王子の動向
オレはランバラルドの王太子、ライリー・ランバラルドだ。
3年にも及ぶボナール王国との戦争に打ち勝ち、王太子の名の下に、戦後処理をしにボナール王国までやってきた。
明日は城に出向き、国王と謁見する予定だ。
ボナール王国の国王は、強欲とウワサで聞いている。
今回の戦争も、なんの諍いもないところに、ただ国力を大きくしたいという国王の欲望のために引き起こされたものだ。
叩くなら、徹底的にやらなけれはならない。
甘い顔を見せたら、またすぐに戦争をふっかけてくるに違いない。
戦争によって得たというディデアの領地や輸出によるボナールの益を計算し、国民が干からびないギリギリの賠償金の額を弾き出した。
交渉は早い方がいい。
他国に助けを求められないように、国内でも怪しげな動きをされないうちに、全てをまとめたかった。
そうして、戦争に勝利した直後、オレ自らボナール王国に出向いたのだ。
オレの他に、側近の二人と護衛二人を連れて。
隣の国だから、単騎で3日もあればボナール王国に着いた。
しかし、城下町に来てみたものの、何か様子がおかしい。
ランバラルドの城下町と比べて、活気がない。
着ているものも、華美なものは少なく、実用的のものばかりだ。
ランバラルドであれば、町娘たちも貴族には劣るがそれなりに着飾り、宝石などの装飾品も身につけている。
堅実な国民性なのか…?
だが、道行く人々が痩せ細っていたり、破れた衣服を着ていたりはしないので、国民性か、あるいは宗教により華美なことは禁止されているのかもしれないと思い、今日の宿を求めて町で一番大きな宿屋へと向かった。
敵国であるボナール王国の王城には、滞在したくなかったからだ。
オレとフレッドは旅人を装い、宿屋の受付で宿泊の手続きをし、その他の者は全員分の馬を馬屋に預けに行った。
「おばちゃん、今日と明日の宿を頼む。男5人ね。部屋は2つでいいかな」
愛想のいいフレッドが宿を申し込む。
オレはフレッドの後ろからやや俯いて様子を覗く。
フレッドは20歳には見えない愛嬌がある。
金髪まではいかないが、深い黄色の髪とタレ気味の目が腹の中を隠している。
「あいよ。二泊で小銀貨15枚ね。食事をつけるなら銀貨2枚になるけど、どうする?」
「あ、食事はつけて。おばちゃん、オレたちさー、砂漠の国から仕事を探してやってきたんだけど、この国の景気はどう?」
フレッドはオレの視線に気付き、宿屋の女将に探りを入れる。
女将は宿帳をオレの方に出し、ペンをオレに持たせる。
フレッドは話すからオレに書けということか。
オレは素直にペンを取り、素直に偽名を書き込んでいく。
「そうさねぇ。砂漠の国といえばザーランドかい?ザーランドとボナールを比べれば、ボナールの方が豊かに見えるだろうけど、この国は税金が高いからねぇ。あんまりお勧めはしないね。よっぽど、儲ける自信があれば別だけど」
「へぇ、なんでそんなに税金が高いの?ボナールは作物もよく育つし、ディデアの港の税収入があるだろう?」
「さあてね。高貴な方の考えはあたしら下々のものにはわからんさ。王様やお妃様はあたしらの前に出る時はいつでもジャラジャラと宝石をつけまくっているし、第一王女様も宝石はもちろんドレスも光り輝くようなものをお召しになっているから、それに使われてるんじゃないの?」
「へぇ、両陛下方と二人の王女が贅沢三昧ってことか…」
「二人の王女ってとこ以外はその通りだろうね」
「あれ?王女って二人いなかった?」
「いるけど、妹王女はそこまでではないよ。何せ、第一王女は七色の乙女だからね。自身を飾りたいんだろう」
フレッドと女将の話はまだまだ続きそうだったが、税が高くて王族が贅沢しているということがわかればとりあえずそれでいい。
書いた宿帳を女将に差し出すと、女将はフレッドと話しながらオレに鍵を二つ差し出した。
黙ってそれを受け取ると、荷物を持って馬屋に行き、ディリオン達に声をかけてから部屋に行った。
部屋も普通の部屋で、特に困っているものは見受けられない。
賠償金は予定通りで行こうかと思う。
…思うが…。
馬屋に馬を繋いだディリオン達と、世間話を終えたフレッドが3人部屋の方に集まってきた。
ディリオンはメガネをかけ、ストレートの長髪を後ろで一つに結いており、見るからに神経質そうだが、本質も神経質だ。
旅でホコリだらけになった外套にブラシをかけている。
「王子もさー、オレを見捨ててさっさと行っちゃうんだもーん」
フレッドがいじけながらベッドに腰掛ける。
「こら、ホコリも払わんうちにベッドに座るな」
「ディリオンってば、相変わらず細かいんだから~。ところで王子、この国思ったより潤ってないね~。今回の戦争は、実はお金がないからうちからブン取るつもりで仕掛けてきたのかもってくらい」
狭いスペースに椅子を持ち寄り、男5人顔を突き合わせる。
「ただ、お金はないけど食べ物は豊富だし、税金高い分、厚生面はしっかりしているみたい。怪我や病気の時は、国王からの指示で教会で面倒みてもらえるらしいし」
「そうか。一応は考えられているんだな」
「考えられてはいるけどねー。国王一家の浪費癖はすごそうだったよ。七色の乙女とかいう姫さん、いっつもジャラジャラキラキラしているみたいだし、頻繁にある舞踏会は姫さんのご希望らしい」
「大臣達からはそれについて意見は出ないのだろうか?ワガママ娘の言いなりなど、考えられん」
フレッドの話にディリオンが口を出す。
ま、オレも同意見。
「それがさー、その七色の乙女の機嫌を損ねたら災害が起こると言われているらしいんだよねー。なんでも、生まれた時に七つの虹がこの国の空に現れたそうで、神様に祝福された子なんだって。その子が生まれてから農作物は豊かに育ち、この国、海もあるけど魚も豊富に取れてるらしいよ」
「そんなもの、我がランバラルドもここ最近は災害もなく、毎年というわけではないが豊作の年が多いぞ」
「だよねー。だからオレは眉唾物だと思う。実際、虹はかかったかもしれないけど、それが何?的な」
「ふむ。国王が贅沢をするための言い訳のようなものか…」
ふたりのやり取りを腕を組んで聞いていたが、やっぱりこの国の国民事情は気になる。
「おい、コンラッド。明日の国王との交渉だか、お前に頼めるか?」
それまで傍観を決めていたコンラッドが身を乗り出す。
コンラッドは、過去にもオレの影武者をやったことがある。
「あぁ?王子、何度も言うが、オレの容姿はお前とは似てないんだぞ。メガネを掛けたってごまかせん。第一体格が違う。髪の色はオレはこげ茶でお前は黒だ。何よりお前は華奢だ」
「華奢言うな。これでも鍛えている。細身ではあるが脱いだらすごいぞ」
「嘘つけ。筋肉はあるが、お前が自分で妄想してるほど、お前はマッチョではない」
「だが、フレッドとディリオンではオレの代わりは務まらん。威圧できるのはお前くらいだ。オレはまだ国外の外交に出ていないから、他国ではオレの容姿は話題になっていないだろうし。瞳の違いは変えられないがメガネを掛けて、髪は染めればいい。問題ない」
「問題だらけだ!たまにはジェイミーにやらせろよ!」
「ジェイミーは無口だ」
黙って一番扉近くに座っていたジェイミーは必死に頷く。
「だいたい、ジェイミーは護衛だろうが。この中で一番腕が立つ」
「オレだって槍だったらジェイミーに勝つ自信がある!」
「謁見室に槍は持ち込めないだろう。短剣を隠し持つくらいだ」
コンラッドを言いくるめるくらいは、朝飯前だ。