いいタイミングと悪い知らせ
ケーキを堪能した私は、ダンスフロアに近づいた。
みなさま、少しご年配の方たちなので、飲み物を持って談笑している人の方へ行けばいいだろうか。
…まったく行きたくはないけれど…。
上座を見ると、お父様が私の方を睨んでいる。
わかってますよ。
私に拒否権はないことくらい。
お父様が視線を向けた方に、おそらくお三方がおられるのでしょう。
私はほとんど社交界には顔を出していないので、お相手の顔がちゃんとわからないけど。
貴族年鑑には似姿が描かれていたけど、修正されているだろうから、あてにはならない。
恐る恐る談笑されている人たちに近づくと、私に気がついてこちらにやってくる人がいた。
「これはこれは。第二王女様。お久しぶりでございます。新年の祝賀会にてご挨拶をいただいてからは、社交界にもお顔を出されなかったので、心配しておりました」
ニコニコと跪いて手に口付けをするのは、少しおデコが広い紳士だ。
「お久しぶりです。ユニシア公爵」
引きつりながらも微笑んで挨拶をする。
多分、おデコの広さと少し白い髪が見え隠れする歳から推察するに、ユニシア公爵ではないかと思う。貴族年鑑の似姿にも似ているし。でも、あれはもう少しおデコが狭かったわ。今年の貴族なのに。
「親しくなった記念に、王女殿下と一曲ダンスをお願いできないでしょうか」
「…よろこんで」
ユニシア公爵は私の手を取って、わざわざホールの中央へ向かい、ダンスを始めた。
私はあまりダンスは得意ではない。
塔の上までたまに来てくれた家庭教師が、片手間に教えてくれたものだから。
「シャーロット殿下は病弱と聞いていますが、お体は大丈夫ですか?」
病弱と言っているのはお父様たちだけで、本当は健康体です。
「お気遣いありがとうございます。もうすっかり元気になりました」
「そうですか。それは良かった。ところで、国王より私にシャーロット殿下を、というお話がありましてね。お聞き及びのこととは思いますが、殿下のお気持ちはいかがものかと思いまして」
「そうですね。父王様より、先ほどお話がありました。私にはもったいない御縁と思っております」
だから、私と結婚なんてバカなことはやめてほしい。
「では、国王の仰るように、殿下も乗り気なのですね。ご健康になられたと聞いて、安心しました。結婚生活を送るのに、健康でないといろいろと楽しめませんからな」
ぞわわわわ~っと、背中に何かが走った。
「ほ、ほほほほほほ」
適当に笑ったが、ナニ?いろいろって、ナニ?
曲が終わってユニシア公爵から手を離そうとすると、ぐっと手を掴まれた。
「殿下、国王には私からお話ししておきましょう。いやあ、歳若い殿下がわたくしと同じ趣味をお持ちと聞いて疑っておりましたが、安心いたしました。殿下を娶ることができるなど、嬉しい限りです」
「えっ、あの、同じ趣味って、」
「国王から聞いていますので、ご心配なさらないよう。人目がありますので、楽しいお話しはまた今度。では、嫁いでいらっしゃる日を楽しみにしております」
そう言って、公爵は楽しげに去っていった。
…何?お父様は私がなんだとおっしゃったのかしら?
あの様子では、結婚生活がどんなことになるか、考えただけでもぞっとするわ。
頭から血の気が引いて、倒れそうになったところを、誰かが支えてくれる。
「殿下、お気を確かに。いかがされましたか?」
支えてくれた人へ振り返る。
「ハートランド伯爵…」
先ほどのユニシア公爵より若い、髪の毛はフサフサのハンサムな人が私を支えてくれていた。
「人に酔いましたかな?バルコニーで少し風にあたってはいかがでしょうか」
「そ、そうですね。では、一休みさせて頂きます」
ハートランド伯爵は私をバルコニーへとエスコートしようとする。
「いえ、あの伯爵、私は一人で大丈夫です」
ハートランド伯爵から離れようとしたけど、伯爵は手を離してくれず。
「遠慮なさらないように。どの道、わたくし達は結婚することになるでしょう。バルコニーで二人でいて噂になったとしても、困ることは一つもありません」
さりげなく、手を私の腰に回す。
その仕草だけで、女性に慣れているのがわかる。
「何、お気になさることはありません。シャーロット殿下はお若いのですから。これからいろいろとお勉強をしていただければ、わたくしを満足させることもできましょう。そのお年から元王族を調きょ、いや、わたくし好みに育てられるというのは、夫として最上の悦びとなりましょう」
…この人、調教って言おうとしたよ。絶対。
いやいやいや。ダメダメ。バルコニー行っちゃダメ。絶対。
人気の無いところに行って、あらぬ噂を立てられたら既成事実とばかりに、この人が私の夫に決まってしまう。
ユニシア公爵の頭を見て、背筋も凍る趣味の話をされて、ユニシア公爵と結婚するくらいなら、歳もまだ若い方に入るハートランド伯爵と結婚した方がマシだと思っていた。
何しろ顔がいいし。
奥様を何人も持てるということは、それだけ女の人にモテるということで。
もしかしたら、結婚しても地味な私のことは放置で、他の奥様のところにだけ通ってくれれば、今までの放置生活とさして変わらないのではないかと思ったからだ。
でもダメだ。
調教はされたくない。
「えっと、あの、すっかり気分も良くなりましたわ。一度、みなさまの元へ戻りませんか?」
愛想笑いを浮かべてハートランド伯爵の手を掴む。
「いえ、味見を…ではなく、気分が治ってもわたくしたちの親交を深めるために、一休みしましょう。バルコニーがお嫌なら、国王に休憩室を借りていますので、そこで休みましょう」
いやいやいや。
味見って言ったよ。この人。失言が多い人だわ。
誰でも来れるバルコニーより、休憩室の方がまずいでしょう。
180度方向転換をして、休憩室を目指す伯爵から、なんとか逃れようとした時、広間全体がざわつき始めた。
何が起こったがわからないけれど、いいタイミングだわ。
「伯爵、何やら中央の方が騒がしいです。何か起こったのかもしれません。行ってみませんこと?」
「わたくしには関係ないことでしょう。それよりも、シャーロット殿下と親交を深める方が重要です」
にこやかに言っているが、目が笑っていない。ギラギラとしている。
本格的にまずいと思ったその時、どよめきが起こる。
「なんだって!我が国がランバラルドに負けたなんて!!」
そのざわめきは、3年にも及ぶ、ランバラルドとの戦争の終わりを告げるものだった。
敗戦の知らせを受け、即刻舞踏会は中止となった。
休憩室に連れ込まれなくて済んだことに、私はホッとしていたが、我が国が負けたということはどうなるのだろうかと、新たな不安が襲う。
とにかく、今日は自室へ帰るように指示があり、私は急いで塔の上に帰った。
ジュディは私が心配だったのと、アーサーが戦場にいるので敗戦の知らせを聞いたことで、顔を真っ青にして今にも倒れそうだった。
「大丈夫よ、ジュディ。部屋に戻れば、きっとマリーがアーサーは無事という知らせを持って待っててくれるわ」
ジュディを励ましながら塔の上の部屋まで戻ると、ソファーの隅に腰掛けて、マリーが険しい顔で私たちを待っていた。
ジュディの肩を抱き、マリーの隣に座らせる。
「マリー、今日は報告会と聞いていたけれど、アーサーは無事なのよね?」
ふくよかなマリーは、いつも笑顔で私を守ってくれて、頼りになる存在だ。
でも、今のマリーは、顔色も悪く、とてもではないが、良い知らせを聞いてきたとは思えなかった。
でも、それでも、聞かずにはいられない。
マリーは、顔を上げずに話し始める。
「アーサーは、生きています。ただ、捕虜としてランバラルドに拘束されているそうです」
「なんてこと!」
ジュディはたまらずマリーの胸に顔を埋めて泣き出した。
「マリー、でも、生きているということは、いずれはボナールに帰ってこられるのでしょう?」
私はマリーの側に膝をつき、硬く握り締められているマリーの両手を自分の手で覆った。
「わかりません。帰ってこられるのか、そのままランバラルドで処刑されるのか、まだ、まったくわからないそうです。アーサーも生きていることはわかっていますが、怪我をしているのかいないのか、それすらもわかりません」
気丈に涙を堪えているマリーは、それでも声を震わせて私に話してくれた。
マリーの旦那さんは、ジュディが小さい頃に戦争で亡くなっている。
その時は、海の向こうの国と戦っていたが、勝利し、その国の港を所持する一部分が我が国の領土となった。
シングルマザーとなったマリーは、アーサーとジュディを育てながら王宮で侍女として働き、そして私の乳母として私も育ててくれたのだ。
頼るべき夫のいないマリーを、アーサーは長男としてよく支えていた。
ジュディをよく可愛がり、私のことも妹のように大事にしてくれて。
そんなアーサーが、捕虜として拘束されているなんて、私もショックでソファの下にペタンと座り込んでしまった。
「…もうすでに、ランバラルドの使者はこの国に向かっているようです。明日、国王と話し合いの場が持たれるでしょう」
マリーは、自身は涙を堪えながら、泣き崩れるジュディと私を抱きしめた。
もう夜も遅いため、マリーとジュディには自分達の家に帰るように促した。
普段はどちらかが塔の下の侍女部屋に泊まり、私のために待機していてくれるのだが、今日は二人とも疲れているだろうし、戦後処理のために城内も慌ただしく人の出入りがある。
何かあった場合は、誰かしらが駆けつけてくれるだろう。
衛兵はより強固に守りを固めているし、外部からの侵入はできないはず。
そう説得して二人を帰した。
私も疲れた体を引きずって、湯あみの用意をしようと浴室へと行ったが、動く気になれず、清拭だけで今日は寝ることにした。
アクセサリーは返さなきゃいけないから、ひとつずつ丁寧に外してケースに入れる。
そうして、夜着に着替えてベッドに潜り込むと、程なく私の意識は遠のいて行った。