お城のパンの味
「ロッテとわかれてから、ずっとロッテのことを考えてた。家で寝てろって言われても、トランケに来てしまうくらい」
「そうですよ、ロッテさん。ライはあなたが来るのをずっと待ってたんですよ。もう、店の邪魔になるくらい。そして毎日待ち惚け」
「うるさい!ロジャー。あっちに行ってろ」
「ここはオレの店なんですけどね」
ロジャーさんはおどけてそう言い、カウンターの中で洗い物を始めた。
「ごめんなさい。そんなにライが待っていてくれたと思わなくて」
「いや、いいんだ。オレがロッテに会いたくて、勝手に待ってただけだから」
私はジュースを両手で持って、少し俯いた。
自分のことに夢中で、気が回らなかったわ。
あんなに具合の悪かったライが、毎日ここで待っていたなんて…。
「ほんとにごめんなさいね。もう、ほんとに体は大丈夫なの?傷は大きかったみたいだから、心配してたの」
これは本当。
あれだけ出血していたから、治っても歩けるのか心配していた。
「あぁ、不思議なことに治りもすごく早くて。侍医、いや医者も不思議がっていたよ」
じい、おじいさんのお医者様なのかしら…。
「でも、それならよかったわ」
私も役に立てたのね。
にっこり笑う。ひとりぼっちで塔の上にいるしかなかった私じゃない。
誰かの役に立てるんだ。
急にライが私の手を握る。
「あの、お礼に食事でも!今日この後予定ある?」
予定はないけれど、夕食は私が帰らないとジュディがひとりで取ることになるし、帰りが遅いと心配をかけてしまう。
「ごめんなさい。早く帰らないといけないの」
「でも、でも少しくらいなら時間、ある?全然ダメかなあ…」
ライが少し元気がなくなってくる。
そんなライをロジャーさんが心配そうに見る。
「ライ、それならすぐ用意するから、ここで一緒に夕飯を食べたらどうですか?テーブル席を用意しますよ」
「いや、こんなところじゃなくて、もっとオシャレなお店がいい」
「ライ…悪かったですね。オシャレな店じゃなくて…」
ロジャーさんが不貞腐れる。
「ほんとにごめんなさいね。ご一緒出来なくて。これ、お詫びじゃないですけど、もらい物のパンなの。よかったら召し上がってください」
いろいろなパンを試して焼いたので、たくさんもらったのだ。
マリーとアーサーの二人じゃ食べきれないからって。
パンを見せると、ふたりはほっこり笑った。
ロジャーさんがカウンターから手を伸ばす。
「これはふっくらと美味しそうなパンですね。ロッテさん、ありがとう」
袋から出したパンを見て、ロジャーさんは一口分をちぎって食べてみた。
「ん、これは…。ライ、ちょっと食べてみてくださいよ。とても美味いです。お城で食べるようなパンですよ。この辺では食べられないような」
ライも一口分ちぎって口の中に放り込む。
「確かに、城で食べるパンのように美味い…」
まあ、マリーは城勤めで厨房にも入ってたんだから、マリーのパンが美味しいのは割と当たり前。
一瞬、自慢をしたいような衝動に駆られるが、ふと違和感に囚われた。
「あの、お二人はお城でお食事されるような方なんですか?」
ピタッとふたりの動きが止まり、急にライはブリキのおもちゃのような動きになった。
「そ、そんなことはない。けど…」
ライが口籠ると、ロジャーさんが話し出す。
「オレは元々騎士団にいたんで。何年も前に足を怪我して騎士としては働けなくなったんで、こうしてこの店をやってるんですよ。騎士だった頃は、たまにご褒美があって、祝賀会というか食事会をやってもらえたんです。いやあ、その時に出た食事の美味しかったこと。オレが店をやろうと思ったのは、あの食事があったからですね」
懐かしそうに目を細めて、ロジャーさんは腕を組んだ。
そうか。お城の食事はそんなに美味しいのか。
私たちは自分で作っているからわからないけれど、今度ポールに聞いてみよう。
「ロッテさん、このパンは誰が焼いたんですか?よかったら、紹介してもらえませんか?是非店に卸して欲しい」
ロジャーさんが真剣な顔で言う。
「あの、表通りの端っこにパン屋さんがあったと思うのですが、」
「えっ、あのパン屋はもうなくなりましたよ」
「いえ、別の人があそこでパン屋さんをやるんですけど、その試食なんです。オープンしたら、行ってみて交渉してもらえますか?」
私がロジャーさんにそう言うと、急にライが元気よく会話に入ってきた。
「パン屋さんって、ロッテはパン屋さんの娘なの?」
「違うわ。マリーとアーサーがお店を持つの」
マリーとアーサーの名前を出すのを躊躇ったけれど、どうせオープンしたら、ここのご近所様になるのだし、下手に隠すよりかはいいと思う。
「え、じゃあ、ロッテはそこで働くの?」
何故かライが嬉しそうな顔をする。
「いいえ。あそこはマリーとアーサーの店なの」
私の言葉を聞いて、ライは落胆した。
…ほんとに、何故?




