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人質姫と忘れんぼ王子  作者: 雪野 結莉
2章 ちょこまかする王子
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葡萄畑で聞き取りを

 翌朝、コンラッドを王子に見えるように着飾り、宿屋から出る時に正体が女将にバレないように、外套で隠してフレッドやディリオン、ジェイミーと共に王城へ向かわせた。

 入念に打ち合わせをしたし、ディリオンが一緒ならまずい事にはならないだろう。

 オレが王太子として初めて行う外国との交渉だが、それよりもオレはきちんと見ておきたかった。

 オレが決めた戦争の代償を払う国の民を。

 きっと、まだ慣れていないせいだ。

 オレの匙加減ひとつで、国が滅んだり、国民が飢えたりすることに。

 オヤジからは甘いと言われているが、民に罪はないと思っている。


 一人で馬に乗り、少し走らせる。

 町が遠ざかると、すぐに農地が広がった。


 ほほぅ。これは素晴らしい。

 右を見ても左を見ても、作物は元気に育ち、果物の実もたわわになっている。

 ただ、建てられた家や作業場の建物は年代物だ。

 やっぱり、国民は裕福ではないのだろう。

 馬から降りて、道と畑の境界の柵に手を掛け、葡萄の実を眺めていた。


「お兄さん、うちの葡萄を盗む気じゃないでしょうね」

 赤毛に、白く丸い顔にソバカスのある12.3歳くらいの元気な娘がオレに声をかける。

「いや、そんなつもりはないよ。立派な実だと見惚れていただけさ」

 オレが葡萄を褒めると、彼女は頬を赤くして嬉しそうな笑みを浮かべた。

「あたしの父さんが丹精込めて育てた葡萄なのよ!実の大きさだけでなくて、味も最高よ!」

「へぇ、それは是非食べてみたいな」

「いいわ。味見させてあげる。こっちに来て」

 娘はオレの手を引き、柵の端から敷地の中へいれてくれた。

「この葡萄畑の向こうに、ワイナリーもあるの。お兄さんはワインは好き?」

「ああ、ワインも好きだ」

「じゃ、馬はその柵の向こうの木に繋いで、ワイナリーの建物の方に来て。そういえば、お兄さんは旅の人?」

「オレは砂漠の国から来た。ボナールは豊かな国と聞いていたので、仕事がないか見に来たんだ。仕事があれば、こちらに越してこようかと」

 オレは馬を木に繋ぎ、彼女と一緒にワイナリーの方へと足を向けた。


 ワイナリーに入ると、髭を生やした男が出てきた。

 年格好からすると、彼女の親父さんだろう。

「アンナ、もう水やりは終わったのか?」

「終わったわ。水やりをしていたら、このお兄さんがうちの葡萄をヨダレたらして眺めてたから連れて来たの」

「オレはヨダレはたらしていない」

 文句を言いながら、親父さんに握手を求めた。

「オレは砂漠の国からボナールへ引っ越しを考えていてこの国を見ていたんだ。ここもこれだけたくさんの畑を管理していたら、人を雇ったりするだろう?景気はどうだ?移民でもこの国では雇ってもらえそうか?」

 アンナという娘はオレの手を引き、ワイナリーの隅にある簡易な椅子とテーブルにオレを案内した。

 親父さんもオレと話しながらやってきて、テーブルにつく。

「砂漠の国と比べれば、作物が豊富な分食べるには困らないがそれだけだ。裕福な生活がしたいなら、この国が戦争をしているランバラルドの方がはるかに待遇がいいだろう。オレ達のように、代々ここに住んでいるわけでないのなら、よそへ行った方がいい」

 アンナはオレと親父さんの話には加わらず、いそいそと一房の葡萄と、コップ半分くらいのワインをオレの元に運んでくれた。

「こんなに食べ物が潤っているのに、貧乏なのか?」

 美味しそうな葡萄に手を伸ばす。

「税金が高いからな。反乱を起こすほどではないが、たくさん働いてたくさん儲ければ儲けるほど、税金に持って行かれる」

 親父さんはアンナがオレの分と一緒に持ってきた、親父さんの分のワインをくっと一気に飲み干した。

「あの王様は、そんなに贅沢をしてるのか…って、この葡萄めちゃくちゃうまいな!」

 ワインも口にすると、オレがランバラルドでは今まで飲んだことのないくらい、うまいワインだった。

「なんだ、これ!なんて表現したらいいのかわからないくらいうまいぞ!」

 バランスの良い酸味と甘味。

 ワインは芳醇な香りが素晴らしい。

 オレも王族として、上級な物を口にしてきた自負があるが、これは本当にうまい。


 いつの間にかテーブルについていたアンナは、オレと一緒に葡萄に手を伸ばし、自慢げにしていた。

「これは素晴らしい。親父さん、取り引きさせてくれ。商会を通して買い付けに来るから、是非売ってくれ」

 オレの勢いにアンナ親子は目を丸くする。

「てっきり仕事を探しているというから、畑の働き手の方かと思っていたが、お兄さん商会の人だったのかい?」

 親父さんがびっくりしたように言う。

 …忘れてた。潜入調査の時には、もっと人物像を練っておかないと身バレするな…。

「あ、あぁ。いい商売ができたらこちらに支店をだそうかと…」

 苦しい言い訳だ。

「それならますますやめた方がいいな。商店の税金はオレ達農家よりも高いぞ」

「では、この国からは買い付けだけ行うようにするよ。葡萄、売ってくれるかい?」

「高く買ってくれるならこちらとしても願ったりだ。国内で売ろうとすると、安くしか売れないからな」

 何故か、聞き取り調査をしに来たのに、買い付け契約がまとまりそうだ。

 あとでディリオンをよこして正式に契約させよう。


「こんなに葡萄がうまいのは、やっぱり気候に恵まれているからなのかな」

 お客さんになるならと、アンナがワインのおかわりを持ってきてくれて、オレと親父さんはしばし世間話をする。

「そうさな。七色の乙女のおかげで恵まれているとは言うものの、本当なのか偶然なのか、オレ達にはわからんがな」

「その七色の乙女は虹がの話以外には何かないのか?こう、嵐を起こしたり、逆に雨を止ませたりとか」

「ないな。嵐は来るし、風で作物がやられることもある。それでもまあ、災害はここ10数年起こったことはないがな。それに、七色の乙女は滅多にオレ達の前には姿を現さないから、なんとも言えん」

「…現さないのか?」

「オレ達が姿を見られるのは、新年の一般参賀くらいだな。キラキラと着飾ってお城のバルコニーから手を振るだけだ。あとは城の中でパーティ三昧だそうだ」

「…そうか」


 もう帰るのかと残念そうに眉を寄せるアンナに、葡萄を買いにまた来ると行って、葡萄園を後にした。

 行きよりはゆっくりしたペースで馬を走らせ、他の畑や農地を見ながら帰路につくが、どこも同じように年代物の建物が並ぶ。

 なんとも言えない気分で宿屋まで戻った。

 今は、せいぜいが高い税金というくらいのものだが、多額の賠償金を払わせた後の国民の暮らしはどうなるだろう。

 ますます搾り取られるのではないだろうか。

 これは悩みどころだなぁ。

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