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人質姫と忘れんぼ王子  作者: 雪野 結莉
9章 帰城

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そのお店は

 マリーたちの家を出て、私とギルバート様は馬車に乗り込んだ。


 ギルバート様の手には、マリーとアーサーの私物が握られている。


「それはどのように使うのですか?」

「森のボナール側の国境前にばら撒く。盗賊に殺されたように偽装するなら、その辺りがいいだろう。あんまり遠くにおいて、ボナールの手に渡らなければ意味がない」


「…ランバラルドに移民を希望するくらい、今のボナールは酷いのでしょうか」

 思わず沈んだ声でギルバート様に問いかけてしまった。


「きちんとした政治が行われていれば、問題ない程度だ。雨が降らなかった期間もあるようだが、干ばつというほどでもない。ずっと畑をやっていれば不作の年もあるだろう。その程度のはずだが、王が不作の年も何も対策を打たない。それどころか、納税義務は重くなっているようだ」


 思わず唇を噛む。

 あの人たちは、一体何がしたいのだろう。


 あぁ、でも、もう国外に追い出されてしまった私には、どうする事もできない。

 とても悔しい。


 膝の上でぎゅっと手を握り締めていると、ギルバート様は多分話を変えてくれようとして、私に話しかけた。

「ところで、刺繍はどれくらい進んでいる?」


 …はっ、刺繍、全然やっていない…。

「次に出席しなければならない夜会にポケットチーフとして持っていきたいが、どうだろう」


「あの、ギルバート様。私はこの数日忙しくてですね」

「わかっている。大丈夫だ。夜会は来月だからな。間に合うように、精進しろ」


 ギルバートがとても良い笑顔で無理を言う。

 私は「はい」と答えるしかできなかった…。



 離宮に戻り、私はジュディにマリーたちの住む家の話をして、明日ふたりで様子を見に行くことにした。

 短時間なら一緒に出ても大丈夫だろう。

 リビングで紅茶を飲みながら話をしていたけれど、暖かい紅茶で体があったまり、こっくりこっくりしてくる。


「姫様、お疲れなんですよ。もう今日はお休みになってください」

 ジュディに言われて自室に入る。


 着替えてベッドに入ると、心の底からリラックスできた。

 やっぱり、マリーの事を考えるとここ数日は寝た気がしなかったし、国境付近へ出かけてからは忙しかったし。

 やっと帰ってこれて、自分のベッドに横になれて。


 すぐに睡魔がやってきて、私は夢の中へと落ちていった。





 朝、起きると私とジュディはメイド服に着替えて、本宮のメイドの休憩室や厨房に顔を出し、ちゃーんと離宮にいますよアピールをしておいた。

 少しの間、本宮に姿を見せなかったのは、ジュディが寝込んでいて、ロッテひとりで離宮の仕事をしていたということにしてある。


 それぞれへ顔を出し終えると、ふたりとも私服に着替えてお城の外に出た。

 ジュディの手には、朝からふたりで作ったサンドイッチが入っている。

 お昼をマリーたちと食べて、夕方に離宮に戻る予定だ。


 私たちは馬車を呼べないので、お城のすぐ下にある乗り合い馬車を使って町まで行く。

 記憶を頼りに町の中を歩くと、本通りの端っこに昨日マリーたちと別れたあの店があった。


 closeの看板を避けて中を覗くと、すでにマリーとアーサーは店の中の片付けをしていた。

 ドアを開けると、ふたりがこちらを向く。

「姫様、おはようございます。ジュディ、おはよう。まだどうしたらいいかわかりませんが、ひとまずホコリをかぶっていたので掃除をしていたところです。あちらのテーブルはもう綺麗ですから、あちらへどうぞ」

 マリーがニコニコとテーブルに案内してくれた。


 厨房はすぐ使える状態だったらしく、マリーがお茶を入れてくれる。

 私たちは朝から作ったサンドイッチを出し、早速昼食を取ることにした。


「まだ、なんの店をやるか考えてないけど、掃除だけはやっておいた方がいいかと思って…」

 アーサーが腕を組みながら言う。


 今まで剣一本でいた人が、いきなり商売と言われても困るのだろう。


「ここがお店になったら兄さんが店主になるのよね。兄さんがやるなら力仕事がいいんじゃない?便利屋さんとかどお?」

「働き手がオレ一人じゃ無理があるだろ」


 マリーが手にしたサンドイッチをじっと見つめて言う。

「もともとパン屋さんだったし、そのままパン屋でもやろうかねぇ。料理ならわたしもできるし、私が姫様の元で城勤めする頃には、アーサーがかわいいお嫁さんをもらって、あとは二人で切り盛りしたらいいかしらねぇ」

 私は手を上げて賛成する。

「パン屋さん!いいと思います!このままイートインもあるなら、私も外出のついでに寄って、マリーの紅茶を飲むこともできるし!」


「…って、姫様。いつまでメイドやるつもりなんですか…。わたしが母さんから怒られます」

 ジュディがじと目で見るけど、気にしない。


 アーサーも不満はないようで。

「オレが嫁をもらうところは想像できないが、パン屋なら便利屋のように外に派遣されるわけじゃないから、母さんとふたりでもなんとかなりそうだな」


「そうしたら、私が人質ではなくなったら、ここで雇ってもらえますか?」

 3人は私を見つめてにっこり笑う。

「もちろん。そうしたら姫様を会長にして、王都を我が手にするくらい店を大きくしよう」

「そうね。そして4人でのんびり暮らすの」


 いいなぁ。

 ステキ。

 叶うかどうかわからないけど、いつかそんな日がくるといいな…。

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