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人質姫と忘れんぼ王子  作者: 雪野 結莉
10章 待ち惚け王子

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お城のパンの味

「ロッテとわかれてから、ずっとロッテのことを考えてた。家で寝てろって言われても、トランケに来てしまうくらい」

「そうですよ、ロッテさん。ライはあなたが来るのをずっと待ってたんですよ。もう、店の邪魔になるくらい。そして毎日待ち惚け」

「うるさい!ロジャー。あっちに行ってろ」

「ここはオレの店なんですけどね」

 ロジャーさんはおどけてそう言い、カウンターの中で洗い物を始めた。


「ごめんなさい。そんなにライが待っていてくれたと思わなくて」

「いや、いいんだ。オレがロッテに会いたくて、勝手に待ってただけだから」

 私はジュースを両手で持って、少し俯いた。


 自分のことに夢中で、気が回らなかったわ。

 あんなに具合の悪かったライが、毎日ここで待っていたなんて…。

「ほんとにごめんなさいね。もう、ほんとに体は大丈夫なの?傷は大きかったみたいだから、心配してたの」

 これは本当。

 あれだけ出血していたから、治っても歩けるのか心配していた。


「あぁ、不思議なことに治りもすごく早くて。侍医、いや医者も不思議がっていたよ」

 じい、おじいさんのお医者様なのかしら…。

「でも、それならよかったわ」

 私も役に立てたのね。

 にっこり笑う。ひとりぼっちで塔の上にいるしかなかった私じゃない。

 誰かの役に立てるんだ。


 急にライが私の手を握る。

「あの、お礼に食事でも!今日この後予定ある?」

 予定はないけれど、夕食は私が帰らないとジュディがひとりで取ることになるし、帰りが遅いと心配をかけてしまう。

「ごめんなさい。早く帰らないといけないの」

「でも、でも少しくらいなら時間、ある?全然ダメかなあ…」

 ライが少し元気がなくなってくる。


 そんなライをロジャーさんが心配そうに見る。

「ライ、それならすぐ用意するから、ここで一緒に夕飯を食べたらどうですか?テーブル席を用意しますよ」

「いや、こんなところじゃなくて、もっとオシャレなお店がいい」

「ライ…悪かったですね。オシャレな店じゃなくて…」

 ロジャーさんが不貞腐れる。

「ほんとにごめんなさいね。ご一緒出来なくて。これ、お詫びじゃないですけど、もらい物のパンなの。よかったら召し上がってください」

 いろいろなパンを試して焼いたので、たくさんもらったのだ。

 マリーとアーサーの二人じゃ食べきれないからって。


 パンを見せると、ふたりはほっこり笑った。

 ロジャーさんがカウンターから手を伸ばす。

「これはふっくらと美味しそうなパンですね。ロッテさん、ありがとう」

 袋から出したパンを見て、ロジャーさんは一口分をちぎって食べてみた。


「ん、これは…。ライ、ちょっと食べてみてくださいよ。とても美味いです。お城で食べるようなパンですよ。この辺では食べられないような」

 ライも一口分ちぎって口の中に放り込む。

「確かに、城で食べるパンのように美味い…」

 まあ、マリーは城勤めで厨房にも入ってたんだから、マリーのパンが美味しいのは割と当たり前。

 一瞬、自慢をしたいような衝動に駆られるが、ふと違和感に囚われた。


「あの、お二人はお城でお食事されるような方なんですか?」

 ピタッとふたりの動きが止まり、急にライはブリキのおもちゃのような動きになった。

「そ、そんなことはない。けど…」

 ライが口籠ると、ロジャーさんが話し出す。

「オレは元々騎士団にいたんで。何年も前に足を怪我して騎士としては働けなくなったんで、こうしてこの店をやってるんですよ。騎士だった頃は、たまにご褒美があって、祝賀会というか食事会をやってもらえたんです。いやあ、その時に出た食事の美味しかったこと。オレが店をやろうと思ったのは、あの食事があったからですね」

 懐かしそうに目を細めて、ロジャーさんは腕を組んだ。


 そうか。お城の食事はそんなに美味しいのか。

 私たちは自分で作っているからわからないけれど、今度ポールに聞いてみよう。

「ロッテさん、このパンは誰が焼いたんですか?よかったら、紹介してもらえませんか?是非店に卸して欲しい」

 ロジャーさんが真剣な顔で言う。

「あの、表通りの端っこにパン屋さんがあったと思うのですが、」

「えっ、あのパン屋はもうなくなりましたよ」

「いえ、別の人があそこでパン屋さんをやるんですけど、その試食なんです。オープンしたら、行ってみて交渉してもらえますか?」

 私がロジャーさんにそう言うと、急にライが元気よく会話に入ってきた。

「パン屋さんって、ロッテはパン屋さんの娘なの?」

「違うわ。マリーとアーサーがお店を持つの」

 マリーとアーサーの名前を出すのを躊躇ったけれど、どうせオープンしたら、ここのご近所様になるのだし、下手に隠すよりかはいいと思う。


「え、じゃあ、ロッテはそこで働くの?」

 何故かライが嬉しそうな顔をする。


「いいえ。あそこはマリーとアーサーの店なの」

 私の言葉を聞いて、ライは落胆した。


 …ほんとに、何故?

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