ここでの役割は
「あの…まだそんなに王太子様とはお話ししていない気がするのですが、何か私はお気に障るようなことをしたのでしょうか?」
私がおずおずとフレッド様にお尋ねすると、フレッド様は困ったように眉根を寄せた。
「うーん。シャーロットちゃんは何もしてないよ。大丈夫。あいつの我儘なんだよ」
意味がわからず首を傾げていると、数人の女官が何かを持って部屋に入ってきた。
「あ、それ、こっちに置いて。ご苦労様。もう下がっていいよ」
フレッド様は女官たちに、テーブルの上に書類の束と羽ペン、インクを置くように指示し、女官たちを下がらせた。
「まあ、後で説明するから、入国にあたってサインしてもらいたい書類がいくつかあるから」
なんか腑に落ちないが、後で説明してくれるなら大人しく従っておこう。
私はペンを持ち、書類を眺めた。
「はい。こっちは入国して長期滞在をするための書類ね。こっちは衣食住はランバラルドで責任を持つので、ランバラルド王宮と国内の者や人に危害を加えないという誓約書、あとこれは勝手に国外へは行かないという誓約書、それからこの誓約書、あと数枚だからがんばってサインしてね。それから」
怒涛のように出される書類にサインをしていく。
その中で一枚の書類に目が止まる。
婚姻誓約書?
慌てて手元に置かれた書類を持ち上げて読む。
内容は確かに婚姻誓約書だ。
夫の欄にはランバラルドの王太子、ライリー・ランバラルドとサインがされている…。
「あの、フレッド様。こちらの婚姻誓約書はどなたか違う姫と間違えての書類ではないでしょうか?」
私が指摘するとフレッド様はバツ悪そうにこちらを見た。
「シャーロットちゃん、案外ちゃんとしてるんだね。ガンガン出せばうっかりサインしちゃうかと思ってたのに」
フレッド様がため息をつく。
「だから、こんな役嫌だって言ったのに理路整然と話をするディリオンの方が絶対向いてたのに…」
それまで笑っていたお顔が、真剣なものに変わる。
「シャーロットちゃんには、王太子と婚姻を結んでもらうことになってるんだ。もちろん、申し訳ないけど正妃ではない。側室の一人として。側室だから権力はないよ。シャーロットちゃんには後ろ盾もないしね」
「…何故、婚姻しなければならないのでしょうか?人質なのですから、一生幽閉でよいのではないですか?」
まあ、人質と言っても、ほんとは私なんか役に立たないけど。
ボナール国王は私がこの国に居ても居なくても関係なく、戦争を仕掛けたいと思ったら、再度開戦させるだろう。ランバラルドの方々には言えないけど。
「うん、あのね、万が一の保険なんだ。もし、今後またボナールから戦争を仕掛けて来た時には、我が国は容赦しない。完膚なきまでに叩き潰す。でも、その後困るのはボナール国民だ。だから、戦争が本格化する前に国王には退いていただき、王位継承権を持つボナールの王女と婚姻関係にあるランバラルドの王子が政権を握る。国を潰して遺恨を残すのではなく、できるだけ穏やかに済ませたいがための苦肉の策なんだ」
その言葉を聞いたジュディがフレッド様に駆け寄る。
「どういうことですか!?正妃ではなく側妃で、権力は持てなくて開戦した時の保険って、あんまりじゃないですか!人質としてこちらに来ただけでも充分に酷い話なのに、いったいどれだけうちの姫様に辛い思いをさせれば気が済むんですか!馬鹿にするのもいい加減にしてください!」
ジュディの目には涙が浮かんでいる。
「ジュディ、宰相の御子息の前なのよ。お願いだから、何も言わないで」
私としては、"人質として一生幽閉"か"側妃として一生幽閉"かの違いなだけなので、あまり気にしていない。
「どうしてですか!?わたしは納得できません!」
目に涙を溜めてフレッド様を睨むジュディは、私が手を引いてソファに座らせると、私の膝の上に泣き伏した。
侍女を宰相子息と一緒の応接セットに座らせるなんていけないことだけど、この場を収めるために許してもらおう。
「いや、ほんと申し訳ないと思ってるよ。だから、ランバラルドにいてくれるなら、不自由な生活はさせないから。ドレスでも宝石でも、あんまり法外な値段のものは無理だけど、嗜みとして身に付けるくらいのものなら用意するから」
私は膝の上にポロポロ涙をこぼすジュディの目元をハンカチで拭いながら、フレッド様に問いかける。
「権力のない人質の側妃が表舞台に立つなんてあり得ませんでしょう?身に付ける機会のないものを買う必要はありません。お気遣いは無用です。生活していくのに必要なものをいただけるのでしたら、他には何もいりません」
それに、ボナールにいてもきっとドレスなんて買えなかったし。
私はまだ社交界デビューをしていない。
一応王族だから普通の貴族よりは人前に立つ機会はあったけど、ほんの数回だったし。
16歳で成人になる今年がデビュタントの年だった。
でも、誰からもドレスの話が出なかったから、きっと私はボナールにいてもドレスとは縁のない生活をしていただろう。
だから、ドレスも宝石もいらない。
「何もなくても、私は婚姻誓約書にサインをいたします」
私の声を聞き、ジュディの肩が少し震えた。




