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人質姫と忘れんぼ王子  作者: 雪野 結莉
1章 いらないお姫様
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ダメ交渉

 


「姫様、朝です。起きてください」

 ぐっすりと寝入っていた私は、ジュディの声で目を覚ました。

「姫様、昨夜は申し訳ございませんでした。取り乱してしまい…。今日からまた、気を引き締めて参りますので、どうかお許しを」

 そう言って頭を下げるジュディの頬は、夕べ泣きはらしたのがわかるくらい、赤く腫れていた。

「ジュディ…」

 私は何も言えずに、ジュディを抱きしめた。


「姫様、大変お疲れのところ申し訳ありませんが、国王と宰相様がお呼びです。お支度をお願いします」

「宰相が…?私になんの用なのでしょうか?」

 私をベッドから下ろしながら、ジュディも首を傾げる。

「昨日の無茶振りもありますからね。あまりいい予感はしません」

 ジュディがいつものワンピースではなく、簡易なドレスを私に着せているうちに、マリーが朝食を持ってやってきた。

「姫様、おはようございます。昨日はお心遣いありがとうございました。朝食を持ってきました。しっかり食べて、何を言われても負けないように力をつけましょう」

 マリーの方はさすがと言うか、昨日のことは顔に出さず、知らない人がみたらいつもと変わり無いように思うだろう。

 でも、長年一緒にいる私には、無理をしているのがわかる。

「マリー、私に出来ることがあれば、なんでも言ってくださいね」

 マリーは朝食をテーブルに置くと、私をギュッと抱きしめた。

「ありがとうございます。でも、姫様は私たちのことは気にせず、何があってもご自分の幸せを考えてください」

「マリー…」

 私も、マリーをギュッと抱きしめた。



 支度を終えてお父様のところに行くと、謁見室ではなく、応接室へと案内された。

 いつもなら、扉の内側に侍女は待機しているが、今回は部屋の中に入れるのは王族と宰相だけと言われ、ジュディは別の仕事へと戻された。


 応接室の中には、宰相と私たち王族4人だけになった。

 お父様とお母様が正面のソファに二人で座り、お姉様と私が向かいのソファに座る。

 宰相はその間に立って、ゆっくりと私たちの顔を見た。

「両陛下、第一王女殿下、第二王女殿下。この度はなんと言えばいいか…」

 憔悴しきった表情の宰相が話し始めた。


「この後、ランバラルドの王太子が戦後処理の為に我が国を訪問予定です。おそらく、賠償金の話になるかと思います。我が国は農作物や海産物などが豊富にとれるため、豊かな国であります。ですが、この三年間の戦争のせいで、我が国の財産は目減りしています。お金で解決できるならばそのようにしたいところですが、支払い能力がありません。現実問題として、我が国に出来ることといえば、10年前に戦争で増やした領地を差し出すことくらいでしょう。それ以上のことは、ランバラルドとの交渉如何によるかと」


 みんなの視線がお父様に集まる。

「…仕方あるまい。ディデアの港町はランバラルドにくれてやろう。ディデアの鉱山がボナールに残るのであれば鉄を製造し、また仕掛けることもできよう」

 ふぅ。と宰相のため息。

「陛下。ディデアの領地は鉱山も残せません。国外にある領地は全て差し出さなければならないでしょう」

「そこは交渉次第ではないか。宰相の腕がなるであろう」

「…陛下。その辺りは交渉の余地はありません。今回、戦争を仕掛けたのは我が国です。国として、痛手を被らない賠償でランバラルドが納得するとは思えません」

「しかし鉱山を手放せば、我が国に残るのは農地と海だけじゃ。鉄を輸入するにも外貨がいる。ディデアを手放せば外貨も入って来なくなる」

「そんなものより、今ランバラルドに侵略されない為にはどうしたらいいかを考えるべきです。属国になって搾取されたいですか?」


 お父様と宰相は一歩も譲らず、平行線を辿って半刻ほど過ぎた頃。

 まだ意見がまとまらないうちに、ランバラルドの王太子が到着したと知らせが入った。

 王太子の到着を告げられ、私は退出しようとしたけれど宰相に止められた。

 王太子からの要求で王族は話し合いの場に同席することになっていたそうだ。


 出迎えには宰相が行き、王太子と3人のランバラルドの代表者は、ゆったりとした足取りで応接室にやってきた。


 王太子はがっしりとした体に高身長で、部屋に入ってきただけで威圧される。

 深い闇夜のような黒い短い髪、メガネをかけている顔はワイルド系で、眉も濃く、決してイケメンではないがキリリとした佇まいは部下を率いる長としての威厳がある。



「わたしがランバラルド王太子のライリー・ランバラルドだ。後ろにいるのはわたしの側近フレッドとディリオン。護衛騎士のジェイミーだ」

 私たちは立ち上がり、それぞれ挨拶と握手を交わした。


 王太子がソファの真ん中に腰を下ろし、両隣を側近が固め、護衛騎士はその後ろに待機する。

 長い脚を組み、堂々としている様は、年若い王子とは思えず、すでに国王の風格がある。

 確か、王太子は18歳のはずだけど、25.6歳の間違いじゃないかしら…。そんなこと怖くて聞けないけど。


「さて早速だが、具体的な話に移らせてもらおう。ボナールから仕掛けられた戦争で、我がランバラルドも大変な痛手を被った。国王から預かっている書面を確認して、サインをお願いしたい」

 ライリー王太子が金髪のフレッド様に視線で合図をすると、フレッド様が細かく文字の書かれた書類を差し出した。


 それをお父様が受け取り、宰相と顔を寄せ合って内容を確認する。

「…この条件は呑めない」

 お父様が声を絞り出す。

「陛下。捕虜の解放には必要なことです。指揮官は貴族が多い。それを見殺しにするなんてことができますか?反乱が起きますよ」

「では、モーリス。では、これに代わるものを宰相たるお前の裁量で用意するんだ」

「無理です」


 お父様と宰相が睨み合う。

 一体、どんな内容だったのかしら。


 ランバラルド王太子が私の視線に気付き、ニヤリと笑った。

「ディデアの港、鉱山、その他の領地の譲渡。並びにボナール国内のランバラルドとの国境にあるハイランド山とその麓の森はランバラルドの領地とし、賠償金として大金貨1500枚の支払いを要求する」


 私にはよくわからないが、お父様は鉱山を大事にしていた。鉄を精製する上で重要なのだとか。港は貿易のために重用していたようだし、賠償金の大金貨1500枚は、3年間の国家予算に相当する。

 大変な痛手ではあるが、払えないものではない。

 …とても苦しいものではあるけれど。

 王太子は、国が倒れないギリギリのところを要求してきたのだ。

「払えないと言われても困る。ディデアをそのままにしておけば貴国はまた戦争を仕掛けるだろう。港は貿易で結構な金の成る木だったはずだ。今国庫を空にしてもすぐに貯めることができるだろう」

 王太子は腕を組み、一切引く気がないと言い切った。


「こちらには戦争をする意思はなかった。貴国が領土を増やしたいという、単なる欲のために仕掛けた戦争だ。…死者も多数出た。国を潰されないだけ、有り難く思って欲しい」

 お父様はがっくりと項垂れ、最後にはその条件を呑んだ。


「ボナールの王妃や王女たちもよく見ておいてくれ。国境の山や森はランバラルドの領土となる。財力も武器を作る領地も失った。もう二度と、戦争を起こすことのないように」

 王太子は私たちの目をしっかりと見て、訴えかけた。

 きっと、このために私たちも呼ばれたのだ。


 それはそうだと思う。

 今回の戦争は他国を支配したいという、お父様の自尊心を満足させるために起こされた戦争だ。

 ボナール王国は資源豊かで、普通に暮らしていればあくせくせずとも食べるに困らない豊かな国だった。

 私利私欲のために戦争をふっかけられた方にしては、優しいくらいだろう。

 お母様はカタカタと震えて俯くばかりだった。

 お姉様はぼんやりとお父様が手にした書類の方を眺めていたけど、私は王太子の目をしっかりと見つめて頷いた。


 賠償の話がまとまり、あとは支払い方法の打ち合わせだけとなったため、私たちは退席しようとしたけれど、お母様が腰が抜けたようでうまく立てずに、私とお姉様で支えていた時に、お父様が声を発した。

「大金貨1500枚は、なんとかならんか。恥ずかしい話だが、国庫にはあまり金が残っておらん。国債を発行するにしてもすぐに支払うのは難しい」

「ディデアでの貿易で税をとり、輸出する作物は豊富にあったボナールの国庫に金がないなどと、よくもそんな嘘をつけるな」

 王太子がお父様を睨むと、私たちの退出のために開けられた扉の向こうのボナール側の護衛と、ランバラルドの護衛との間に緊張が走る。

 どちらも剣に手を掛けた。

「ランバラルドの王太子よ。本当のことなのだ。モーリス、国庫金の台帳を持ってきてくれ」

 お父様の声を受け、宰相は手持ち金庫から書棚を出し、王太子に渡した。

「…これは…予想外の展開だな。戦争中だというのに、なんでこんなに散財してるんだ。なんだ、この一番最近の法外な値段の宝石は?」

 あ、私が公爵たちに売り飛ばされる原因になった宝石だ。


 王太子は頭を抱えた。

「~これは…いや、しかし、ご命令には逆らえないし…」

 やはり、まけてくれる気はなさそうだ。


「おお!そうだ、王太子よ。第二王女を嫁がせよう!それで大金貨500枚の支払いと変えてくれ」

 …は?

 お父様、何を言いました?

 私はお母様を支えていた手を離し、お父様を振り返った。

「いらん!」

 振り返った直後、王太子が即座に断りの返事をする。

 あぁ。私はどこにとってもいらない姫なんだわ。


「王太子よ、うちの王女は七色の乙女と言われている。精霊の加護があり、祝福をされた御子は、生まれた時に七つの虹が空にかかるという。王女が生まれた時に七つの虹がかかっていたという話、国境を超えても聞こえていたのではないか?」

 待って、それは私、第二王女ではなく、お姉様のお話しで。

「お父様、それは」

 違う、と告げようとした時に、宰相が私の腕を掴んだ。

「第二王女殿下。これは大人の話です。王妃陛下を連れて、第一王女とともにご退出ください」

 メガネの奥にキラッと光る、有無を言わさぬ迫力と、力一杯掴まれた腕の痛さで、私は口を閉じてしまった。


「ほう。そういえば、貴国は王女が生まれたくらいから、天候にも恵まれ、災害も起こらずに毎年作物は豊作だったな」

 王太子は少し興味がありそうに、身を乗り出した。


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