだ」

「そう。でも、家族ではないけれど、私のことを心配してくれて、とてもよくしてくれてるの。私にとっては家族も同然よ」

 マリーたちのことを思って、自然と笑顔が溢れる。

 マリーやジュディ、アーサーがいてくれれば、私は大丈夫。


 ライは少し考えるような素振りをする。

「じゃあさ、服、オレがプレゼントしてもいいかな」

「理由もなく他人から物をもらえないわ。それに、パン屋さんでお給料もらったら、自分のお金でお買い物してみたいの」

 自分のお金で自分の買い物をする。

 どうしましょう。考えただけでワクワクするわ!


「……でも、さっきその服は買ってもらったって言っただろ。それって、その、男?」

 モジモジと私を見るライ。

「まぁ、あの時は服がなかったからやむにやまれぬ事情だったし……。買ってくださったのは確かに男性ですけど」

 くっ、と息を飲むライ。


 ギルバート様は男性なので、間違った事は言っていないはず。

「ちょっと待って、服がなかったって……、その、もしかして、その男が……」

「その男性は勤め先の人で、その人と行動するのに仕事着ではいけない時があって買っていただいたのです」

 ライはホッと息を吐く。

「そうか。それならいいんだ」


 訳の分からない話をしているうちに、乗り合い馬車の乗り場まできた。

「では、ライ。ありがとうございました。もう、お会いできて、お礼も言っていただきましたから、あとはきちんと体を治してお仕事してくださいね」

「……また、キミに会いたいんだけど……」

 別れ際、ライは繋いだ手をなかなか離してくれない。

 馬車が出てしまったら困るのだけど。

「? もう、用はないでしょう?」

「用がなきゃ、ダメ? 用がなくてもロッテに会いたい」


 あぁ、もう御者さんが出発の準備をしている。

「いえ、またお会いできたらいいですわね。私もトランケに顔を出しますし、パンも買いに来てくださるのでしょう?」

「オレは運はいいと思ってるけど、そんな偶然じゃなく、もっと早く会えたら……」

 もう!本当に行かなきゃ。馬車が出そう!

「では、2週間後にまた町に来ますわ。私、本当にもう行かないと。またお会いしましょう。ごきげんよう。さようなら」


 ライは2週間後と日にちを言ったら、あっさりと手を離してくれたので、私は急いで馬車に乗った。

 その後、すぐに馬車は出発したが、嬉しそうな顔のライは、見えなくなるまで手を振っていた。


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